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第2話 育て方

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 俺の口をぺろっと舐めたあと、ドラゴンはふたたび手のひらでぐったりした。
 腹でも減ってるんだろうか。
 いままでペットなんて飼ったことないし、どうすりゃいいのか分からない。
 とりあえずコイツを手のひらに載せたまま台所へ。冷蔵庫から牛乳を取り出し、皿に注ぐ。

「ほら、牛乳だぞ。うまいから飲んでみろ」

 首を持ち上げ皿の中の匂いを嗅ぐ。ほら、飲めと心の中でなぜか唱える俺。
 しかし期待通りにいくわけがない。未知の生物だぞ。伝説のドラゴンだぞ。だいいち牛乳なんて飲むのか?
 俺も喉が渇いた。出しっぱなしの牛乳をグラスに注いで飲もうとすると横から鳴き声がした。

「くううぅー」
「はぁ? オマエのはこっち」

 牛乳の入った皿を指さすが、ドラゴンは俺のグラスに釘付けだ。

「中身は一緒だっつうの」

 俺はドラゴンを無視して、グラスを口へ持っていった。凝視されている。なぜか視線が痛い。

「分かったって。ほら」

 グラスをドラゴンの口元へ持っていく。が、完全無視。なんなんだよいったい。

「くうぅ」

 また俺の口をペロッと舐めた。首をグラスと俺の口の間で動かし、何かを訴えている。
 これって、もしかして、もしかして?

「オマエ、もしかして口移しで飲ませろって言ってる?」
「くううううぅ」

 初めて聞くドラゴンの甲高い鳴き声。 
 はあ? マジかよ。

 子供への口移しは虫歯の原因になんだぞ、と言いかけたところでグッと堪えた。
 コイツはドラゴンだった。
 つぶらな瞳で俺を見ている。首を傾げながら「くうううぅー」と鳴いた。
 なんだこの可愛い生き物は!

「はぁ」

 牛乳をひとくち、口へ含み、顎でほらと示すと、ドラゴンが顔を近づけた。俺の口から滲み出た牛乳を舌でペロッと舐め、その後はまるで赤ん坊が母親の乳首へ吸い付くように飲みはじめた。
 少しずつ口から牛乳を出す俺。いったい俺は何をやらされてるんだ?
 結局、ドラゴンはグラスに入った牛乳を飲み干した。もちろん全部俺の口から。唇がヒリヒリする。

 腹が膨れたドラゴンはすやすやと眠っている。ティッシュ箱にタオルを敷いて作った簡易ベッドの中で。
 それより、これからどうする? とりあえずネットで調べてみることにした。

「ヒットするのかこれ? 検索ワードは、『ドラゴン 飼育』っと」

 するとどうだ。驚いたことに数件ヒットした。

「マジかよ」

 しかしサイトをよく読んでいくと、ドラゴンの育て方というより、恐竜の育て方に。つまりは、鳥と一緒ってことらしい。
 恐竜から進化したのが鳥と言われているから、あながち間違っちゃいない。でもドラゴンは?

 考えてもしょうがない。この際だ鳥の飼育を参考にしよう。あえて参考にするなら、猛禽類の鷹あたりだろうか。

 エキペディアで猛禽類について調べた。
 他の動物を捕食……。

「へぇ、他の動物か……。なにー、他の動物だって! しかも生きた動物……無理だわこれ」

 パソコンの横に簡易ティッシュベッドを置いた。すやすやと眠るドラゴン。
 意外と可愛い。
 コイツをよく観察していると、鳥というよりは蛇に近いんじゃないかと思いはじめた。
 エメラルドグリーン色の鱗。腹の辺りを撫でてやると「くううううー」と可愛らしく鳴く。小さな翼、長い首に端正な顔立ち。人間ならイケメンだろうってくらい綺麗な顔形だ。
 ドラゴンってみんなこうなのか? もっとイカつい顔を想像するが、ゲームやアニメ、それに映画でしか見たことない伝説の生物。あれが本物と思うほうがおかしいのかもしれない。
 そういや、コイツの性別ってなんだ……? 脚を持ち上げて人間と同じようなブツがあるのか確かめようとした。その瞬間、指をガブリと噛まれた。

「痛っつてー!!」
「くううううー」

 怒ってる?
 鼻息を荒くして威嚇してきたが、身体も小さいし、声も甲高いから、正直、威嚇になってない。

「ごめん、ごめんって。雄か雌か確かめたかったんだよ。しかし痛ってー」

 俺が言ったことを理解したらしく、噛んだ指をペロペロと舐めはじめた。これがコイツの謝罪らしい。

「もう大丈夫だって。くすぐったい」

 しばらくペロペロと舐められていると噛まれた傷が自然と治ってきた。やっぱりドラゴンには不思議な力が宿ってるらしい。

 それにしても勝手にブツのあるなしを確かめようとした俺も悪かった。ネットを漁って分かったのは、生まれたばかりの子猫でも性別の判断がつかないらしい。獣医さんでも間違えるそうだ。
 ドラゴンだって同じかもしれない。
 伝説とはいえ、実際に俺の目の前で指をペロペロ舐め傷を治してくれた。コイツがもう少し大きくなれば、性別は自然と分かるのかも知れない。

「あー、それにしてもオマエをどうやって育てりゃいいんだー」

 猛禽類にしろ、爬虫類にしろ、動物を食べることには変わりない。ドラゴンも、そいつらに近い食べ物が好みだろう。
 動物……、それって人間もはいるのか?
 まさかな。いや断言できんだろ。熊やライオンに襲われた人間だっているんだし。肉食獣であれば、人間だって食べ物かもしれない。それに人間だって肉を食ってるしな。
 俺の手の上に乗っかって寝ているドラゴンの頭を撫でてやる。コイツが成長したら、襲われて食べられるって可能性もあるんだよな。

「はぁ……」

 意味もなくため息が出る。

 まさか将来の伴侶がここにいるとは知らない俺は、とにかくコイツに食い殺されないように育てようと心に誓ったのだった
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