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主人のために
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車で走ること約1時間。見慣れた屋敷へ到着するや否や、急いで車から降りて、皇琥の部屋へと優里は向かおうとした。
「優里さん、お待ちください!」
普段、静かに話す西辻の声が、この時ばかりは大きくて優里を驚かせた。屋敷の玄関の取っ手に手を掛けたまま、優里が振り向くと西辻がゆっくり近づいて、そしていつものように静かに語りかけた。
「優里さん、ドアを開けるのは私の仕事です」
優しい声とは裏腹に、喉の奥から発せられた声はどことなく威嚇しているように思え、優里はとっさにドアから手を離した。
いつものようにドアノブをゆっくり回し、大きなドアを両腕で押し開ける西辻。扉が開き切らないうちに、複数の声が一斉に聞こえた。
「「おかえりなさいませ!!」」
いつもなら玄関広間に誰もいないはずなのに、今日に限って数名、しかもエプロンを身につけた人たちが頭を深くさげて出迎えてくれた。これが俗にいう、メイドってことだろうかと優里は驚いて目を見張った。
「本日は分家に仕える使用人たちに手伝いを頼みました。優里さんは、別室で準備を。聖吏さんは、私について来てください」
「えっ、準備って。あ、あの、皇琥は? それに聖吏は一緒じゃ……」
「皇琥様にはすぐにお会いできます。それと聖吏さんを先に皇琥様に通すように言いつかっていますので、これにて失礼いたします」
西辻は一礼するとすぐに向きを変えて歩き始めた。反論する暇さえ与えてはくれない。「大丈夫だ、すぐに会える」と聖吏は何か確信したのか、優里の額にキスを落とすと、西辻のあとについて行ってしまった。
その場に残された優里には、訳がわからない。西辻が言っていた「準備」と言うことも、一体なんのことやらさっぱりだ。
「優里さま、お部屋へご案内いたします!」
背後から可愛らしい女性の声が聞こえ、振り向くとメイド服を着た人が二人、姿勢良く立っていた。
本物のメイドに会うのが初めての優里。メイド服という制服の効果も相まって、なんだか照れくさい気持ちにさせられる。それを隠すかのように「初めまして、優里です」と自己紹介してしまうくらいだった。
笑いを堪えるメイドのひとり。そのメイドを諌める眼鏡をかけたもうひとりのメイド。
「お名前は存じております、優里さま」
眼鏡をかけたメイドがキリッとした声で言う。可愛らしい顔に似合わず、落ち着き払った瞳はうっすらと紅く、どこかで見たような気分にさせる。
「どうぞこちらへ」
「……あ、はい」
眼鏡のメイドを先頭に、優里、そしてもう一人のメイドに挟まれ、一列になって部屋へ案内された。終始無言のままで、それは部屋に通されてからも変わらなかった。
この屋敷に皇琥や西辻以外の人がいるのに慣れない。それにどう接すればいいのかと考えていたところで、いきなり背後から聞き慣れた声が優里の名前を呼んだ。
「えっ、どうして……うわっ!」
振り向くと同時に抱きついてきたのは、優里の従姉妹である美鈴だった。
「ちょ、ちょっと美鈴姉! いきなり 」
「ごめん、ごめん」
美鈴が謝りながら、首に回していた腕をほどいた。
「優里くん、おめでとう!」
「……おめでとうって」
「だっておめでたいじゃない」
「たかだか入籍するだけだし……」
優里にとって実感の湧かない結婚。それに書類だけ出して終わるはずだった。それなのに、いまこうして皇琥の屋敷に居て、しかも美鈴までいる。
「優里くんにとって何でもないことかもしれないけど、わたしにとっては……」
「美鈴姉?」
涙ぐむ美鈴を見て、思わず狼狽する優里。いつも勝気な美鈴を見ていただけに、美鈴が泣くなんてと勝手に思っていたからだ。手のひらに汗が滲む。なんて声をかければいいのだろう。
「……ありがとう」
俯く美鈴の表情は見えず、ただじっと彼女の頭のつむじを見つめることしかできない。
「美鈴姉? 俺がここにいるって、知ってたの? それにどうしてここに? だって今日は入籍 」
「西辻さんが教えてくれたの。優里くんが結婚するからって!」
いきなり美鈴が顔をあげ、満面の笑みを優里に見せた。優里の脳裏に一瞬だけ嫌な予感がよぎる。
「優里くんの支度はわたしがするって決めてたのよ!」
「支度って、何を…?」
「婚礼の支度に決まってるでしょ! 優里くんが小さい頃から、優里くんが結婚するときには、わたしが支度を手伝うって決めてたんだから!」
「……はぁ」
そういえば小さい頃、美鈴がそんなことを言っていたのを優里は思い出していた。でも冗談だとばかり思っていて本気にしたことはない。
「さぁ、準備するわよ!」
「準備って……」
「どれがいい? ドレス? 白無垢?」
「いや、ちょっと待って……ってどうして白無垢なんだよ!」
「当然でしょ! 優里くんくらい可愛いんだから、白無垢着せたいじゃない!」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「とにかく、いまの格好じゃダメだから!」
ダメと言われ、出掛けた際に母親から言われたことを思い出した。でもそれは入籍届を出すだけで、別に普段着でもいいだろうと思ったからだ。でもさっき美鈴が言ったのは『婚礼』という単語。西辻も『準備』ということを言っていた。いったい全体、みんなして何を企んでいるんだ。
「俺、皇琥探してくる」
皇琥に聞けば全て分かるだろうと思った。あいつが何かを企んでいるに違いないからだ。
部屋のドアに手を掛けようとしたところ、タイミングよくドアが開いた。そこに立っていたのは西辻だった。
「優里さん、支度は…まだのようですね」
西辻の視線が上下に動き、何かを察知したらしい。
「優里さん、どうされましたか?」
「皇琥に会いたい!」
「それは……お支度のあとでは駄目でしょうか?」
「ダメとかじゃなくて……さっきから支度、支度って、このあと一体何がま 」
「婚礼の儀式です」
「婚礼の…儀式って……でも書類、婚姻届を出すだけのはずだし、どうせ皇琥が何か企んで 」
「……皇琥様は何もご存知ありません」
「知らないって、えっ、どういう…こと?」
「婚礼については、全て私の一存です」
西辻の表情はいつもと変わらなかった。ただ口調だけは、いつもより少しだけ厳しく感じた。
「優里さん、お待ちください!」
普段、静かに話す西辻の声が、この時ばかりは大きくて優里を驚かせた。屋敷の玄関の取っ手に手を掛けたまま、優里が振り向くと西辻がゆっくり近づいて、そしていつものように静かに語りかけた。
「優里さん、ドアを開けるのは私の仕事です」
優しい声とは裏腹に、喉の奥から発せられた声はどことなく威嚇しているように思え、優里はとっさにドアから手を離した。
いつものようにドアノブをゆっくり回し、大きなドアを両腕で押し開ける西辻。扉が開き切らないうちに、複数の声が一斉に聞こえた。
「「おかえりなさいませ!!」」
いつもなら玄関広間に誰もいないはずなのに、今日に限って数名、しかもエプロンを身につけた人たちが頭を深くさげて出迎えてくれた。これが俗にいう、メイドってことだろうかと優里は驚いて目を見張った。
「本日は分家に仕える使用人たちに手伝いを頼みました。優里さんは、別室で準備を。聖吏さんは、私について来てください」
「えっ、準備って。あ、あの、皇琥は? それに聖吏は一緒じゃ……」
「皇琥様にはすぐにお会いできます。それと聖吏さんを先に皇琥様に通すように言いつかっていますので、これにて失礼いたします」
西辻は一礼するとすぐに向きを変えて歩き始めた。反論する暇さえ与えてはくれない。「大丈夫だ、すぐに会える」と聖吏は何か確信したのか、優里の額にキスを落とすと、西辻のあとについて行ってしまった。
その場に残された優里には、訳がわからない。西辻が言っていた「準備」と言うことも、一体なんのことやらさっぱりだ。
「優里さま、お部屋へご案内いたします!」
背後から可愛らしい女性の声が聞こえ、振り向くとメイド服を着た人が二人、姿勢良く立っていた。
本物のメイドに会うのが初めての優里。メイド服という制服の効果も相まって、なんだか照れくさい気持ちにさせられる。それを隠すかのように「初めまして、優里です」と自己紹介してしまうくらいだった。
笑いを堪えるメイドのひとり。そのメイドを諌める眼鏡をかけたもうひとりのメイド。
「お名前は存じております、優里さま」
眼鏡をかけたメイドがキリッとした声で言う。可愛らしい顔に似合わず、落ち着き払った瞳はうっすらと紅く、どこかで見たような気分にさせる。
「どうぞこちらへ」
「……あ、はい」
眼鏡のメイドを先頭に、優里、そしてもう一人のメイドに挟まれ、一列になって部屋へ案内された。終始無言のままで、それは部屋に通されてからも変わらなかった。
この屋敷に皇琥や西辻以外の人がいるのに慣れない。それにどう接すればいいのかと考えていたところで、いきなり背後から聞き慣れた声が優里の名前を呼んだ。
「えっ、どうして……うわっ!」
振り向くと同時に抱きついてきたのは、優里の従姉妹である美鈴だった。
「ちょ、ちょっと美鈴姉! いきなり 」
「ごめん、ごめん」
美鈴が謝りながら、首に回していた腕をほどいた。
「優里くん、おめでとう!」
「……おめでとうって」
「だっておめでたいじゃない」
「たかだか入籍するだけだし……」
優里にとって実感の湧かない結婚。それに書類だけ出して終わるはずだった。それなのに、いまこうして皇琥の屋敷に居て、しかも美鈴までいる。
「優里くんにとって何でもないことかもしれないけど、わたしにとっては……」
「美鈴姉?」
涙ぐむ美鈴を見て、思わず狼狽する優里。いつも勝気な美鈴を見ていただけに、美鈴が泣くなんてと勝手に思っていたからだ。手のひらに汗が滲む。なんて声をかければいいのだろう。
「……ありがとう」
俯く美鈴の表情は見えず、ただじっと彼女の頭のつむじを見つめることしかできない。
「美鈴姉? 俺がここにいるって、知ってたの? それにどうしてここに? だって今日は入籍 」
「西辻さんが教えてくれたの。優里くんが結婚するからって!」
いきなり美鈴が顔をあげ、満面の笑みを優里に見せた。優里の脳裏に一瞬だけ嫌な予感がよぎる。
「優里くんの支度はわたしがするって決めてたのよ!」
「支度って、何を…?」
「婚礼の支度に決まってるでしょ! 優里くんが小さい頃から、優里くんが結婚するときには、わたしが支度を手伝うって決めてたんだから!」
「……はぁ」
そういえば小さい頃、美鈴がそんなことを言っていたのを優里は思い出していた。でも冗談だとばかり思っていて本気にしたことはない。
「さぁ、準備するわよ!」
「準備って……」
「どれがいい? ドレス? 白無垢?」
「いや、ちょっと待って……ってどうして白無垢なんだよ!」
「当然でしょ! 優里くんくらい可愛いんだから、白無垢着せたいじゃない!」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「とにかく、いまの格好じゃダメだから!」
ダメと言われ、出掛けた際に母親から言われたことを思い出した。でもそれは入籍届を出すだけで、別に普段着でもいいだろうと思ったからだ。でもさっき美鈴が言ったのは『婚礼』という単語。西辻も『準備』ということを言っていた。いったい全体、みんなして何を企んでいるんだ。
「俺、皇琥探してくる」
皇琥に聞けば全て分かるだろうと思った。あいつが何かを企んでいるに違いないからだ。
部屋のドアに手を掛けようとしたところ、タイミングよくドアが開いた。そこに立っていたのは西辻だった。
「優里さん、支度は…まだのようですね」
西辻の視線が上下に動き、何かを察知したらしい。
「優里さん、どうされましたか?」
「皇琥に会いたい!」
「それは……お支度のあとでは駄目でしょうか?」
「ダメとかじゃなくて……さっきから支度、支度って、このあと一体何がま 」
「婚礼の儀式です」
「婚礼の…儀式って……でも書類、婚姻届を出すだけのはずだし、どうせ皇琥が何か企んで 」
「……皇琥様は何もご存知ありません」
「知らないって、えっ、どういう…こと?」
「婚礼については、全て私の一存です」
西辻の表情はいつもと変わらなかった。ただ口調だけは、いつもより少しだけ厳しく感じた。
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