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第7話 憑いてるぞ

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 期末テスト終了を告げるチャイムが鳴り響いた。その途端、静寂に包まれていた教室がガヤガヤと騒がしくなった。

 俺は椅子に座ったまま両腕を上げ背伸びをしながら声を出した。

「やったぁ~、終わったぁ~」

 クラスで仲のいい渡辺健、通称ワタケンが俺の机にやってきた。

「やっと終わったなぁ。でもテストの結果は知りたくねぇな」
「なんだワタケンもかよ。俺も知りたくねぇ」

 二人で冗談だか本気だかを言い合っていると女子グループの話し声が聞こえてきた。

「ねえ知ってる? 今日サッカー部の練習試合があるんだって。なんでも昨日決まったらしくて。さっき仲の良い子が教えてくれてさぁ」
「えっ、マジでどこと?」
「あの五輪高だよ」
「えーっ、それじゃ矢加部先輩くるのかなぁ」
「私はタケル君推しだから関係ないけど、その先輩もかっこいいんだよね?」
「一度試合で見たけど、タケル君といい勝負だったよ。サッカーも上手い」
「それ、ちょっと見てみたいかも~」
 女子の話に聞き耳を立てていた俺とワタケンは、互いの顔を見合わせてマジかよと目配せした。 

 期末テストが終わったタイミングでの練習試合? それにもうすぐ全国大会だって始まるこのタイミングでの練習試合は選手に負担がかからないのだろうか。

 ふと、今朝のタケルはどこかイライラしてるっぽかったのを思い出す。原因はこれか。

 今年、運がいいのか悪いのか、全国大会への出場枠が広がり、タケルのいる三輪高と矢加部のいる五輪高が揃って全国大会出場となった。その二校が今日練習試合をする。この結果次第では、チームのムードが良くも悪くもなるのは避けられない。

「悪りぃワタケン。俺、ちょっとサッカー部行ってくる」
「カオル? なら、俺も付き合うよ」

 サッカー部の部室は校庭の隣にあるサッカー場近くにある。校舎を出てサッカー場へ向かっていると、反対方向から人だかりが歩いてきた。見慣れない黒のジャージを着ている。通りすがりに「よっ、久しぶり」と声をかけられた。

「えっ?」

 振り返ると、そこには矢加部が立っていた。

 矢加部ーー。その名前を思い出すと同時に、ハロウィンの夜のことも思い出した。神社での出来事が脳内再生され、途端に俺の顔に熱が集まってくる。

 矢加部が俺に近づいてきて、肩に手を置いた。

「久しぶりだな、カオル。元気だったか?」

 目線だけを上にして矢加部の顔を見た。あの夜の時にはよく見えなかったが、たしかに女子が騒ぐだけのことはあるイケメンだ。背丈もタケルと同じくらいだろうか。

 そうだ、あのとき助けてもらったお礼をちゃんと言ってない。それに相手は他校とはいえ、先輩だ。

「あのときは、助けてもらいありがとうございました」
「いや別に大したことじゃない」
「……いや、いちおう先輩に助けてもらった訳だし……」

 ニヤニヤする矢加部の顔は何かを企んでいそうな顔つきだ。それじゃあと言いかけたところで、矢加部が俺の腰に手を回して体を引きつけた。目前に矢加部の顔が迫る。近い!

「ちょっ!」
「カオル! おいお前、カオルを離せ!」

 ワタケンの声のする方を見ると、黒ジャージを着た二人にワタケンが捕まえられていた。

「ワタケンを離せ!」

 矢加部から逃れようとしたが、がっしりと腰を捕まれ身動きが取れない。そして突然顎を掴まれたと思った瞬間ーー。

「んっ……」
「カオル!」

 ワタケンの声が遠ざかっていく気がした。

 俺、一体全体何やってんだよ……。涙が溢れてくるのを感じた。ようやく塞がれた口からなんとか声を絞り出した。

「離せ……よ……」
「カオル……お前、憑かれてんな」
「えっ?!」
「……俺、こういうの見えるんだ」
「はぁ?」
「もう大丈夫」

 こいつは何を言ってるんだ? 全く状況が掴めない。

 いきなり掴まれていた腰を離され、俺はその場に座り込んでしまった。矢加部の方を見る勇気がない。そんなことを考えていると矢加部が部員に向かって叫んだ。

「おい、お前ら。そいつを離してやれ」
「「へーい」」

 パタパタと走ってくる足音がして、ワタケンが「カオル、大丈夫か?!」と声を掛けながら背中をさすった。

「……なぁ、ワタケン。俺、あいつと……した?」
「えっ、聞こえない」
「だから俺……あいつと!」
「? 別にお前は何もしてねえよ。強いていうなら、あいつがお前に 」
「やっぱりいい!」
「接吻などしとらん!」

 見上げると再び矢加部の顔が目の前にあった。だから近いって……!

「接吻……って」

 ワタケンがプププと笑いを堪えている。いやいや笑い事じゃねえって。

「……やっ、でも」
「口を抑えただけだ」
「だからそれって!」
「手で」
「へ? 手で?」
「そう」

 右手をヒラヒラさせて、この手で口をこうして抑えた、と矢加部がやってみせた。

 それにしてもあの感触は柔らかかった。本当に手だったのか?

「カオル、ここじゃ祓えんからうちの神社へ来い。そしたら祓ってやる。あー、あいつと一緒にな」
「えっ?」

 矢加部の手が俺の頬に触れそうになると俺は身構えた。

「大丈夫、何もしない。それに……お前の心が俺にないのに、無理矢理キスしても意味はない……」

 本当にキスしてないのか。されたと思ったのに。
それに気づかないうちに泣いていて、その涙を拭ってもらっている。矢加部の指が頬を上下するたび、俺の心臓も高鳴ってきた。

「カオルー!!」

 聞き慣れた大好きな声を聞いて俺は我に返った。とっさに矢加部から距離をとるように体を反らせると、背後からタケルが俺を抱きしめた。

「矢加部、貴様!」

 俺の背後から腕を伸ばし、矢加部の胸元をタケルが鷲掴みした。こんなことをしたら問題になる。そう判断した俺はタケルの腕を矢加部から引き離し腕に抱きついた。

「カオル?!」
「タケル! こいつは何もしてないっ! ワタケンも見てた!」
「そうなのか、ワタケン?」
「えっ、ああ、本当に。矢加部はカオルの口を手で抑えて……でもその後すぐにカオルを放した」
「そうか……」

 タケルの手が俺の頭を優しく撫ではじめた。落ち着く。やっぱりタケルにこうしてもらえるのが一番落ち着く。

「そうだ、タケル。さっきカオルにも言ったが、こいつ憑かれてるぞ」
「つかれてる?」
「ああ、平たくいうと霊に取り憑かれてるというやつだ」
「なんだって?!」
「ん? なんだ、てっきり俺は……。まぁいい、俺の神社で祓ってやるから明日こいつを連れてこい」
「キャプテン、そろそろ……」
「そうか。タケル、そろそろ練習試合だそうだ。よろしく頼む」

 矢加部がジャージについた砂を叩きながら立ち上がった。

「じゃあな、カオル。明日また会おう」

 タケルが俺を支えながら立ち上がり、俺を抱きしめた。

「タケル、もう大丈夫だから……」
「……ごめん、気づかなかった」
「えっ? あ、霊が憑いてる……ってこと。タケルのせいじゃないって」
「……それより、今日はもう帰るか?」
「帰るわけないじゃん。だってこれから練習試合だろ。俺も観たいって……」
「……そうか分かった。早く終わらせるから……」

 早く終わらせるって、サッカーの試合は短くても90分は掛かるだろ。

 そんな俺の予想を跳ね返すかのように、練習試合は45分で終わった。両校のキャプテン、タケルと矢加部が全国大会直前であるから互いのコンディションを考慮してというのが理由らしい。でも俺は、本当の理由は俺が原因かもと少しだけ思った。
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