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外伝:勇者の憤り
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「勇者レイオンよ。そなたに5日の王都内での謹慎を命ずる」
玉座の間で跪く私に、頭上から王の声が降りかかる。
何故私がこんな目に。
分かっている。
それはあのドラゴン――後で調べた所ヒトゥリというらしい、あいつに襲い掛かったせいだ。
正確には、ドラゴンが裏から手を回して社会的に私を攻撃したせい、か。
あの男がドラゴンだという報告は悪手なのでする気はなかった。
この国でドラゴンは神聖な物だとされているからだ。
何を言っているのか私にも分からない。
ドラゴンは野蛮で人間社会には関わらない生物のはずだ。
それが、社会的に攻撃だと? ふざけてる。
「レイオン殿、悪党と間違えて善人を、しかもフィランジェット家の御友人を攻撃してしまった事を王は嘆いておられます。しかし、相手を殺さなかったのは不幸中の幸いでした。公務がある場合は、使者を送りますので、それではお帰りを」
「承知しました。失礼致します」
側に控えていた宰相の言葉に淡々と返して、私は自宅に帰る。
ここは王の城。
感情を見せれば巣食う怪物共に付け込まれる。
あのドラゴンはいつか必ずこの手で仕留めてやる。
「ほお、謹慎か? 栄えあるセラフィ王国の勇者が随分と酷い扱いを受けたな、滑稽だぜ。レイオン」
ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながら歩み寄るのは、私の友人ジル・ニコラス。
この国の貴族で騎士のくせに元々部外者の私が、この国でのし上がるのに手を貸してくれた変わり者だ。
そして彼にも私と同じく血についての忌まわしき事情があり、だからこそ私の同志【絢爛たる血の聖団】に入ってもらった。
「ふん。少し相手の力量を見誤っただけだ。獣ごときが権力などと……! 由々しき事態だぞこれは!」
憤る私の後ろをジルの足音が続く。
この男はまったく同調というものを見せない。
私が感情を見せれば他の貴族や騎士共はすり寄ってくるというのにな。
腹立たしい。
「へえ、そうかい。まあ俺にはどうでもいいけどよ。家に帰るんだろ? 俺も上がらせてくれよ、暇なんだ。セルティミア様やシャルロ様が仕事全部持っていくもんで、俺の公務はお前と遊ぶ事くらいしか残ってねえのよ」
「サボってるだけだろうが! 勝手にしろ、どうせこの街を歩いたって不快な獣に出会うだけだ」
王城の周囲を取り囲むように広がる貴族区。
その一角に私の家がある。
勇者となった日に王から賜った家だ。
そしてこの家は俺達【絢爛たる血の聖団】の集合場所でもある。
「あ、レイオン様お帰りなさい。ジル様も」
「レイオン帰ってきたのね! それで王様はなんて言ってた?」
ねじれた角と赤い目の女と、狐耳の生えた神官が手を振ってくる。
突発的に吸血鬼に覚醒し、国を追い出された魔族のフレイア。
そして図らずも自らの手で故郷を消してしまった狐獣人のラフィー。
彼女達も私に力を貸してくれる同志だ。
「も? もってなんだ。俺をおまけみたいに言うんじゃねえ! フレイアは俺を無視するな!」
「謹慎だ。街からは出るな、王はそう仰った。すまないが私は休む。用があれば呼んでくれ」
うるさいジルを無視して、広間から寝室へ続く廊下へと進む。
自分で考えていた以上に気にくわなかったらしい。
仲間とさえ言葉を交わす気にはならなかった。
「あらまあ、レイオンの奴思ったよりも傷が深いな。フレイアよ、慰めてやったら? いいチャンスだぜ」
「馬鹿言わないで。レイオンはああいう時は放っておいてほしい人よ。それくらい仲間なら分かりなさい」
「フレイア様はレイオン様以外の男の方には辛辣ですね……。そうだ。ジル様、フレイア様、お腹すいてませんか? 街で美味しいお菓子を見つけたんです」
「いや、俺は……」
「甘い物が苦手、でしょ? 食べなさいよ、それくらい。私達のパーティの可愛い妹分が買ってきたお土産よ。ほら美味しい。ほら!」
寝室に入るまでにそんな会話が聞こえてきた。
呑気な物だ。
ドラゴンがこの街にいるのは伝えてあるというのに。
暗い部屋の中に入り、ベッドに腰かける。
サイドチェストの中から酒瓶を持ち出し飲み干す。
これも、何もかもあのヒトゥリのせいだ。
「……オン! レイオン、レイオンってば!」
ここはどこだ?
土、木、森、そしてこの匂い……エルフの里だ。
忌まわしき我が故郷。
そして俺を呼ぶのは。
「メルリ、どうしたんだい。俺の名前をそんなに呼んで」
「どうしたんだい、じゃないよ。こんな所で眠っちゃって。風邪ひくよ?」
「ああ、それは困る……いやでも、君が看病してくれるのなら、むしろ幸せかな?」
そう言うとメルリは俺の顔から眼をそらして顔を赤らめた。
可愛い人だ。
この人とずっと一緒に居られたら……。
「なあメルリ、俺はもうすぐこの里の長になるんだ。そうなったら俺と……俺と結婚してくれるかい?」
「嬉しい! そうなったらどれだけ幸せかな。毎日一緒の家で暮らして、ご飯を食べて、好きな物について語り合うの……あっ、今とあまり変わらないね!」
この子の嬉しそうに笑う表情に、俺は惹かれたんだ。
こんな風習だらけのつまらない世界でも、この子さえいれば俺は幸せだ。
「ああ、でもそれはできないの……レイオン、ごめんなさい。ごめんなさい!」
「メルリ? どうしたんだいメルリ。 メルリ!」
メルリの姿がどんどん消えていく。
探しても、探しても見つからない。
それどころか周りのエルフの里すら、いつの間にか消えている。
「いやああああ! 助けて!」
辺りはいつの間にか火に包まれていた。
そしてメルリは大きな影に襲われている。
爪が彼女の肉に食い込み、牙が今まさに突き立てられようとしている。
「行くなレイオンッ! 聖なる獣を傷つけてはならん! これは我らの掟だぞ!」
後ろから父親の怒鳴り声が響く。
だが奴は死んだはずだ。私の恋人の死んだ日に。
ああ、これは夢だ。
夢だから救う必要もないんだ。
「貴様あッ! ドラゴン如きが私のメルリを汚すな! 例え夢でも許さんぞ!」
それでも私の愛しい人を汚すな!
「ああああ! うわあ!」
汗で服が張り付いて気持ちが悪い。
いつの間にか眠っていたようだ。
悪夢なんて久しぶりだ、酒が悪く回ったか?
……いや、ドラゴンのせいだ。そうに違いない。
「レイオン……うなされてたけど大丈夫?」
隣を見るとフレイアが私を心配そうに見ていた。
そんなに声が大きかっただろうか。
「安い酒のせいだ。問題ない。できたら水を持ってきてくれ。喉が渇く」
「そう、例の事もあまり気に病まないでね。どんな時も私がついてるわ。後これは城からの使者が持ってきた書簡よ」
「ありがとう。そこに置いといてくれ」
フレイアの存在はありがたいが、しかしそれでもメルリの代わりなんて居るはずもない。
あの子は俺にとって唯1人、永遠の存在だったんだ。
私はフレイアがサイドチェストに置いて行った書簡を拾い上げる。
中身を読み、用のなくなった手紙を部屋の隅に放り投げる。
「戦争か。それも私と同じ勇者が出しゃばるか」
連邦国と皇国の戦争が発生し、勇者の私に国境近くでの待機を命ずる書簡だった。
まったくもって腹立たしい。
勇者はその国で最も高潔で強大な戦士が命ぜられる。
歴代勇者の中には1人で強大な軍と比肩する力を持つ者も少なくない。
だからこそ、それぞれの国の勇者はあくまで国内の脅威に対応し、戦争で使うなど今まであり得なかった。
異世界から来たという彼らは自分達の実力を理解しているのだろうか。
国境線近くに住む村民や、国境線そのものに破滅をもたらしかねない力を。
「今までの小競り合いでは済まないぞ……いや、これで戦果を挙げれば玉座に一歩近づくか?」
権力。
世界を変える唯一の力。
それを求めてこの地位まで這い上がったのだ。
せいぜいこの戦争も利用させてもらうとしよう。
私や仲間のような人間は、もう出す必要はないのだ。
玉座の間で跪く私に、頭上から王の声が降りかかる。
何故私がこんな目に。
分かっている。
それはあのドラゴン――後で調べた所ヒトゥリというらしい、あいつに襲い掛かったせいだ。
正確には、ドラゴンが裏から手を回して社会的に私を攻撃したせい、か。
あの男がドラゴンだという報告は悪手なのでする気はなかった。
この国でドラゴンは神聖な物だとされているからだ。
何を言っているのか私にも分からない。
ドラゴンは野蛮で人間社会には関わらない生物のはずだ。
それが、社会的に攻撃だと? ふざけてる。
「レイオン殿、悪党と間違えて善人を、しかもフィランジェット家の御友人を攻撃してしまった事を王は嘆いておられます。しかし、相手を殺さなかったのは不幸中の幸いでした。公務がある場合は、使者を送りますので、それではお帰りを」
「承知しました。失礼致します」
側に控えていた宰相の言葉に淡々と返して、私は自宅に帰る。
ここは王の城。
感情を見せれば巣食う怪物共に付け込まれる。
あのドラゴンはいつか必ずこの手で仕留めてやる。
「ほお、謹慎か? 栄えあるセラフィ王国の勇者が随分と酷い扱いを受けたな、滑稽だぜ。レイオン」
ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながら歩み寄るのは、私の友人ジル・ニコラス。
この国の貴族で騎士のくせに元々部外者の私が、この国でのし上がるのに手を貸してくれた変わり者だ。
そして彼にも私と同じく血についての忌まわしき事情があり、だからこそ私の同志【絢爛たる血の聖団】に入ってもらった。
「ふん。少し相手の力量を見誤っただけだ。獣ごときが権力などと……! 由々しき事態だぞこれは!」
憤る私の後ろをジルの足音が続く。
この男はまったく同調というものを見せない。
私が感情を見せれば他の貴族や騎士共はすり寄ってくるというのにな。
腹立たしい。
「へえ、そうかい。まあ俺にはどうでもいいけどよ。家に帰るんだろ? 俺も上がらせてくれよ、暇なんだ。セルティミア様やシャルロ様が仕事全部持っていくもんで、俺の公務はお前と遊ぶ事くらいしか残ってねえのよ」
「サボってるだけだろうが! 勝手にしろ、どうせこの街を歩いたって不快な獣に出会うだけだ」
王城の周囲を取り囲むように広がる貴族区。
その一角に私の家がある。
勇者となった日に王から賜った家だ。
そしてこの家は俺達【絢爛たる血の聖団】の集合場所でもある。
「あ、レイオン様お帰りなさい。ジル様も」
「レイオン帰ってきたのね! それで王様はなんて言ってた?」
ねじれた角と赤い目の女と、狐耳の生えた神官が手を振ってくる。
突発的に吸血鬼に覚醒し、国を追い出された魔族のフレイア。
そして図らずも自らの手で故郷を消してしまった狐獣人のラフィー。
彼女達も私に力を貸してくれる同志だ。
「も? もってなんだ。俺をおまけみたいに言うんじゃねえ! フレイアは俺を無視するな!」
「謹慎だ。街からは出るな、王はそう仰った。すまないが私は休む。用があれば呼んでくれ」
うるさいジルを無視して、広間から寝室へ続く廊下へと進む。
自分で考えていた以上に気にくわなかったらしい。
仲間とさえ言葉を交わす気にはならなかった。
「あらまあ、レイオンの奴思ったよりも傷が深いな。フレイアよ、慰めてやったら? いいチャンスだぜ」
「馬鹿言わないで。レイオンはああいう時は放っておいてほしい人よ。それくらい仲間なら分かりなさい」
「フレイア様はレイオン様以外の男の方には辛辣ですね……。そうだ。ジル様、フレイア様、お腹すいてませんか? 街で美味しいお菓子を見つけたんです」
「いや、俺は……」
「甘い物が苦手、でしょ? 食べなさいよ、それくらい。私達のパーティの可愛い妹分が買ってきたお土産よ。ほら美味しい。ほら!」
寝室に入るまでにそんな会話が聞こえてきた。
呑気な物だ。
ドラゴンがこの街にいるのは伝えてあるというのに。
暗い部屋の中に入り、ベッドに腰かける。
サイドチェストの中から酒瓶を持ち出し飲み干す。
これも、何もかもあのヒトゥリのせいだ。
「……オン! レイオン、レイオンってば!」
ここはどこだ?
土、木、森、そしてこの匂い……エルフの里だ。
忌まわしき我が故郷。
そして俺を呼ぶのは。
「メルリ、どうしたんだい。俺の名前をそんなに呼んで」
「どうしたんだい、じゃないよ。こんな所で眠っちゃって。風邪ひくよ?」
「ああ、それは困る……いやでも、君が看病してくれるのなら、むしろ幸せかな?」
そう言うとメルリは俺の顔から眼をそらして顔を赤らめた。
可愛い人だ。
この人とずっと一緒に居られたら……。
「なあメルリ、俺はもうすぐこの里の長になるんだ。そうなったら俺と……俺と結婚してくれるかい?」
「嬉しい! そうなったらどれだけ幸せかな。毎日一緒の家で暮らして、ご飯を食べて、好きな物について語り合うの……あっ、今とあまり変わらないね!」
この子の嬉しそうに笑う表情に、俺は惹かれたんだ。
こんな風習だらけのつまらない世界でも、この子さえいれば俺は幸せだ。
「ああ、でもそれはできないの……レイオン、ごめんなさい。ごめんなさい!」
「メルリ? どうしたんだいメルリ。 メルリ!」
メルリの姿がどんどん消えていく。
探しても、探しても見つからない。
それどころか周りのエルフの里すら、いつの間にか消えている。
「いやああああ! 助けて!」
辺りはいつの間にか火に包まれていた。
そしてメルリは大きな影に襲われている。
爪が彼女の肉に食い込み、牙が今まさに突き立てられようとしている。
「行くなレイオンッ! 聖なる獣を傷つけてはならん! これは我らの掟だぞ!」
後ろから父親の怒鳴り声が響く。
だが奴は死んだはずだ。私の恋人の死んだ日に。
ああ、これは夢だ。
夢だから救う必要もないんだ。
「貴様あッ! ドラゴン如きが私のメルリを汚すな! 例え夢でも許さんぞ!」
それでも私の愛しい人を汚すな!
「ああああ! うわあ!」
汗で服が張り付いて気持ちが悪い。
いつの間にか眠っていたようだ。
悪夢なんて久しぶりだ、酒が悪く回ったか?
……いや、ドラゴンのせいだ。そうに違いない。
「レイオン……うなされてたけど大丈夫?」
隣を見るとフレイアが私を心配そうに見ていた。
そんなに声が大きかっただろうか。
「安い酒のせいだ。問題ない。できたら水を持ってきてくれ。喉が渇く」
「そう、例の事もあまり気に病まないでね。どんな時も私がついてるわ。後これは城からの使者が持ってきた書簡よ」
「ありがとう。そこに置いといてくれ」
フレイアの存在はありがたいが、しかしそれでもメルリの代わりなんて居るはずもない。
あの子は俺にとって唯1人、永遠の存在だったんだ。
私はフレイアがサイドチェストに置いて行った書簡を拾い上げる。
中身を読み、用のなくなった手紙を部屋の隅に放り投げる。
「戦争か。それも私と同じ勇者が出しゃばるか」
連邦国と皇国の戦争が発生し、勇者の私に国境近くでの待機を命ずる書簡だった。
まったくもって腹立たしい。
勇者はその国で最も高潔で強大な戦士が命ぜられる。
歴代勇者の中には1人で強大な軍と比肩する力を持つ者も少なくない。
だからこそ、それぞれの国の勇者はあくまで国内の脅威に対応し、戦争で使うなど今まであり得なかった。
異世界から来たという彼らは自分達の実力を理解しているのだろうか。
国境線近くに住む村民や、国境線そのものに破滅をもたらしかねない力を。
「今までの小競り合いでは済まないぞ……いや、これで戦果を挙げれば玉座に一歩近づくか?」
権力。
世界を変える唯一の力。
それを求めてこの地位まで這い上がったのだ。
せいぜいこの戦争も利用させてもらうとしよう。
私や仲間のような人間は、もう出す必要はないのだ。
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