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第3話 猫のヤマト
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「ヤマトー、ご飯だぞ」
「にゃあ」
今では猫のヤマトは、家族の一員。
最初にヤマトに会ったのは、高校入ってすぐの頃。タケルと時間を潰すため公園へ行った。その公園に猫のヤマトは住み着いていたらしい。
こうして飯にがっつくヤマトを見ていると、公園でこいつを探していた時のことを思い出す。ヤマトが俺を見上げて「にゃあ」と鳴いた。お前も覚えてるんだろうか。
「ご飯はもうこれだけぞヤマト。正月太りなんて、お前もしたくないだろ」
もう一度ヤマトが「にゃあ」と鳴きながら俺の足元に頭をこすりつけてきた。あぐらをかいて座ると、ヤマトが足のところに乗って、丸くなった。背中を撫でてやる。
公園にいた時より体つきも毛並みもいい。やっぱりあの時、こうして連れて帰って良かったんだとヤマトを撫でながら思い出す。
**
ヤマトの住み着いていた公園に俺たちが行くと、「にゃあ」と鳴きながら姿を見せに近寄ってきた。そんなことが何回か続いたが、ヤマトを連れ帰ろうとは思わなかった。
もちろん可愛いとは思った。でも当時の俺は、猫でも、他の動物でも飼いたい、つまりペットは正直なところあり得ない、って思ってた。特に世話がどうとか、無理ゲーって思ってたし。
でもそんなある日、野良猫と保護猫についてのテレビ番組を観た。特に野良猫は飼い猫だった猫が捨てられて野良になったこと。さらに人が思う以上に外での生活は過酷で、長くは生きられない野良猫が多いこと。
番組が終わると、俺はすぐに公園へ走って向かった。そしたらタケルが公園の茂みにしゃがんで何かを探してるようだった。もしかしたら、俺と同じように猫を探しに来たのだろうか。
「タケル!」
「おう、カオル。お前も観たのか、さっきやってた猫の番組?」
「え、あ、うん。で、猫は?」
「見つからん」
「いつもだったら、すぐ俺たちに寄ってくるのにな」
この日に限って猫はすぐには出てこない。もうあたりは真っ暗で、仮に茂みにいたとしても暗すぎて見えないし、あっちも警戒して出てこないだろう。
「カオル、明日にしよう」
疲れ切った顔のタケルが先に言った。今日、タケルはサッカーの部活動があって、帰りが遅かったはず。それにも関わらず猫が心配で探しに来たのだろうか。
「タケル、ありがとな。部活あったんだろ」
「べつに大したことじゃねえよ。それにお前だって探しに来てんだろ」
「俺はほら、お前と違って暇だしさ」
帰る前、ベンチに座って缶ジュースを飲んだ。春先とはいえ、日が沈むと少し肌寒く感じる。そして急いで家を出て来たことを思い出した。
「やっべぇ、俺、母さんになにも言ってねえわ」
「カオルらしいな」
クスクスっと笑うタケルにゲンコを見舞う。
「うわぁ、俺スマホも忘れた」
それを聞いたタケルが大爆笑。スマホを取り出して、「ほら掛けろよ」と言った。とりあえず横で笑うタケルは置いといて、先に家に電話すると呆れ声の母さんが「とにかく気をつけて帰ってらっしゃい!」と言った。
「慌てん坊さん、家まで送ろっか?」
冗談混じりにタケルが言った。それを聞いた俺は、なんだか急に自分の馬鹿さ加減に嫌気がさして、「はぁ、だってよ。めっちゃ心配だったんだよ……」と呟いた。
テレビ番組を思い出す。保護ではなく、捕まったり、連れていかれたりした猫たちの末路。生きる選択肢を得られなかった猫たちの姿が目に焼き付いて離れない。その画面を思い出したら涙が出てきた。
「カオル? ごめん。俺そんなつもりじゃ……」
「ちがっ……タケルのせいじゃない」
泣くつもりじゃなかったのに、なぜか涙がとまらない。そんな俺の首にタケルが腕を回して「ほら、泣くなって。明日は見つけようぜ」と言った。
まじなに泣いてんだよ。でも止まんねえ。止まんねえんだよ。
涙って不思議なもので、止めようとすると止まらない。きっと涙のタンクがあって、それが空になるまで、涙は出るもんらしいと知った。
「にゃあ」
「「え?!」」
顔をあげると目の前には、俺たちに尻尾をクルンと動かして座っている猫がいた。探していた猫。
「あぁ、いたー」
座っていたベンチから立ち上がり、地面へしゃがむと、いつものように近づいてきた。いつもは抱っこしないのに、この時には抱っこして猫の目を見て聞いてみた。
「なぁ、お前さ。うちくる?」
「にゃあ」
**
その後は、色々とあって、まあ大変だったけど、ヤマトは家族の一員になった。特に母さんは怒りはしなかったものの、俺が動物を連れてきたことに一番驚いていた。たしかに俺自身も驚いている。
全部の野良猫を俺は救えはしない。けど、この猫だけでも救えればと、その時本気で思った。
それにヤマトは俺の心も癒してくれる。
「にゃあ」
胡座の上で寝ていたヤマトが、玄関の方に顔を向けた。するとチャイムが鳴った。ヤマトを抱えて、インターホンの画面を見ると、そこにはタケルがいた。
「おっ、きたきた。お前の下の名前がやってきたぞ、ヤマト」
玄関を開けるとタケルがいつものように立っている。
「おう」
「おう」
「なんだヤマトも一緒か」
タケルの目の前にヤマトを掲げ、声色を変えて「新年おめでとうにゃ、タケル」と言った。
「おめでとう、ヤマト」
タケル特有のククッと笑い声が聞こえ、ヤマトの頭を撫でる。ヤマトの後ろにいた俺に腕が伸びて、頭を撫でるのかと思いきや——。
ヤマトはタケルに抱っこされ、俺はタケルに腰をグイッと引き寄せられていた。そして一瞬、いい匂いがしたかと思うと、唇に柔らかくて少し冷たいタケルの唇が重なった。
昨日一緒に初詣に行ったばかりなのに、俺の恋人は休みの日は毎日会いたいらしい。もちろん俺もだけど。それに徹夜での映画にカラオケは楽しかった。また行こうなって言ったら、いいけど今度は別の場所にも行こうな、って言われた。タケルとなら、どこでも楽しいから構わないんだけど。
そういえば、ヤマトを探した時、タケルも公園に来ていたことを思い出した。なんでだろう。ちゃんと理由を聞いたことなかった。タケル自身もペットなんて柄じゃないって俺と同じことを言っていたのに。
また俺の知らないタケルに気づいた。
ちなみに猫の名前、ヤマトはもちろん『ヤマトタケル』から取って、俺が命名した。タケルからは「なにそれ、意味ふ」って言われたけど、「ヤマト」と呼ぶたび、タケルのことも一緒に思い出せるから、俺はかなり気に入っている。
<了>
「にゃあ」
今では猫のヤマトは、家族の一員。
最初にヤマトに会ったのは、高校入ってすぐの頃。タケルと時間を潰すため公園へ行った。その公園に猫のヤマトは住み着いていたらしい。
こうして飯にがっつくヤマトを見ていると、公園でこいつを探していた時のことを思い出す。ヤマトが俺を見上げて「にゃあ」と鳴いた。お前も覚えてるんだろうか。
「ご飯はもうこれだけぞヤマト。正月太りなんて、お前もしたくないだろ」
もう一度ヤマトが「にゃあ」と鳴きながら俺の足元に頭をこすりつけてきた。あぐらをかいて座ると、ヤマトが足のところに乗って、丸くなった。背中を撫でてやる。
公園にいた時より体つきも毛並みもいい。やっぱりあの時、こうして連れて帰って良かったんだとヤマトを撫でながら思い出す。
**
ヤマトの住み着いていた公園に俺たちが行くと、「にゃあ」と鳴きながら姿を見せに近寄ってきた。そんなことが何回か続いたが、ヤマトを連れ帰ろうとは思わなかった。
もちろん可愛いとは思った。でも当時の俺は、猫でも、他の動物でも飼いたい、つまりペットは正直なところあり得ない、って思ってた。特に世話がどうとか、無理ゲーって思ってたし。
でもそんなある日、野良猫と保護猫についてのテレビ番組を観た。特に野良猫は飼い猫だった猫が捨てられて野良になったこと。さらに人が思う以上に外での生活は過酷で、長くは生きられない野良猫が多いこと。
番組が終わると、俺はすぐに公園へ走って向かった。そしたらタケルが公園の茂みにしゃがんで何かを探してるようだった。もしかしたら、俺と同じように猫を探しに来たのだろうか。
「タケル!」
「おう、カオル。お前も観たのか、さっきやってた猫の番組?」
「え、あ、うん。で、猫は?」
「見つからん」
「いつもだったら、すぐ俺たちに寄ってくるのにな」
この日に限って猫はすぐには出てこない。もうあたりは真っ暗で、仮に茂みにいたとしても暗すぎて見えないし、あっちも警戒して出てこないだろう。
「カオル、明日にしよう」
疲れ切った顔のタケルが先に言った。今日、タケルはサッカーの部活動があって、帰りが遅かったはず。それにも関わらず猫が心配で探しに来たのだろうか。
「タケル、ありがとな。部活あったんだろ」
「べつに大したことじゃねえよ。それにお前だって探しに来てんだろ」
「俺はほら、お前と違って暇だしさ」
帰る前、ベンチに座って缶ジュースを飲んだ。春先とはいえ、日が沈むと少し肌寒く感じる。そして急いで家を出て来たことを思い出した。
「やっべぇ、俺、母さんになにも言ってねえわ」
「カオルらしいな」
クスクスっと笑うタケルにゲンコを見舞う。
「うわぁ、俺スマホも忘れた」
それを聞いたタケルが大爆笑。スマホを取り出して、「ほら掛けろよ」と言った。とりあえず横で笑うタケルは置いといて、先に家に電話すると呆れ声の母さんが「とにかく気をつけて帰ってらっしゃい!」と言った。
「慌てん坊さん、家まで送ろっか?」
冗談混じりにタケルが言った。それを聞いた俺は、なんだか急に自分の馬鹿さ加減に嫌気がさして、「はぁ、だってよ。めっちゃ心配だったんだよ……」と呟いた。
テレビ番組を思い出す。保護ではなく、捕まったり、連れていかれたりした猫たちの末路。生きる選択肢を得られなかった猫たちの姿が目に焼き付いて離れない。その画面を思い出したら涙が出てきた。
「カオル? ごめん。俺そんなつもりじゃ……」
「ちがっ……タケルのせいじゃない」
泣くつもりじゃなかったのに、なぜか涙がとまらない。そんな俺の首にタケルが腕を回して「ほら、泣くなって。明日は見つけようぜ」と言った。
まじなに泣いてんだよ。でも止まんねえ。止まんねえんだよ。
涙って不思議なもので、止めようとすると止まらない。きっと涙のタンクがあって、それが空になるまで、涙は出るもんらしいと知った。
「にゃあ」
「「え?!」」
顔をあげると目の前には、俺たちに尻尾をクルンと動かして座っている猫がいた。探していた猫。
「あぁ、いたー」
座っていたベンチから立ち上がり、地面へしゃがむと、いつものように近づいてきた。いつもは抱っこしないのに、この時には抱っこして猫の目を見て聞いてみた。
「なぁ、お前さ。うちくる?」
「にゃあ」
**
その後は、色々とあって、まあ大変だったけど、ヤマトは家族の一員になった。特に母さんは怒りはしなかったものの、俺が動物を連れてきたことに一番驚いていた。たしかに俺自身も驚いている。
全部の野良猫を俺は救えはしない。けど、この猫だけでも救えればと、その時本気で思った。
それにヤマトは俺の心も癒してくれる。
「にゃあ」
胡座の上で寝ていたヤマトが、玄関の方に顔を向けた。するとチャイムが鳴った。ヤマトを抱えて、インターホンの画面を見ると、そこにはタケルがいた。
「おっ、きたきた。お前の下の名前がやってきたぞ、ヤマト」
玄関を開けるとタケルがいつものように立っている。
「おう」
「おう」
「なんだヤマトも一緒か」
タケルの目の前にヤマトを掲げ、声色を変えて「新年おめでとうにゃ、タケル」と言った。
「おめでとう、ヤマト」
タケル特有のククッと笑い声が聞こえ、ヤマトの頭を撫でる。ヤマトの後ろにいた俺に腕が伸びて、頭を撫でるのかと思いきや——。
ヤマトはタケルに抱っこされ、俺はタケルに腰をグイッと引き寄せられていた。そして一瞬、いい匂いがしたかと思うと、唇に柔らかくて少し冷たいタケルの唇が重なった。
昨日一緒に初詣に行ったばかりなのに、俺の恋人は休みの日は毎日会いたいらしい。もちろん俺もだけど。それに徹夜での映画にカラオケは楽しかった。また行こうなって言ったら、いいけど今度は別の場所にも行こうな、って言われた。タケルとなら、どこでも楽しいから構わないんだけど。
そういえば、ヤマトを探した時、タケルも公園に来ていたことを思い出した。なんでだろう。ちゃんと理由を聞いたことなかった。タケル自身もペットなんて柄じゃないって俺と同じことを言っていたのに。
また俺の知らないタケルに気づいた。
ちなみに猫の名前、ヤマトはもちろん『ヤマトタケル』から取って、俺が命名した。タケルからは「なにそれ、意味ふ」って言われたけど、「ヤマト」と呼ぶたび、タケルのことも一緒に思い出せるから、俺はかなり気に入っている。
<了>
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