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羽化
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繭の中に取り込まれる最後に、ステータス画面に新しいスキルが浮かび上がっていた。
エクシードスキル『回帰欲求・腐食』。
それは何か、リセットを望んだ俺の堕落した性根を皮肉っているようで気に食わなかった。
ともあれ、俺は繭の中に包まれた。
意識は遠のいて、思考は淀んでいる。
俺はゆっくりと目を瞑った。
諦めではない。
俺の体を溶かしていく繭が、俺の中に直接伝えてきたからだ。
「『欲望の繭』はお前の欲望の代行だ」
「お前の代わりに兵士を全員殺して来てやろう」
その声のない言葉を感じて、俺はなぜか安心して、『欲望の繭』にこう伝えた。
「それなら連邦軍も殺してきてくれ。無辜の民を見捨てる奴らも痛みを知るべきなんだ。そしてもう二度とあいつらが争わない様にしてくれ」
分かった、と聞こえた。
これが最期か思いながらも、不思議と後悔はなかった。
自分の意志は誰かが継いでくれるんだ。
そう思えば自我が消えても構わない。
消失を受け入れてしまえば、後は簡単だった。
自分がバラバラになり、解れて離れて、また繋がる。
内側と外側が入れ替わり、止まぬ回転の中でドラゴンの咆哮が聞こえる。
繭の中で溶ける肉のように、体と精神が、スキルと魂が、ドラゴンの本能と人間の理性が解されて分たれていく。
スキルが俺の魂を超えて発動し続けている。
本能が理性の手綱を引き千切って暴走している。
吐き気を催す浮遊感とすれ違う様に、大事何かがあまりにも心地良く溶け消え、淀みに沈んでいった。
醜い黒竜が毒を吐いている。
人間の兵士を踏みつぶし、薙ぎ倒し、暴れている。
アレは……俺なのか?
繭の中のおぼろげな意識の中で、醜い黒竜の姿が望遠鏡で覗いたように遠く小さく見える。
そいつは逃げ惑う兵士を圧倒的な理不尽で蹂躙して、無機質に吼えている。
血に酔う事も、撒き散らされる死に嘆く事も、優越感に震える事もなく、ただ吼えては兵を殺す。
その時遠くから、声が聞こえた。
しかし、まるで水中で叫んでいる様に声が遠く、聞き取れない。
大きな筒……大砲を抱えた男が立っている。
あれは聖だ。
大砲を構えて、ドラゴンを撃った。
そして……そして……。
駄目だ良く見えない、眩しい。
「クソ眩しい!」
「うわあっ! 急に目を覚まさないで欲しいッス!」
覚醒と共に体を跳ね起こすと、そこは洞窟の中だった。
俺が寝ていた場所の真隣で、知らない女が俺の看病をしてくれていたようだ。
それはありがたいんだが、しかしソリティア達が避難した洞窟とも違うようだし、こいつは誰なんだ?
「あ、ヒトゥリ様。お体大丈夫ッスか? ここはミュウさんが見つけてくれた洞窟ッス。あ、ミュウさんっていうのは……。あれ、いない。ちょっと探してくるッス」
知らない女は俺に背を向けて、洞窟の外へ歩いて行く。
真っ白な肌に白い斑の入った黒い長髪。
あれに似た模様をどこかで見た覚えがある。
この世界に来てからだったような……。
戻ってきた白黒の女が、金の髪に赤いメッシュの女を連れてくる。
その時の笑い顔を見て、ピンときた。
「フェイ! フェイテール!」
「え、何スか急に。こちらの人を紹介したいんッスけど、何か不味い事でもあるッスか?」
名前を叫ばれた白黒の女、フェイが不審げにこちらを伺う。
その仕草はやはりドラゴンの頃のフェイを思わせる動きだった。
それにしてもこいつ、いつの間にか進化して『竜魔術』を習得して、人間化できるようになったのか。
しかし進化すれば、体調や位置の分かる【名付け親】の特権で分かりそうな物だが、今まで気づかなかったとすると俺はかなり長い間正気を失っていたのか……?
「えーと、ヒトゥリ様? 大丈夫ッスか?」
「おっと。なんでもない。気にしないでくれ。それでそっちの人を紹介したいんだろう?」
フェイの連れてきた女を見る。
金の髪に紅い瞳。
フェイが連れてきたという事は、多分普通の人間ではないんだろうが。
「ああ、そうッスね。この人はミュウ……ミュウニクエっていう吸血鬼ッス。私が進化する為に色々と力を貸してくれた恩人ッス」
「ア・ミュウニクエ・パラノイアじゃ。オーラのせがれよ。汝の眷属のフェイテールと縁あって同行しておる」
そう言ってミュウニクエは紅い瞳をこちらに向ける。
あの紅い瞳には見覚えがある。
勇者レイオンの連れていた仲間のフレイアという魔人が、同じ目を持っていた。
とすると、あいつも吸血鬼だったのか?
まあもう二度と会わないであろう人間の事を考えてもしょうがないか。
それよりもだ。
「よろしくミュウニクエ。……ところでここはどこなんだ?」
「どこって……天業竜山の樹海ッスよ。ヒトゥリ様が寝床にしていたあの洞窟ッス」
「天業竜山!? なんで俺はそんな所に」
確かに洞窟の形に見覚えがある。
俺が枕にしていた岩や、外に見える木々は樹海の植生と似ている……いや同じなのか。
「それはこちらが聞きたいくらいじゃ。妾達がフェイの仲間を訪ねて樹海に向かっていたら、西の方からドラゴンが吹き飛ばされて来た。そうしたらフェイがそれを見て『あれはヒトゥリ様だ』と言って空中に飛び上がって受け止めたんじゃ
「ヒトゥリ様がまた大きくなってたから大変だったッスよ! ヒトゥリ様は何をしてたッスか?」
「それが俺にもさっぱり分からない。記憶がなかったんだ」
西の方って事はフォーク連邦国の方だ。
方角は合ってるが、こことの距離は大分離れているはず。
どうすればそんな距離を吹き飛ばされるような事態になるんだ。
「最後にエクシードスキル『回帰欲求・腐食』っていうのを手に入れてから……」
「エクシードスキル? ああ、なるほどそう言う事か」
俺の言葉にミュウが納得したと手を打つ。
どういう事だと視線を向ける。
「汝は恐らく『欲望の繭』を持っていたんじゃろう。あれが羽化し、エクシードスキルになる時、大抵の者は正気を失う。たまに戻ってこれない物もおるのじゃが、どうやら汝は天運に恵まれていたようじゃな」
天運……あの変な夢のせいで正気になったんだろうな。
あれがなかったら俺はずっとあの繭の中だったのか。
「あんた随分と詳しいんだな。エクシードスキルなんて言葉、天業竜山の里の中でも聞かなかったし、オーラから貰った本にも書いてなかった」
「まあ、妾も持ってるし。エクシードスキル」
エクシードスキル『回帰欲求・腐食』。
それは何か、リセットを望んだ俺の堕落した性根を皮肉っているようで気に食わなかった。
ともあれ、俺は繭の中に包まれた。
意識は遠のいて、思考は淀んでいる。
俺はゆっくりと目を瞑った。
諦めではない。
俺の体を溶かしていく繭が、俺の中に直接伝えてきたからだ。
「『欲望の繭』はお前の欲望の代行だ」
「お前の代わりに兵士を全員殺して来てやろう」
その声のない言葉を感じて、俺はなぜか安心して、『欲望の繭』にこう伝えた。
「それなら連邦軍も殺してきてくれ。無辜の民を見捨てる奴らも痛みを知るべきなんだ。そしてもう二度とあいつらが争わない様にしてくれ」
分かった、と聞こえた。
これが最期か思いながらも、不思議と後悔はなかった。
自分の意志は誰かが継いでくれるんだ。
そう思えば自我が消えても構わない。
消失を受け入れてしまえば、後は簡単だった。
自分がバラバラになり、解れて離れて、また繋がる。
内側と外側が入れ替わり、止まぬ回転の中でドラゴンの咆哮が聞こえる。
繭の中で溶ける肉のように、体と精神が、スキルと魂が、ドラゴンの本能と人間の理性が解されて分たれていく。
スキルが俺の魂を超えて発動し続けている。
本能が理性の手綱を引き千切って暴走している。
吐き気を催す浮遊感とすれ違う様に、大事何かがあまりにも心地良く溶け消え、淀みに沈んでいった。
醜い黒竜が毒を吐いている。
人間の兵士を踏みつぶし、薙ぎ倒し、暴れている。
アレは……俺なのか?
繭の中のおぼろげな意識の中で、醜い黒竜の姿が望遠鏡で覗いたように遠く小さく見える。
そいつは逃げ惑う兵士を圧倒的な理不尽で蹂躙して、無機質に吼えている。
血に酔う事も、撒き散らされる死に嘆く事も、優越感に震える事もなく、ただ吼えては兵を殺す。
その時遠くから、声が聞こえた。
しかし、まるで水中で叫んでいる様に声が遠く、聞き取れない。
大きな筒……大砲を抱えた男が立っている。
あれは聖だ。
大砲を構えて、ドラゴンを撃った。
そして……そして……。
駄目だ良く見えない、眩しい。
「クソ眩しい!」
「うわあっ! 急に目を覚まさないで欲しいッス!」
覚醒と共に体を跳ね起こすと、そこは洞窟の中だった。
俺が寝ていた場所の真隣で、知らない女が俺の看病をしてくれていたようだ。
それはありがたいんだが、しかしソリティア達が避難した洞窟とも違うようだし、こいつは誰なんだ?
「あ、ヒトゥリ様。お体大丈夫ッスか? ここはミュウさんが見つけてくれた洞窟ッス。あ、ミュウさんっていうのは……。あれ、いない。ちょっと探してくるッス」
知らない女は俺に背を向けて、洞窟の外へ歩いて行く。
真っ白な肌に白い斑の入った黒い長髪。
あれに似た模様をどこかで見た覚えがある。
この世界に来てからだったような……。
戻ってきた白黒の女が、金の髪に赤いメッシュの女を連れてくる。
その時の笑い顔を見て、ピンときた。
「フェイ! フェイテール!」
「え、何スか急に。こちらの人を紹介したいんッスけど、何か不味い事でもあるッスか?」
名前を叫ばれた白黒の女、フェイが不審げにこちらを伺う。
その仕草はやはりドラゴンの頃のフェイを思わせる動きだった。
それにしてもこいつ、いつの間にか進化して『竜魔術』を習得して、人間化できるようになったのか。
しかし進化すれば、体調や位置の分かる【名付け親】の特権で分かりそうな物だが、今まで気づかなかったとすると俺はかなり長い間正気を失っていたのか……?
「えーと、ヒトゥリ様? 大丈夫ッスか?」
「おっと。なんでもない。気にしないでくれ。それでそっちの人を紹介したいんだろう?」
フェイの連れてきた女を見る。
金の髪に紅い瞳。
フェイが連れてきたという事は、多分普通の人間ではないんだろうが。
「ああ、そうッスね。この人はミュウ……ミュウニクエっていう吸血鬼ッス。私が進化する為に色々と力を貸してくれた恩人ッス」
「ア・ミュウニクエ・パラノイアじゃ。オーラのせがれよ。汝の眷属のフェイテールと縁あって同行しておる」
そう言ってミュウニクエは紅い瞳をこちらに向ける。
あの紅い瞳には見覚えがある。
勇者レイオンの連れていた仲間のフレイアという魔人が、同じ目を持っていた。
とすると、あいつも吸血鬼だったのか?
まあもう二度と会わないであろう人間の事を考えてもしょうがないか。
それよりもだ。
「よろしくミュウニクエ。……ところでここはどこなんだ?」
「どこって……天業竜山の樹海ッスよ。ヒトゥリ様が寝床にしていたあの洞窟ッス」
「天業竜山!? なんで俺はそんな所に」
確かに洞窟の形に見覚えがある。
俺が枕にしていた岩や、外に見える木々は樹海の植生と似ている……いや同じなのか。
「それはこちらが聞きたいくらいじゃ。妾達がフェイの仲間を訪ねて樹海に向かっていたら、西の方からドラゴンが吹き飛ばされて来た。そうしたらフェイがそれを見て『あれはヒトゥリ様だ』と言って空中に飛び上がって受け止めたんじゃ
「ヒトゥリ様がまた大きくなってたから大変だったッスよ! ヒトゥリ様は何をしてたッスか?」
「それが俺にもさっぱり分からない。記憶がなかったんだ」
西の方って事はフォーク連邦国の方だ。
方角は合ってるが、こことの距離は大分離れているはず。
どうすればそんな距離を吹き飛ばされるような事態になるんだ。
「最後にエクシードスキル『回帰欲求・腐食』っていうのを手に入れてから……」
「エクシードスキル? ああ、なるほどそう言う事か」
俺の言葉にミュウが納得したと手を打つ。
どういう事だと視線を向ける。
「汝は恐らく『欲望の繭』を持っていたんじゃろう。あれが羽化し、エクシードスキルになる時、大抵の者は正気を失う。たまに戻ってこれない物もおるのじゃが、どうやら汝は天運に恵まれていたようじゃな」
天運……あの変な夢のせいで正気になったんだろうな。
あれがなかったら俺はずっとあの繭の中だったのか。
「あんた随分と詳しいんだな。エクシードスキルなんて言葉、天業竜山の里の中でも聞かなかったし、オーラから貰った本にも書いてなかった」
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