【本編完結+スピンオフ有】ドラの花嫁

月柳ふう

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第14話 スイッチオン(2)

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 ドラが人の姿から元のドラゴンの姿に戻って数日が経った。
 戻ってすぐの頃は違和感だらけだったが、生まれた時はドラゴンだったし、その時のことを思い出して、だんだんと慣れていった。
 ただドラと会話のやりとりは出来ない。「くううう~。くるるる~」と相槌のような鳴き声は可愛いが、やっぱり残念だ。

 俺のあとをちょこちょことついて来るドラ。トイレでも、どこでもお構い無し。
 ドラに顔を向けると長い首を傾げ、つぶらな瞳を向けて「くうぅ」と愛らしく鳴いて、顔に頭を擦り付ける。
 こんなに懐かれたら、なんでもしたくなる。
 寝る時も当然のように俺の布団の中へ入ってくる。ダメだと言っても寝た後にこっそりと入ってくる始末。
 尻尾を足に巻きつけたり、頭を俺の腹の上に乗せたり、とにかく体が重い。金縛りって、こんな感じだろうか。ドラをベッドから降ろすが、いつの間にか俺にピッタリとくっついて寝ている。
 それから、トイレのドアは開けっぱなし。俺の姿が見えないとドアをガリガリと爪で引っ掻いて、傷だらけになった。ドアが悲惨な状態になった。きっと親父が帰って来て、トイレのドアを見たら、なにか言われることは間違い無いだろう。
 それから、風呂だ。ドラの風呂好きはドラゴンの時でも人の姿でも同じで、しかも湯船に入りたがる。流れ的に、なぜか俺も一緒に入るようになった。ドラに飼い慣らされているのは俺かもしれない。

「ドラ、風呂入るぞー」
「くうううぅー」

 ぬるめのお湯をシャワーから出して、ドラの身体の汚れを軽く落としてやる。石鹸は使わない。優しく頭から首、体と順番に撫でていると「くうぅー」と気持ち良さそうに鳴く。そして下腹辺りで俺は撫でるのをやめた。一度だけ、下腹と尻尾の付け根あたりを手で洗っていたら、暴れ出したのだ。きっと俺はドラの急所を触ったのだろう。それ以来、シャワーだけあてて、後ろ脚、尻尾と順番に洗っていく。

 いまドラの体は白く光沢感のある鱗で覆われている。ドラが家出する前は鮮やかなエメラルドグリーン。青味がかった緑色で、その色の鱗が一枚だけ取れたことがあった。大きさは10円玉くらいだ。もちろんその鱗は大事に机の引き出しにしまってある。

「じゃあ、ドラは終い。俺が終わるまで待ってろよ」
「くうううぅ~」
「ドラ、くすぐったいって。大丈夫、一人で洗えるって。あはは」

 ドラが俺の背中を洗おうと、前脚を背中に押し当てた。ドラの体重が背中にかかる。結構重たいんだよ、お前は。

「ほら、もうすぐ終わるから、待てって」

 いまのドラはドラゴンで、小さい時には大きめの桶に入れて入浴させていた。そして人の姿の時は、一緒に風呂に入ったことはなかった。ドラは俺と一緒に入りたがったが、俺のほうが嫌がった。それはちょっと恥ずかしいというか、なんというか……。でも今は一緒に入っている。だからもしまたドラが人の姿になったら、今度は多分一緒に入れると思う。多分だけど。

 俺が洗い終わるのと同時に、ドラが催促するように俺の背中を頭で突いてきた。

「分かってるって!」

 先に俺が湯船に入って、ドラを抱っこしてお湯の中へ入れた。うちの風呂は父さんのこだわりもあって、足を伸ばして入れる広さだ。
 ドラを俺の上に乗せて寛いだ。頭を湯船の縁に載せ肩まで湯に浸かる。ドラは頭を俺の肩に乗せ、全体重を俺に乗せてくる。俺は天井を仰ぎながら「いい湯だな……」と呟いた。なんだかオヤジっぽいセリフ。

 それにしても、俺は一体なにをやらされてるんだろうか。

「なぁドラ、また人の姿になれるんだよな……」
「くうぅ?」

 ドラゴンの姿に慣れてきたとはいえ、会話がないのはやっぱりつまらない。
 ドラが俺の顔をペロペロと舐めだした。

「くすぐってぇよ、ドラ。ははは」

 ドラのペロペロは相変わらず長いし、くすぐったいが嫌だという気持ちにはならない。目をつぶってドラが舐めるのを感じていた。そんな時だった、頭の中に、ある映像が浮かんだ。

 それは一瞬だった。
 大きなドラゴン、ドラよりも数倍大きくて、白く輝くドラゴンの前に、人らしきものが立っているのを俺は少し離れたところから眺めている映像だった。
 
「えっ!? なにいまの!」

 目を開け上体を起こした拍子にドラが湯船の中へ頭ごと浸かった。

「ドラ!?」

 急いでドラを引き上げ、抱っこしながら湯船から出た。ドラを見ると瞳をパチパチさせて俺を見上げた。

「大丈夫か?」
「くうぅう」
「よかったぁ。急にごめんな」

 俺の腕の中で身をぐったりさせるドラ。
 危うくドラを溺れさせてしまうところだった。それにしてのいまの映像は何だったのだろう。

 その日の夜、風呂で見た映像を夢で見た。喋り声が聞こえたが、初めて聞く言葉で、なにを言っているのか理解できなかった。
 
 白くて大きなドラゴンの前に立っているのは人だった。それは男性で銀色の鎧を身につけていた。まるで歴史の教科書に出てくる中世ヨーロッパの騎士みたいな鎧だ。その男がドラゴンの頭や顔を撫でながら何かを言っていた。

「%△#?%◎&@#」

 白いドラゴンは男の顔に何度か自分の顔を擦り付けると、長い首を空へ向け、寂しそうに鳴いた。そして翼をひろげ、空へ飛び立っていった。
 男が後ろを振り向くと遠くから大勢の人の叫び声が聞こえてきた。砂煙と共に現れたのは馬に跨った大勢の騎士。男と同じような鎧を身につけていた。
 騎士団の一人が男に何かを言った。しかし男が首を横に振ると同時に俺の足元に血が流れてきて、そこで目が覚めた。

 まだ真夜中。そして泣いていたことに気づいた。涙がとまらない。

 ドラも起き出し、俺の顔を覗いてきた。俺のほっぺたをペロペロと舐め始めた。

「ドラ、くすぐったいって……」
「くうううぅ」

 ドラを見るとまた涙が流れた。

「あれ、何でだろう……」

 ドラが俺の顔に自分の顔を擦りつけてきた。

「ありがと、ドラ……もう大丈夫」

 ドラの首に手を回し、体を引き寄せ抱きしめた。

「くううぅ~」
「ごめん、ドラ。ごめん」

 なんであの時、謝ったんだろう。

 俺はドラを抱きしめながら、いつの間にか寝落ちした。



 あと数日したら親父が出張から帰ってきて、俺たちの二人暮らしが終わると思っていた矢先の朝だった。

「はぁ?! 長引くってどういうことだよ!」

 早朝から国際電話。もちろん相手は親父だ。しかも出張が長引いたと知らせてきた。なんでも世紀の大発見らしい遺跡が見つかったそうで、現地に残るということだ。

「ったく、いつ帰ってくんだよ!」

 しかも、しばらく残るということで、いつ帰ってくるのか分からない。俺の予想だと夏休み中には帰ってこないだろう。中学最後の夏休み、ずっと家に居ましたって、なんなんだ! あー、つまんね。

「あ、ドラのこと言うの忘れた。まっ、いっか。ドラ~、朝飯にするぞ」

 ピンポーン!

 こんな朝早くから誰だよ。亜と約束でもしてたっけ?

「ほら、ドラは台所へ行ってろって」

 玄関までついて来ようとするドラを追い払ってから、俺はドアを開けた。

 目の前には大きな男が立っていた。俺の目の高さは相手の胸よりも下だった。

『悠ちゃん、不用意にドアを開けちゃダメだよ』親父の声が聞こえた気がした。俺はドアチャイムが鳴ると、モニターで確認する前に開けてしまう。
 大男が片足とでかい手で玄関ドアを押さえつけた。やばくね、これ。

ゆずりははる……さんですよね?」

 重低音の声に心臓がバクバクし始めた。なんかまじヤバいんじゃ? なんで俺の名前知ってんだよ。って誰だよこいつ。

「え、あ、はい……」
「くうううぅ~」

 えっ!? なんでドラの声?
 振り向くとドラが廊下を走ってこちらに向かって来た。

「ド……! こっち来んなって!」

 まずい! 親父と亜と脩オジしかドラのことは知らない。ここで知らない怪しい奴にドラが見つかったらヤバい!
 俺の心配をよそにドラが玄関へ走ってきた。まずい!
 突然、ドアを押さえていた大男がしゃがんだ。片膝をつき、頭を下げた。

「お久しゅうございます」
「えっ、はぁ?!」
「くうううぅ~」
「お迎えに参りました」
「くううぅ~」

 迎え。
 ドラが「迎えが来る」と前に言っていたことを思い出した。それじゃ、この大男が迎えの人ってこと? 人?

「えーっと、ちょっと待って。ドラ、この人が迎えの人ってこと?」
「くうううぅ~」
「失礼ですが、なぜまだこのお姿なのですか?」

 大男の急な質問に俺が慌てていると、ドラが「くうぅう~、くうううぅ~」と鳴きながら、何やら説明してるぽかった。大男もドラの鳴き声に、時折相槌しながら「なるほど」と言った。
 話が終わると大男が俺に向かって言った。

「失礼ですが、悠さまと……ゴホン、ドラさまは、まだ契りを交わされていないのですね」
「ちぎり?」

 俺の知識では『ちぎり』は、テレビの極道の世界で見るようなこと。

「えーっと、盃を交わすってこと?」
「……いえ、その契りではなくて。つまり……初めての夜のことです」
「初めての夜?」

 俺の頭の中で、大量のはてなマークが飛び交った。
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