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やり直し

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 ……ほとんど顔色一つ変えずに語り終えたマリーは、冷静な目で俺を見た。
 不自然な鉄面皮の下に、彼女は何を押し殺しているのだろう。
 それは、きっと俺と同じ感情だ。

「俺達のやった事は何も意味がなかったって事か。俺達の計画は村人を助けたわけでも、フルード達を焚き付けたわけでもなく、ただ傍観していたのと何ら変わらなかったわけだ」

 拳に力が入る。
 ソリティア達と計画を練ったのも、必死になって走ったのも、ソリティアが危険を冒して警備を引き付けようとしたのも、何も意味はなかった。
 俺達は皇国兵を止められず、結果的に過去を乗り越えて将来を手に入れようとしていた少年から大切な幼馴染が奪われた。

「ちくしょう!」

「ヒトゥリ。慰めじゃないけど、言わせてもらうわ。今回の出来事は計画が悪かったわけじゃない。ただフルードの率いる【略奪者】達の性質を、無辜の村人達を虐殺する残虐さを知らなかっただけよ」

 拳を木に叩きつけたままの俺の肩に、マリーの暖かい掌の感触が伝わる。
 慰めじゃないと言った言葉通り、俺にはその言葉は何の安らぎにもならなかった。

「知らなかった……? いや、俺は知っていたはずだ。前世で利己的な人間の残虐さや行動なんて腐る程に味わってきた。それなのに、このザマだ!」

 湧き上がる前世の記憶。
 20と数年の短い人生の中、学校で、会社で、あるいは街中で。
 人間の残虐さ、残酷さを見る機会なんて幾らでもあった。
 保身の為に見捨てる人間、価値が低いと判断され見捨てられる人間。
 利益を得る為に排除する人間、邪魔だからと排除される人間。
 それこそ俺が前世に絶望した原因じゃなかったか?

「それを忘れるなんて、これじゃあ聖にした説教が滑稽に思えてくる。何が『地球に希望を持ちすぎ』だ。俺こそ、この世界に希望を持ちすぎじゃないか」

 人間は邪悪な物だった。
 樹海の中で狩猟生活を数週間送って感じた、生きる為に命を奪うあの感覚。
 それより、もっと残酷な業を持った生物。
 快楽や悦楽の為に同族ですら貶める生物が人間だ。
 それから解放されたいと強く願ったから俺は、逃げる様に里を出たんだ。
 
 全部忘れていた。
 慕ってくれる眷属を作り、信頼してくれる仲間に囲まれ、昔別れた親友にまで再会して、昔の自分のような少年を指導して。
 心のどこかで、前世の人間の頃とは違う精神性を得たと勘違いしていた。
 
 そうだ。
 俺はもっと自由にならないといけない。
 もっと欲望を解放すべきだ……。

「トゥリ……ヒトゥリ!」

「うわっ……何だ、聞こえてるよ。そんな大声で叫ばなくても」

 耳元で響くマリーの大声に驚いて、一歩離れる。
 そんな俺を憐れむ目で見た後、マリーは口を開いた。

「そろそろ戻りましょう。アルベルトさんが熊の肉でシチューを作るって言ってたわ。遅れると私達の分が無くなるわよ」

「そうだな。戻ろう」

 少し遅れてから返事をすると、マリーは微笑んで背中を向けて歩き出す。
 もしかして今のは、考え込む俺に気を使ったのか?
 だとしたら感謝を……。
 いや駄目だ、考えても確証が持てない。
 なら俺は自分の言いたい事を伝えておこう。

「ああ、待った。あと1つ言っておく」

 先を歩くマリーの背中に投げかける。
 マリーは振り返らずに、立ち止まった。

「まだ何か聞きたい事でもあるの?」

 俺は自分のせいで誰かが傷つくのが嫌だ。
 それが俺の責任として重くのしかかるのが嫌だ。
 だからこれは、俺のエゴだ。
 マリーの為を想って言う事ではない。
 だがそんな余計な事は口に出さない。
 俺は自分の為に、マリーが俺の責任から解放されて欲しいと思っているからだ。

「今度からは手を抜かなでいい。目立ちたくない俺に合わせて、力を抑えて傷つくのはやめてくれ。戦い以外の事でも、何でもだ。俺達はお互いの目的を果たす為のパートナーだ。もっと自分のエゴを押し付けてくれていい」

 マリーは優しい。
 俺が最初に出会った時に感じた、人の心を理解しない科学者の様な印象は間違っていた。
 マリーは普通の少女だ。
 親友を想っている。
 自分のやりたい事に夢中になっている。
 精神的に同世代の女の子と出掛けたりもする。
 出会ったばかりの少女と小さな友情を育み、それを失った事が原因で傷ついている。
 旅を共にする相棒の為に、負う必要のなかった責任を負って苦しんだ。 

 俺の責任にマリーを付き合わせた事が申し訳ない。
 俺は申し訳なさなんて感じたくない。
 だからマリーはもっとエゴを出してもらう。
 これから何があっても、それは俺の責任でなく、マリーの責任となるのだ。

「……うん。分かったわ。でもね、ヒトゥリ」

 ゆっくり返事をしたマリーは背を向けたまま、横顔だけ見せて笑う。

「私のエゴは大きいわよ。これから私の意見に流されないようにね」

 それだけ言うと前を向いて、マリーはそのまま歩き出した。
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