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第二部
97.40 朝食
しおりを挟む40 朝食
2053年4月
目を開けるとそこにヤトの顔があって、朝を告げる小鳥の鳴き声が家の中にまで響いてる。
起きないようにそっとベットから体を起こそうとするけど、手元が枕で滑ってしまう。
その拍子に顔がほんの数センチまで近寄ってしまい、ヤトの顔が近すぎて鼓動が高鳴る。
現実にいるボクの鼓動はおそらく平常を保っているはず。今高鳴っているのは、仮想の体の鼓動だ。でも、この気持ちは本物。
息を止めて数秒、重ねる唇の柔らかさ、鼻からの息が顔にかかる。もう少しそうしていたかったけど、限界を迎えて顔を離した。今ヤトが起きたら、きっとボクは声を上げてしまう。
起きないでと思いつつ、少しだけ起きてほしい気もする。
起こさないように寝室を抜け出して朝食の用意を始める。未だに完全ではない味覚エンジンとの睨めっこ。
数値から、しょっぱい、甘い、苦い、辛い、酸っぱいなどを微調節して、調味料の基礎を作っていく。舌で確認した後で数値をメモにとり、一番最初に作ったのはお塩で、二番目がお砂糖だった。おしょうゆは意外に簡単に作ることができたけど、お酢はとても難しかった。
元々日本人の舌に合わせて味覚を再現しているだけあって、街で買える物の中には近い味の物が沢山あった。
初期の頃のフルダイブのVRでお料理を作った人は、かなりの腕じゃないと調味料の再現はできなかったと聞く。それに比べたら数ヶ月で簡単に再現できてしまう今は簡単だ。
今では、VRの中でおしょうゆらしき物にお砂糖らしき物を混ぜると甘っ辛い味になるが、昔のVRでは組み合わせで、まったくの別物になってしまうこともあったそうだ。
「んん!これだ!」
今日のお味噌は完璧に甘い麦味噌の味を再現できた、これでおいしいお味噌汁を作ったらヤトは、きっと〝おいしい〟と言ってくれるに違いない。
「お豆腐があればな~って贅沢は言えないか~」
後、何回こうしていられるだろ、何回ヤトのためにお料理して、ヤトのために考えて、ヤトのためにお買い物して。ヤトのことだけ考えていられるのは――
朝食の用意を済ませて、寝室へ、ヤトのところへ行く。
仮想体の髪を撫でるとサラサラしている。仮想世界では髪を洗う必要はない、体も、汚れを再現してもすぐに元に戻るからお風呂も入らなくていい。
それはそれで便利で、他のタイトルにはそういうことも忠実に再現したものもあるが、今回はこれでよかったと思う。
「おはよう、ほら、起きて……朝だよ~」
左目にかかる黒髪、少し切ってあげたい気もしなくもない。
「少し長すぎるかな……」
「切りたいのか?」
「わ!……おはようヤト(驚いた~)」
「おはようカイト」
テーブルについたヤトは、「いい匂いだ」と味噌汁を手に持つ。
最近気がついたことは、ヤトが両手を使えるってこと。
「今日は左手だね」
「ん?ああ、箸を持つ手のことか、小さい頃からの習慣で、もう直しようがない」
「元は右利きだったんだよね、どうして両手を使えるようにしたの?」
「〝した〟というよりかは、〝せざる〟を得なかったんだが、子どもの頃は体の強度に関係なく、全力で人を殴ったりして……骨折が絶えなかったんだ、治っては折れてを繰り返している内に利き手がなくなったとも言えるし、両利きになったとも言える」
「骨折ね――」
よほどの修羅場を潜ってきたのだろう、とボクは勝手に思い込む。ヤトは昔話をする時によく眉を顰める。もしかすると、あまり話したくないのかもしれない。
けど、ヤトは話してくれる、嫌々ながらでも話してくれることはボクは凄く嬉しい。相手が好きな人だと、ボクは話すよりもその人の話を聞いていたいと思うのかもしれない。知らない一面や、共感できたり、できなくても色々と知ることができるからだ。
「そう言えば、昨日は強制転移なかったね」
「そうだな、時差のおかげで対戦が深夜になることが多い気がしていたが、珍しく昨日はなかったな……」
ヤトは、「何かの前触れか……」と呟いて味噌汁を口に含む。
「――美味い」
頬杖を突いてシメシメと顔が笑んでしまう。
「おいしいでしょ~」
「こんな美味い味噌汁は初めて食べたな」
「ボクのお母さんの故郷の味だよ」
「田舎の味って奴か……俺は母親の味も知らないんだけどな」
「……」
ヤトのお母さんは、一度だって彼に手料理を振舞ったことがないらしい。田舎という田舎もなく、ファストフードやコンビニの味がヤトの定番らしい。
お母さんはヤトに興味がなく、お父さんは料理にこだわらない人なのだと彼は言った。
「ほら、ヤトどんどん食べて!おかわりも沢山あるんだ」
「もちろんだ、遠慮する気もない」
朝食を食べ、片付けを終えたヤトは、いつもの口元が隠れる黒いファンタジーコートを装備すると戦闘の準備を済ます。ヤトの対戦は午前1回、午後1から2回で、他の人もそんな間隔で強制転移されるらしい。
「どうやら対戦が始まりそうだ」
「……いってらっしゃい――」
ボクがそう言うとヤトは、「いってくる」と言って青白いエフェクトに包まれて消えた。
ヤトが消える瞬間はいつも胸が苦しい。でも、ボクがそんなことで暗くなっていたらヤトに申し訳ない。
「さ!買い出しの時間まで新しいレシピでも試そうかな――」
そう言えば、ここのところシャドーの姿を見ていない気がする。おそらく、ナナのところかなって気はするけど、シャドーはナナを心配しているのかもしれない。
そう思うボクも――ナナを心配して窓の外を眺めていた。
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