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圧倒的戦力
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3人の勇者の放った全力の攻撃は、結論から言うと躱されることはなかった。
3人の勇者は自分の攻撃が当たった手ごたえを確かに感じただろうし、過去を覗いている俺の目にもそれらは当たっている様に見えた。
嵐の刃が鱗を剥がし、結晶の魔力が骨を砕き、雷熱が肉を焦がす音も聞こえた。
だがしかし、そこに立つ黒竜にはかすり傷の1つすらなかった。
それどころか、レインの手から伸びる紐からも逃れていた。
黒竜は咆哮と共に体を揺すり、煩わしい者達を振り払う。
「おい、どうなってんだ!? 俺の攻撃は当たったぞ、絵里も聖も当てていた! それなのに致命傷どころか傷1つ負わねえってのはどういう事だ!?」
竜輝と聖は形勢不利と見て一旦、距離を取る。
レインも同じ場所へと飛んだ。
「分からない……。僕達はあの黒竜を攻撃したし当てた。それは確かだ」
「じゃあどうして無傷なのだ!?」
「攻撃を受けた瞬間回復したとしか思えない。でも、ヒトゥリはそんな能力一言も――」
これが『回帰欲求・腐食』か。
自らの時間を戻して攻撃をなかった事にする能力……だがそれで終わりではないはずだ。
ほら、もう効果は体に出ているぞ。
「聖先輩動かないで!」
絵里の声が聖の言葉を遮る。
全員の顔が絵里に向いて、そして彼女の狼狽する視線を辿り聖の足を見た。
腐っている。
「腐食魔法――いつの間に?」
剥がれ落ちた肉片が、湿った音を立てて地面に落ちる。
聖は腐食した左足を庇いながら、崩れ落ちるのを剣を頼りにして留まる。
竜輝もレインも同じだ。
それぞれが腕や脚を腐らせて満身創痍だ。
『回帰欲求・腐食』のもう1つの能力。
直前の数秒間の間に腐食攻撃を与えていた事にする。
過去に起きた事実にしてしまえば、回避も防御だってできない。
「今回復します! 『極白癒手・怪我治癒』」
ただし、距離の離れている絵里には効果はなかった。
というよりも、前衛としてレインと聖と竜輝がいたせいで、そこまで攻撃を届かせる事ができなかったのだろう。
過去に攻撃を与えていた事にすると言っても無条件ではなく、俺が出来ない事はどうやったって不可能なのだ。
前衛3人に腐食を与えた後、後衛の絵里に腐食を与えるのは数秒の間では無理だ。
時間が足りなかった。
だから前衛の3人だけなんだ。
「クソがッ! 舐めんじゃねえぞ!」
全員が絵里の魔法により、腐食を治した。
すると竜輝が突如悪態をついて、黒竜へと突っ込んでいく。
「竜輝、待て! 相手が何をしているのか分からないのに突っ込まないでくれ!」
「『何をしているのか分からない』……だあ?」
聖の静止の声にも耳を貸さずに黒竜に近づいて行く。
黒竜の方もただ待っているはずもなく、自分に近づいてくる小物に焦点を合わせると炎のブレスを吐いて牽制する。
竜輝はそれを目に飛び込んで躱すと鋭い宝剣の突きを放った。
「また同じになるだけだぞ!」
聖が叫び、そして先程と同じ様に黒竜は『回帰欲求・腐食』を発動する。
また攻撃は無かった事になり、腐食が与えられる。
その考えは、剣を下に振り抜き反動で飛び上がった竜輝の行動で遮られた。
「何やってんのか分からなくても、起きた事は簡単だろうがッ! こいつに与えた傷が消えて、俺達が攻撃を喰らった! こんなのは魔法じゃなきゃ、スキルだ!」
黒竜の時間が巻き戻り、竜輝の腕が腐る。
しかし竜輝は止まらない。
勢いをつけ回転した腕は腐肉を飛ばしながら、刃を黒竜の背中に突き立てた。
「布留都が言ってたぜ……スキルってのは【常時】と【発動】の2つだってな。そして【発動】スキルは一度発動すると、連続では発動できねえんだぜ! 『怒髪帝剣・流』!」
力の入らない左腕を補う為に、右手が添えられ、義手に込められた魔法が発動する。
竜輝のユニークスキルによって強化された魔法の水刃が、宝剣を通して黒竜の肉を内側から切り刻む。
「グギャアアアアアアア!」
「や、やった! 今度は回復しないぞ!」
強靭な鱗に包まれた体の内で、肉が裂かれ血が浸水していく。
濁流の様に溢れた血液はやがて、逃げ場を求めて近くに開かれた唯一の穴から噴き出した。
勝利への希望、勝ち筋を見つけて聖は駆けだした。
しかしその背中を呼び止める声があった。
「待つのだ……何かおかしい。あの血、普通じゃないのだ」
感覚の鋭い狼が鼻を鳴らす。
その場の全員の意識が、黒竜の血液に向かう。
血が、泉の如く湧き出た。
流れ出て、揺らぎなくとめどなく、丘陵地帯の溝に沿って滴る。
「血……多いですね?」
絵里の言葉の通りだった。
異常な程の血液が黒竜から滴っている。
……あの黒竜がやりたい事が今俺にも理解できた。
『千業万魔』は熟知しているスキル・魔法を使えるスキルだ。
『治療魔法』には失った血液を補填する魔法があった。
それを使ってああやって血を流し続けているのだ。
そして――。
「竜輝! 一旦戻ってくるんだ! 黒竜の様子がおかしい! ……竜輝?竜輝!」
声を掛けられても反応はなく、竜輝は宝剣を刺したまま黒竜の上からずるりと滑り落ちた。
あの反応に思い当たるスキルが1つある。
『邪龍毒血』――流れ出る血が猛毒になるスキル。
竜輝は麻痺毒にやられている。
3人の勇者は自分の攻撃が当たった手ごたえを確かに感じただろうし、過去を覗いている俺の目にもそれらは当たっている様に見えた。
嵐の刃が鱗を剥がし、結晶の魔力が骨を砕き、雷熱が肉を焦がす音も聞こえた。
だがしかし、そこに立つ黒竜にはかすり傷の1つすらなかった。
それどころか、レインの手から伸びる紐からも逃れていた。
黒竜は咆哮と共に体を揺すり、煩わしい者達を振り払う。
「おい、どうなってんだ!? 俺の攻撃は当たったぞ、絵里も聖も当てていた! それなのに致命傷どころか傷1つ負わねえってのはどういう事だ!?」
竜輝と聖は形勢不利と見て一旦、距離を取る。
レインも同じ場所へと飛んだ。
「分からない……。僕達はあの黒竜を攻撃したし当てた。それは確かだ」
「じゃあどうして無傷なのだ!?」
「攻撃を受けた瞬間回復したとしか思えない。でも、ヒトゥリはそんな能力一言も――」
これが『回帰欲求・腐食』か。
自らの時間を戻して攻撃をなかった事にする能力……だがそれで終わりではないはずだ。
ほら、もう効果は体に出ているぞ。
「聖先輩動かないで!」
絵里の声が聖の言葉を遮る。
全員の顔が絵里に向いて、そして彼女の狼狽する視線を辿り聖の足を見た。
腐っている。
「腐食魔法――いつの間に?」
剥がれ落ちた肉片が、湿った音を立てて地面に落ちる。
聖は腐食した左足を庇いながら、崩れ落ちるのを剣を頼りにして留まる。
竜輝もレインも同じだ。
それぞれが腕や脚を腐らせて満身創痍だ。
『回帰欲求・腐食』のもう1つの能力。
直前の数秒間の間に腐食攻撃を与えていた事にする。
過去に起きた事実にしてしまえば、回避も防御だってできない。
「今回復します! 『極白癒手・怪我治癒』」
ただし、距離の離れている絵里には効果はなかった。
というよりも、前衛としてレインと聖と竜輝がいたせいで、そこまで攻撃を届かせる事ができなかったのだろう。
過去に攻撃を与えていた事にすると言っても無条件ではなく、俺が出来ない事はどうやったって不可能なのだ。
前衛3人に腐食を与えた後、後衛の絵里に腐食を与えるのは数秒の間では無理だ。
時間が足りなかった。
だから前衛の3人だけなんだ。
「クソがッ! 舐めんじゃねえぞ!」
全員が絵里の魔法により、腐食を治した。
すると竜輝が突如悪態をついて、黒竜へと突っ込んでいく。
「竜輝、待て! 相手が何をしているのか分からないのに突っ込まないでくれ!」
「『何をしているのか分からない』……だあ?」
聖の静止の声にも耳を貸さずに黒竜に近づいて行く。
黒竜の方もただ待っているはずもなく、自分に近づいてくる小物に焦点を合わせると炎のブレスを吐いて牽制する。
竜輝はそれを目に飛び込んで躱すと鋭い宝剣の突きを放った。
「また同じになるだけだぞ!」
聖が叫び、そして先程と同じ様に黒竜は『回帰欲求・腐食』を発動する。
また攻撃は無かった事になり、腐食が与えられる。
その考えは、剣を下に振り抜き反動で飛び上がった竜輝の行動で遮られた。
「何やってんのか分からなくても、起きた事は簡単だろうがッ! こいつに与えた傷が消えて、俺達が攻撃を喰らった! こんなのは魔法じゃなきゃ、スキルだ!」
黒竜の時間が巻き戻り、竜輝の腕が腐る。
しかし竜輝は止まらない。
勢いをつけ回転した腕は腐肉を飛ばしながら、刃を黒竜の背中に突き立てた。
「布留都が言ってたぜ……スキルってのは【常時】と【発動】の2つだってな。そして【発動】スキルは一度発動すると、連続では発動できねえんだぜ! 『怒髪帝剣・流』!」
力の入らない左腕を補う為に、右手が添えられ、義手に込められた魔法が発動する。
竜輝のユニークスキルによって強化された魔法の水刃が、宝剣を通して黒竜の肉を内側から切り刻む。
「グギャアアアアアアア!」
「や、やった! 今度は回復しないぞ!」
強靭な鱗に包まれた体の内で、肉が裂かれ血が浸水していく。
濁流の様に溢れた血液はやがて、逃げ場を求めて近くに開かれた唯一の穴から噴き出した。
勝利への希望、勝ち筋を見つけて聖は駆けだした。
しかしその背中を呼び止める声があった。
「待つのだ……何かおかしい。あの血、普通じゃないのだ」
感覚の鋭い狼が鼻を鳴らす。
その場の全員の意識が、黒竜の血液に向かう。
血が、泉の如く湧き出た。
流れ出て、揺らぎなくとめどなく、丘陵地帯の溝に沿って滴る。
「血……多いですね?」
絵里の言葉の通りだった。
異常な程の血液が黒竜から滴っている。
……あの黒竜がやりたい事が今俺にも理解できた。
『千業万魔』は熟知しているスキル・魔法を使えるスキルだ。
『治療魔法』には失った血液を補填する魔法があった。
それを使ってああやって血を流し続けているのだ。
そして――。
「竜輝! 一旦戻ってくるんだ! 黒竜の様子がおかしい! ……竜輝?竜輝!」
声を掛けられても反応はなく、竜輝は宝剣を刺したまま黒竜の上からずるりと滑り落ちた。
あの反応に思い当たるスキルが1つある。
『邪龍毒血』――流れ出る血が猛毒になるスキル。
竜輝は麻痺毒にやられている。
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