共鳴の彼方

月柳ふう

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第四章 対座

友からの忠告

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 ――誕生日の夜。光影庵から知紘を乗せた救急車は病院へと急いだ。同乗した千影が心配そうに知紘を見守る。

 影山知紘の病室を出たあと、湊千影は廊下のソファに腰をおろした。静まり返った廊下。病院の独特な空気が千影の頬を軽く撫でる。その瞬間、先ほどの出来事が脳裏に蘇った。

『「ちか」が……大好きだった』『ごめんね、ちか……死んじゃって、ごめんね』

 あれは一体なんだったのだろう。「死んじゃって、ごめん」とはどういう意味だ。影山は、何度も「ちか」と千影のことを呼んでいた。あの呼び名は、弟だけにしか許していない。どうして、影山が知っていたのだろう。

 『たんじょうび……おめでとう……ちか……げ』

 それに、あのキスの瞬間が、ほんの一瞬だったが、その感触は鮮明に残っている。千影の中で何かが揺れた――けれど、それが何なのか、千影自身まだ分かっていなかった。

 幼い千光が「ちか、チューしよ」と言っていたのを思い出す。幼稚園で覚えてきたのか、千光はいつも笑いながらそう言って、千影に抱きついてきた。

 なぜいま弟との思い出が頭に浮かぶ? 「ちか」と呼ばれたから? 二人とも「ちひろ」だから? 影山の琥珀の瞳は、弟のと同じだから? だからと言って、弟の生まれ変わりだと――そんなことを安易に結びつけられない。

「そんなことがあってたまるか」

 千影は拳で膝をたたいて、うなだれた。小さくため息をつく。頭の中で、理性と感情が絶えずせめぎ合っている。プロファイラーとしての冷静さが、認めることを阻止していた。それでも、知紘の言動が何かを思い起こさせるのも確かだった。

 その時、ポケットの中でスマホが振動した。画面を見ると、夏目雪生からの着信だった。

『話がある。会わないか?』

 夏目の声はいつもと同じ冷静さを帯びていたが、どこか焦燥感も感じられた。千影は一瞬躊躇したものの、彼と会うことを決めた。

 **
 
 カフェへ到着すると、すでに夏目は窓際の席に座っていた。千影が席につくと、彼は口を開く前に軽く目を伏せた。

「千影、まず最初に謝るよ。影山……知紘君に対して、少しやりすぎたかもしれない」

 謝罪の言葉が口をついて出たが、千影は無表情を崩さない。そのまま短く言った。

「俺より、影山あいつに謝るべきだろう」

 夏目は少し苦笑いを浮かべた。

「その通りだ。でも、まず君には話しておく必要があった」

 千影は少し身を乗り出して、夏目の顔を見つめる。

「何を企んでいるのか、全部話せ」

 夏目とは幼馴染。何も考えず生徒に手を出すとは思えない。隠れた本心を見逃すまいと、千影は返事を待った。しばらくの沈黙が流れた後、視線をカップに落としながら、夏目が静かに語り始めた。

「知紘が見たという夢に興味があったんだ。遼からインタビューされた時、彼からその事を聞き出してね。夢を見たあと知紘の手首にアザがついていたこと。夢に出た場所へ行って、実在したこと。君の弟の話を聞いた時の反応、そして同じ誕生日。僕は、彼の夢は前世の記憶だと仮説したんだ。それに知紘自身、その夢に翻弄されていた。だから、彼を刺激すれば、もっと前世の記憶が蘇るかもしれないと。だから誘惑したんだ」

 淡々と話を続ける夏目に嘘はなさそうだ。しかし千影は眉をひそめた。夏目が学者としての興味で影山に近づいたことは理解できたが、それだけではない感情が含まれていることに気づいていた。

「それだけか?」

「もちろん、僕は彼を研究対象として見ているよ…………いや、違う……それ以上の感情がないわけじゃない」

 夏目は少し笑みを浮かべて、千影を見つめ返した。

「千影は、どう思っているんだい? 彼のこと。僕がを奪ってもいいのかな」

 その言葉が静かに場の空気を張り詰めさせた。千影は目を細め、冷たい声で言った。

「千光のことを絡めるのは卑怯だ、夏目」

 ふっと、夏目の笑みが誇らしげに見えた。まるで勝ったと言わんばかりの表情だ。
 
「それはどっちの『ちひろ』のことだい、千影?」

 夏目に不意をつかれ、言葉が一瞬詰まった。
 
「君が今、向き合っているのは――弟か、それとも……あの彼、影山知紘かな?  まだ気づいていないなら、教えてあげるよ。君の弟に対する反応は、まるで……」
 
 挑発的な表情を浮かべて、夏目はわざと言葉を切った。

 千影はその視線を鋭く受け止めながら、自分の中で揺れる感情を押し殺した。弟の千光と知紘を同一視することは、プロファイラーとしてのプライドが許されない。しかし、心の奥底で何かが蠢いていた。

「君は、まだ自分が弟に縛られていることに気づいていないんだよ、千影」

 夏目は低く静かな声で囁くように言い、笑みを浮かべた。千影は眉を寄せ、冷ややかな視線を返した。

「俺が何に縛られているかなんて、夏目お前には関係ない」

 肩をすくめ、挑発するような笑みを夏目は崩さなかった。

「そうだね、僕には関係ない。でもね、千影。君は君の弟と知紘に対する感情に翻弄されてはいないかい? 僕の気のせいだといいんだけどね」

 千影は言葉を失った。その鋭い言葉が、心の奥に潜む何かに触れたような気がした。弟と影山に対する感情に翻弄されているなどあり得ない。

「世の中には、分からないことはたくさんある。たとえ君自身が自分の気持ちを理解できていなくても不思議なことじゃない。でもいつか……その感情が君を飲み込むかもしれないよ」
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