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存在しない人

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 疲れは人から全てを奪う。
 俺が洞窟に帰ってくると、アルベルト達が作った熊肉の鍋の匂いが漂っていた。

「アルベルト、こっちの様子はどうだ?」

「ヒトゥリ様。御覧の通りですよ。皆様食事をしてくれてはいますが、あんな事があった後では……」

 アルベルトの視線が差す先には、村人達が縮まって飯を食べていた。
 おそらくこの村史上初の大物の肉を囲む食事は、歓喜とは程遠い静寂に包まれていた。

「残ったのは俺達だけか!? 皇国兵なんてやっぱり受け入れるべきじゃなかった!」

「ガレルお前……」

「この飯をメディにも食わせてやりたかった! でも、もうあいつはいねえんだ!」

 突如村人の誰かが叫んだ。
 俺は叫んだ奴の事は知らない。
 言葉を交わした事もないくらいだ。
 だけど、よく女性と幸せそうに話していたから知っている。
 ガレルと呼ばれた男は、メディという女と結婚する予定だった。
 いつも通り一緒に居たのなら、きっとメディはガレルの目の前で殺された。

「クソっ! ぐうぅっううう……」

 彼らは涙と共に、黙々と消費を続ける。
 立ち上がり、誰かがこの惨状を連邦軍に伝えなければならないのに、皆そんな気力はない。
 
「これでは今日明日を生き残る気力などないでしょう」

「そうだな……ん? あれはプラムか」

 なんとも陰惨な空気の中で、洞窟の奥からプラムが出てきた。
 声を掛けようとして違和感を覚えて、出した手を引っ込めた。
 プラムの足取りが重い。
 この雰囲気に飲まれたとか、疲れているといった風ではない。

「あ、ヒトゥリさんにアルベルト。フィア君が……」

 声を掛けられずに佇んでいる俺を見つけ、プラムの方から近寄って来た。

「プラム様。……フィア君の容体が悪いのでしょうか?」

 プラムは寝込んでいたフィアの為に用意していた濡れたタオルを握りしめた。

「それは……私の口からは伝えにくいです。きっと、見れば分かります。私はタオルを洗わないといけませんから!」

 そう言って走り去るプラムの横顔には薄っすらと涙が浮いていた。
 一体フィアに何があった?
 怪我や生命に関わる事態なら、ギルド事務員のプラムは慣れ切っている。
 遠慮なく治療のできるマリーに伝えるはずだ。

「ヒトゥリ様。ここは貴方が行くべきでしょうね。私は残念ながら彼とは、あまり交流がありませんでしたから。行っても彼の助けにはなりませんから」

「ああ、そうかもな。お前にはまだ仕事が残っているだろうし、フィアの様子は俺が見よう」

 湿った空気と、下を向いて食事をする村人の間を縫って奥に行く。
 荷物を纏めて作られた簡易的なベッドによる医務室の、一番奥にフィアはいた。
 すでにベッドから身を起こして、自分が狩った熊の鍋を食っている。

「何だ、元気そうじゃないか」

 そう言って近づくと、俺に気付いたフィアが笑顔をこちらに向ける。
 こいつのこんな笑顔を見たのは初めてだ。
 もうすっかり立ち直ってるじゃないか。
 何でプラムは泣いていたんだ。

「あ、ヒトゥリさん! さっきは助けてくれてありがとう!」

「気にしないでくれ……それよりも間に合わなかったんだ。あの2人を助けられなかっただろ、俺は」

 フィアのベッドの前に置かれていた箱に腰かける。
 俺の言葉にフィアは唇を震わせた。

「そうだね……。確かには助かったけど、2人は間に合わなかった。でも――」

 ん?
 こいつ今、私って言わなかったか?
 ちょっと何かおかしいぞ。

、ヒトゥリさんの事恨んでないよ。きっと2人なら、悲しむより、私達に前に進んでほしいって言うと思うから」

「――!」

 驚き、そしてようやくプラムが伝えにくいと言った意味が理解できた。
 プラムにはフィアに起きたこの現象を何となく理解できても、言語化する事ができなかったんだ。
 あまりにもショックな出来事、辛い現実を受け止めきれなかった人間が取る、最後の手段。
 心を守る為の防衛反応。

 フィアはクリエの死を受け止めきれずにいた。
 だがクリエはもうこの世にはいない。
 普通この矛盾を解消するには、クリエの幻覚でも見るしかない。
 でもフィアは優れた狩人だ。
 磨かれた並外れた感覚は、幻覚で誤魔化せる程に不確かではない。

「それが私を助けに飛び込んできてくれたフィアへの、せめてもの償いになるよね?」

 最終的にフィアは、こう記憶を改ざんした。
 【クリエが殺される前にフィアは村長の家に着き、そこで皇国兵と相打ちになった】
 最愛の親友の危機に間に合わず救えなかった事は、きっとフィアにとっては自分を殺してしまう程に辛い物だった。
 だとしたら俺は……。

「そうだな。後悔しない様に前に進む事が、間に合わなかった奴の責任の取り方なのかもな」

「えっ? 間に合わなかった……? 何の話をしてるの?」

「いや、何でもないよ。ちょっと外へ行ってくる。ゆっくり休んでくれ、

 この子の事も背負わなければ。
 村が襲われたのを自分の責任だと定めた頃から、この村の人達が失った全ては俺の責任だ。


「マリー、ここは頼んだ」

 村人を守る為のゴーレムを次々と作り出しているマリーに声を掛け、後ろを通り過ぎる。
 俺は行かなければならない。

「え、ちょっと! どこに行くの!?」

 ソリティアを守る任務を放り出し、急にこの場を離れようとする俺に、マリーは振り返り問い詰めた。
 彼女の視線は俺の瞳を貫いた。
 痛い。
 視線が痛い。

「報復だ」

「報復……って、あいつらを追う気? その前に私達にはやるべき事があると思うんだけど」

「確かに村人達には食事や住処の当面の生活、そしてその後は受け入れ先を探してやらないといけないのかもしれない。俺達はあいつらの現状に責任を負っているんだからな」

「分かっているのなら……」

「それでも俺は報復をする」

 マリーの言葉の終らない内に、早口でまくし立てる。
 頭が熱い。
 
「後ろを見ろ。俺の後ろにいる大勢の村人達を。あいつらは前を向いているか? いいや、下を向いて飯を食っている。自分達の大切な人が殺され、村を焼かれているというのに、報復をする気も立ち直る気力すらない」

 普段は回らないはずの舌が、自分の物ではなくなった様に回り、本心か定かですらない言葉を吐き続ける。

「そんな中で俺達が一から全てまでの面倒を見てやるのか?」

「それは……」

「ソリティアにはタイムリミットがある。会長が示した期限までに帰れなければ、最悪の事態だ。ソリティアもプラムも王都を追われる事になる」

 俺の足はもう前に進んでいた。
 心の中の何かに急かされる様に。
 自分に殺されたフィアの影に追い立てられるように、全てを白紙に戻そうとしていた。

「マイナスは0に戻さないとプラスにはならない。村人達には自分で前に進んでもらう。そのために俺は――」

 マリーの目はもはや信じられない物を見る様な目つきになっていた。
 俺の頭の片隅で、戻るべきだと何かがささやいた。
 それでも俺の足は止まらなかった。

「皇国兵を殺してくる」

 マリーを通り過ぎてからは、もう誰も俺の足を止める者はいなかった。
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