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誘拐事件の終わり

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 館に入ると、またあの執事が出迎えた。
 
「ソリティア様方がお待ちです。どうぞ」

 先導する執事の後ろに立った瞬間に違和感を覚えた。
 この臭いはまさか……。
 ……今はまだいいだろう。

 大人しくそのまま、応接室に案内されると今回はすでにソリティアとプラムがいた。
 入ってきた俺達を見るとソリティアは即座に頭を下げた。

「ありがとうございました! お2人がいなければ、私は命を落とし妹を助ける事もできなかったでしょう。妹は私に残された唯一の肉親です……この御礼は絶対に忘れません」

 頭を下げる姉を見て、慌ててプラムも頭を下げる。

「……あの、私実は今まで魔法か何かで気絶させられていたみたいで、ほとんど何も覚えていないんですけど、お2人が私と御姉様を助けるために色々としてくださったと聞きました。本当にありがとうございました!」

「いえ、私は警備隊としての職務を全うしたまでです。それに始めにこの件に気付いたのもソリティア様の命を救ったのもヒトゥリ君ですし、どうかその感謝は彼に向けてください」

 頭を上げた2人の視線がこちらに向けられる。
 シャルロめ……どういうつもりだ? 
 
「悪党の拠点襲撃で無駄足を踏ませてしまったお詫びだよ」

 こっそりと耳打ちしてきた。
 まったく……いらない気づかいだ。
 どうせこの国にも必要以上に長く留まる気はないのだから、好感度稼ぎなんてむしろ足枷にしかならない。
 どれ、前世不愛想なせいで職場の好感度最下位だった俺のテクニックを見せてやろう。
 好感度下げだ。

「そんなに気にしないでくれ。俺も……ビジネスパートナーと友達の為にひと肌脱いだだけだからな。大した事はしていない。ただ2人が傷ついたら俺が困る。気を付けてくれ」

 なるべく不愛想に、感情を籠めずに平坦に言い放つ。
 そして危険に瀕していた2人に、巻き込まれて迷惑だと言わんばかりの物言い。
 これは俺への好感度だだ下がりだな。

「ヒトゥリさん……私感激です! 実力を隠しているだけじゃなくて本当に謙虚な方なんですね!」

「ビジネスパートナーとして助けた、と言われてしまったら……優遇するしかありませんね。これからもよろしくお願いします。ヒトゥリさん」

 2人が笑顔でこちらを見ている。
 なんだか好感度の上がった音が聞こえた気がする。

 そうか……。
 人間って、人付き合いをしなさすぎると、自分への印象操作でさえ上手くできなくなるんだなぁ。
 俺はもう人間じゃないけど。
 気を付けよっと。

「ともかく……プラム嬢は事件に巻き込まれてお疲れでしょう。少しお休みになられてはいかがですか?」

 現実逃避をしているとシャルロがプラムに休むように促す。
 その目はこっそりとソリティアに向けられている。
 ソリティアの方も何か察したのか、プラムに部屋に戻る様に言った。

「それではお2人とも、改めて今日はありがとうございました。御姉様おやすみなさい」

「ええ、プラムも今日はゆっくり休むのよ」

 そうしてプラムが部屋から出て行くと、ソリティアはお茶を淹れて俺達に差し出した。
 少し口を付けてみると、キャラメルのような香りがした。
 普通のお茶に何かを混ぜてあるようだが……。

「お疲れでしょうから、甘味を溶かした物を用意させました。……それで、あの男は捕まえられそうですか?」

 あの男……ソリティアはやはりこの件の真犯人が誰か分かっていたのか。
 この話をするためにプラムを退出させたのか?
 別にあの子に聞かせたって問題ないだろうに。

 横目でシャルロを見た。
 彼女は俺が同じような質問をした先程と違い、表情を崩さずに答えた。

「残念ながら見込みは薄いです。証人となる者はおらず、証拠も見つからないでしょう。相手が相手なだけに、客観的に見て確実な証拠が無ければ法的に返り討ちに合います。こちらの力不足です。申し訳ありません」

「シャルロの部下は証人にならないのか?」

 隠密できる特殊なスキルを持っていた奴だ。
 彼は悪党の拠点から幹部の男の屋敷までプラムの移送を見ていた。
 先程聞いて答えて貰えなかった事を再び問う。

「彼は私の部下で、それに本来なら存在しない人間。そんな相手の証言は信用されないよ。仮に信用されたとしても、相手はどんな手を使ってでも――偽証でも偽装でもして、追及を逃れようとするだろうしね」

「結局、誘拐の指示を出した逃れようのない証拠が無ければどうにもならないって事か……」

 仮にも権力者。
 うかつに逮捕や裁判を行うよりも、先に証拠を集めなければ取り逃してしまうか。

「そうですか……。仕方ありません。今はプラムが帰ってきただけ良しとしましょう。あの男は私が、正攻法で蹴落としてみせますわ!」

 ソリティアが胸を張って言った。
 上品でお淑やかに振舞おうとする彼女らしくなかった。

「正攻法というと、次期会長争いですか……私もできる事があれば協力しますよ。犯罪者を権力の座に着かせるわけにもいきませんからね」

「申し出に感謝しますわ。ですがしばらくの間、特別何かを頼む事はないでしょう。シャルロさんは、あの男を法的に追い詰める準備をしてください」

 商売の事は自分で何とかするという訳か……。
 中々良いプライドを持っているじゃないか。
 
「任せてください。我々に目を付けられた事を後悔するでしょう」

 シャルロはそう言って、悪い笑みを浮かべた。
 被っていた猫が少し剥がれたな……。
 ともかく、これで一件落着。
 脅しをした悪人は正義の味方に目をつけられて終わる事だろう。

「それじゃあ俺は……この件にはもう無関係って事でいいか? 権力争いに巻き込まれるのはごめんだからな。もうこんな事がないように、プラムにも護衛をつけてやってくれ」

「あら、それならヒトゥリさんが護衛をして頂けませんか?」

「俺が? どうしてだ。巻き込まれるのはごめんだと言っただろ」

 抗議の声を上げてソリティアの目を見るが、まったく怯まずにこちらを見返してくる。
 流石の胆力だ。
 ソリティアはお茶に口をつけ余裕をもって答えた。

「護衛をつけるには新しく人を雇う必要があります。会長争いのために人員を減らすわけにもいきませんから。でも、新しく雇った人間が信用に値するかどうかは……なので信用できるヒトゥリさんにお願いしたいのです。報酬は十分に出しますが、やって頂けませんか? ギルドへの送り迎えだけで十分ですので」

「……分かった。やるよ。ただ、権力争いには直接的に関わる事はない。本当に送り迎えだけだ。それでもいいのか?」

「ありがとうございます。それではこちらの契約書にサインを……これで契約完了ですわ」

 俺はサインした契約書を笑顔で持つソリティアを見て、初めてここを訪れた時の事を思い出していた。
 あの時も何だかんだ言って、プラムの事を頼まれたのに……攫われてしまったからな。
 妹の事を心配する姉の気持ちは分かる。
 大切な人が居なくなった人間がどうなるかも……。

 俺とシャルロは一緒に帰る為に部屋を出た。
 笑顔になったソリティアに見送られ、執事に馬車を呼んでもらった。
 結局俺とシャルロの帰る方向は逆だったので、馬車はまだ仕事の残っているシャルロに譲って俺は徒歩で帰る事になった。
 シャルロが馬車に乗る直前に思い出して聞いた。

「そういえば、もう俺を怪しんでいないって事でいいんだよな? 本性も教えてくれたんだし」

「そうだね……。ここ数週間の間で君が怪しい事をしている様子はなかったし、あの魔道具も商会が間に入ってからは、人間が扱える程度に効果が制限されるようになったから、もう君を探る事はないよ。たとえ君が後ろ暗い経歴を持っていたとしても、ね」

 シャルロはそう言って馬車の中に乗り込もうとして、立ち止まった。
 そして振り返って俺に近づいて、ささやいた。

「ああ、それにね。私の本性を知っているのは、秘密警察の関係者以外では祖父と君だけなんだ。だから君は私の特別な人……なんてね」

 俺が唖然としている間に、いたずらっぽい笑みを浮かべてシャルロは馬車に乗り込んでしまった。
 取り残された俺は呟いた。

「……あまり、うれしくないなぁ」




 そして振り返り、玄関で見送りをしていた執事に近づき肩を叩いた。

「それはそうと、お前……名前も知らないが、忠告だ。後悔するような選択はもうするなよ」

「それは……どういう意味でしょう」

 白々しく答える執事の顔も見ずに、俺は宿への帰路を進んだ。
 『飛躍推理メタすいり』は使わない、そう思いだしたばかりだったが、今回は必要だったという事にしよう。
 恐らくこれであの姉妹が危険に晒される事はなくなった。
 最善を尽くした俺は何も気にせず眠るとしよう。
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