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あの日の記憶(3)*皇琥(コーガ)*
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「ユーリからの連絡はまだか!」
「……陛下、ユーリ殿下が出発されてから、まだ半刻しか経っておりません……間もなく現地に到着される頃かと……」
「っ!」
こんなに胸騒ぎがするのは、いつぶりだろうか。初陣の時か? それとも親父が暗殺された時か?
そもそも北部の山岳地方は、例のカゼル村の一件もある。もともと北部は、他の東西南部と違い、独立欲が強い。それに昔から長いこと帝国に反抗を続けていた。ユーリがいなければ、帝国と北部山岳との確執はいまだに続いていたと断言できる。
婚儀を明日に控えたタイミングでの暴動は、帝国、つまり皇帝である俺に対しての反抗の現れとも取れるが。それでもおかしな話だ。なぜなら暴動を見越して、警備が強化されるのは明白。世論の注目を集めるため、と言われればあり得るかもしれんが。それでも理由が見当たらない。
駄目だ。考えが全くと言っていいほど、まとまらない。
心が乱れすぎて、集中できない。
ユーリの顔ばかりが、頭の中でチラついている。俺は本当にあいつのことになると駄目らしい。
いや、そればかりとは言い切れない。あいつが放った言葉の数々が忘れられない。
『俺だってお前の役に立ちたいんだ』
『つまり俺を信用してないってことか?』
『それじゃ、俺は役立たずじゃないか!』
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「っ!」
何度も首を横に振りながら、宮殿の中を歩き続けた。
あいつのことを信用しているし、俺の役にも立っている。機会があれば、いつでも俺の行き先へ同行をさせていた。宮殿から出さずに、あいつを閉じ込めておけないことぐらい理解しているし、それは俺が望むことでも無い。
初めて会った時の剣さばきは見事としか言いようがない。帝国中探しても、あれほどの剣術の才を持った奴はいないだろう。
だからあいつと長く、一緒に、この帝国を治めることが出来ればと思っている。ただ、もう少し政治的な経験が必要とは感じている。
すぐに人を信用しすぎるところが心配だ。
あのカゼル村は、良い結果が出たものの、ショーリだけ伴って村へ行くなど正気の沙汰じゃない。あいつの人徳なのかもしれないが、仇となる時が来るかもしれない。
ふと、指で唇をなぞった。ユーリの柔らかな唇の感触を思い出すように、指を己の唇に押しあてる。
「……ユーリ」
離れ離れで公務を行うことは珍しくない。しかしこの胸騒ぎは消えるどころか、広がるばかりだ。
「クソっ! こんなことなら一緒に行けば……」
『事態を収拾したら、ちょっと寄って来れるから……』
不意にユーリの言葉を思い出す。
事態を収拾したら、カゼル村に寄ってくる……という言葉。
あの時のあいつは、そう言ってしまった後で、罰が悪そうな顔をしていた。
もしかして、あの村へ行くことは、決まっていたことなのか? それをどうやって確かめればいい? 肝心のショーリがいれば……。
歩みをとめ、周りを見回すと宮殿の中庭に差し掛かる廊下へ来ていたことに気づいた。すると向かい側の廊下の先から複数人の話し声が聞こえる。会話自体は聞き取れないが、たまたま『北部』とか、『暴動』とかの単語が耳に届いた。
すぐに中庭の茂みに隠れ、誰が誰と話しているのか確かめることにした。
廊下の中腹までくると、会話の人物は歩くのを止めた。どうやら貴族と、その侍従が話しているようだ。中庭を眺めながらなのか、声がよく聞こえる。
「では、陛下の名代で殿下が北部の山岳地方へ?」
「はい、そのように聞いております」
「……うむ…ヴェルレー伯爵へは、伝えたてあるのか?」
「はい、伝令を送りました」
「では、多少計画は変わったが、問題なさそうだな」
「はい」
ヴェルレー伯爵とは、北部を統括している貴族の名だ。なぜそいつの名前が出る? それに計画が変わった? どういうことだ?
次の言葉を聞いたとき、俺の体中の血が沸騰した。
「まさか陛下も暴動が捏造とは思うまい……くくっ」
我を忘れ、俺は茂みから飛び出し、貴族の首を掴んで壁に押し当てていた。
「貴様!! であえ! 曲者ぞ!!」
「陛下!?」
逃げようとする侍従に向け、素早く短剣を投げる。太ももに命中し、叫び声を上げながら侍従が床で転がり回った。
「貴様は!? なぜ……デモンフォール?」
俺が掴んだその貴族は、親父の代から支えていた大臣の一人だ。
やってきた衛兵たちが侍従と俺たちをとり囲む。
「まさか中庭に陛下が潜んでいたとは……つくづく私は運がない」
「どういうことだ、デモンフォール! 暴動が捏造とは本当か?」
「ええ、本当です。暴動などありません。本当は陛下、あなたを北部へ誘き寄せる計画でしたが、殿下が向かわれたのは、これまた好都合」
「なぜ?」
「なぜ? もうあなたがた親子二世代に渡って、仕えるのにうんざりしたからですよ!」
「俺を誘き寄せて、どうするつもりだったんだ?」
「ふふふ……このご時世、陛下であれば、そんなこと分かりきっているはずでは?」
「まさか……」
暗殺……か?
デモンフォール大臣は、不敵な笑みを浮かべていた。
このご時世、支配する側の首が変わるなど日常茶飯事。誰も信用できない世界。
そんな中で現れた唯一の光。もしユーリを失うことになれば、俺は再び孤独のなかに放り込まれてしまう。あの暗闇に。
「貴様!!!」
「陛下、おやめください!」
腰の剣を抜いて、大臣を殺そうとした。しかし取り囲んでいた衛兵たちに大臣と引き離された。駆けつけた側近たちも俺を押さえている。
すぐに別室へと、側近たちに俺は連れて行かれた。大臣は地下の牢獄へ。
「馬を引け!! すぐに北部へ向かうぞ!」
いち小隊を引き連れ、俺は北部へと急いだ。
たのむから間に合ってくれ。
ユーリ、死ぬな!!
「……陛下、ユーリ殿下が出発されてから、まだ半刻しか経っておりません……間もなく現地に到着される頃かと……」
「っ!」
こんなに胸騒ぎがするのは、いつぶりだろうか。初陣の時か? それとも親父が暗殺された時か?
そもそも北部の山岳地方は、例のカゼル村の一件もある。もともと北部は、他の東西南部と違い、独立欲が強い。それに昔から長いこと帝国に反抗を続けていた。ユーリがいなければ、帝国と北部山岳との確執はいまだに続いていたと断言できる。
婚儀を明日に控えたタイミングでの暴動は、帝国、つまり皇帝である俺に対しての反抗の現れとも取れるが。それでもおかしな話だ。なぜなら暴動を見越して、警備が強化されるのは明白。世論の注目を集めるため、と言われればあり得るかもしれんが。それでも理由が見当たらない。
駄目だ。考えが全くと言っていいほど、まとまらない。
心が乱れすぎて、集中できない。
ユーリの顔ばかりが、頭の中でチラついている。俺は本当にあいつのことになると駄目らしい。
いや、そればかりとは言い切れない。あいつが放った言葉の数々が忘れられない。
『俺だってお前の役に立ちたいんだ』
『つまり俺を信用してないってことか?』
『それじゃ、俺は役立たずじゃないか!』
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「っ!」
何度も首を横に振りながら、宮殿の中を歩き続けた。
あいつのことを信用しているし、俺の役にも立っている。機会があれば、いつでも俺の行き先へ同行をさせていた。宮殿から出さずに、あいつを閉じ込めておけないことぐらい理解しているし、それは俺が望むことでも無い。
初めて会った時の剣さばきは見事としか言いようがない。帝国中探しても、あれほどの剣術の才を持った奴はいないだろう。
だからあいつと長く、一緒に、この帝国を治めることが出来ればと思っている。ただ、もう少し政治的な経験が必要とは感じている。
すぐに人を信用しすぎるところが心配だ。
あのカゼル村は、良い結果が出たものの、ショーリだけ伴って村へ行くなど正気の沙汰じゃない。あいつの人徳なのかもしれないが、仇となる時が来るかもしれない。
ふと、指で唇をなぞった。ユーリの柔らかな唇の感触を思い出すように、指を己の唇に押しあてる。
「……ユーリ」
離れ離れで公務を行うことは珍しくない。しかしこの胸騒ぎは消えるどころか、広がるばかりだ。
「クソっ! こんなことなら一緒に行けば……」
『事態を収拾したら、ちょっと寄って来れるから……』
不意にユーリの言葉を思い出す。
事態を収拾したら、カゼル村に寄ってくる……という言葉。
あの時のあいつは、そう言ってしまった後で、罰が悪そうな顔をしていた。
もしかして、あの村へ行くことは、決まっていたことなのか? それをどうやって確かめればいい? 肝心のショーリがいれば……。
歩みをとめ、周りを見回すと宮殿の中庭に差し掛かる廊下へ来ていたことに気づいた。すると向かい側の廊下の先から複数人の話し声が聞こえる。会話自体は聞き取れないが、たまたま『北部』とか、『暴動』とかの単語が耳に届いた。
すぐに中庭の茂みに隠れ、誰が誰と話しているのか確かめることにした。
廊下の中腹までくると、会話の人物は歩くのを止めた。どうやら貴族と、その侍従が話しているようだ。中庭を眺めながらなのか、声がよく聞こえる。
「では、陛下の名代で殿下が北部の山岳地方へ?」
「はい、そのように聞いております」
「……うむ…ヴェルレー伯爵へは、伝えたてあるのか?」
「はい、伝令を送りました」
「では、多少計画は変わったが、問題なさそうだな」
「はい」
ヴェルレー伯爵とは、北部を統括している貴族の名だ。なぜそいつの名前が出る? それに計画が変わった? どういうことだ?
次の言葉を聞いたとき、俺の体中の血が沸騰した。
「まさか陛下も暴動が捏造とは思うまい……くくっ」
我を忘れ、俺は茂みから飛び出し、貴族の首を掴んで壁に押し当てていた。
「貴様!! であえ! 曲者ぞ!!」
「陛下!?」
逃げようとする侍従に向け、素早く短剣を投げる。太ももに命中し、叫び声を上げながら侍従が床で転がり回った。
「貴様は!? なぜ……デモンフォール?」
俺が掴んだその貴族は、親父の代から支えていた大臣の一人だ。
やってきた衛兵たちが侍従と俺たちをとり囲む。
「まさか中庭に陛下が潜んでいたとは……つくづく私は運がない」
「どういうことだ、デモンフォール! 暴動が捏造とは本当か?」
「ええ、本当です。暴動などありません。本当は陛下、あなたを北部へ誘き寄せる計画でしたが、殿下が向かわれたのは、これまた好都合」
「なぜ?」
「なぜ? もうあなたがた親子二世代に渡って、仕えるのにうんざりしたからですよ!」
「俺を誘き寄せて、どうするつもりだったんだ?」
「ふふふ……このご時世、陛下であれば、そんなこと分かりきっているはずでは?」
「まさか……」
暗殺……か?
デモンフォール大臣は、不敵な笑みを浮かべていた。
このご時世、支配する側の首が変わるなど日常茶飯事。誰も信用できない世界。
そんな中で現れた唯一の光。もしユーリを失うことになれば、俺は再び孤独のなかに放り込まれてしまう。あの暗闇に。
「貴様!!!」
「陛下、おやめください!」
腰の剣を抜いて、大臣を殺そうとした。しかし取り囲んでいた衛兵たちに大臣と引き離された。駆けつけた側近たちも俺を押さえている。
すぐに別室へと、側近たちに俺は連れて行かれた。大臣は地下の牢獄へ。
「馬を引け!! すぐに北部へ向かうぞ!」
いち小隊を引き連れ、俺は北部へと急いだ。
たのむから間に合ってくれ。
ユーリ、死ぬな!!
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