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第20話 つかの間の日常
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「ハルぅ、早く準備しないと遅れるよ! それに亜がもうすぐ迎えに来ちゃう!」
「もうすぐって、まだ6時半だろ。いくらなんでもそんなに早く来るかよ。それに……お前もだんだん親父に似てきたなぁ。はぁ~それにしても寒みーここ暖房入れてんのかよ」
俺が欠伸をしながらリビングへ来るとドラが台所で忙しそうにしていた。部屋の暖房はついてるみたいだけど、なぜか寒気がとまらない。暖房の前でうろうろしていた俺にドラが叫んだ。
「ほら早く朝ごはん食べちゃって!」
ったく、まだ朝の6時半だぞ。学校へ行くまで1時間もある。少し前だったら俺がドラを起こしていたのに、ドラの世界から戻ってきたあと、ドラは俺よりも早起きになった。それに朝ご飯と弁当の用意もしてくれている。ありがたいというか、なんという変わりようだ。
あの日、親父が俺たちを迎えにきてからすでに半年が経ち、季節は俺の苦手な冬になった。朝起きた時、窓を開けたが今日は雪でも降りそうなくらい寒い。
そして、あの空白である一年間の記憶はいまだに戻っていない。つまりドラとのセッ……も思い出していないことになる。この半年の間、ドラとはセッ……していない。っつうか、そんな気も暇もないが……。
思い出していない記憶の中には、親父と脩オジとの結婚式もあった。リビングに飾られた写真を眺めるたびに、ため息がでた。
「大丈夫さ、そのうち思い出すって」
背後から脩オジの声が聞こえた。
「おはよう、脩オジ」
「おはよう、悠。それより支度しなくていいのかい?」
「あ、あいつ……ドラが言うのは大袈裟だから、まだ全然余裕っす。それより親父は?」
「アキならまだ寝てるよ。昨晩遅くまでジョンたちとリモート会議してたからね。あっちの時間帯に合わせると夜中まで付き合わされるって文句言ってた割には楽しそうだったけど」
「あはは、親父らしいな」
「そういえば、悠はそろそろ進路を決める時期だっけ? アキが心配してたよ」
「あーそれなんだけど……もし今晩時間あったら相談に乗って欲しいんだ」
「もちろん、悠からの頼みだったらいつでも相談に乗るよ。ちなみにだけど、ドラと同じ大学? それとも別のとこ?」
「……まぁ、それなんだけど……まだちゃんと決めてなくて……」
「そっか、それじゃ今晩にでも詳しく聞かせて。そうだ、いい機会だから俺からも悠に頼みがある。別に急ぎじゃないけど、今晩にでも話すよ」
「えっ……あ、うん。分かった」
脩オジは俺の頭をぽんぽんと軽く叩き、リグングから出ていった。
頼みごと。脩オジから頼まれるのって余り想像つかないから、一体なんだろう。
「ハルぅ、早く朝ご飯食べちゃって~!」
「分かったよ」
再び台所からドラの声が響いた。食卓のあるテーブルへ行くと、そこには弁当箱まで置いてあった。そういやぁこいつ結構器用なんだよな。弁当の蓋を開けようとすると「まだ見ちゃだめー!」とドラの声がし、弁当箱を両手で隠した。
いやいや、こいつの弁当は学校で開けると恥ずいから、前もって見ておきたいんだが。
いつだったか、蓋を開けたら飯の上に「LOVEハル」と書いてあり、亜をはじめ、クラス全員からいじられた経験を持つ。
そうそう、俺とドラは学校ではすでに周知の仲で、俺たちが近い将来結婚することも知っている。もちろんドラの親父さんからも了解済みだ。これがまた大変だったんだが、意外にも俺の親父とドラの親父さんが意気投合して、俺たちの結婚問題は呆気なく解決したらしい。
そしてドラはというと、俺の記憶が飛んでいるんだが、同じ高校へ編入し天才ぶりを発揮して飛び級で大学へと通っている。しかも親父の研究室で助手までしているのだ。そのドラと同じ大学へ行きたいと俺は思っているのだが、本当は別の大学のほうがいいのかもしれないとも思っている。なぜなら俺は結構好きな奴に執着する奴らしいからだ。いわゆる嫉妬ってやつ。
でもそれは親父にも責任があると俺は思っている。なぜならときおり親父が『ドラちゃんってすっごいモテるんだよ』と言うからだ。
そりゃ、あいつの見た目や才能を知れば誰だって惹かれるのは当たり前で、ただ俺としてはちっとも嬉しくない。亜はそんな俺を見て「へ~悠でも嫉妬するんだ」と言ってくる始末だ。
俺だって男だ。好きになった相手に別の奴が近づいてくるのは嫌だろ。いや、これってただの独占欲か?
そんなことを考えていたら、玄関のインターホンが鳴った。
タイミングよく朝飯が終わり、玄関へ向かおうと廊下へ出ると、すでにウィンさんが玄関ドアを開けるところだった。それを見て俺は思わず慌てて廊下から引っ込んだ。
そう、ウィンさんもまだ一緒に住んでいる。ドラゴン世界の王子であるドラの世話係が離れるわけには行かないという理由。でも本当の理由はそうじゃないことに俺は気づいている。ウィンさんは亜が好きらしいのだ。そして亜も……らしい。
いつだったか二人がキスをしているところを偶然目撃してしまい、それ以来、二人が揃っているのを見るのが気まずい。亜には幸せになってもらいたいが、問題が横たわっている。ウィンさんの伴侶は双子の弟であるマティスさんだからだ。あー頭が痛い。
「悠さま、亜さまがお迎えに来られましたよ」
すぐそこにいるかのように抑えた声で呼ばれた。隠れてるのバレバレじゃん。
「あ、はい! よっ亜、おはよ」
「おはよう、悠」
「弁当忘れたから、ちょっと待ってて」
「はいはい」
きれいに包まれた弁当を鷲掴みにし、カバンへ押し込んだ。
「じゃあドラ行ってくるな」
「あー待って、ハルぅ」
ドラが俺をハグした。そして……濃厚キッス。それ朝からやめろって。
「じゃあ、行ってくる。お前も気をつけて大学行けよ」
「うん、分かってるよ。ハルぅも気をつけてね。行ってらっしゃい」
「ああ」
ドラの頬に軽くチュッとキスを落とし、玄関へと急いだ。
「おはよう、悠」
「あっ、亜おはよ……」
「お二人ともお気をつけて行ってらっしゃいませ」
深々とお辞儀をするウィンさんに手を振りながら、俺たちは学校へと向かった。
「そういや悠。まだ聞いてなかったけど、お前らどうやってこっちに戻ってきたんだよ」
「あ、それは、親父が迎えに来たっていうか、なんて言うか……」
「親父って、悠の親父さん? そっかぁ、良かった」
亜の安堵した顔を見て、そうだったと思い出した。
あの時、いろんな偶然が重なって、俺たちはドラゴンの世界から人間の世界へ帰ってこれたんだった。
歩みをゆっくりにして、亜にどうやって俺たちが帰ってきたのか話し始めた。
**
洞窟の中でいろんなものを発見した。ドラと騎士のこと。そしてドラの本当の名前のことも。俺はドラの本当の名前を知らない。もしあの騎士が俺だったとしても、残念ながら俺には前世の記憶というのは残っていない。そんな時だった、俺たちの背後から声が聞こえたのは。
「悠ちゃん! ドラちゃん! 迎えに来たよ!!」
「「親父! パパさん!」」
振り向くとそこにウィンさんと親父が立っていた。
「あれれ、お邪魔だったかな?」
親父の意味ありげな発言に、馬乗りになっていたドラに俺は気づいた。
「いや、これはちょっとわけがあって……ほらどけって、ドラ」
不貞腐れるドラを脇へ退かし、俺は立ち上がった。
「それより、どうして親父がここにいるんだよ!」
「それはこっちの台詞だよ」
「はぁ?」
「ここのことは、以前悠ちゃんに言ったでしょ。新発見の壁画が見つかったって」
「え? ここが?」
「あ、もしかしてまだ記憶が戻ってない……とか? まぁそんなことよりも、どうしてここが分かったの?」
「それは、その……」
俺が言い淀んでいると親父の傍にいたウィンさんが会話に入ってきた。
「楪さま、それは後ほど私からご説明します。いまはお二人をここから出すのが先決かと」
「僕のことはアキでいいよ、ウィン。そうだったね、君の言う通りだ。それじゃ、悠ちゃんとドラちゃん、こっちだからついて来て」
真っ暗な洞窟で親父とウィンさんが持っている懐中電灯の光だけが揺れ動いていた。その僅かな光を頼りに俺たち四人は話もせず、静かに歩いていた。広い通路を歩いていると思ったら、いきなり横歩きしなければならないほどの狭い通路。そんな通路をいくつも通り抜け、俺たちはやっと出口へ辿り着いた。暗闇に目が慣れていた俺は差し込んできた光に思わず目を伏せた。
「ほら、出口だよ。もう大丈夫」
もう大丈夫。これは何を意味していたのだろう。
親父が俺とドラをハグしながら言った。そういえば、あんときウィンさんが独り言のように呟いていたことをふと思い出した。
(「やはり楪家は特別ですね……」)
そうだ! あの時、ウィンさんは確かに言った。特別ってどういうことだろう。
頭をぽんぽん叩きながら呻くと傍にいた亜が俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫かよ。なんか顔色悪りぃぞ」
「えっ? ああ、大丈夫……ちょっと寒気がするだけだから」
「それって風邪じゃねえの? 熱でも……」
亜の顔が目の前に迫ってきた。
「亜、ちょっと……」
亜と俺の額がくっ付いた。なぜか顔が火照ってくる。
「亜、顔が近いって……」
「あ、ごめん。つい癖で……」
亜の頭が離れたくせに、顔の熱もだけど、体中に熱さが広がってくる感じがした。それに気のせいだろうか鼓動も早い。
「でも熱あんじゃね? 悠?」
「あ、いや大丈夫だって。なんでもないって……」
亜に心配かけまいと適当に言ったが、実際だんだんと頭痛がひどくなってきた。頭の中をハンマーで叩かれている感じだ。
「……っつう、いてぇ」
頭が痛いのに、なぜか何かを思い出せそうな気がしてきた。
「悠? おい大丈夫かよ!」
「……大丈夫、ただちょっと頭がいたいだ……」
頭の痛さに我慢できなくなり、とうとうその場に座り込んでしまった。目を瞑ると、遠くで誰かが呼んでいる声が聞こえてきた。
亜の声? いや違う、誰だろう……
「悠! 悠! 大丈夫か!?」
瞼を開けると、心配そうな顔をした亜の瞳が俺の目に飛び込んできた。背中をさすりながら名前を何度も呼んでいた。
「あ、ごめん……亜」
「家に帰ろう! 歩けるか?」
「あ、うん……大丈夫」
ふらふらになりながらも、亜が支えてくれたおかげで、なんとか家にたどり着いた。到着すると当然ながらドラが大騒ぎし、寝ぼけた親父も一緒になって大騒ぎする始末。病院へ行こうと言われたが、いまはとにかく眠りたいと言って2階の自室へと戻った。
ベッドに突っ伏して目を閉じた。するとさっき聞こえた声がまた聞こえ始めた……。
誰?
名前?
俺の?
アル……?
アルフレッド?
目を開けると見覚えのない天井が見えた。首を横にして部屋を見回してみた。やはり見覚えのない家具や椅子が置いてあった。
「ここどこ? もしかして病院?」
上半身を起こし、とりあえずここがどこなのか確かめようとベッドから這い出し部屋を歩き回った。すると部屋のドアが静かに開いてウィンさんが入ってきた。
「もうすぐって、まだ6時半だろ。いくらなんでもそんなに早く来るかよ。それに……お前もだんだん親父に似てきたなぁ。はぁ~それにしても寒みーここ暖房入れてんのかよ」
俺が欠伸をしながらリビングへ来るとドラが台所で忙しそうにしていた。部屋の暖房はついてるみたいだけど、なぜか寒気がとまらない。暖房の前でうろうろしていた俺にドラが叫んだ。
「ほら早く朝ごはん食べちゃって!」
ったく、まだ朝の6時半だぞ。学校へ行くまで1時間もある。少し前だったら俺がドラを起こしていたのに、ドラの世界から戻ってきたあと、ドラは俺よりも早起きになった。それに朝ご飯と弁当の用意もしてくれている。ありがたいというか、なんという変わりようだ。
あの日、親父が俺たちを迎えにきてからすでに半年が経ち、季節は俺の苦手な冬になった。朝起きた時、窓を開けたが今日は雪でも降りそうなくらい寒い。
そして、あの空白である一年間の記憶はいまだに戻っていない。つまりドラとのセッ……も思い出していないことになる。この半年の間、ドラとはセッ……していない。っつうか、そんな気も暇もないが……。
思い出していない記憶の中には、親父と脩オジとの結婚式もあった。リビングに飾られた写真を眺めるたびに、ため息がでた。
「大丈夫さ、そのうち思い出すって」
背後から脩オジの声が聞こえた。
「おはよう、脩オジ」
「おはよう、悠。それより支度しなくていいのかい?」
「あ、あいつ……ドラが言うのは大袈裟だから、まだ全然余裕っす。それより親父は?」
「アキならまだ寝てるよ。昨晩遅くまでジョンたちとリモート会議してたからね。あっちの時間帯に合わせると夜中まで付き合わされるって文句言ってた割には楽しそうだったけど」
「あはは、親父らしいな」
「そういえば、悠はそろそろ進路を決める時期だっけ? アキが心配してたよ」
「あーそれなんだけど……もし今晩時間あったら相談に乗って欲しいんだ」
「もちろん、悠からの頼みだったらいつでも相談に乗るよ。ちなみにだけど、ドラと同じ大学? それとも別のとこ?」
「……まぁ、それなんだけど……まだちゃんと決めてなくて……」
「そっか、それじゃ今晩にでも詳しく聞かせて。そうだ、いい機会だから俺からも悠に頼みがある。別に急ぎじゃないけど、今晩にでも話すよ」
「えっ……あ、うん。分かった」
脩オジは俺の頭をぽんぽんと軽く叩き、リグングから出ていった。
頼みごと。脩オジから頼まれるのって余り想像つかないから、一体なんだろう。
「ハルぅ、早く朝ご飯食べちゃって~!」
「分かったよ」
再び台所からドラの声が響いた。食卓のあるテーブルへ行くと、そこには弁当箱まで置いてあった。そういやぁこいつ結構器用なんだよな。弁当の蓋を開けようとすると「まだ見ちゃだめー!」とドラの声がし、弁当箱を両手で隠した。
いやいや、こいつの弁当は学校で開けると恥ずいから、前もって見ておきたいんだが。
いつだったか、蓋を開けたら飯の上に「LOVEハル」と書いてあり、亜をはじめ、クラス全員からいじられた経験を持つ。
そうそう、俺とドラは学校ではすでに周知の仲で、俺たちが近い将来結婚することも知っている。もちろんドラの親父さんからも了解済みだ。これがまた大変だったんだが、意外にも俺の親父とドラの親父さんが意気投合して、俺たちの結婚問題は呆気なく解決したらしい。
そしてドラはというと、俺の記憶が飛んでいるんだが、同じ高校へ編入し天才ぶりを発揮して飛び級で大学へと通っている。しかも親父の研究室で助手までしているのだ。そのドラと同じ大学へ行きたいと俺は思っているのだが、本当は別の大学のほうがいいのかもしれないとも思っている。なぜなら俺は結構好きな奴に執着する奴らしいからだ。いわゆる嫉妬ってやつ。
でもそれは親父にも責任があると俺は思っている。なぜならときおり親父が『ドラちゃんってすっごいモテるんだよ』と言うからだ。
そりゃ、あいつの見た目や才能を知れば誰だって惹かれるのは当たり前で、ただ俺としてはちっとも嬉しくない。亜はそんな俺を見て「へ~悠でも嫉妬するんだ」と言ってくる始末だ。
俺だって男だ。好きになった相手に別の奴が近づいてくるのは嫌だろ。いや、これってただの独占欲か?
そんなことを考えていたら、玄関のインターホンが鳴った。
タイミングよく朝飯が終わり、玄関へ向かおうと廊下へ出ると、すでにウィンさんが玄関ドアを開けるところだった。それを見て俺は思わず慌てて廊下から引っ込んだ。
そう、ウィンさんもまだ一緒に住んでいる。ドラゴン世界の王子であるドラの世話係が離れるわけには行かないという理由。でも本当の理由はそうじゃないことに俺は気づいている。ウィンさんは亜が好きらしいのだ。そして亜も……らしい。
いつだったか二人がキスをしているところを偶然目撃してしまい、それ以来、二人が揃っているのを見るのが気まずい。亜には幸せになってもらいたいが、問題が横たわっている。ウィンさんの伴侶は双子の弟であるマティスさんだからだ。あー頭が痛い。
「悠さま、亜さまがお迎えに来られましたよ」
すぐそこにいるかのように抑えた声で呼ばれた。隠れてるのバレバレじゃん。
「あ、はい! よっ亜、おはよ」
「おはよう、悠」
「弁当忘れたから、ちょっと待ってて」
「はいはい」
きれいに包まれた弁当を鷲掴みにし、カバンへ押し込んだ。
「じゃあドラ行ってくるな」
「あー待って、ハルぅ」
ドラが俺をハグした。そして……濃厚キッス。それ朝からやめろって。
「じゃあ、行ってくる。お前も気をつけて大学行けよ」
「うん、分かってるよ。ハルぅも気をつけてね。行ってらっしゃい」
「ああ」
ドラの頬に軽くチュッとキスを落とし、玄関へと急いだ。
「おはよう、悠」
「あっ、亜おはよ……」
「お二人ともお気をつけて行ってらっしゃいませ」
深々とお辞儀をするウィンさんに手を振りながら、俺たちは学校へと向かった。
「そういや悠。まだ聞いてなかったけど、お前らどうやってこっちに戻ってきたんだよ」
「あ、それは、親父が迎えに来たっていうか、なんて言うか……」
「親父って、悠の親父さん? そっかぁ、良かった」
亜の安堵した顔を見て、そうだったと思い出した。
あの時、いろんな偶然が重なって、俺たちはドラゴンの世界から人間の世界へ帰ってこれたんだった。
歩みをゆっくりにして、亜にどうやって俺たちが帰ってきたのか話し始めた。
**
洞窟の中でいろんなものを発見した。ドラと騎士のこと。そしてドラの本当の名前のことも。俺はドラの本当の名前を知らない。もしあの騎士が俺だったとしても、残念ながら俺には前世の記憶というのは残っていない。そんな時だった、俺たちの背後から声が聞こえたのは。
「悠ちゃん! ドラちゃん! 迎えに来たよ!!」
「「親父! パパさん!」」
振り向くとそこにウィンさんと親父が立っていた。
「あれれ、お邪魔だったかな?」
親父の意味ありげな発言に、馬乗りになっていたドラに俺は気づいた。
「いや、これはちょっとわけがあって……ほらどけって、ドラ」
不貞腐れるドラを脇へ退かし、俺は立ち上がった。
「それより、どうして親父がここにいるんだよ!」
「それはこっちの台詞だよ」
「はぁ?」
「ここのことは、以前悠ちゃんに言ったでしょ。新発見の壁画が見つかったって」
「え? ここが?」
「あ、もしかしてまだ記憶が戻ってない……とか? まぁそんなことよりも、どうしてここが分かったの?」
「それは、その……」
俺が言い淀んでいると親父の傍にいたウィンさんが会話に入ってきた。
「楪さま、それは後ほど私からご説明します。いまはお二人をここから出すのが先決かと」
「僕のことはアキでいいよ、ウィン。そうだったね、君の言う通りだ。それじゃ、悠ちゃんとドラちゃん、こっちだからついて来て」
真っ暗な洞窟で親父とウィンさんが持っている懐中電灯の光だけが揺れ動いていた。その僅かな光を頼りに俺たち四人は話もせず、静かに歩いていた。広い通路を歩いていると思ったら、いきなり横歩きしなければならないほどの狭い通路。そんな通路をいくつも通り抜け、俺たちはやっと出口へ辿り着いた。暗闇に目が慣れていた俺は差し込んできた光に思わず目を伏せた。
「ほら、出口だよ。もう大丈夫」
もう大丈夫。これは何を意味していたのだろう。
親父が俺とドラをハグしながら言った。そういえば、あんときウィンさんが独り言のように呟いていたことをふと思い出した。
(「やはり楪家は特別ですね……」)
そうだ! あの時、ウィンさんは確かに言った。特別ってどういうことだろう。
頭をぽんぽん叩きながら呻くと傍にいた亜が俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫かよ。なんか顔色悪りぃぞ」
「えっ? ああ、大丈夫……ちょっと寒気がするだけだから」
「それって風邪じゃねえの? 熱でも……」
亜の顔が目の前に迫ってきた。
「亜、ちょっと……」
亜と俺の額がくっ付いた。なぜか顔が火照ってくる。
「亜、顔が近いって……」
「あ、ごめん。つい癖で……」
亜の頭が離れたくせに、顔の熱もだけど、体中に熱さが広がってくる感じがした。それに気のせいだろうか鼓動も早い。
「でも熱あんじゃね? 悠?」
「あ、いや大丈夫だって。なんでもないって……」
亜に心配かけまいと適当に言ったが、実際だんだんと頭痛がひどくなってきた。頭の中をハンマーで叩かれている感じだ。
「……っつう、いてぇ」
頭が痛いのに、なぜか何かを思い出せそうな気がしてきた。
「悠? おい大丈夫かよ!」
「……大丈夫、ただちょっと頭がいたいだ……」
頭の痛さに我慢できなくなり、とうとうその場に座り込んでしまった。目を瞑ると、遠くで誰かが呼んでいる声が聞こえてきた。
亜の声? いや違う、誰だろう……
「悠! 悠! 大丈夫か!?」
瞼を開けると、心配そうな顔をした亜の瞳が俺の目に飛び込んできた。背中をさすりながら名前を何度も呼んでいた。
「あ、ごめん……亜」
「家に帰ろう! 歩けるか?」
「あ、うん……大丈夫」
ふらふらになりながらも、亜が支えてくれたおかげで、なんとか家にたどり着いた。到着すると当然ながらドラが大騒ぎし、寝ぼけた親父も一緒になって大騒ぎする始末。病院へ行こうと言われたが、いまはとにかく眠りたいと言って2階の自室へと戻った。
ベッドに突っ伏して目を閉じた。するとさっき聞こえた声がまた聞こえ始めた……。
誰?
名前?
俺の?
アル……?
アルフレッド?
目を開けると見覚えのない天井が見えた。首を横にして部屋を見回してみた。やはり見覚えのない家具や椅子が置いてあった。
「ここどこ? もしかして病院?」
上半身を起こし、とりあえずここがどこなのか確かめようとベッドから這い出し部屋を歩き回った。すると部屋のドアが静かに開いてウィンさんが入ってきた。
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