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赦し
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皇琥と聖吏からもたらされた衝撃的な真実。しばらくは、誰も何も言葉を発しなかった。その時間は、さほど経っていないにも関わらず、すでに2、3時間は経過しているのではと錯覚するほどの長さだ。
ようやく物事が頭の中で落ち着いた頃、皇琥の従兄弟である話の中心人物に話を聞くことになった。
**
ベッドで上半身を起こして座っている優里は周りを見回した。ベッドの両脇には、聖吏と皇琥がそれぞれ座っている。聖吏は困ったような表情で少し俯きながら優里の片手を握っている。皇琥は両眼を閉じ、腕組みしている。そして真正面には、高良丈、いや宝条昂毅が立っている。両の手を下ろして手を組み、肩を落とし、頭を項垂れていた。
宝条昂毅は、皇琥の従兄弟で、脅迫状を出した本人。さらには、前世の聖吏の部下で、優里の近衛。
どこから、なにを、どう話をすればいいのだろうかと、優里は真剣に悩んだ。とりあえず、部屋に留まっている二人をどうにかしよう。
「なぁ、皇琥、聖吏。……悪いんだけど、二人だけにしてもらえる?」
「「駄目だ!」」
聞く前から分かっていた答えだけど、一応言ってみた。想像通り駄目だし。しかしそれで諦める優里でもない。
「でも丈、いや、昂毅が怖がってるから」
「「……」」
無視なのか、それとも沈黙?
それにさっきからピリピリとした空気を感じる。これほどまでに空気を冷たくしているのは、この二人が黙っているせいだということを分かっているのだろうか。
この状況をなんとかしてもらおうと、聖吏に目配せした。すると、小さく吐息をついた聖吏が口を開いた。
「……まぁ、こんなことをしても埒が開かない……俺たちは出よう、皇琥ーー」
「ーー駄目だ! 二人きりにしたら、昂毅は何をするか分からん!」
聖吏はともかくとして、やはり皇琥を説き伏せるのは難しそうだ。
それに、皇琥がなにか言うたび、昂毅が震えているように見える。従兄弟同士だというのに、仲が悪いのだろうか、それとも……。優里の頭に、従姉妹である美鈴の顔が浮かんだ。喧嘩という喧嘩をした覚えがない。いつだって、美鈴と優里は笑っていることが多かった。だから皇琥と昂毅の関係を少し不思議に思った。
「皇琥、大丈夫だって」
「なにが大丈夫だ! こいつはーー」
「皇琥」
ベッドのすぐ傍に座っていた皇琥を抱き寄せる。
「優里?」
「大丈夫だから、俺を信用して。それとも信用できない?」
「俺はそういうことを言ってるんじゃない!」
「分かってる。でも二人だけで話したいんだ。頼む。俺のこと信じてほしい、皇琥」
首にしっかり抱きつき、小声で囁きながら気持ちを伝えた。信じてほしい。
「っ!」
勢いよく皇琥が椅子から立ち上がった。そして昂毅の方へ歩み寄り、肩に手を置き、どすの利いた声を放った。
「昂毅、優里になにかあれば、お前がどうなるかくらい……わかるな?」
「はい!」
「皇琥……もうそれくらいで…」
「優里、お前が何を聞きたいか知らんが、こいつは口が堅いぞ。俺にさえ言わないこともあるからな」
「……うん、分かった。ありがとう、皇琥」
皇琥を嗜めるなんて優里には無理だと分かっている。それでも言わずにはいられなかった。なぜなら昂毅の姿を見ていると胸が痛むからだ。
「ふん。聖吏、行くぞ」
聖吏も椅子から立ち上がると、皇琥に続くように部屋を出ようとした。
「あまり無理すんなよ、優里」
「分かってるって」
優里の頭に軽いキスを落とした。部屋を出る途中、聖吏も昂毅のそばへ行き、笑顔で昂毅に諭すように言う。
「ジョー、お前を信じてる」
その瞬間、昂毅は顔を上げると、両目に涙を貯めて、口をへの字にしていた。さらに昂毅の頭をガシガシと撫で、聖吏も病室を出ていった。服の袖で顔を拭う昂毅。
特別室の病室には、優里と昂毅の二人だけ。沈黙が部屋の広さを倍に感じさせる。
「えーっと、昂毅?」
「あ、はい」
「こっちに来て座れよ。そこだとちょっと遠いし」
躊躇する昂毅に、ああだ、こうだと無理矢理理由をつけて、やっとベッドの脇の椅子へと座らせた。
「そのぉ、助けてくれて、ありがとな」
「……」
昂毅は俯いたまま動かない。膝の上では、しっかりと両手の拳がぎゅっと握られている。
「俺を襲ったのもわざとなんだろ? あの時、お前は俺を背負った後で、動けなかった。でも暴漢たちに追いつかれた。だから俺を押し倒して、暴漢どもの気を逸らそうとしたのかなって、後から冷静になって思ったんだ」
「……」
「……なぁ、昂毅? …そのぉ、……辛い思いさせて、ごめんな」
「……」
このまま本当に何も話してはくれないのだろうか。さっき皇琥が言った『こいつは口が固い』という言葉を思い出す。でも聖吏が『ジョー』と言った時は、意外な反応を示していた。
「……ジョー?」
昂毅の肩がビクッと動いた。そして、ゆっくりと顔をあげた。大きく見開いた目は、懐かしい風景か何かでも見るような眼差しだ。それに、従兄弟と言うだけあって、皇琥と同じ珊瑚朱色。その瞳には、涙が浮かんでいた。その瞳を見た瞬間、皇琥が涙した光景を思い出してしまった。なぜ泣いていたのかは分からない。けれど、もしその涙が前世に囚われていたことが理由だとしたら、優里は歯がゆい気持ちで、無力な自分を感じずにはいられない。
それにもうーー
もう、誰も悲しませたくない。
「ジョー、お前は全然悪くない。だからもう自分を責めないで欲しい。前世のことはもう終わったことだから。だから、もう……もし俺のためなら、もういいから。なっ」
大粒の涙がぽろぽろと昂毅の瞳からこぼれ落ちた。
「…うっっ……ユーリ王子…ごめんなさい!」
「あっ、俺はもう王子じゃないから……ただの優里で……おい、泣くなって……」
「王子! ごめんなさい、ごめんなさい!!」
優里がベッドに伏せて泣いている昂毅の背中を撫でているところへ、泣き声を聞いた皇琥と聖吏が病室へと駆け込んできた。
二人の顔を見ると対照的だったのがおかしくて、思わず笑いそうになった。皇琥はむすっとした不機嫌な顔をしていたし、聖吏はほっとした顔をしていたからだ。
**
ようやく泣きやみ、落ち着きを取り戻した昂毅は、置かれている状況を察したのか、顔が真っ赤になっていた。
「ごめんなさい、おう……、じゃなくて、優里……くん」
「いいって、気にすんなって。それより、話してくれる? どうして、そのーー」
「ーー脅迫状だ。なぜ出した?」
「……」
チラッと昂毅が皇琥の方を見て俯いた。小さく一度、吐息し、顔をあげて言った。
「……宝条家…優里くんが宝条家の人間と結婚したら、不幸になるって思ったんです! それにまた前世と同じで、……好きでもない人と結婚させられる優里くんが可哀想だと思って……」
「チッ!」
「優里くんは知らないんです! 宝条の家がどんなか! 本家の人間以外、本名さえ使えさせてもらえないんです! それにーー」
「黙れ、昂毅!」
怖い顔をした皇琥が昂毅に向かってきそうになるところを、間一髪、聖吏が間に入ってくれた。
「もう僕は、優里くんには不幸になって欲しくないんだ! 前世で、前世で、あんなに酷いことになったんだから!」
「黙れと言ってるだろ、昂毅!!」
前世で酷いこと? それって、もしかして死んだ時のこと?
「優里?」
聖吏が優里の肩を揺らすと、ようやく我に返り、そして前から聞いてみたいと思っていたことが口から出ていた。
「なぁ、聖吏。俺って、どうやって死んだの?」
ようやく物事が頭の中で落ち着いた頃、皇琥の従兄弟である話の中心人物に話を聞くことになった。
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ベッドで上半身を起こして座っている優里は周りを見回した。ベッドの両脇には、聖吏と皇琥がそれぞれ座っている。聖吏は困ったような表情で少し俯きながら優里の片手を握っている。皇琥は両眼を閉じ、腕組みしている。そして真正面には、高良丈、いや宝条昂毅が立っている。両の手を下ろして手を組み、肩を落とし、頭を項垂れていた。
宝条昂毅は、皇琥の従兄弟で、脅迫状を出した本人。さらには、前世の聖吏の部下で、優里の近衛。
どこから、なにを、どう話をすればいいのだろうかと、優里は真剣に悩んだ。とりあえず、部屋に留まっている二人をどうにかしよう。
「なぁ、皇琥、聖吏。……悪いんだけど、二人だけにしてもらえる?」
「「駄目だ!」」
聞く前から分かっていた答えだけど、一応言ってみた。想像通り駄目だし。しかしそれで諦める優里でもない。
「でも丈、いや、昂毅が怖がってるから」
「「……」」
無視なのか、それとも沈黙?
それにさっきからピリピリとした空気を感じる。これほどまでに空気を冷たくしているのは、この二人が黙っているせいだということを分かっているのだろうか。
この状況をなんとかしてもらおうと、聖吏に目配せした。すると、小さく吐息をついた聖吏が口を開いた。
「……まぁ、こんなことをしても埒が開かない……俺たちは出よう、皇琥ーー」
「ーー駄目だ! 二人きりにしたら、昂毅は何をするか分からん!」
聖吏はともかくとして、やはり皇琥を説き伏せるのは難しそうだ。
それに、皇琥がなにか言うたび、昂毅が震えているように見える。従兄弟同士だというのに、仲が悪いのだろうか、それとも……。優里の頭に、従姉妹である美鈴の顔が浮かんだ。喧嘩という喧嘩をした覚えがない。いつだって、美鈴と優里は笑っていることが多かった。だから皇琥と昂毅の関係を少し不思議に思った。
「皇琥、大丈夫だって」
「なにが大丈夫だ! こいつはーー」
「皇琥」
ベッドのすぐ傍に座っていた皇琥を抱き寄せる。
「優里?」
「大丈夫だから、俺を信用して。それとも信用できない?」
「俺はそういうことを言ってるんじゃない!」
「分かってる。でも二人だけで話したいんだ。頼む。俺のこと信じてほしい、皇琥」
首にしっかり抱きつき、小声で囁きながら気持ちを伝えた。信じてほしい。
「っ!」
勢いよく皇琥が椅子から立ち上がった。そして昂毅の方へ歩み寄り、肩に手を置き、どすの利いた声を放った。
「昂毅、優里になにかあれば、お前がどうなるかくらい……わかるな?」
「はい!」
「皇琥……もうそれくらいで…」
「優里、お前が何を聞きたいか知らんが、こいつは口が堅いぞ。俺にさえ言わないこともあるからな」
「……うん、分かった。ありがとう、皇琥」
皇琥を嗜めるなんて優里には無理だと分かっている。それでも言わずにはいられなかった。なぜなら昂毅の姿を見ていると胸が痛むからだ。
「ふん。聖吏、行くぞ」
聖吏も椅子から立ち上がると、皇琥に続くように部屋を出ようとした。
「あまり無理すんなよ、優里」
「分かってるって」
優里の頭に軽いキスを落とした。部屋を出る途中、聖吏も昂毅のそばへ行き、笑顔で昂毅に諭すように言う。
「ジョー、お前を信じてる」
その瞬間、昂毅は顔を上げると、両目に涙を貯めて、口をへの字にしていた。さらに昂毅の頭をガシガシと撫で、聖吏も病室を出ていった。服の袖で顔を拭う昂毅。
特別室の病室には、優里と昂毅の二人だけ。沈黙が部屋の広さを倍に感じさせる。
「えーっと、昂毅?」
「あ、はい」
「こっちに来て座れよ。そこだとちょっと遠いし」
躊躇する昂毅に、ああだ、こうだと無理矢理理由をつけて、やっとベッドの脇の椅子へと座らせた。
「そのぉ、助けてくれて、ありがとな」
「……」
昂毅は俯いたまま動かない。膝の上では、しっかりと両手の拳がぎゅっと握られている。
「俺を襲ったのもわざとなんだろ? あの時、お前は俺を背負った後で、動けなかった。でも暴漢たちに追いつかれた。だから俺を押し倒して、暴漢どもの気を逸らそうとしたのかなって、後から冷静になって思ったんだ」
「……」
「……なぁ、昂毅? …そのぉ、……辛い思いさせて、ごめんな」
「……」
このまま本当に何も話してはくれないのだろうか。さっき皇琥が言った『こいつは口が固い』という言葉を思い出す。でも聖吏が『ジョー』と言った時は、意外な反応を示していた。
「……ジョー?」
昂毅の肩がビクッと動いた。そして、ゆっくりと顔をあげた。大きく見開いた目は、懐かしい風景か何かでも見るような眼差しだ。それに、従兄弟と言うだけあって、皇琥と同じ珊瑚朱色。その瞳には、涙が浮かんでいた。その瞳を見た瞬間、皇琥が涙した光景を思い出してしまった。なぜ泣いていたのかは分からない。けれど、もしその涙が前世に囚われていたことが理由だとしたら、優里は歯がゆい気持ちで、無力な自分を感じずにはいられない。
それにもうーー
もう、誰も悲しませたくない。
「ジョー、お前は全然悪くない。だからもう自分を責めないで欲しい。前世のことはもう終わったことだから。だから、もう……もし俺のためなら、もういいから。なっ」
大粒の涙がぽろぽろと昂毅の瞳からこぼれ落ちた。
「…うっっ……ユーリ王子…ごめんなさい!」
「あっ、俺はもう王子じゃないから……ただの優里で……おい、泣くなって……」
「王子! ごめんなさい、ごめんなさい!!」
優里がベッドに伏せて泣いている昂毅の背中を撫でているところへ、泣き声を聞いた皇琥と聖吏が病室へと駆け込んできた。
二人の顔を見ると対照的だったのがおかしくて、思わず笑いそうになった。皇琥はむすっとした不機嫌な顔をしていたし、聖吏はほっとした顔をしていたからだ。
**
ようやく泣きやみ、落ち着きを取り戻した昂毅は、置かれている状況を察したのか、顔が真っ赤になっていた。
「ごめんなさい、おう……、じゃなくて、優里……くん」
「いいって、気にすんなって。それより、話してくれる? どうして、そのーー」
「ーー脅迫状だ。なぜ出した?」
「……」
チラッと昂毅が皇琥の方を見て俯いた。小さく一度、吐息し、顔をあげて言った。
「……宝条家…優里くんが宝条家の人間と結婚したら、不幸になるって思ったんです! それにまた前世と同じで、……好きでもない人と結婚させられる優里くんが可哀想だと思って……」
「チッ!」
「優里くんは知らないんです! 宝条の家がどんなか! 本家の人間以外、本名さえ使えさせてもらえないんです! それにーー」
「黙れ、昂毅!」
怖い顔をした皇琥が昂毅に向かってきそうになるところを、間一髪、聖吏が間に入ってくれた。
「もう僕は、優里くんには不幸になって欲しくないんだ! 前世で、前世で、あんなに酷いことになったんだから!」
「黙れと言ってるだろ、昂毅!!」
前世で酷いこと? それって、もしかして死んだ時のこと?
「優里?」
聖吏が優里の肩を揺らすと、ようやく我に返り、そして前から聞いてみたいと思っていたことが口から出ていた。
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