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第7話
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「失礼するわ」
イグニスにお茶の用意をさせに行かせて数分、妻であるマーシェリーが執務室を訪ねてやってきた。
(来たか)
彼女はソファに腰かけると私を見据えた。
私は仕事をキリのいい所まで進め終わらせると、マーシェリーの前のソファに座った。
私がソファに座る頃に、イグニスがお茶のセットを持って戻ってきた。
「本邸に来るとは珍しいな」
シュテルが生まれる前から彼女は別邸に住み、房事の時のみ本邸の私の寝室で過ごす日々が続いていた。
彼女は、よっぽどの事がなければ本邸には寄り付かない。
「使用人をほぼ解雇したと聞きました」
「ああ、私が辞めさせた」
「私は何も聞いてませんが?」
「私の決定だ、言う必要があるのか?」
「それでも、教えて頂きたかったものですわ」
イグニスが入れた茶を優雅に口に運び、受け答えも落ち着いている。流石だな……しっぽは掴ませない、という事か?
私は、手に持っていたカップをソーサーに静かに置き話し始めた。
「私の娘ジュリアを何度も幽閉したそうだ。それも3日……君は知っていたかね?」
「まぁ、使用人の分際で?知りませんでしたわ…そんな事になってたなんて……」
「そうか……その間、食事も出していなかったそうだ…誰かの指示だったそうだが…君は知っているかね?」
「いいえ、存じませんでしたわ……なんて可哀想なジュリア…」
私の言葉にマーシェリーは驚くような素振りのあと何も知らないと答え、その後瞳をうるませてジュリアを心配するような言葉を吐いた。
(はっ、白々しい……)
お前が先導し使用人を操っていた事は、ザシュトの部屋にあった書類で知っている。
だが、それだけではマーシェリーを拘束する事は出来ない。
彼女は、それなりの力のある伯爵家出身だからだ。ルビー家は、魔宝石を持たない家だ。だが、ルビー家の特徴を持つ者は異性を虜にする体を持って生まれてくる。
かつては、その魅力で情報を集め、王家を支えた功績で男爵から伯爵にまで上り詰めた家系だ。
私がマーシェリーと結婚したのは、どこの派閥にも属してなかったこと、更に王家を裏切らない家だったことが理由だ。まぁ細かく言えばもう少しあるが……今は省こう。
ルビー家は、有名になってしまったため、もう使えない手だが……それでも、祖先の功績と王家の信頼が彼女を守る。
下手に糾弾すれば、こちらが罪を問われる。
慎重に行動しなければ……
「……」
「…」
彼女の赤い瞳を見つめれば、マーシェリーは妖艶な笑みを浮かべた。相手を惑わす危険な笑みだ。分かっていても、油断すると引き込まれる…気をしっかり持たねば。
「体罰……」
「……」
マーシェリーの眉が、少し動く。
「ジュリアの体には、沢山の痣や傷があった……使用人だけじゃなく、家庭教師からも体罰があったそうだが……」
君は知っていたか?
「家庭教師を雇ったのは君だった筈だ、まさか知らないなどと言うつもりないよな」
鋭く睨みつけるように見れば、先程少し動揺したように見えた顔は、いまは落ち着きを取り戻し「知りませんでしたわ」と言った。
「私は雇っただけですもの……」
「ハーヴェイから聞いたが、教師が教える内容は嘘や誤りのある内容だったそうだが…どう言った理由で雇った?」
本当はシュテルに聞いたのだが、流石に4歳で内容を把握するなどおかしな話だからな……
「……」
「適当に雇ったのでは?」
そして、余ったお金で豪遊したんじゃないのか?
「姉上が、ジュリアを治療してくれたが、服の下には…鞭により引き裂かれた肌、火傷といった傷が痛々しくて見ていられないほどだった…」
「……」
「更に、料理長を騙し料理人を使い家畜の餌の様な食事を提供していたらしい。こちらも誰かの指示だったらしい」
「……」
マーシェリーは、ずっと黙ったまま……
何を考えている?
「家のことは、君に任せていた。別邸に住んではいても、多少なりとも知っていたんじゃないか?もし本当に知らなかったなら、君は何をしていた?」
「……」
「黙っていたら分からない。私も気付かなかったくらいだ、君も事情があって気付かなかったのか?」
私は情けなく笑み、少しだけ逃げ道を用意してやる。あまり問い詰めれば、彼女は何をするか分からない。
「…ご、ごめんなさい。気付かなかったの、そんな事になってたなんて……ジュリアがそんな目に合ってたなんて…」
ルビーの様に真っ赤な瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「!!」
涙?!泣いてるのか?
これが、本当の涙なのか演技なのか分かりかねるが……
「ま、マーシェリー?」
「あなた、信じて頂戴。わたし本当に、知らなかったの……ケイナとシュテルにばかり目を向けていたから……ごめんなさい…」
……
知らない人間がこの光景だけを見たら、騙されただろうな。
だが、私は騙されない。
必ずしっぽを掴ませてもらうぞ、マーシェリー。
「そうか、お前も気付かなかったのだな…」
彼女の肩に手を乗せて慰めるフリをする。
今はまだ……
言及はしない。
確実な証拠が集まるまで、君は放っておく。ケイナの方が、ボロを出しそうだしな。
いつまでも余裕でいられると思ったら、大違いだ……
「これからは、共に、ジュリアを見守ろう」
「ええ、あなた」
彼女の瞳は見えないが……声は、淡々とし動揺は見られない。ジュリアを心配してる様子もない……
暫くは、動かないかもな……
イグニスにお茶の用意をさせに行かせて数分、妻であるマーシェリーが執務室を訪ねてやってきた。
(来たか)
彼女はソファに腰かけると私を見据えた。
私は仕事をキリのいい所まで進め終わらせると、マーシェリーの前のソファに座った。
私がソファに座る頃に、イグニスがお茶のセットを持って戻ってきた。
「本邸に来るとは珍しいな」
シュテルが生まれる前から彼女は別邸に住み、房事の時のみ本邸の私の寝室で過ごす日々が続いていた。
彼女は、よっぽどの事がなければ本邸には寄り付かない。
「使用人をほぼ解雇したと聞きました」
「ああ、私が辞めさせた」
「私は何も聞いてませんが?」
「私の決定だ、言う必要があるのか?」
「それでも、教えて頂きたかったものですわ」
イグニスが入れた茶を優雅に口に運び、受け答えも落ち着いている。流石だな……しっぽは掴ませない、という事か?
私は、手に持っていたカップをソーサーに静かに置き話し始めた。
「私の娘ジュリアを何度も幽閉したそうだ。それも3日……君は知っていたかね?」
「まぁ、使用人の分際で?知りませんでしたわ…そんな事になってたなんて……」
「そうか……その間、食事も出していなかったそうだ…誰かの指示だったそうだが…君は知っているかね?」
「いいえ、存じませんでしたわ……なんて可哀想なジュリア…」
私の言葉にマーシェリーは驚くような素振りのあと何も知らないと答え、その後瞳をうるませてジュリアを心配するような言葉を吐いた。
(はっ、白々しい……)
お前が先導し使用人を操っていた事は、ザシュトの部屋にあった書類で知っている。
だが、それだけではマーシェリーを拘束する事は出来ない。
彼女は、それなりの力のある伯爵家出身だからだ。ルビー家は、魔宝石を持たない家だ。だが、ルビー家の特徴を持つ者は異性を虜にする体を持って生まれてくる。
かつては、その魅力で情報を集め、王家を支えた功績で男爵から伯爵にまで上り詰めた家系だ。
私がマーシェリーと結婚したのは、どこの派閥にも属してなかったこと、更に王家を裏切らない家だったことが理由だ。まぁ細かく言えばもう少しあるが……今は省こう。
ルビー家は、有名になってしまったため、もう使えない手だが……それでも、祖先の功績と王家の信頼が彼女を守る。
下手に糾弾すれば、こちらが罪を問われる。
慎重に行動しなければ……
「……」
「…」
彼女の赤い瞳を見つめれば、マーシェリーは妖艶な笑みを浮かべた。相手を惑わす危険な笑みだ。分かっていても、油断すると引き込まれる…気をしっかり持たねば。
「体罰……」
「……」
マーシェリーの眉が、少し動く。
「ジュリアの体には、沢山の痣や傷があった……使用人だけじゃなく、家庭教師からも体罰があったそうだが……」
君は知っていたか?
「家庭教師を雇ったのは君だった筈だ、まさか知らないなどと言うつもりないよな」
鋭く睨みつけるように見れば、先程少し動揺したように見えた顔は、いまは落ち着きを取り戻し「知りませんでしたわ」と言った。
「私は雇っただけですもの……」
「ハーヴェイから聞いたが、教師が教える内容は嘘や誤りのある内容だったそうだが…どう言った理由で雇った?」
本当はシュテルに聞いたのだが、流石に4歳で内容を把握するなどおかしな話だからな……
「……」
「適当に雇ったのでは?」
そして、余ったお金で豪遊したんじゃないのか?
「姉上が、ジュリアを治療してくれたが、服の下には…鞭により引き裂かれた肌、火傷といった傷が痛々しくて見ていられないほどだった…」
「……」
「更に、料理長を騙し料理人を使い家畜の餌の様な食事を提供していたらしい。こちらも誰かの指示だったらしい」
「……」
マーシェリーは、ずっと黙ったまま……
何を考えている?
「家のことは、君に任せていた。別邸に住んではいても、多少なりとも知っていたんじゃないか?もし本当に知らなかったなら、君は何をしていた?」
「……」
「黙っていたら分からない。私も気付かなかったくらいだ、君も事情があって気付かなかったのか?」
私は情けなく笑み、少しだけ逃げ道を用意してやる。あまり問い詰めれば、彼女は何をするか分からない。
「…ご、ごめんなさい。気付かなかったの、そんな事になってたなんて……ジュリアがそんな目に合ってたなんて…」
ルビーの様に真っ赤な瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「!!」
涙?!泣いてるのか?
これが、本当の涙なのか演技なのか分かりかねるが……
「ま、マーシェリー?」
「あなた、信じて頂戴。わたし本当に、知らなかったの……ケイナとシュテルにばかり目を向けていたから……ごめんなさい…」
……
知らない人間がこの光景だけを見たら、騙されただろうな。
だが、私は騙されない。
必ずしっぽを掴ませてもらうぞ、マーシェリー。
「そうか、お前も気付かなかったのだな…」
彼女の肩に手を乗せて慰めるフリをする。
今はまだ……
言及はしない。
確実な証拠が集まるまで、君は放っておく。ケイナの方が、ボロを出しそうだしな。
いつまでも余裕でいられると思ったら、大違いだ……
「これからは、共に、ジュリアを見守ろう」
「ええ、あなた」
彼女の瞳は見えないが……声は、淡々とし動揺は見られない。ジュリアを心配してる様子もない……
暫くは、動かないかもな……
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