88 / 113
圧倒的戦力
しおりを挟む
3人の勇者の放った全力の攻撃は、結論から言うと躱されることはなかった。
3人の勇者は自分の攻撃が当たった手ごたえを確かに感じただろうし、過去を覗いている俺の目にもそれらは当たっている様に見えた。
嵐の刃が鱗を剥がし、結晶の魔力が骨を砕き、雷熱が肉を焦がす音も聞こえた。
だがしかし、そこに立つ黒竜にはかすり傷の1つすらなかった。
それどころか、レインの手から伸びる紐からも逃れていた。
黒竜は咆哮と共に体を揺すり、煩わしい者達を振り払う。
「おい、どうなってんだ!? 俺の攻撃は当たったぞ、絵里も聖も当てていた! それなのに致命傷どころか傷1つ負わねえってのはどういう事だ!?」
竜輝と聖は形勢不利と見て一旦、距離を取る。
レインも同じ場所へと飛んだ。
「分からない……。僕達はあの黒竜を攻撃したし当てた。それは確かだ」
「じゃあどうして無傷なのだ!?」
「攻撃を受けた瞬間回復したとしか思えない。でも、ヒトゥリはそんな能力一言も――」
これが『回帰欲求・腐食』か。
自らの時間を戻して攻撃をなかった事にする能力……だがそれで終わりではないはずだ。
ほら、もう効果は体に出ているぞ。
「聖先輩動かないで!」
絵里の声が聖の言葉を遮る。
全員の顔が絵里に向いて、そして彼女の狼狽する視線を辿り聖の足を見た。
腐っている。
「腐食魔法――いつの間に?」
剥がれ落ちた肉片が、湿った音を立てて地面に落ちる。
聖は腐食した左足を庇いながら、崩れ落ちるのを剣を頼りにして留まる。
竜輝もレインも同じだ。
それぞれが腕や脚を腐らせて満身創痍だ。
『回帰欲求・腐食』のもう1つの能力。
直前の数秒間の間に腐食攻撃を与えていた事にする。
過去に起きた事実にしてしまえば、回避も防御だってできない。
「今回復します! 『極白癒手・怪我治癒』」
ただし、距離の離れている絵里には効果はなかった。
というよりも、前衛としてレインと聖と竜輝がいたせいで、そこまで攻撃を届かせる事ができなかったのだろう。
過去に攻撃を与えていた事にすると言っても無条件ではなく、俺が出来ない事はどうやったって不可能なのだ。
前衛3人に腐食を与えた後、後衛の絵里に腐食を与えるのは数秒の間では無理だ。
時間が足りなかった。
だから前衛の3人だけなんだ。
「クソがッ! 舐めんじゃねえぞ!」
全員が絵里の魔法により、腐食を治した。
すると竜輝が突如悪態をついて、黒竜へと突っ込んでいく。
「竜輝、待て! 相手が何をしているのか分からないのに突っ込まないでくれ!」
「『何をしているのか分からない』……だあ?」
聖の静止の声にも耳を貸さずに黒竜に近づいて行く。
黒竜の方もただ待っているはずもなく、自分に近づいてくる小物に焦点を合わせると炎のブレスを吐いて牽制する。
竜輝はそれを目に飛び込んで躱すと鋭い宝剣の突きを放った。
「また同じになるだけだぞ!」
聖が叫び、そして先程と同じ様に黒竜は『回帰欲求・腐食』を発動する。
また攻撃は無かった事になり、腐食が与えられる。
その考えは、剣を下に振り抜き反動で飛び上がった竜輝の行動で遮られた。
「何やってんのか分からなくても、起きた事は簡単だろうがッ! こいつに与えた傷が消えて、俺達が攻撃を喰らった! こんなのは魔法じゃなきゃ、スキルだ!」
黒竜の時間が巻き戻り、竜輝の腕が腐る。
しかし竜輝は止まらない。
勢いをつけ回転した腕は腐肉を飛ばしながら、刃を黒竜の背中に突き立てた。
「布留都が言ってたぜ……スキルってのは【常時】と【発動】の2つだってな。そして【発動】スキルは一度発動すると、連続では発動できねえんだぜ! 『怒髪帝剣・流』!」
力の入らない左腕を補う為に、右手が添えられ、義手に込められた魔法が発動する。
竜輝のユニークスキルによって強化された魔法の水刃が、宝剣を通して黒竜の肉を内側から切り刻む。
「グギャアアアアアアア!」
「や、やった! 今度は回復しないぞ!」
強靭な鱗に包まれた体の内で、肉が裂かれ血が浸水していく。
濁流の様に溢れた血液はやがて、逃げ場を求めて近くに開かれた唯一の穴から噴き出した。
勝利への希望、勝ち筋を見つけて聖は駆けだした。
しかしその背中を呼び止める声があった。
「待つのだ……何かおかしい。あの血、普通じゃないのだ」
感覚の鋭い狼が鼻を鳴らす。
その場の全員の意識が、黒竜の血液に向かう。
血が、泉の如く湧き出た。
流れ出て、揺らぎなくとめどなく、丘陵地帯の溝に沿って滴る。
「血……多いですね?」
絵里の言葉の通りだった。
異常な程の血液が黒竜から滴っている。
……あの黒竜がやりたい事が今俺にも理解できた。
『千業万魔』は熟知しているスキル・魔法を使えるスキルだ。
『治療魔法』には失った血液を補填する魔法があった。
それを使ってああやって血を流し続けているのだ。
そして――。
「竜輝! 一旦戻ってくるんだ! 黒竜の様子がおかしい! ……竜輝?竜輝!」
声を掛けられても反応はなく、竜輝は宝剣を刺したまま黒竜の上からずるりと滑り落ちた。
あの反応に思い当たるスキルが1つある。
『邪龍毒血』――流れ出る血が猛毒になるスキル。
竜輝は麻痺毒にやられている。
3人の勇者は自分の攻撃が当たった手ごたえを確かに感じただろうし、過去を覗いている俺の目にもそれらは当たっている様に見えた。
嵐の刃が鱗を剥がし、結晶の魔力が骨を砕き、雷熱が肉を焦がす音も聞こえた。
だがしかし、そこに立つ黒竜にはかすり傷の1つすらなかった。
それどころか、レインの手から伸びる紐からも逃れていた。
黒竜は咆哮と共に体を揺すり、煩わしい者達を振り払う。
「おい、どうなってんだ!? 俺の攻撃は当たったぞ、絵里も聖も当てていた! それなのに致命傷どころか傷1つ負わねえってのはどういう事だ!?」
竜輝と聖は形勢不利と見て一旦、距離を取る。
レインも同じ場所へと飛んだ。
「分からない……。僕達はあの黒竜を攻撃したし当てた。それは確かだ」
「じゃあどうして無傷なのだ!?」
「攻撃を受けた瞬間回復したとしか思えない。でも、ヒトゥリはそんな能力一言も――」
これが『回帰欲求・腐食』か。
自らの時間を戻して攻撃をなかった事にする能力……だがそれで終わりではないはずだ。
ほら、もう効果は体に出ているぞ。
「聖先輩動かないで!」
絵里の声が聖の言葉を遮る。
全員の顔が絵里に向いて、そして彼女の狼狽する視線を辿り聖の足を見た。
腐っている。
「腐食魔法――いつの間に?」
剥がれ落ちた肉片が、湿った音を立てて地面に落ちる。
聖は腐食した左足を庇いながら、崩れ落ちるのを剣を頼りにして留まる。
竜輝もレインも同じだ。
それぞれが腕や脚を腐らせて満身創痍だ。
『回帰欲求・腐食』のもう1つの能力。
直前の数秒間の間に腐食攻撃を与えていた事にする。
過去に起きた事実にしてしまえば、回避も防御だってできない。
「今回復します! 『極白癒手・怪我治癒』」
ただし、距離の離れている絵里には効果はなかった。
というよりも、前衛としてレインと聖と竜輝がいたせいで、そこまで攻撃を届かせる事ができなかったのだろう。
過去に攻撃を与えていた事にすると言っても無条件ではなく、俺が出来ない事はどうやったって不可能なのだ。
前衛3人に腐食を与えた後、後衛の絵里に腐食を与えるのは数秒の間では無理だ。
時間が足りなかった。
だから前衛の3人だけなんだ。
「クソがッ! 舐めんじゃねえぞ!」
全員が絵里の魔法により、腐食を治した。
すると竜輝が突如悪態をついて、黒竜へと突っ込んでいく。
「竜輝、待て! 相手が何をしているのか分からないのに突っ込まないでくれ!」
「『何をしているのか分からない』……だあ?」
聖の静止の声にも耳を貸さずに黒竜に近づいて行く。
黒竜の方もただ待っているはずもなく、自分に近づいてくる小物に焦点を合わせると炎のブレスを吐いて牽制する。
竜輝はそれを目に飛び込んで躱すと鋭い宝剣の突きを放った。
「また同じになるだけだぞ!」
聖が叫び、そして先程と同じ様に黒竜は『回帰欲求・腐食』を発動する。
また攻撃は無かった事になり、腐食が与えられる。
その考えは、剣を下に振り抜き反動で飛び上がった竜輝の行動で遮られた。
「何やってんのか分からなくても、起きた事は簡単だろうがッ! こいつに与えた傷が消えて、俺達が攻撃を喰らった! こんなのは魔法じゃなきゃ、スキルだ!」
黒竜の時間が巻き戻り、竜輝の腕が腐る。
しかし竜輝は止まらない。
勢いをつけ回転した腕は腐肉を飛ばしながら、刃を黒竜の背中に突き立てた。
「布留都が言ってたぜ……スキルってのは【常時】と【発動】の2つだってな。そして【発動】スキルは一度発動すると、連続では発動できねえんだぜ! 『怒髪帝剣・流』!」
力の入らない左腕を補う為に、右手が添えられ、義手に込められた魔法が発動する。
竜輝のユニークスキルによって強化された魔法の水刃が、宝剣を通して黒竜の肉を内側から切り刻む。
「グギャアアアアアアア!」
「や、やった! 今度は回復しないぞ!」
強靭な鱗に包まれた体の内で、肉が裂かれ血が浸水していく。
濁流の様に溢れた血液はやがて、逃げ場を求めて近くに開かれた唯一の穴から噴き出した。
勝利への希望、勝ち筋を見つけて聖は駆けだした。
しかしその背中を呼び止める声があった。
「待つのだ……何かおかしい。あの血、普通じゃないのだ」
感覚の鋭い狼が鼻を鳴らす。
その場の全員の意識が、黒竜の血液に向かう。
血が、泉の如く湧き出た。
流れ出て、揺らぎなくとめどなく、丘陵地帯の溝に沿って滴る。
「血……多いですね?」
絵里の言葉の通りだった。
異常な程の血液が黒竜から滴っている。
……あの黒竜がやりたい事が今俺にも理解できた。
『千業万魔』は熟知しているスキル・魔法を使えるスキルだ。
『治療魔法』には失った血液を補填する魔法があった。
それを使ってああやって血を流し続けているのだ。
そして――。
「竜輝! 一旦戻ってくるんだ! 黒竜の様子がおかしい! ……竜輝?竜輝!」
声を掛けられても反応はなく、竜輝は宝剣を刺したまま黒竜の上からずるりと滑り落ちた。
あの反応に思い当たるスキルが1つある。
『邪龍毒血』――流れ出る血が猛毒になるスキル。
竜輝は麻痺毒にやられている。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる