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フィランジェット家の後日談
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宿屋に着いた後、簡易的な食事を済ませてベッドの上に寝転がり目を瞑る。
シャルロとの気の休まらないデートに、ソリティアをギリギリで命を救い、騎士団長のセルティミアに殺されかけて、プラムを誘拐した悪党を潰して……休みの日のはずなのに色々ありすぎた。
肉体的にはほとんど負担はなかったが、精神的にはキツかった。
特に、1日のほとんどをシャルロと共に過ごすのは、いつ公権力を振りかざして捕らえられるかと気が気でなかった。
ため息をついて目を開く。
早く休みたいところだが、やるべき事はまだ残っている。
フィランジェット家の館で『飛躍推理』を使用した時の事を思い出す。
あの時、調べた対象は今日起きた出来事。
誘拐事件に関わった俺が当事者である以上、それを始点に関連する全ての情報が引き出せた。
『飛躍推理』で得られた情報は膨大だ。
過去の事を知るならそれで十分だが、それを使って得られなかった未来を考察するのは俺自身の思考が不可欠で、少し集中が必要だ。
次第に体の感覚が薄まり、頭の中に様々な情景が浮かぶ。
俺の視点、ソリティアの視点、プラムの視点、シャルロの視点、悪党の視点……この事件に関わった全ての人物からの観点と、客観的な情報群が俺の脳裏を通過していった。
流れていく情報を1つ1つ組み立てて、幾つもの可能性を考える。
どうにかして、俺の手であの事件を終わらせられなかったのか――。
それが終わると、俺はベッドから立ち上がり、コップに水を注いで飲み干した。
「薄々分かっていた事だが、やはり俺には解決しようのない事件だったって事か……」
疲れと嫌気の混じった気分を抱え、眠るような気分ではなくなってしまった。
俺は宿屋の窓から外を眺めて暗闇の中に、あの執事の視点を想起した。
簡単に言えばこうだ。
執事は逃亡してきた元皇国の暗殺者だ。
彼は道端で死んでいた少年と入れ替わってこの街で長年暮らし、そして名家の執事にまで成り上がった。
だが、それも皇国からの逃亡者と分かればすぐさま地位も街も追われてしまう。
その件を嗅ぎつけた幹部の男に、その件の公表に上乗せしてフィランジェット姉妹の安全についてまで脅しを受け、手駒になり下がった。
だが、ここで重要なのは執事がどちらかといえば、姉妹の安全の方を理由に幹部の男の手駒になったという事だ。
なにしろ殺伐とした世界に生きていた彼にとって、お互いを心配し合う仲良しの姉妹なんて有難く、そして尊い存在なのだから。
そんな彼女達が、片や継ぎたくもない商会の会長争いに周囲の期待と義務感から参加し、片やギルドの受付嬢としての平穏な生活と命を策謀によって散らされようとしている。
執事はあの選択が彼女達にとっても最良だと、致命的に勘違いをしていたのだ。
それで男に命じられるままにプラムを誘拐したり、俺達が無力化した悪党を皆殺しにしたり、指示書を隠滅したり、それはもう幹部の男の役に立ちまくった。
執事は執事なりに、あの姉妹が両親の様に危険な目に合うのを見たくなかった。
権力に溺れた男がそんな約束を守るはずもなかった。
悪党を皆殺しにした後に、ソリティアに命の危険があったと聞いて激しく後悔した。
あの館で俺が声を掛けた時には既に、自分のやった事を全部ソリティアに打ち明ける気だったようだ。
元からこれ以上商会の問題に関わるつもりもなかったが、どうやら俺の手助けなんか必要もなく、次期会長争いはじきに終結するだろう。
必要だったのは執事が自分の選択の間違いに気づく事、そしてソリティアが自分に忠誠を誓ってくれている家臣をもう少し信用する事だった。
執事は自分の過去について、ソリティアは自分の覚悟を、お互いに話し合えばこんなすれ違いは起きなかった。
勿論それはお互いの意思で話し合った場合に限ってで、俺が間に入っても何の意味もなかっただろう。
そもそも時系列的に俺がこの事件に関わった時には、もう手遅れだからな。
だから、俺には解決しようのない事件だったのだ。
そう考えて後悔するのはもう、諦めよう。
この事件の終末は、姉妹と執事が共に笑う希望か、それとも人を信用しない冷徹な女主人の誕生か。
まあ、俺の見立てだと執事はクビにになってこの街を出る事になるだろうがな。
残念だけど、世界はそう希望に満ち溢れていないんだ。
眠りについて翌日。
俺は契約通りにプラムの送り迎えに来ていた。
「あんな事件の翌日なのに、勤勉だな……。これが金持ちの秘訣なのか?」
そうひとりごちながら、館の前に来た俺は驚きのあまり声を掛けるのも忘れ立ち止まった。
「それではプラム様いってらっしゃいませ。まだ彼は捕まっておりませんので、どうかお気を付けください」
「もう、そんなに心配してくれなくても大丈夫だよアルベルト。今日からヒトゥリさんが送ってくれるんだから!」
「ふふふ、そうね。あの人は信頼のできる人だもの……それに誘拐犯さんはもうここにいるものね?」
「ソ、ソリティア様。それは……」
「冗談よ。もう気にしなくてもいいって、言ってるでしょ? アルベルトもこれからもフィランジェット家に仕えるというのなら、この程度の質の悪い冗談も胸を張って笑って見せなさい?」
なんとプラムと、ソリティアと、そしてあの執事が楽しそうに談笑していた。
全員が心を開いた相手と話す時の明るい表情を浮かべていて、楽しそうだ。
まだあの件について話していないのかと思ったが、ソリティアの冗談から察するに全てを打ち明けたようだし……まさか俺がないと思っていた希望の未来が本当にあったのか?
信じられない……。
「あ、ヒトゥリさん! もう来ていたんですね! おはようございます!」
「あ、ああ……おはよう……」
呆然とする俺に気付いたプラムが挨拶してくるが、まだ信じられない。
忠誠心からとはいえ、妹を誘拐し、姉に命の危険をもたらした男をまだ信じられるというのか?
そんな事あるはずが……。
「ヒトゥリ様」
いつの間にか近づいて来ていた執事のアルベルトが俺に小声で話しかけてくる。
「おかげさまで自分の気持ちにも踏ん切りがつき、お2人に話す事ができました。なぜ貴方が私の事情を知っていたのかは存じ上げませんが、心より感謝申し上げます」
「そうだな。なんというか、上手く言ったようで良かった。おめでとう……?」
俺の返事にアルベルトが嬉しそうに笑った。
混乱したままで上手く返事ができているか分からない。
こんなの俺の知っている人間関係じゃない。
更に、追い打ちをかけるようにアルベルトが頭を下げ言った。
「お困りの者がいましたら是非、私にお申し付けください。【仕事】はもうしないと決めておりましたが、ソリティア様やプラム様、そしてヒトゥリ様の為ならば今一度この手を赤に染めましょう」
そう言ってアルベルトは下がった。
「どうしたんですか、ヒトゥリさん? 早く行きませんか?」
「そうだね……」
俺の顔を覗き込み声を掛けてくるプラムの声に生返事しながら歩き出す。
違うだろ……人間っていうのはもっとこう……。
人を信用しない物で、すぐに関係が破局する物のはずなんだ……。
「それじゃあ行ってきますね! 御姉様、アルベルト!」
結局その日は信じられない出来事のせいで、ほとんど仕事が手に着かず、酒場で1日中酒を飲んで、プラムを送り返すだけで終わった。
人間……理解しがたし。
シャルロとの気の休まらないデートに、ソリティアをギリギリで命を救い、騎士団長のセルティミアに殺されかけて、プラムを誘拐した悪党を潰して……休みの日のはずなのに色々ありすぎた。
肉体的にはほとんど負担はなかったが、精神的にはキツかった。
特に、1日のほとんどをシャルロと共に過ごすのは、いつ公権力を振りかざして捕らえられるかと気が気でなかった。
ため息をついて目を開く。
早く休みたいところだが、やるべき事はまだ残っている。
フィランジェット家の館で『飛躍推理』を使用した時の事を思い出す。
あの時、調べた対象は今日起きた出来事。
誘拐事件に関わった俺が当事者である以上、それを始点に関連する全ての情報が引き出せた。
『飛躍推理』で得られた情報は膨大だ。
過去の事を知るならそれで十分だが、それを使って得られなかった未来を考察するのは俺自身の思考が不可欠で、少し集中が必要だ。
次第に体の感覚が薄まり、頭の中に様々な情景が浮かぶ。
俺の視点、ソリティアの視点、プラムの視点、シャルロの視点、悪党の視点……この事件に関わった全ての人物からの観点と、客観的な情報群が俺の脳裏を通過していった。
流れていく情報を1つ1つ組み立てて、幾つもの可能性を考える。
どうにかして、俺の手であの事件を終わらせられなかったのか――。
それが終わると、俺はベッドから立ち上がり、コップに水を注いで飲み干した。
「薄々分かっていた事だが、やはり俺には解決しようのない事件だったって事か……」
疲れと嫌気の混じった気分を抱え、眠るような気分ではなくなってしまった。
俺は宿屋の窓から外を眺めて暗闇の中に、あの執事の視点を想起した。
簡単に言えばこうだ。
執事は逃亡してきた元皇国の暗殺者だ。
彼は道端で死んでいた少年と入れ替わってこの街で長年暮らし、そして名家の執事にまで成り上がった。
だが、それも皇国からの逃亡者と分かればすぐさま地位も街も追われてしまう。
その件を嗅ぎつけた幹部の男に、その件の公表に上乗せしてフィランジェット姉妹の安全についてまで脅しを受け、手駒になり下がった。
だが、ここで重要なのは執事がどちらかといえば、姉妹の安全の方を理由に幹部の男の手駒になったという事だ。
なにしろ殺伐とした世界に生きていた彼にとって、お互いを心配し合う仲良しの姉妹なんて有難く、そして尊い存在なのだから。
そんな彼女達が、片や継ぎたくもない商会の会長争いに周囲の期待と義務感から参加し、片やギルドの受付嬢としての平穏な生活と命を策謀によって散らされようとしている。
執事はあの選択が彼女達にとっても最良だと、致命的に勘違いをしていたのだ。
それで男に命じられるままにプラムを誘拐したり、俺達が無力化した悪党を皆殺しにしたり、指示書を隠滅したり、それはもう幹部の男の役に立ちまくった。
執事は執事なりに、あの姉妹が両親の様に危険な目に合うのを見たくなかった。
権力に溺れた男がそんな約束を守るはずもなかった。
悪党を皆殺しにした後に、ソリティアに命の危険があったと聞いて激しく後悔した。
あの館で俺が声を掛けた時には既に、自分のやった事を全部ソリティアに打ち明ける気だったようだ。
元からこれ以上商会の問題に関わるつもりもなかったが、どうやら俺の手助けなんか必要もなく、次期会長争いはじきに終結するだろう。
必要だったのは執事が自分の選択の間違いに気づく事、そしてソリティアが自分に忠誠を誓ってくれている家臣をもう少し信用する事だった。
執事は自分の過去について、ソリティアは自分の覚悟を、お互いに話し合えばこんなすれ違いは起きなかった。
勿論それはお互いの意思で話し合った場合に限ってで、俺が間に入っても何の意味もなかっただろう。
そもそも時系列的に俺がこの事件に関わった時には、もう手遅れだからな。
だから、俺には解決しようのない事件だったのだ。
そう考えて後悔するのはもう、諦めよう。
この事件の終末は、姉妹と執事が共に笑う希望か、それとも人を信用しない冷徹な女主人の誕生か。
まあ、俺の見立てだと執事はクビにになってこの街を出る事になるだろうがな。
残念だけど、世界はそう希望に満ち溢れていないんだ。
眠りについて翌日。
俺は契約通りにプラムの送り迎えに来ていた。
「あんな事件の翌日なのに、勤勉だな……。これが金持ちの秘訣なのか?」
そうひとりごちながら、館の前に来た俺は驚きのあまり声を掛けるのも忘れ立ち止まった。
「それではプラム様いってらっしゃいませ。まだ彼は捕まっておりませんので、どうかお気を付けください」
「もう、そんなに心配してくれなくても大丈夫だよアルベルト。今日からヒトゥリさんが送ってくれるんだから!」
「ふふふ、そうね。あの人は信頼のできる人だもの……それに誘拐犯さんはもうここにいるものね?」
「ソ、ソリティア様。それは……」
「冗談よ。もう気にしなくてもいいって、言ってるでしょ? アルベルトもこれからもフィランジェット家に仕えるというのなら、この程度の質の悪い冗談も胸を張って笑って見せなさい?」
なんとプラムと、ソリティアと、そしてあの執事が楽しそうに談笑していた。
全員が心を開いた相手と話す時の明るい表情を浮かべていて、楽しそうだ。
まだあの件について話していないのかと思ったが、ソリティアの冗談から察するに全てを打ち明けたようだし……まさか俺がないと思っていた希望の未来が本当にあったのか?
信じられない……。
「あ、ヒトゥリさん! もう来ていたんですね! おはようございます!」
「あ、ああ……おはよう……」
呆然とする俺に気付いたプラムが挨拶してくるが、まだ信じられない。
忠誠心からとはいえ、妹を誘拐し、姉に命の危険をもたらした男をまだ信じられるというのか?
そんな事あるはずが……。
「ヒトゥリ様」
いつの間にか近づいて来ていた執事のアルベルトが俺に小声で話しかけてくる。
「おかげさまで自分の気持ちにも踏ん切りがつき、お2人に話す事ができました。なぜ貴方が私の事情を知っていたのかは存じ上げませんが、心より感謝申し上げます」
「そうだな。なんというか、上手く言ったようで良かった。おめでとう……?」
俺の返事にアルベルトが嬉しそうに笑った。
混乱したままで上手く返事ができているか分からない。
こんなの俺の知っている人間関係じゃない。
更に、追い打ちをかけるようにアルベルトが頭を下げ言った。
「お困りの者がいましたら是非、私にお申し付けください。【仕事】はもうしないと決めておりましたが、ソリティア様やプラム様、そしてヒトゥリ様の為ならば今一度この手を赤に染めましょう」
そう言ってアルベルトは下がった。
「どうしたんですか、ヒトゥリさん? 早く行きませんか?」
「そうだね……」
俺の顔を覗き込み声を掛けてくるプラムの声に生返事しながら歩き出す。
違うだろ……人間っていうのはもっとこう……。
人を信用しない物で、すぐに関係が破局する物のはずなんだ……。
「それじゃあ行ってきますね! 御姉様、アルベルト!」
結局その日は信じられない出来事のせいで、ほとんど仕事が手に着かず、酒場で1日中酒を飲んで、プラムを送り返すだけで終わった。
人間……理解しがたし。
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