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前準備

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 プロポーズの場所と日時は、聖吏が皇琥の執事である西辻に連絡をとって決めてくれた。ちょうど皇琥が所用で戻ってくる二週間後の土曜。場所は、皇琥の屋敷の中庭だ。約束を取り付ける際、プロポーズのことは伏せてある。ただ神楽を皇琥に見せたいと聖吏が伝えてくれた。

 その約束の日まで優里は神楽を再び練習。捻挫も完治し、舞うことに問題ない。ただ優里の行動を見ていた両親が不思議がっていることに気づき、正直に全てを打ち明けた。

 所詮結婚は、当人同士でどうこうするより、周りを巻き込んでしまった方が何かと上手くいく、とどこかで読んだ気がしたからだ。それに皇琥とは(元)許婚で、複数婚姻もタイミングよく法律的に問題ないとなれば、両親から反対される理由もない。案の定、話を聞いた両親は驚いたが、すぐに優里自身が決めたことなら応援すると言ってくれた。なんとありがたい両親の元に生まれたことか。ただし神社の跡を継ぐことは変わらないと念を押される。そのことに関しては、問題ないとだけ答えておいた。

 それから皇琥から振り込まれた寄付という名の手切れ金を返したいと両親が言った。それなのに執事の西辻に連絡をしても、返金先の口座を教えてくれないので困っていると。直接現金で返すにも大金過ぎるから、皇琥に会ったら、そのことを伝えて欲しいと頼まれた。大金過ぎるって、一体幾ら振り込んだのだろう。

「それからこれ。間に合って良かったわ」
「え?」

 母親から渡されたのは和紙に包まれた四角い包みだった。開けると、新しい神子の装束が入っていた。

「これ……」
「今度は、ボロボロにしないでちょうだいね」

 笑いながら言う母親の姿に、優里は涙が溢れそうになった。両親の温かな愛情が身に沁みる。

「ありがと……」

 従姉妹の美鈴が手伝いと称して、皇琥の屋敷へ行きたいと言ったが、当日は別の用事ができてしまい落ち込んだ。それでいつも手伝ってもらっている着付けを聖吏が、化粧は優里自身がすることになり、手ほどきを受ける。

「優里くんなら大丈夫! こんな可愛い子を振る男なんて絶対にいないから!!」
「可愛いって……」
「えーだって本当に可愛いわよ。聖吏くんもそう思うでしょ?」
「俺に振らないでください、美鈴さん……」
「でも聖吏くん偉いっていうか、寛容よね」
「寛容? 聖吏が? どう言う意味、美鈴姉え?」
「えーだってそうでしょ、男だって女だって、好きな人は独り占めしたいじゃない。それなのに、もう一人の許婚、いや元許婚に優里くんがプロポーズするのを手伝うんだから」
「まぁ、大抵はそうだよな……」

 元はと言えば、先祖が勝手に子孫の許婚相手を決めるからだ。しかも許婚が複数ダブルブッキングという始末。極めつけは、結婚しなければ祟有りでは、解消することもできない。でもーー。

 いつの間にか絆されて、二人のことを好きになっていた。だからもし複数婚姻が不可能だったら、どちらかを選ばなくてはいけなかった。どちらを選んでいたのだろう。というか選べたのだろうか。 

 チラッと聖吏を見ると、試しで着付けた神子衣装の片付けをしていた。ただ口元が弧を描いていて、美鈴との会話を聞いているように見える。

「なぁ、聖吏?」
「ん?」
「そのぉ、聖吏は嫌じゃねえの?」
「なにが?」
「そのぉ……俺が…聖吏…と皇琥の二人が好きで、二人と結婚すること……」

 言った側から恥ずかしくなり、俯いていると頭をポンポンと聖吏に撫でられた。顔をあげ青い瞳と視線を合わせる。瞳の奥は優しい光で満ちていた。

「前にも言っただろ。俺は優里の笑顔が一番大事だって。お前が幸せだと思えることなら、俺はそれで構わない。それに……」
「それに?」
「それに……あいつも俺と同じだと思う。お前が大事だってこと」

 鼻先に聖吏の指がちょこんと触れ離れていった。なにかを確かめるかのように、聖吏がふっと笑う。他にも何かいいたげな感じだったけど、何が言いたかったのだろう。

「聖吏……」
「ん?」
皇琥あいつ……OKするかな」
「……もしあいつがお前のプロポーズを断るなら、それは全部お前の為を思ってのことだ」
「なんで聖吏は、そんなこと断言できんだよ……」
「……あいつにとっても、俺にとっても、……つまり自分達の気持ちより、お前が最優先だからだ。それは今も前世も変わらない」
「……」
「お前さえ生きてくれたら……満足だ」

 満足か。本当にそうなのだろうか。生きていても離れていたら、それはそれで、やっぱり寂しい。

 不思議なのは、聖吏と皇琥は、数回しか会っていないのに、互いのことが分かっていることだ。それは病室で二人を見ている時にも感じた。前世の記憶を持つ者同士の絆、とでも言えばいいのかもしれない。ちょっと羨ましい。

 聖吏の顔を手で包み込んだ。真正面から見据える聖吏の整った顔。自信に満ちたふれた瞳からは、深い愛を感じる。吸い込まれるように顔を近づけると……。背後から咳払いが聞こえた。美鈴の存在をすっかり忘れていた優里は、すぐに聖吏から離れた。

「着付けも化粧も問題ないみたいだから、わたしはこれで退散するわね。それじゃ、優里くん、当日がんばってね。ちゃんと結果を教えてよー」

 手をヒラヒラさせて、美鈴が部屋から出て行くのを二人は黙って見送った。

 襖が静かに閉められる。

 聖吏のほうへ顔を向けると、襖をじっと見つめていた。視線に気づいたのか優里のほうへ顔を向け、同時に二人から笑みが溢れる。

「美鈴えらしいなっ んっ…… 」

 聖吏の唇が優しく重なり、直ぐに離れていった。

「……ここだと、やばいからな」

 真っ赤になった聖吏の顔。

「そ、そうだな……」

 控え室ではエッチはできない。というより、一応この部屋は、本殿の一部であるし、神聖な場所でもあるから、乱れるようなことは控えたい。

 つい先日は、結局聖吏の家にそのまま泊まってしまったくらいだ。とくに最近は性欲がすぐに高まり過ぎる。キスするだけで、興奮してくるから困ったものだ。

 明後日の土曜には、再び神子になって神楽を舞う。皇琥のためだけに舞う神楽。それとちゃんと気持ちを伝えたい。前世でも今世でも言えていないこと。そしてプロポーズをすること。いまはそれに集中しないと。

「装束なんかの準備はこれでいいな。あと音は生演奏じゃないが、仕方ないだろ」
「うん。それと舞台はどうすんの?」
「それは西辻さんに協力してもらって、中庭に作ってもらうことにしてある。念の為、明日様子を見にいってくる。お前はちゃんと練習しとけよ」
「分かってるって!……それより聖吏……いろいろ、本当にありがとう……」
「なに言ってんだ。さっきも言ったが、俺たちにとってお前が最優先事項なんだって」
「……だから、ありがとう」

 こんなに愛されていいのだろうか。いや、もっとこっちからも愛したい。二人を愛するって案外難しいことかもと、この時やっと優里は気づいた。
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