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第3話

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ハーヴェイとシュテルを先に向かわせ、自分の用を済ませる。

「ザシュト」
「はい、旦那様」

ザシュトは、私が最も信頼する2人の内の1人でこの家の執事だ。家の事情は全て知ってるだろう。
もう1人の信頼する男は、侍従で私の傍に常に控えているクロード。

「ジュリアの事で話がある」

そして、私がジュリアを大切に思っていた事も未来のコイツは知っていたはずだ……

(?)

今一瞬……顔を顰めなかったか?
だがもう、いつものザシュトに戻っている…気の所為……だったか?

「ジュリア様が、どうなさいましたか?」
「うむ。今日から、家庭教師の人数を減らす」
「……どうしてでございますか?」

ん?
私の言葉に意を唱えたことなど無かったザシュトが……なぜか難色を示した。
クロードも、驚いたのかザシュトを注意深く観察しだした。

「必要ないからだ」
「お嬢様はまだ、タンザナイト家に相応しくありません。まだお勉強が必要です。」
「何だと?」
「っ?!」
「ならば、当然ケイナにも同じだけの家庭教師が付いているんだろうな?」
「い、いえ、ケイナお嬢様は既にタンザナイトに相応しい……」
「ほぅ…」
「…………」
「…確かにある程度は必要だろう。だがいま、ジュリアは、いくつ家庭教師を雇っている?言ってみろ」

だんだんと口調が厳しくなるが、気にしていられない。先程からコイツの、ジュリアに対する態度がどうもおかしい……

「8つでございますが……」
「「!!」」

流石に驚いた……多すぎだろう…
ジュリアの事は、妻であるマーシェリーに一任していたのも、問題だったな……これからは、私も口を出していかないと。
クロードも驚いているようだ…小さく「8歳で8つって寝る暇あるのか?」と呟いた。

未来から来たことを、クロードには話した。協力者が必要だったから…自分やシュテル、ハーヴェイだけでは変えられないこともあるだろうから。

最初は驚いていたが、ジュリアの為だと言えば、「そうだと思いました」私がそう言う行動を取るのは、ジュリアとシュテルの時だけだと……クロードは言った。

ただ、未来では……私はジュリアと上手く接する事が出来ず、クロードや他の者の名を借りて手助けをしていたからな。

だから……
ジュリアの……最後の言葉が、だったのだろう。私は未来の過ちを繰り返さない…今度は絶対に、死なせはしない…絶対に。

……ザシュトにも、話そうと思ったのだが…
この感じなら話さない方がいいな。
だがまさか、コイツもジュリアに何かしている訳じゃないだろうな……先程から疑わしい言動ばかりだ。

「もういい、家庭教師の件は私が確認し断る。お前はもう下がれ」
「……」
「聞こえなかったのか?下がれと言っ……いや、まぁ良い私が出て行く。ジュリアに用があるのでな」

その瞬間、焦ったザシュトが目に入る。

ん?なんだ……?

「だ、旦那様!お、お嬢様の部屋に何用で?」
「私が娘に会うのに、理由がいるのか?」
「……い、いえ……」
「クロード行くぞ」
「畏まりました」

「お待ち下さい」という、ザシュトの言葉を背後に私は歩き出した。

ジュリアの部屋は、確か……

2階東の「ブルーローズ」と呼ばれる青薔薇の間だったはずだ。

ジュリアの部屋は青を基調とした空間で、白やグレーを取り入れ落ち着いた色の構成だった。そして、宝石タンザナイトを映したような青い綺麗な薔薇が所々に飾られた廊下……

なのに……

2階に行き、角を曲がった辺りから状況は一変した。

廊下に明かりが殆どついておらず、薄暗い。
置いてある花瓶には、枯れた薔薇だったもの。
所々ホコリが積もり、清潔感が無い。

「酷い……」

隣でクロードが呟く。

私も、ジュリアの環境を知らなかった事が悔やまれる。

気が付けば、後ろにいたザシュトに殺気を飛ばしていた。クロードが気付かなければ、ヤツは気絶していたかも知れないな。

ジュリアの部屋の前に辿り着き、中から聞こえる声に少し安堵を覚えノックした。
ジュリアの小さな声が返ってきて、私は中に入ると絶句した。




部屋の中は廊下よりも酷かったからだ。

私が最後に見た時は、美しい飾りの付いた天幕付きのベッドに、薔薇の装飾がされたクローゼット、ソファに机……
ベッドの下には、ラグだってあったはず……
壁のランプは、薔薇が施された美しい物だった……

それらが全て無くなり、部屋の中は小さなベッド、机、何の装飾もない小さなクローゼット……

なんだ……この部屋は……?

これが、我がタンザナイト公爵家の部屋なのか?

「こんな……部屋に、住んでるのか?」
「お父、様?」

ジュリアの小さな手が、私の服を遠慮がちに掴む。その手は幼いシュテルよりも小さく、背もまたシュテルと変わらない。

私の犯した罪が……ここまで酷いとは…
最低だ……だがっ!まだ間に合う。間に合わせてみせる。

「まずは、部屋を移さないとな」
「父上、ぼくの部屋の隣がいいです!」

シュテルの部屋か……
シュテルは、私と同じ3階だったな…
「ブルースター」と呼ばれる瑠璃唐綿の間だ。

我がタンザナイト公爵邸は、基本的に青に因んだ部屋の間と装飾や色合いで構成されている。

だが、妻が落ち着かないと言うので…屋敷を増築し、1階と2階にお互いの屋敷を行き来出来るよう、渡り廊下も作った。
妻とケイナは、赤を基調としたそっちの別邸に住み、私やシュテル、ジュリアは本邸であるこっちに住んでいた。

「そうだな…女の子だからと分けていたが……こんな扱いをされているなら、近くの方が良いな」

ザシュトに聞こえるように良い、私はジュリアを連れて部屋を出ていくことにした。
ジュリアは状況が呑み込めないのか、まだ少し緊張した面持ちで私やシュテル、ハーヴェイを順番に見ていた。


ジュリアの部屋を移した後は、本邸にいる使用人を1度全て事情聴取する必要があるな。
最悪全員総替えもしないとだめか?
だが、下っ端の使用人は脅されていた可能性もあるしな…………

まぁ、ザシュト1人の仕業では無い事だけは明白だな。信頼していたが……ザシュトには辞めてもらうことになるな。

「クロード」
「分かっております」
「頼んだぞ」

何も言わなくても、分かってるんだな。

新しい使用人の選出は、頼んだぞ。



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