【本編完結】許婚ダブルブッキング?!それって、ありですか?

月柳ふう

文字の大きさ
上 下
59 / 73

月夜に舞う(2)

しおりを挟む
 太陽が完全に沈むと、茜色だった空が鮮やかな藍色へと変わっていく。見事なグラデーション。まさに自然のなせる技と言えるだろう。こんなに綺麗な夕暮れを見たのは、いつぶりだろう。

 しばらくすると藍色の空に帳が下り、漆黒の夜がやってきた。暖かだった空気が冷やされ、少し身震いをする。折よく西辻が肩掛けを持ってきてくれたので、礼を言って身を温めた。

「優里さん、長いことお待たせしてしまい申し訳ございません。ですが、まもなく皇琥様はお戻りになられます。こちらへ直接ご案内という手筈で、よろしいですか?」
「はい。お願いします。それとーー」
「音楽のほうは、聖吏さんから聞いております。リモコンを持っておりますので、皇琥様を中庭へ案内がてら、このリモコンで操作すればいいのですよね?」

 小さな四角いリモコンを、手のひらに乗せながら西辻が言った。 

「はい。それで、お願いします」

 もう準備は整っている。あとは皇琥を待つだけ。その皇琥がもうすぐ帰ってくる。

 しだいに手に汗をかきはじめてきた。珍しく緊張している。

「大丈夫ですよ、優里さんなら」
「えっ……あっ、ありがとうございます」

 なにやら緊張していたのがバレてしまったみたいで、少し恥ずかしくなった。剣術の試合でも、ついこの間の祭りで舞った時でさえ、緊張なんてしなかったのに。

「ただ……」
「ただ?」

 西辻が困ったように眉を八の字にする。

「いまは雲があって見えませんが、今夜は満月です。ですので、ここへ皇琥様をお連れするのに、少々時間がかかるかと」
「……満月」
「優里さんはご存知かどうか分かりませんが……、皇琥様は小さい頃から、なぜか満月がお好きではないようでして。でもご安心ください。必ずこちらへお連れします」
「……よろしくお願いします」

 きっぱりと断言する西辻に、頼もしさを感じ、優里は頭を下げた。

(あっ、そういうことか。小さい頃から皇琥は満月が嫌い……。それって絶対、俺のせいだな……前世で、俺が死んだ時、たしか満月って言ってたっけ……)

 それに前世の記憶を思い出す前から、満月を見て皇琥はどんな気持ちになったのだろう。そして今夜は満月。空を見上げるが、一面には曇が張り出し、いまはまだ月は見えない。

 西辻が一礼して、中庭から去っていく。その後ろ姿を眺めながら、もうすぐ皇琥が戻ってくることを再認識した。

 心臓の鼓動が早くなる。もう余計なことは考えず、神楽のことだけに集中した。舞台にあがり、スピーカーから音楽が流れるのを待つことにする。
 
 緩やかに吹いていた風がとまった。木の葉の騒めきも聞こえない。薄暗かった中庭に雲の動きが落とされる。どうやら、月のほうも準備万端らしい。

 目を閉じると、鼓動の音が聞こえるような気がした。ドクンドクンと高鳴る音は生きている証。ちゃんと伝えられるだろうか。いや、だろうかじゃなく、伝えるんだ。今も昔もーー。

「一体どういうことだと聞いている。西辻!」

 廊下の奥から、聞き慣れた声が聞こえてきた。 

(ごめんよ、皇琥。ドッキリさせて。でも今夜は見て欲しいんだ……)

 皇琥の姿はまだ見えない。きっと西辻はいろんな理由をくっつけて、皇琥をこっちに連れてきてくれるはず。それを信じて、いまは待つ。

「西辻! 今夜はわかってるだろうな! なら、ちゃんと説明をしろ!」

 先ほどよりも声が大きい。すぐそばまで来ている。

 笛のが流れ始めた。合図だ。

 優里はゆっくりと立ち上がり、足を滑らせながら舞う。

 舞っているのは、紫陽花祭りでまった神楽。祭りの頃は雨季の初め。植物にとって必要な雨や、次に訪れる真夏の日差し。秋に実り豊かになるようにとの願いが神楽には込められている。

 でも今日は愛する人のためだけに舞う神楽。これからの未来を共に歩めるようにと願いを込めて、優里は丁寧に舞う。

 手に持つ鈴の音が夜の庭に優しく響き渡る。風が優しく頬を撫で、月の光が降り注ぐ。

 皇琥の表情どころか、姿も舞台からは見えない。どこにいるのかさえ分からないが、きっと見ていると信じて舞った。

 もう緊張も不安もない。心が落ち着き、なにも考えず、ただ無心に舞う。無我の境地とでもいうのだろう。いままでに感じたことのない、心の落ち着き。自然と一体感になる。

 数十分間の神楽。もっと長く舞っている感覚。

 月に捧げるかのように、両手を掲げて優里の動きも止まった。月光に照らされた姿は、まるで天女のように美しい。

 静かに、そしてゆっくりと手を叩く音が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、そこには皇琥が立っている。

「皇琥!」

 すぐに舞台から降りて、皇琥の元へ優里は駆け寄った。少し息があがった優里の肩を皇琥が優しく抱き寄せる。しばらく二人は、何も言わず抱き合った。

「おかえり、皇琥」
「ただいま、優里」

 抱きしめられた腕に力が入り、体が密着する。

「……どう、だった?」
「……美しかった。この世のものとは思えないくらいに」

 頬が緩んで仕方がない。いま顔を見られたら、にやけているに違いない。顔を皇琥の首元に押し付けようとしたが、頭飾りが皇琥の顔にぶつかってしまい「うっ……」という声とともに、顔をあげた。

「ごめん! 痛かった?」
「これくらい、大丈夫だ」

 珊瑚朱色の瞳が優しく煌めき、視線を絡めとられる。目が離せない。吸い込まれそうに顔を近づけ、瞳を閉じた。次の瞬間には、皇琥の柔らかな唇に触れていた。壊れ物にでも触るような、優しいキス。名残惜しそうに唇が離れていく。

 雲に隠れていた月が出てきて、皇琥の顔を照らしてくれた。嬉しそうに微笑んでいる。この笑顔を永遠にとどめておきたい。

「皇琥……月が綺麗だな」

 ふっと笑って、また抱きしめられ、耳元で「月なんかより、お前のほうが数倍綺麗だ」と美声でささやいた。ビリビリと電流が走ったように優里の体が震え、自然と抱きしめる腕に力が入る。

「……俺…皇琥を愛してる。今も昔も、そしてこの先もずっと、愛してる。だから…だから俺と……結婚してほしい」
「……」

 それは長い沈黙だった。

 ふと『ダメかもしれない』という考えが頭をよぎる。

「……て欲しい」
「え? ごめん。ちゃんと聞こえなかった」

 皇琥の小さな吐息を背中に感じた気がした。

「すまない……少し考えさせて欲しい」

 月が雲に隠れたのか、皇琥の表情に影がさして見えなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

水面に流れる星明り

善奈美
ファンタジー
 齢千歳の白狐九尾狐の千樹が保護したのは、まだ幼い男の子だった。だだの人間の童だと思っていた千樹。だが、一向に探しにくる人間がいない。おかしいと思い頗梨に調べさせたところ陰陽師の子供であることが分かる。何より、その母親が有り得ない存在だった。知らず知らずのうちに厄介事を拾ってしまった千樹だが、それは蓋をしていた妖に転じる前の記憶を呼び起こす者だった。    今は閉鎖したサイト、メクるで公開していた作品です。小説家になろうの方にも公開しています。

処理中です...