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覚醒

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『欠けている。お前の中の何かがーー』

 皇琥に言われてから、優里はずっと考えていた。何が欠けているのだろうか。

 独占欲、所有欲、支配欲……。

 優里にとって、これらの欲が無い訳じゃない。剣術の試合においても、勝利するためには相手を支配し、力を見せつけることで、優位になる。だからと言って、聖吏を支配したい訳じゃない。どちらかといえばーー。

「優里!」

 名前を呼ばれ、思考が中断した。声のしたほうに顔を向けると、大学の友人、鈴木が走って、こちらへ来るところだった。息を切らせながら鈴木が聞いてきた。

「随分、待ったか?」
「いや、俺もいま来たところ。それより鈴木、おまえ大丈夫か?」
「これじゃ、運動不足がバレバレだな。それじゃ、急ごう」

 鈴木が笑いながら答えた。この週末は、鈴木に誘われて、鈴木のお兄さんが出場する剣術の試合を見に、待ち合わせをしていたところだった。本当はもう剣術とは関わりたく無いから、試合を見に来るつもりはなかった。でも聖吏とも顔を合わせづらいし、とにかく気分転換したかった。

 ふと鈴木が持っている木刀が気になった。

「木刀?」
「あぁこれな、兄貴が一応持って来いって連絡あって」
「そっかぁ」
「懐かしいか?」
「別に懐かしくなんかねぇって」
「そうだ、山田と佐藤も誘ったんだ。剣術が見たいって、うるさくてな」

 待ち合わせ場所へ到着したが、二人の姿はまだなかった。

「おっかしいなぁ、とっくに約束の時間、過ぎてんのに。あいつら、どこいんだよ」

 鈴木がスマホを取り出して、時間やメッセージを確認した。そしていきなり着信音が鳴り、鈴木が画面をスライドさせた。

「もしもし、佐藤? お前らどこいんだよ」
『助けて! 変な奴らに追い回されて、行き止まりに来ちゃったの!』
「えっ、どこいんだよ!」
「いま位置情報送るから!」
「分かった! すぐ行く!」
「どこだって?」
「ここ!」

 スマホ画面を見ると、ここから1、2キロ離れた辺りに、二人の居場所を示すピンが、地図上に表示されていた。

「変な奴らって、あいつらーー」
「とにかく急ごう!」

 鈴木が言いかけたのを遮り、とにかく走りだす。スマホを見ながら、道順を辿った。徐々に鈴木の走るスピードが遅くなり、息苦しいのか、肩が上下しはじめた。なんとか目的地から少し離れた場所へ到着。すると、鈴木が地面に伏せってしまった。

「大丈夫か?!」
「ちょ…と、もう……息苦しくて」
「お前はここで待ってろ」

 優里が様子を見に、建物の角から行き止まりの路地を覗いた。山田と佐藤の姿は見えない。男が5、6人、行き止まりの壁に向かって、何やらしゃべっていた。何を言っているのかは聞こえない。

 その時ーー。

「いやー」「助けて!」と、山田と佐藤の叫び声が聞こえた。

 その後の記憶が優里には無かった。気づいた時には、木刀を持って立っていた。そして、優里の周りには、うめき声をあげ、うずくまる男たちの姿があった。

「優里、こっち! 早く!」

 鈴木に腕を掴まれ、引っ張られるままに走った。しばらく走って、建物の影に四人で隠れた。

「ここまで来れば、もう大丈夫だろ。二人とも大丈夫か?」

 息を弾ませながら、鈴木が言った。山田と佐藤は声を出して、泣いていた。

「うん……、大丈夫…ひっ…く」
「優里も大丈夫か? 優里?」
「え、あ、うん……大丈夫…」
「それにしてもびっくりした、いきなり木刀貸せっていうから」
「え、あ、あぁ……」

 覚えていない。二人の叫び声を聞いたのは、覚えているが、その後のことは思い出せない。

「で、何があったんだよ」
「え?」
「だって、あいつら、痛そうにうずくまってたぞ」
「……」
「優里?」
「わるい、俺……、帰るわ。これ、ありがとな。あと……二人のこと頼んでもいいか? ごめん」
「え、いいけど……お前も大丈夫か? 顔が青いぞ」

 こくんと頷き、木刀を鈴木へ返すと、優里は鈴木たちから離れ、歩き出した。

 気分が悪い。それなのに、高揚感がとまらない。右手が震えているのに気づき、左手で握って胸に押し当てた。

(頼む、鎮まれ!)

 これからどうする? 家にはまだ帰りたくない。

 そういう時は決まって、あの場所だった。無意識のうちに古墳のある山へと向かった。



 古墳への山道は立ち入り禁止を示すように、しめ縄がつけてある。聖域という意味合いもあるが、人を寄せ付けない効果が、どれほどあるかは、分からない。

 しめ縄をくぐり、優里は古墳へと向かった。とにかく静かな場所で、一人になりたかった。しかし山頂へ着くと、古墳を前に、人がひとり立っていた。あの後ろ姿は、優里がよく知っている人物のものだ。

「聖吏……」

 気配で気づかれたのか、声で気づかれたのかは、分からないが、聖吏が振り向くと、すぐに駆け寄ってきた。そこで、優里の意識が急に途絶えた。





 頬を何度も撫でられているのに気づいて、意識が戻った。手に芝生の感触を感じた。どうやら丘の上に横になっているようだ。

「気づいたか?」

 聖吏の声が聞こえ、目を開けると、隣には聖吏が座っていた。

「……聖吏…」
「何かあったのか?……お前から、強い殺気を感じたから」
「え…、殺気? 別になにもないけど……」
「なら、いいが……」

 忘れていた感覚、高揚感が込み上げてくる気がして、胸を押さえた。

「大丈夫か?」

 こくこくと頷いてみせたが、聖吏の不安そうな顔は変わらない。上体を起こしてもらうと、少し落ち着いた気分になった。

「優里?」
「ごめん……」
「なんで謝るんだ。俺のほうこそ、悪かった。お前をぶって、すまない……痛かったろ」
「まぁ、ちょっとな。でも、もう大丈夫。俺も悪かった」

 そうだった。あれから聖吏とまともに顔を合わせていないことに気づいた。聖吏は何度も優里に会いに来たのに、優里が会うのを避けていたのだ。

「優里」「聖吏」

 互いに名を呼ぶ声が重なった。

「「お前から」」

 顔を見合わせ、大声で笑い合った。こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。

 聖吏は黙ったまま首を傾げた。これは、子供の頃からの聖吏の癖で、優里の話を待っている仕草だ。

「……聖吏に…言わなきゃいけない事がある」
「ん?」

 ごくりと唾を飲み込んで、それから深呼吸をした。

「…もう一人……俺に…許婚が現れて……」

 きゅっと一瞬、目を瞑った聖吏が、空を仰いだ。前髪をかきあげ、小さな吐息をもらす。

「そっか……」
「ずっと、言おうと思って…言えなかった」
「……そいつにはもう……、会ったのか?」
「…うん」
「で、そいつとは……」

 そいつとはーー、の続きが気になったが、聖吏はすぐに黙ってしまった。何を聞きたかったのだろう。

「優里、今度こそ幸せになれよ」
「え、今度こそ……って……聖吏!」

 顔をそむけて立ちあがろうとした聖吏を、優里が腕を掴んだ。二人ともバランスを崩し、危うく聖吏が、優里の上に乗っかりそうになった。

「優里、大丈夫か? いきなり引っ張ったら危ない」
「…ごめん。でも聖吏、言いたい事があるなら、はっきり言ってくれよ!」
「……もう一人の許婚と、結婚するんだろ?」
「? なんでそう思うんだよ!」

 前世で優里は、二人と結婚するはずだったと皇琥から聞かされていた。でも今世では、それは叶わない。法の壁が三人の前に立ちはだかっているからだ。

「なぜって……、前世のお前は、先祖の言いつけを守るために、俺と結婚しようとしていただけだ。でも今回は俺たちのどちらか一方としか結婚できないし、先祖の言いつけなんて……ただの脅しにすぎない。それにーー」
「聖吏……、お前……前世の記憶…あるのか?」
「?!」
「なんで黙ってたんだよ!!」

 聖吏の胸ぐらを優里が掴んだ。

「ごめん……言えなかった」
「いつから……いつから記憶があんだよ」
「お前……、優里が古墳へ行った日から……それがトリガーだから…」
「皇琥のことも?」
「こうが?」
「もう一人の……許婚…」
「名前は知らない。けど…もう一人いるだろうってことは、考えた」
「なんだよ、全部バレてたのかよ。ったく、悩んで損したな」
「……ごめん」

 掴んでいた胸ぐらを放し、芝生の上に座り込んだ。

「あー、クッソ!」
「優里?」

 とにかくイライラした。それに体の奥深くにしまっておいたはずの殺気が、頭を持ち上げているような気がした。

 隣に座ろうとしていた聖吏の隙をつき、聖吏を芝生へ押し倒した。

「優里?!」

 聖吏の顔を見ると、いつもと違って怯えているように見えた。どうして、怯える? どちらかが先に動いたら、殺れるような、そんな緊張感が二人の間にあった。瞬きさえ出来ない。その状況を楽しむかのように、優里は聖吏の瞳を見つめた。その瞳には、皇琥の言うような獲物を狙う獣が映っていた。

 聖吏が優里の肩を持って、優里の体をどかそうをしていた。

「聖吏……」
「優里、冗談だよな」
「なにが?」
「俺に……、お前を殴らせないでくれ、優里。頼む……」
「殴る? 聖吏が俺を?」

 ゆっくりと優里の顔が聖吏の顔に近づいた。互いの鼻先が当たり、吐息が混じった。

「聖吏、お前は、俺を殴れない……だろ?」
「?!」

 気づけば、優里から聖吏に口づけをしていた。聖吏は顔を強張らせているのか、目をぎゅっと瞑っていた。

 最初は、チュッと軽いキスを、そして次には、濃厚なキスを優里から聖吏に贈った。
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