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最前線

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 洞窟の中で、脚を組み瞑想をする。
 『飛躍推理メタすいり』とは少しだけ感覚が違う。
 あれは事物について関連する過去や情報を自動的に簡潔にまとめてくれたが、『回帰欲求・腐食リバースドライブ』は焦点を定めてはくれない。
 過去を見ようとすると、まず俺の視点から始まる。
 逆再生をしているように、過去に向かって俺の行動が巻き返される。
 そこから連鎖的に俺の視界に映った物の視点を移動し、ようやく何が起きたかを調べられる。

 コルク村の山の麓の森の中。
 繭から羽化した俺は、黒い翼に黒い鱗を持つ黒竜と化していた。
 その真新し翼を広げて、北東へ飛んだ。
 連邦と皇国の戦線がある方向だ。
 どうやら俺の体を乗っ取った『欲望の繭』は、俺の望みを叶えてくれようとしているらしい。
 ――すなわち、戦争を行う人間達の殲滅だ。

 この後、俺は戦線で災害もかくやという程の猛威を振るう。
 ……のだが、この時の俺はあまりにも無機質だ。
 それよりも意識を失っている間に事件の中心となっていた人物に焦点を合わせた方が分かりやすいだろう。
 
 最前線で剣を振るうあの男。
 湯河聖に。


「うおおおおおお! 退けええええ!」

 聖剣が血に濡れる。
 あの聖が人を殺していた。
 先陣を切って敵軍の中に割って入り、手の届くすべてを壊していた。
 敵も味方も誰も近づこうとはしない。
 畏れられているのだ。

「『属性魔法・横臥落穴ワイドピット』! 来るな化け物め!」

 聖の先で複数人の魔法使いが立ち塞がり、魔法によって即席の落とし穴を作り出す。
 数人の協力によって作り出された落とし穴は横に広く、地球で言う所の塹壕のようだった。
 飛び越えようとする連邦側の兵士達が弓や魔法で撃ち落とされる。
 後続の兵士の足が止まる。
 しかし、聖は違った。

「『属性魔法・大地隆起ガイアアウェイク』」

 聖の呟きと共に、大地が蠢き塹壕を塞ぐように橋が架かる。
 俺との戦いでも使った魔法だ。

「な……たった1人の魔法で戦術魔法を打ち消すだと? おいお前ら! 早く追撃をするぞ! ……おい、聞こえているのか! ん、雨か?」

 そう叫んだ部隊長は顔に掛かった液体を拭う。
 赤い、血液だ。
 彼の周りには魔法部隊は存在しなかった。
 そこには首と胴が別れた死体が転がっているだけだ。
 
「え、全滅?」

 驚愕のままに声を上げた相手の部隊長の首が落ちる。
 
「進め! 止まるな! 相手が何をしてこようが、我も聖も絵里だっているのだぞ! 心配せずに突っ込め!」

 白銀の髪を振り狼の少女が叫ぶ。
 聖の仲間のレインが、指揮官の首を爪で斬り落とした。
 そのまま狼獣人特有の素早さで敵陣を滅ぼしていく。

「ありがとうございます! 聖様! 貴様ら、レインフル様に続けえええ!」

 そんな姿に鼓舞された連邦兵士達も、雄叫びを上げ突っ込んでいく。
 しかし、そんな中で聖はため息をついた。

「どうしたんですか。聖先輩。……ああ、あの人がまたいるんですね」

「絵里、君も気付いたんだね。あの敵兵達の向こう、竜輝がいるのに」

 聖の視線の先、皇国軍の向こうから赤い光が飛んでくる。
 手に持つ宝剣を輝かせ、兵士達の頭上を跳び超え、落ちてくる。
 
「聖ィ! また出てきやがったな! 今度こそテメェを潰してやる!」

 橋の架かった塹壕を挟んで聖と竜輝が向かい合う。
 好戦的な笑みを浮かべ睨み付ける竜輝を観察していた聖が、何かに気付いた様子で問いかける。

「竜輝……ケイトはどうしたんだ? いつもなら一緒にやってくるのに」

「そんな事お前に関係あるか?」

「あるさ。元クラスメイトだから」

 自信満々に聖は答える。
 何かおかしな所でもあるかとでも言いたげに。
 聖はこういう奴だ。
 優しく柔軟な性格ではあるが、自分の信念や行動に芯があって、それだけは譲らない。
 異世界で勇者になってこんな戦場にあっても、そこは変わっていないようだ。

「あいつは今戦える状態じゃねえ。ここには居ねえよ。……馬鹿が、何の心配だ? 俺達は殺し合う仲だってのによ」

 そんな聖に、竜輝は呆れて答え構えていた剣を下ろす。
 聖が竜輝に笑いかけ何か言おうとした瞬間。
 近くに居た連邦兵士の剣が、竜輝の頭上に振りかぶられた。

「隙を見せたな! 【血濡れの悪鬼ブラッドデーモン】め!」

「チッ、うざったいな」

「やめろ! ……おいッ! 逃げてくれ、そいつには敵わない!」

 聖の静止を聞かず、兵士の剣は竜輝に触れて――そして兵士の腕が消し飛んだ。
 血煙の中から、竜輝の剣を持っていない右手が現れる。
 皇帝から賜った義手が夕日を受けて輝いていた。
 
「ふん。あのクソ皇帝もいいモン寄こすじゃねえか」

「え、なんで俺の腕が……」

 兵士は立ち尽くす。
 自分の無くなった腕を見ながら、狼狽える。

「『怒髪帝剣どはつていけん』で強化されるのは剣だけじゃなくなってんだぜ。お、なんだお前、俺と同じになったな。けど……」

 竜輝の義手が輝きを増す
 狂気的な笑みが口を裂かんばかりに、溢れる。

「やめろ、竜輝!」

「ひっ……」

「俺は自分と似てる奴がこの世で一番嫌いでなあアアアアア!」

 甲高い音を立てて義手が降り落とされる。
 悲鳴は義手の音にかき消され、跡には何も残らなかった。

「ふう、スッキリしたぜ。最近色々あってな……イライラしてたんだ。それにしても聖ィ、お前やめろってのはないだろ? 俺達はどっちも人殺しだぞ」

「竜輝……さん。聖先輩をあなたと一緒にしないでください」

「絵里、何言ってんだよ、俺と聖は同じだろうが。支配されてる人の解放のため? 死んでいく仲間の為? どんな大義名分付けようが、お前達も俺もこの世界にとっては部外者だ。あいつらとは別物なんだ。戦う理由はこの世界に溶け込みたいから、それ1つだろうが」

「そんな事は……!」

 憤り前に出ようとする絵里を抑えて、聖が前に出た。

「僕が戦う理由なんてどうだっていい。腕を失った兵士はもう戦えない。殺す必要はなかった。君はそれを殺した」

 楽しそうに竜輝が嗤う。

「それじゃあどうすんだよ。今日の戦いはいつもと違うんだぜ。2400人からなる『征服者』の軍。その上、散らばっていた『略奪者』達も合流してる」

「それが今の殺しと何の関係が?」

 聖の問いに、竜輝は笑いを止めた。
 今の竜輝の発言が真実なら、俺にも竜輝が殺した理由は理解できた。
 それを聖が分からないのは、あいつの善性の為だろう。

「鈍い奴だな。規模を見れば、今回の戦いがこの戦争の終わりだ。後に残るのは残党狩りだけ……だから今日お前ら連邦をできる限り殺すぜ、俺は合理主義者だから」

 聖も絵里も言葉を失い、立ち尽くす。
 目の前の人間が自分と同郷と思いたくないのだろうか。
 俺から見れば、生きる為に戦争に出られるお前達は似た者同士なんだけどな。
 そこは主義と善悪の違いという物だろう。

「おいおい、戦意喪失かよ。そんなんで大丈夫か? やる気を失ったお前を殺してもつまらないぜ」

「……心配要らない。僕はもう戦うと決めたんだ。君を倒して……いや、殺してでもこの国を守る」

 突き付けるように伸ばされた宝剣を、切り払うように聖剣を薙ぎ聖は戦意を示す。
 
「竜輝さん、さっきから忘れてませんか? ここには私もいるんですよ。だから聖先輩は絶対に勝ちます。いえ、絶対に私が勝たせます!」

 聖の後ろで絵里が決意と共に杖を強く握り締める。

「絵里、お前やっぱり押しの強い奴だな。そういう所嫌いじゃなかったぜ――ここで殺すけどな。『火炎』」

 竜輝が義手で刀身を撫で、炎を纏わせる。

 三者三様に闘いの準備を整えて、息を吐く。
 まず聖と竜輝がその場に土煙だけを残して姿を消した。
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