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二つのキス

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 皇琥こうがからメッセージをもらった後、クリニックの外で皇琥を待つことに決めた。本当は他の場所でもよかったのだが、聖吏しょうりの父親、來住きし先生が皇琥に会いたいと言ったからだ。

「もしかして、あの車かい?」

 左隣に立っている來住先生が真っ先に言葉を発した。優里たちのところへ真っ直ぐに向かってくる黒いスポーツカーを指差している。

「あー、だと思います」
「あれ、フェラーリか?」

 今度は右隣の聖吏が、淡々といつもの調子で聞いてきた。皇琥自ら運転する車は何台かあり、なかでも黒のフェラーリは皇琥お気に入りの一台だ。
 
皇琥あいつらしいな」
「だよな」
「へぇ、フェラーリが似合う男ってことかぁ。すごいなぁ」

 好奇心旺盛なキラキラした目を來住先生は近づいてくる車に向けている。その反対に優里の内心は穏やかではない。皇琥と一緒にいる自分を聖吏と先生に見られるのかと思うと、なんだか照れくさくなる。

 黒のフェラーリがゆっくりとクリニックの駐車場へと入って停車した。そして運転席からサングラスをかけた皇琥が降りてきた。濃紺のスーツを身に纏った皇琥は、さながらモデルのようで、そのまま広告や雑誌に使えそうだ。

「優里」

 スーツ姿の皇琥を見るのは稀で、優里は見入ってしまい、皇琥から名前を呼ばれても気づかずにいた。するとーー。

「優里くん、が呼んでるよ」

 隣にいた來住先生が優里の肩を叩いて教えてくれた。

「あっ、はい!」

 先生の『彼氏』という言葉に思わず反応して、声がうわずってしまった。恥ずかしくなって、頬が熱くなる。考えてみれば、彼氏と考えたことがなかった。いつも許婚と思っていたから、彼氏という単語の新鮮味と同時に照れくさい感情が湧きあがる。

「へぇ、すっごい美丈夫だね。男の僕から見ても格好いいって思うよ。聖吏、負けんなよ」
「は? 何に勝てって言うんだ……はなから勝負するつもりはない」
「あはは、我が息子ながら肝がすわってんねぇ。いい、いい。それでいいよ」
「ほら、優里。ぼさっとしてないで行ってこいよ」
「あっ、うん……」

 聖吏に言われ、皇琥のほうへ歩いていった。皇琥もこちらへ向かって歩いて来たので、後ろの二人から少し離れたところで出会った。さっそく腰に手を回す皇琥。そしていつも通りなら、挨拶と称するキスを……、するはずだ。

「ちょ、ちょっと待って、皇琥」
「まだ何もしてない」
「いや、するだろ……キス」
「当然」

 顔を近づけてキスしようとする皇琥を阻止すべく、優里は自分の口元を手で塞いだ。

「手をどけろ、優里」
「んん」

 首を横に振る優里。優里の背後にいる聖吏と來住先生へ皇琥が視線を向けた。

「あの二人がいるからか?」
「んん」

 今度は首を縦に振る。それを見た皇琥が小さな吐息をついた。

「なぜそんなに気にする?」
「……」
「遠慮してるのか?……聖吏に」
「……」
「聖吏! こっちへ来い!」
「んん!!」

 目を見開いて首を勢いよく横に振るが、すぐに聖吏が背後に立った。

「何してるんだ、優里は?」
「聖吏、優里の両手を持ち上げろ」
「こうか?」
「ん?!」

 聖吏が皇琥の言うことに驚いたと同時に、解放された優里の唇へ皇琥がすかさずキスをした。しかもいつもの軽い挨拶のキスではなく、濃厚な甘いキスだ。

「…んっ!!…んんっ」

 その間、数十秒かもしれないが、優里にとっては数十分にも感じる長いキス。涙目になって、いまにも涙がこぼれ落ちそうになる。

「皇琥、あまり優里をいじめるな」

 聖吏の言葉に反応した皇琥が唇を解放した。優里の頬に涙が伝う。

「なぜ泣く?」
「……だって、……なんか、ひでぇじゃん」
「お前が気にしすぎるから 」

 会話の途中で、背後にいた聖吏が優里の体をくるっと回し、聖吏と向かい合わせになった。何も言わず、いきなり両頬を聖吏の手に包まれたかと思うと、頬に伝った涙に聖吏がキスをした。

「涙…とまったか?」
「……聖吏?」

 聖吏が優しく微笑んだ。あんなキスを見せられたのに、どうして聖吏は微笑んでいるのか不思議になり、目を何度かパチクリさせた。

「なんで?」
「なんでって?」
「だって、さっき……」

 あんなキスを見せられたのに、と言うところで口をつぐんだ。なんだか恥ずかしいのと、申し訳ないのと、いろんな感情が心の中でぐちゃぐちゃになっていたからだ。

「気にしすぎだ、優里は」
「っ! 気にしすぎって、そりゃ気にするだろ!」

 二人から全く同じことを言われた。『気にしすぎる』と。でもそれは当たり前だろ、と優里の頭のなかで言葉が渦を巻くように繰り返し響いていく。

「どうせ優里は、俺に悪いことしたと思ってんだろ?」
「!?」

 答えられず、思わず俯いた。たしかに聖吏に申し訳ないって思った。でもなんかそれって……。

「それじゃ、これなら?」
「えっ!」

 顎を持ち上げられ、今度は聖吏にキスをされる。

「んん…!!!っはぁっ…」

 歯列をなぞられ、舌を絡ませる。優里の瞼が自然と閉じ、キスを味わうように貪った。

 二人のキスは似ているようで、やっぱり別物。皇琥のキスは荒々しいが、情熱的で体がすぐに反応しそうになる。逆に聖吏のキスは優しく、さっき涙を拭ったように口内を丁寧に愛撫していき、徐々に体が火照ってくる感じだ。

 聖吏のキスがとろ火で優里の体を溶かすように、優里は理性を保つのが精一杯になって、知らないうちに聖吏のシャツにしがみついていた。

 背後から皇琥が両肩に手を置いて、耳たぶを甘噛みし、囁いてきた。

「優里……」

 低音美声が耳奥から全身へ、電流が流れたかのように痺れが走る。シャツを掴んでいた手を離し、軽く押しやって聖吏のキスから逃れた。

「もう終わりか?」

 首を左へ傾げると皇琥の珊瑚朱色の瞳が、悪戯っぽそうに笑っているのが目に入った。優里の頭を撫でながら、皇琥がキスを頭に落とす。

「ひでぇよ……二人とも」

 顔が沸騰したかのように熱い。それにしても、二人の大胆さに呆れるというか、驚いた。しかもいまいる場所は、共有の駐車場だというのに。

「あそこでさっきから手を振ってるのは、聖吏の親父か?」
「あ、親父のこと忘れてた」
「なら、挨拶しなければな」
「俺も一緒に行く」
優里お前は来なくていいから、先に済ませることを済ませろ。処方薬はないのか?」

 優里が黙って頷くのを確認すると、來住先生の方へ皇琥が歩きかける。なにか思いついたように、皇琥が振り返った。

「それと二人とも、このあと用事がないなら付き合え」
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