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エクシードスキル

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「何だって……? 今、エクシードスキルを持ってるって言ったのか?」

 俺がそう聞くと、ミュウニクエは空中に魔力で文字を書いた。
 それは『異界之瞳いかいのひとみ』を通した俺には『瀉血欲求』と読めた。

「『瀉血欲求リジェクトドライブ』。言葉通りにどんな状態になろうと絶対に死なない、というだけのスキルじゃが……。汝なら異常さが分かるじゃろ?」

「そうなんスか、ヒトゥリ様?」

 ミュウニクエの言葉にフェイがこちらを見る。
 確かにスキルというのは、技能を支援したり、感覚を追加したり、肉体を作り替えたりするが、それでも現実を書き換える事はできない。
 死んで間もない人間を生きらせたり、脳や脊髄や心臓の重要な器官を魔力で形どって死にづらくするスキルはある。
 しかしそれはこの世界流の蘇生術だったり、サイバネティクスの様なものであって、別に世界の法則から外れているわけではない。

「まあ……本当に【絶対に死なない】んだったらな」

「へー、ミュウって凄い人だったんスね」

 なので俺はミュウニクエに疑わしげな眼を向けながらも同意した。
 彼女の言っている事が本当なら、エクシードスキルは破格のスキルだ。
 本当なら。 

「やれやれ、信じてなさそうじゃな。だったら少し見せてやろう」

 疑いを持つ俺を見て、ミュウニクエは洞窟の外に出た。
 後について俺も外に出る。
 日が眩しい。

「ほれ、目を瞑ってないでよく見ておれ」

 そう言って振り返ったミュウニクエは突如吐血した。

「ミュ、ミュウ!」

 慌ててフェイが駆け寄るが、ミュウニクエは血を吐くのをやめない。
 一瞬正気を失ったのかと思ったが、その目はしっかりとこちらを捉えている。
 これは俺に何かを見せようとしているのだ。
 とりあえず様子を見ようと、ミュウニクエを揺するフェイを止める。

「ゴッ……ガハッ……」

 やがて血だけでなく、ミュウニクエの体が塵となって消えていく。
 異様な光景だった。
 ミュウニクエの血は地面に吸い込まれ、体は風に攫われて段々と彼女の姿が見えなくなっていく。
 やがて……。

「ミュウがいなくなっちゃったッス……」

 消失。
 その場にはもうミュウニクエはいない。
 僅かに地面に残る血だけが存在していた証拠だった。

「と、まあこんな感じじゃな」

 声だけが辺りに響いた。

「ミュ、ミュウ? どこにいるッスか?」

「ここにおる。魂だけの状態でな」

 声はどこから聞こえているのか全く分からない。
 耳元で囁かれている気もするし、どこか遠くから呼びかけられている様な感じもする。

「なるほどな。死なないって言うのは、こういう事か……。でも魂だけの状態なんだろ? もしも魂が壊されたらどうなる。再生するのか?」

「ああ、おったな。汝と同じ発想をする者が。有形無形関係なく干渉するスキルを持った人間が、一度妾を滅ぼそうとやってきたのじゃ。規格外に強く、妾は手も足も出なかった。が、体を壊しても魂だけは壊したそばから復活するので、結局長時間粘った挙句、諦めて吠えて帰って行ったわ。妾は暇つぶしに、もうちょっと付き合ってやっても良かったんじゃがな」

 ミュウニクエの声が楽し気に揺れる。
 なるほど。
 【絶対に死なない】というのは、【絶対に魂が消えない】という事か。
 
「【不変】はこの世にはあり得ない。エクシードスキルはあり得ない物を再現する……。よく分かったよ、ありがとう。それじゃあ元に戻っていいぞ」

「うん? 何を言っとるんじゃ? そんな自在に肉体を復元できるわけが無かろう」

 俺はそっちこそ何を言っているんだという目で、ミュウニクエを見返した。
 正確には彼女がいたはずの空間を。
 当たり前だがそこには誰もいない。
 顔が見えないと冗談で言っているのか、本気なのかが分からない。

「ミュウ! 冗談言ってないで早く元に戻るッス! こんな虚空に話しかけてるなんて馬鹿みたいで嫌ッス!」

「フェイ、お前もか。全身の再生には大体2から3年かかるんじゃが。それくらいなら汝らにとっても大した時間ではないじゃろう」

 フェイの抗議にも飄々とした声色で返すミュウ。
 オーラの名前を出していたから薄々勘づいてはいたが、こいつかなりの長命だ。
 時間の感覚がバグってやがる。

「その……冗談じゃないんだな? 本当にすぐには戻れないんだな?」

 ミュウは俺の真剣な声にしばし黙り込んでから、こう返した。

「ちょっとしたおふざけのつもりが、ここまで深刻に受け止められるとは……。ちょっと待ってなさい――」

「これで良し」

 途切れた言葉はフェイの体から続けられた。
 フェイは驚いた様に自分の口に手を当てている。

「もしかしてフェイの体に入ったのか?」

「正解じゃ、ヒトゥリよ」

 俺の問いにフェイが……フェイの中に入ったミュウが、にやりと笑う。
 似合わないな、フェイにはそういう顔。

「ちょっ! 何てことするッスか!? 人の体勝手に使うなんて正気じゃないッスよ!」

「こら、暴れるでない」

 フェイはそのまましばらく呆けていたが、ネジを巻かれたおもちゃの様に突然暴れ出した。
 そして、その半身をもう片方の体が抑え始めた。
 振り上げた右手を左手が捻り抑える。
 その姿はまるで珍妙なヨガに見えた。

「ふふふ、同じ体で妾に勝てると思わん事じゃ。経験が違う」

「ぐぎぎ……早く離れるッス!」

「なあ、何もそこまで嫌がる事ないじゃろう。修行を手伝ってやった仲じゃし。なあ?」

 ミュウは悲しそうな声で語り掛ける。
 それに少し絆されたのか、フェイが俺に助けを求める様に視線を向ける。
 ……いや、これはミュウか?
 どっちでもいいか。

 少し考える。
 ミュウは実際俺達の助けになっている。
 エクシードスキルについてもミュウに教えて貰わなければ、分からなかった。
 そうなると俺は恐らく、リスクを避ける為にあの里に戻らなければならなかった。
 
 フェイについては言わずもがな。
 見ず知らずのフェイを旅先で拾って、修行をつけたんだろう。
 どんな思惑や打算があったとしても、フェイは助けてもらった事には変わりはない。
 だとすれば、少しは借りを返してもいいんじゃないか?

 俺はそんな想いを籠めて視線を返した。

「……はあ、全くしょうがないッスね。体がないと不便だろうし、少し貸すくらいは構わないッス」

 俺の瞳を見つめた後、フェイは仕方がないといった風に体から力を抜いた。
 そしてミュウが支配している左半身の手を弾いて、立ち上がった。

「ただし! 四六時中勝手に体を使われるのは、恩人相手でも流石に嫌ッス! さっきみたいに、いきなり話始めるのは絶対にやめて欲しいッス!」

「ああ、分かっておるよ。今回は初回のデモンストレーションじゃ。初対面の相手がいた故のお遊び。絶対に今後このような事はせんよ」

 最後にそう言ってフェイの雰囲気が少し変わった。
 ミュウが抜けたのか?
 何だか段々魂の位置が把握できるようになったな。

「あ、ヒトゥリ様。申し訳ないけど少し失礼するッス。ミュウと色々話し合わないといけないんで」

「分かった。納得できるまで話し合ってくれ。俺はその間また少し休むから……ああ、ちょっと待った。他の眷属は今何処にいるんだ?」

「この時間なら皆狩りをしたり、住処を整えたりしてるはずッス。用があるなら呼ぶッスか?」

「大丈夫だ。ただ気になっただけだ。後で自分で顔を見せに行くから、自分の用事を済ませておいてくれ」

 フェイにそう言って俺は洞窟に戻る。
 そこらに腰かけると、冷えた岩の感触が俺を落ち着かせる。

 ふう……。
 俺は一体何を見せられていたんだ。
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