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本編
第3話 仲間
しおりを挟む「ジェ……ラル、ド?……なんで?」
目の前の光景が信じられなかった。
馬に股がったジェラルドが、私を見下ろしていたのだから。
「馬鹿な事を聞かないで下さい、私は貴方の専属護衛ですから」
と言った。
専属護衛って言ったって、それは教会内だけの話じゃ?それに貴方は……
「貴方は、私を嫌っていたのではないの?」
「……そう思われていたのは知っています。そう仕向けたのは自分ですから……ですが」
ジェラルドは、馬上でブツブツと何か言っていたが聞き取れなかった。
「ジェラル……」
名前を呼びかけて、ハッとした。
(……って、彼は貴族じゃなかった?)
聖女を名乗れなくなり平民となった私が、呼び捨てにして良い相手じゃないんじゃない!?
しまった……これからは気を付けなきゃ…
貴族様を呼び捨てになんてしたら、不敬罪で投獄されちゃうっ!
「ジェラルド様?」
敬称を付けて再度名前を呼べば、彼は目を見開き私を見つめてきた。
(な、なに?)
馬から飛び降りると、私の前に跪き、利き手である右手を胸に左手は後ろに頭を下げた。
「ミュウ様、私に敬称は必要ありません。敬語も必要ありません」
「え?……ですが……ジェラルド様は、侯爵家の方じゃ…」
「家名は捨てました。今の私は、ミュウ様と同じ平民です」
平民!!?
平民って言った?
なんで?
私の騎士を5年も務めるほどの実力者なのに、新たな聖女の護衛にだって誘われてたのに……?
「な……んで」
「異な事を仰らないで下さい、私は貴方の専属護衛。これは、譲れない私の願いなのですから」
いや、いやいやいや、あなた、私の事嫌ってたでしょう。なんで今更……
「それより、ここはまだ王都に近いです。早急に離れましょう」
そう言って立ち上がると、私の手を取り、抱き上げ、馬に乗せる。そして自身も馬に跨り、手網を握り腹を蹴る。馬が嘶くと、歩き出し次第に駆け出した。
「っ!」
(高い!早い!怖い!)
ぎゅっと馬の鬣を握りしめ、目を瞑っていた。そんな私の手にジェラルド様の手が重なる。
「ミュウ様、あまりしがみついてはなりません。馬に恐怖が伝わってしまいます。しがみつくなら私にして下さい」
そう言って握っていた私の手を解き、自分の方に抱き寄せる。
(……は?…え)
力強く逞しい腕が私の腰を支えている。
かぁーと、顔が一気に熱くなる。
違う、違うのよこれは、落ちそうな私を支えてくれてるだけ、他意はないのよ!
暫くそうして走っていたら、馬の速度が緩くなった。体に伝わる振動が、緩くなった事で顔を上げる余裕が出てきた。ジェラルド様の顔を下から覗き込む。
なんで、追いかけてきたのだろうか。
家は、大丈夫なのだろうか。
大切な友達がいると言っていた、良いのだろうか?
様々な疑問が頭に浮かんでは消えていく。
長く見ていたからだろうか、彼の視線が降りてきた。
「ミュウ様?」
なぜ彼は、今だ私に敬称を付けるのだろうか?
「なんでもない」
そう言って視線を横にずらす。
あれから既に2時間ほど経っている。
ジェラルド様は、一体どこに向かっているんだろうか。宛などなかった私には検討もつかない。
「ジェラルド様」
彼は私を見て「敬称はいりません」と言った。それから何度か名前を呼んだけど、返事して貰えなかった。私が敬称をやめるまで返事をしない気らしい。
先に折れたのは私だった。
(もぅ!頑固なんだから!)
「ジェラルド」
「なんですか?ミュウ様」
「……貴方も私に敬称はいらないのよ」
「そうはいきません、貴方様は聖女様ですから」
「聖女を名乗ることは禁止されたよ」
「それでも、私達にとって貴方は大切な聖女様ですから」
頑固な私の騎士は自分の意見を曲げない。
前々から知ってたけど、さらに拍車がかかってる気がする。
でも、答えてくれるんだ。
王宮にいた時だって答えてくれなかったのに、今は話してくれるんだ……。
だからだろうか、前と違って緊張せずに話すことが出来ている気がするのは。
前は仕事が辛くて、話すのも辛くて、上手く話せなかったし、何より、彼には嫌われてると思ってたから。
でも今は、表情は変わらないけど、話し方が少し優しい気がするから……。
だから
「 私達、どこに向かってるの?」
「この先の町、クルシスに向かっております」
「クルシス?」
「はい、そこで仲間と落ち合います」
「仲間って……」
ふわっと、ジェラルドが笑った。
眼鏡の奥の目が柔らかく細められ、唇は小さく弧を描く。ジェラルドでも笑うんだ、とその時初めて知った。
「リカルド、メイシー、エミルです」
やっぱり……。
ジェラルドの大切な盟友……
彼らも、国を出るの……?
「ジェラルド、彼らも……」
「この国を出ます。ミュウ様が出て行かれるのなら、我らは何処まででも共に参ります」
「そう」
固い絆で結ばれた彼らが離れるとは思っていはいない。でも、だからって……
踏ん切りがつかない私がいる、往生際の悪い私がいる。
彼を、彼らを巻き込んでは行けないと、頭では理解している。でも、一緒に居てくれると、共に付いてきてくれるのが堪らなく嬉しい。
「ミュウ様、見えてきました」
その言葉に顔を上げる。
町の入り口前に、馬車が見えてきた。
傍に数人の人影も見える。
私たちの姿が見えたのか、振り回す勢いで手を振ってくれていた。
ジェラルドが馬で近寄ると、人影は駆け寄って来た。
「ミュウ様!ご無事で良かったわ!」
最初に声をかけてくれたのは、伯爵家の令嬢メイシー様だった。
「よっ!お前の事だ、大丈夫だとは思ったが、無事だったか?」
馬から降りたジェラルドに話しかけているのは、ジェラルドと同じ侯爵家の人間だったはず。名はリカルド、貴族とは思えないほど気さくな方だった。
「ミュウ様、大丈夫?王様たちに酷いことされなかった?」
ジェラルドが私を馬から下ろしてくれる。
最後に話しかけてきたのは、男爵家のエミル様だった。
「リカルド様、メイシー様、エミル様」
と声をかければ、ジェラルド以外の皆がカッと目を見開き、その場に跪く。
そして、ジェラルドも彼らの前に立ち、跪く。
「え、あ、あの、ジェラルド?みんな?」
ジェラルドが徐に右手の手袋を外す。リカルド達も、ジェラルドに習い手袋を外す。
今まで彼が、彼らが右手の手袋を外した所を1度も見た事がなかった。左手の素肌は見た事があるが、右手だけは何があっても外さなかった。この5年の間、私の前では絶対に。
それが、目の前で外されていく。
ゆっくりと、外され現れたのは……
手の甲に輝く金の証。
その右手を胸にあてて、敬礼すると手の甲がよく見えた。
それは、見たことも無い紋章だった。
中央に描かれるのは剣、右側に月を左側に鎌を、それが盾の上に描かれ左右に翼が輝いていた。
「ミュウ様」
静かに、ジェラルドが言葉を紡ぐ。
「我らは、月と黄泉の女神に誓いを立てた者」
「っ!」
月と黄泉の……?!
そんな事をすれば、約束が違えた時、彼らには死が……!
「ジェラ……!」
言葉が出ない。
目から涙が零れる。
「ミュウ様、俺達は自らの意思で誓いを立てました」
「貴方様が気に病むことはありませんわ。約束が違えることは絶対にありえませんもの」
「ミュウ様の命、僕達に守らせて下さい」
1度零れた涙は、留まることはなく次から次へ溢れてくる。
王都を出る時、1人だと思った。
たった1人で、どうしようかと途方に暮れた。
それを、ジェラルドが追いかけてきてくれた。共についてきてくれると。
「リカルド様……たちも、いっ……しょ、に?」
「ミュウ様、俺たちに敬称はいりません」
「「共に!」」
そう言って、右手を天に掲げ胸元に寄せる騎士達。誓の証が月の光を浴びて淡く輝いていた。
口元に手を当て「ジェラルド」と涙声で、呼びかければ、彼は直ぐに答えてくれる。
「共に参ります、我らの聖女様」
「ありがとう」
「さぁ、行きましょう!長居は無用です!隣国に行く手筈は整っていますから」
「隣国に行くのですか?」
「はい、かの国には知り合いがおりますから」
「本当に、良いのですか?家族は……」
目を擦り、鼻をすすりながらもう一度だけ聞く。擦っていた手を、ジェラルドが優しく掴み「目が腫れます、擦ってはなりません」と言いハンカチで目元の涙を吸うように拭った。
「家族とは縁を切ってきた。聖女様を蔑ろにする奴らとは、家族じゃねぇよ」
「全くだわ!新しい聖女が誕生したからって、ミュウ様を追放するなんて!」
「ぼくも、あんな家族嫌い」
ジェラルドに視線を向ければ
「ミュウ様を馬鹿にした連中とつるみたくありません」
彼は私を抱き上げ馬車の中に下ろした。
エミルとメイシーが一緒に馬車に乗り、リカルドが御者台に、ジェラルドは乗ってきた馬に乗りクルシスの町を離れたのだった。
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