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第五章 解放
結びつく記憶
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(千影視点)
千影と知紘が抱き合ったまま、しばらく時が止まったように感じた。
その穏やかな瞬間が終わると同時に、アメトリンの輝きが不意に色を変えた。温かい紫と黄金の光は次第に冷たく青ざめ、まるで深い闇に飲み込まれるかのように暗くなっていく。
「これは……」
知紘が息を呑むと、突然二人の頭の中に強烈な映像が流れ込んできた。かつて千光が見たはずの記憶。いや、それは千影自身の記憶でもあった。ある日、家の中で偶然見かけた男――その姿がぼんやりと浮かび上がる。
「あの男……」
千影の表情が固まった。目を閉じて、その映像を追いかけるように意識を集中させた。映像はどんどん鮮明になっていく。暗い部屋の中で、母親と話している見知らぬ男。背が高く、痩せた身体。鋭い目つきで、どこか不気味な雰囲気を持つその男は、何か母親に話しかけていた。声は低く、落ち着いていたが、その内容はどこか狂気じみているようにも感じた。
「こいつを見たことがある……」
千影が低くつぶやいた。知紘は千影の顔を見上げ、その表情の変化に気づいた。
「千影……そいつは、誰?」
しばらく口を閉ざしたまま思考を巡らした。やがてゆっくりと頭を振った。
「顔は覚えているが、名前までは……。でも、あの男が……母に何か、怖いことを言っていた。俺が小さすぎて、内容まではっきりと覚えていない。だがその時の感覚は、今でも忘れられない」
アメトリンが再び強く輝き、二人の前にさらなるビジョンが現れた。両親が働いていた「ネクサスラボ」だ。
「ネクサスラボ」は、再生エネルギーの活用を目指す、湊財閥が所有する研究所の一つだった。千影の父の告発により、現在は閉鎖されている。しかし、両親が働いていた時期には、双子の千影と千光は度々この研究所に連れていってもらった。
実験室の奥にあったカラフルな試薬や、無数の機器に囲まれた空間は、双子にとって不思議で魅力的な場所だった。彼らの記憶の中には、ラボの明るい照明や父母の笑顔が鮮明に残っているが、同時にその裏に潜む影も感じ取っていた。
巨大な実験装置、何本ものケーブル、そして計算式が書き込まれたホワイトボード。その隣に立っていたのは、あの男――今はっきりと姿が見える。男は両親と同じ研究者だった。焦燥感に駆られたような目をしており、何かに取り憑かれたかのような狂気の表情を浮かべていた。
記憶の底に眠っていた映像が映し出された。それは男が突然、双子を睨みつける場面が映し出された。千光は怯えて千影の背後に隠れたのを覚えている。男の目には復讐の影がちらついていたように見えた。冷たい光が宿り、双子を捉えるその視線は、まるで二人の存在そのものを呑み込もうとしているかのようだった。
「こいつだ……あの当時、まだ父が研究員として働いていたプロジェクトに参加していた男だ」
千影はその顔を凝視しながら、記憶の中に埋もれていた事実が一つずつ浮かび上がってくるのを感じた。男の名は忘れ去られたが、その存在が持つ影響は決して小さくなかった。父の研究がもたらす新薬の可能性に魅了され、同時にその危険性を理解できなかった男だ。そのため、父親が研究を止めようとした際、狂気に駆られたのだろう。
「そうだ……この男が……」
言葉が詰まるように千影は口を押さえ、知紘の方を振り返る。
「この男が、事件――双子の誘拐に関与している」
知紘は思わず目を見開いた。真犯人の姿がついに明らかになろうとしている。知紘は千影の手を強く握りしめ、アメトリンの輝きに意識を集中させた。二人の心が再び共鳴し合い、過去の記憶がまるで生きた映像のように流れ続ける。
『お前は、間違っている! これは未来を変える新薬なんだ。それにお前は、湊財閥の跡取りなんだろ? だったらどうにでもなるはずだ。お願いだから、研究を続けさせてくれ!』
その男の声がはっきりと聞こえた。怒りに満ちた声が、彼の狂気を物語っている。彼は父親に対して、強く主張していた。それは、人の理性を失わせ、感情を暴走させる危険な薬品――その研究を巡る争いだった。
『俺がクビだって!? この素晴らしい研究は? 貴様には……必ず後悔させてやる!』
一瞬だが、男の視線が双子を睨みつけたように見えた。
双子の父親は、その研究が人間にとって大きな脅威であると判断し、全てを破棄するよう指示した。しかしその男はそれを受け入れることができず、狂気に駆られて姿を消した。
「……あいつだ」
千影はゆっくりと目を開け、知紘を見つめた。
「奴が、母に近づいた理由は、父に言ったことと同じだ。俺がプロファイラーになってから双子の誘拐について、調べたんだ。だが、この男については何も浮かんでこなかった。というより、研究所で働いていたにも関わらず、存在自体が消えてしまっていた。だからいままで気づかないのも当然だ……双子の誘拐、こいつが黒幕だ」
「千光は、それを伝えようとしていたんだね……」
知紘が呟いた。アメトリンを通じて千光の記憶と感情が流れ込んでくる。きっと小さな千光は、この事実を知り、ずっと苦しんでいたのだろう。千光は事件の全貌を知っていた。そして、それを千影と知紘に託そうとしていた。
「これで……全てのピースが揃う」
千影は、アメトリンをしっかりと握りしめながら言った。アメトリンには、健康や長寿をもたらすお守りのような効果があると信じられている。その一方で、クリーンなエネルギーとして知られているが、間違った方向へ使うと危険な薬品を生成してしまうリスクも伴う。双子がもらったアメトリンは、両親が研究途中で見つけたものであり、彼らの無邪気な日々を象徴する存在でもある。
「この男……奴を探し出す必要がある」
二人は互いに結ばれた手を離さなかった。必要不可欠な存在であり、共にこの謎を解き明かす運命にあることを感じていた。
千影と知紘が抱き合ったまま、しばらく時が止まったように感じた。
その穏やかな瞬間が終わると同時に、アメトリンの輝きが不意に色を変えた。温かい紫と黄金の光は次第に冷たく青ざめ、まるで深い闇に飲み込まれるかのように暗くなっていく。
「これは……」
知紘が息を呑むと、突然二人の頭の中に強烈な映像が流れ込んできた。かつて千光が見たはずの記憶。いや、それは千影自身の記憶でもあった。ある日、家の中で偶然見かけた男――その姿がぼんやりと浮かび上がる。
「あの男……」
千影の表情が固まった。目を閉じて、その映像を追いかけるように意識を集中させた。映像はどんどん鮮明になっていく。暗い部屋の中で、母親と話している見知らぬ男。背が高く、痩せた身体。鋭い目つきで、どこか不気味な雰囲気を持つその男は、何か母親に話しかけていた。声は低く、落ち着いていたが、その内容はどこか狂気じみているようにも感じた。
「こいつを見たことがある……」
千影が低くつぶやいた。知紘は千影の顔を見上げ、その表情の変化に気づいた。
「千影……そいつは、誰?」
しばらく口を閉ざしたまま思考を巡らした。やがてゆっくりと頭を振った。
「顔は覚えているが、名前までは……。でも、あの男が……母に何か、怖いことを言っていた。俺が小さすぎて、内容まではっきりと覚えていない。だがその時の感覚は、今でも忘れられない」
アメトリンが再び強く輝き、二人の前にさらなるビジョンが現れた。両親が働いていた「ネクサスラボ」だ。
「ネクサスラボ」は、再生エネルギーの活用を目指す、湊財閥が所有する研究所の一つだった。千影の父の告発により、現在は閉鎖されている。しかし、両親が働いていた時期には、双子の千影と千光は度々この研究所に連れていってもらった。
実験室の奥にあったカラフルな試薬や、無数の機器に囲まれた空間は、双子にとって不思議で魅力的な場所だった。彼らの記憶の中には、ラボの明るい照明や父母の笑顔が鮮明に残っているが、同時にその裏に潜む影も感じ取っていた。
巨大な実験装置、何本ものケーブル、そして計算式が書き込まれたホワイトボード。その隣に立っていたのは、あの男――今はっきりと姿が見える。男は両親と同じ研究者だった。焦燥感に駆られたような目をしており、何かに取り憑かれたかのような狂気の表情を浮かべていた。
記憶の底に眠っていた映像が映し出された。それは男が突然、双子を睨みつける場面が映し出された。千光は怯えて千影の背後に隠れたのを覚えている。男の目には復讐の影がちらついていたように見えた。冷たい光が宿り、双子を捉えるその視線は、まるで二人の存在そのものを呑み込もうとしているかのようだった。
「こいつだ……あの当時、まだ父が研究員として働いていたプロジェクトに参加していた男だ」
千影はその顔を凝視しながら、記憶の中に埋もれていた事実が一つずつ浮かび上がってくるのを感じた。男の名は忘れ去られたが、その存在が持つ影響は決して小さくなかった。父の研究がもたらす新薬の可能性に魅了され、同時にその危険性を理解できなかった男だ。そのため、父親が研究を止めようとした際、狂気に駆られたのだろう。
「そうだ……この男が……」
言葉が詰まるように千影は口を押さえ、知紘の方を振り返る。
「この男が、事件――双子の誘拐に関与している」
知紘は思わず目を見開いた。真犯人の姿がついに明らかになろうとしている。知紘は千影の手を強く握りしめ、アメトリンの輝きに意識を集中させた。二人の心が再び共鳴し合い、過去の記憶がまるで生きた映像のように流れ続ける。
『お前は、間違っている! これは未来を変える新薬なんだ。それにお前は、湊財閥の跡取りなんだろ? だったらどうにでもなるはずだ。お願いだから、研究を続けさせてくれ!』
その男の声がはっきりと聞こえた。怒りに満ちた声が、彼の狂気を物語っている。彼は父親に対して、強く主張していた。それは、人の理性を失わせ、感情を暴走させる危険な薬品――その研究を巡る争いだった。
『俺がクビだって!? この素晴らしい研究は? 貴様には……必ず後悔させてやる!』
一瞬だが、男の視線が双子を睨みつけたように見えた。
双子の父親は、その研究が人間にとって大きな脅威であると判断し、全てを破棄するよう指示した。しかしその男はそれを受け入れることができず、狂気に駆られて姿を消した。
「……あいつだ」
千影はゆっくりと目を開け、知紘を見つめた。
「奴が、母に近づいた理由は、父に言ったことと同じだ。俺がプロファイラーになってから双子の誘拐について、調べたんだ。だが、この男については何も浮かんでこなかった。というより、研究所で働いていたにも関わらず、存在自体が消えてしまっていた。だからいままで気づかないのも当然だ……双子の誘拐、こいつが黒幕だ」
「千光は、それを伝えようとしていたんだね……」
知紘が呟いた。アメトリンを通じて千光の記憶と感情が流れ込んでくる。きっと小さな千光は、この事実を知り、ずっと苦しんでいたのだろう。千光は事件の全貌を知っていた。そして、それを千影と知紘に託そうとしていた。
「これで……全てのピースが揃う」
千影は、アメトリンをしっかりと握りしめながら言った。アメトリンには、健康や長寿をもたらすお守りのような効果があると信じられている。その一方で、クリーンなエネルギーとして知られているが、間違った方向へ使うと危険な薬品を生成してしまうリスクも伴う。双子がもらったアメトリンは、両親が研究途中で見つけたものであり、彼らの無邪気な日々を象徴する存在でもある。
「この男……奴を探し出す必要がある」
二人は互いに結ばれた手を離さなかった。必要不可欠な存在であり、共にこの謎を解き明かす運命にあることを感じていた。
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