すでに魔王の敗北が濃厚な世界に転生した俺が、元令嬢のペットと暮らしているのは神の悪戯だと思う。

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二之書 それが令嬢の務めとは

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 ある日の事、急にお嬢様の日課に、俺の調理の様子を観察することが加わった。

 調理中、興味津々で観察するお嬢様は、特に味見がお好きだ。

「カレンお嬢様、味見してくれますか?」
「うん!是非!」

 匙に掬って、口の前にセットすると、彼女はフーフーと冷まして口に迎え入れる。

「どうですか?」
「ん~ん~ん~!」

 袖を握って揺する彼女の仕草に、思わず、ほわ~としてしまう。

 正直、太ってほしくはないけど、この顔を見るためなら仕方がないでしょう。

「ねぇねぇ、カケル、今度私のお務めの練習相手してよ」
「お務め?何かは知らないですが、いいですよ」

「本当に?本当にいいの?」
「いいですよ~」

 その時の俺は、特に何も考えも無しでそれを了承した。

「シチュウ、シチュウ、シチュウ」

「お嬢様はシチューお好きですよね」
「大好き!」

 おほっ!破壊力抜群のこの笑顔に言葉よ!コレ俺に向けられてるんですよ!街の皆さん!

 内心盛り上がる俺に、お嬢様は大皿を手に持って席に座ると、今か今かと銀の匙を握りしめる。鍋をテーブルに置くと、彼女の口元が緩んで、フタを開けると彼女の鼻孔も開く。

 それを食べ終わる頃には、すっかりお務め云々は記憶の端へと追いやられた。

 そして、彼女は片付けを終えた俺を呼び止めて言う。

「じゃ、練習相手をしてね」
「?……あ!何か言ってましたね、いいですよ」

 俺はお嬢様に腕を引かれて、そのままベットのある寝室へと向かい、徐にベットに押し倒されると、彼女はニーソを外しだした。

「お、お嬢様が服を?」
「待ってて、今準備するから」

 そう言った彼女は次々と服を脱いで、最後の下着も脱いでしまう。

「相手がいる状況でするのは初めてだから、何か至らない点があったら指摘してね」
「……」

 そうして、彼女はそのちゃんとした女の裸体で俺の上に跨ると、ゆっくりと股間の上で腰を振りだした。

 俺は、頭が真っ白になって、前後する腰が、円を描いて動き出すと生理現象が発生した。

「どう、私の腰の動き、変じゃないかな?」
「……」

 いやいや、むしろ行動が変ですけど!お務めってこういうこと?!女の子が男相手に喜ばす行為を覚えることがお務めですか!クソですが!最高ですね!

 何とも言えない、動けない俺は、ズボンを突き破って出てきそうな状況に、耐えるべきか乗るべきかを思考していた。

「ね、カケル」

「……ふぁぃ」

「これ、だんだん気持ちよくなってきたんだけど……あなたはどうなの?」

 ダメダメダメダメ!

「お嬢様、ストップです!」

 息が荒いお嬢様を押さえると、それを拒否するように彼女は手を抓った。

「だめよ、もう少しで終わりだから、この後一番気持ちよくなれるって言われていることが待ってるんだから」

 そんな事されたら!俺の理性はゴートゥーヘブンしてしまうでしょうが!

「お願いです、お嬢様」
「……やだ、最後までやるの」

「ダメです」
「やだ」

 どうして分かってくれないんだろうか!これはもう強行手段に出るしかない。

「では、まず、結婚しましょう!」
「……なんでよ!するわけないでしょ!」

「俺のいた世界では!こういうことは!結婚を前提にした男女しかしてはいけないことになってるんです!」
「……でも、気持ちいいでしょ?」

「それは否定しないですけど!ダメなものはダメなのです!」

 必死に説得したのが効いたのか、彼女は腰を振るのを止めてくれた。

「はぁはぁはぁ」

「……ギリギリ」

 余韻だったのだろうか、彼女の股が少しだけ俺に掠ると、股にギュっと力が入って、腰の部分に足が強く押し付けられ、ビクビクと痙攣した彼女は俺の胸に顔を埋めた。

 その時俺は、脳内で理性の壁対性欲の戦いが繰り広げられていて、その変化には気が付かなかった。

「では……俺は、これで」
「待って……カケル、トイレ」

「……はい」

 今この状況でお嬢様とトイレはマズイ。だけど、彼女にお漏らしさせるわけにもいかない。

 俺は意を決してトイレへと向かおうと体を起こすと、自身のズボンがえらいことになっているのに気が付いた。

「ご、ごめんなさい、お漏らししちゃったの……」
「……」

 これが、本当にお漏らしだったのかどうかは、童貞で知識の浅い俺には分かりかねた。

 そして、下着以外を着せてトイレへと向かった俺は、お嬢様の世話をする中で、初めて喘ぐ声を何度か聞くことになってしまう。

 そりゃしょうがなくね?こうなるんでしょ、普通。

 気まずい……どうしてこんな状況に。

「カケル、またお務め練習したいな」
「……ダ~メ」

 このお嬢様のペースに任せてはいかんですよ!

「お嬢様、午後、お散歩でもしませんか?」
「え~もっと気持ちいいことしたいのにな」

 ん~可愛くしてもダメ!

「近所にカワイイ小物が売ってる場所があるんですよ」
「……私、お金なんて無いんだけど」

「ご心配なく、俺がプレゼントしますよ」
「なら行く!すぐ行く!」

 よし無垢な少女釣れた。

 さっきまでのお嬢様は、少女ではなく令嬢の顔をしていた。

 俺はあっちよりこっちのお嬢様の方が好きだ。

「帰ったらまたお務めの練習……」
「しませんよ、ダメダメ!」

 その後も、何度も抱き付かれたり、手を絡められたりしたけど、何とかその流れを断ち切った俺は、何故か話を戻して疑問を聞いてしまう。

「そういえば、どうして自分で服を脱いだんですか?いつもは絶対自分で着替えないのに」
「……その方が殿方は喜ぶものなのだって教わったから」

 誰だ!そんな知識教えた奴は!けしからん!褒めてつかわす!

「嬉しかった?」
「……嬉しかったですよ……それはもう色んな意味で」

 褒められたことが嬉しかったのか、彼女は腕に手を絡めて、頭をそっと腕に押し当てた。

 俺たちは周囲にどう見えているのだろうか、そんなことを考えながら、小物が売っているお店、アミノさんの店へと向かった。

 彼女の店は女性が喜びそうな小さな人形やら、カゴやら、手鏡やら、クシやらなんやらが売っていて、中々にお客が絶えない店だ。

「見て見て!これ可愛い」

 いやいや、そう言うカレンお嬢様の方が可愛らしいですよ。

「これ買って!これ~」
「かしこまり~」

 買っちゃう、いくらでも買っちゃう。

「ね~カケル~これも見てよ~とても可愛らしいわ~」

 もうずっと笑顔で、それだけで来てよかったと思える。

「カケル、この店ごと買ってよ」
「それは無理です」

 いやいや、さすがは元富豪、店ごと買い押さえとか金の暴力だな。

 そうして、不満そうなお嬢様と会計している時だった。


「あらら?そちらにいらっしゃるのは、没落貴族のタンポンの御令嬢ではなくって?」

 そこに現れたのは、見覚えのない偽金髪のクルクル巻のドリルを左右にぶら下げた貴族令嬢らしき女の子だった。

 そして、その隣には美人のメイド服を着たザ・メイドさんが立っている。

「……ベンキ・アルシェナ・トウト……」

 その名はザ・トイレのプロでしかなく。

「あら?その殿方があなたを受け取った貴族ですか?初めまして、わたくしは、ベンキ・アルシェナ・トウト、そちらは?」

「俺はカケル、転生者であり、元タンポン家使用人です」
「使用人?あらら、ひょっとしてカレン、あなた、もう貴族ですらないの?」

 押し黙るお嬢様は、それでも俺の後ろに隠れたりはしなかった。

「確かに、私のお父様は貴族の位を奪われた……でも、必ずお父様は貴族に返り咲くに違いないわ!」

 その威圧的な物言いは、やはり貴族の令嬢だった方だ。

 目の前のザ・トイレも、その様子に少し気圧された様子だった。

「ま、まぁもうそれも無いかもしれないですわね、何せタンポン家の近辺、プニョン家もパンチュ家も今や他の貴族の使用人の扱いですもの。頼みの王弟様でも、あなただけに割く時間はなくってよ」

 お嬢様とも親密な仲である王弟は、この頃、自身の保身に走るしかない程に追い詰められ、兄である王に何度も謁見しては状況の変化に努めていた。

「おじ様は、関係ないわ」
「そうでしたら、きっとまたいつか将来社交界でお会いすることもあるのでしょうね」

 そう言ったザ・トイレに、隣で視線を落としていたメイドさんは耳打ちする。

「お嬢様、そろそろ」
「分かってるわ、リリ」

 そうして、ザ・トイレと美人なメイドさんは出ていった。

「……カレンお嬢様、お買い物を続けましょうか」
「……そうね、せっかくカケルがプレゼントしてくれるんだもの」

 思いのほかダメージは少ないようで、彼女はまた笑顔で買い物を始めた。

 結局、彼女は小物を大量に買って、支払いは俺が気持ちよくさせていただいた。

 帰ると、お嬢様は二人の寝室にある自身の姿見の隣にある小さな棚に、次々と並べてその後は遠めから眺めたりベットから眺めたりして楽しんでいた。

「そうだ!カケル!」

「はい、お嬢様」

「ありがとニャン」

 もう慣れてしまっているその可愛らしい姿も、何度見ても新鮮な気持ちにさせてくれる。

 そんな二人暮らしが、唐突に変化し始める。

 週末、その日は二人でのんびり昼寝をしていた。

 異世界はやることが少ない。だから、お嬢様が一緒にお昼寝したいと言えば、俺は自身の趣味を置いてでも、彼女と一緒にベットに寝転がる。

「ニャ~」

「……よしよしよし~」
「ニャ~」

 この時ばかりは、カレンお嬢様も気が抜けているのか、甘えん坊になってしまう。

 頭を撫でて、アゴの下を撫でて、そんなことをしていると、ますます彼女が猫に思えてくるわけで。

 無意識に尻尾を探してお尻を触ってしまう。

「……尻尾欲しいな」

 そうだ、付けれる尻尾を作ればいいじゃん。

 そう思いつつ、まー明日でいいか、今はこのデレデレの美少女を堪能しよう。

「カケル~ご飯な~に~」

「何にしましょうかね~そうだ~オムライス何てどうですか~」
「オム!ライス?レツじゃなくて?」

「あ~そっか~ライスないんだっけ~じゃ~オムレツですね~」
「オムレツ好き~」

「俺とどっちが好きですか~」
「オム…………カケル」

 あ~俺はオムレツ以下だった~。

 しばらくそうしていると、お嬢様はゆっくりと股を擦り付け出すため、それが始まったらそのスキンシップは終了する。

「買い物に行ってきますね」
「……行っちゃうの?」

「はい、オムレツの材料を買ってくるので」

 冷蔵庫が無いから、冷蔵庫っぽい、氷魔法屋で新鮮な卵を仕入れてこなくては、この世界ではオムレツは作れない。

 俺のベットの中でゴソゴソとモゾモゾし出すお嬢様を置き去りに、俺は一人湧き出る性欲が理性の壁を破壊する前に出かけた。

 氷魔法屋は、主に氷を売っているのと、冷蔵や冷凍が必要な商品が置いてある。もちろん、それらは販売する人物からの委託で置かれており、氷魔法屋は、ある程度の利益にしかならない。

「氷かい?」

「卵、あと氷小サイズを」
「まいど~」

 おじさんは基本氷を買わないと鮮度の落ちた食材を持ってくることは、経験上分かったことだけど、彼としても氷を買ってもらう方が利益は大きいため、そうしてしまうのかもしれないけど、実は、この氷は一切汚れていない氷で本来この氷の価値はべらぼうであるべきなのに、氷魔法屋が多いせいで、破格で売られている。

 生水を買ったら銅貨十枚ほどなのに、この氷は五枚ですんで、さらに水にすると鮮度もいいとくれば、むしろ氷を溶かして水で売ればいいのにと思ってしまう。だけど、氷魔法屋が水を売ることは禁止されていて、氷魔法士が水売りをすることも禁止されている。

 それが水魔法士と氷魔法士の協定だとか。

「にしても、便利なのか不便なのか分からないよな、魔法って」

 なんて呟きながら、視線を捨てられた氷の方へと向けると、その氷を拾っている見覚えのある赤い髪の少女がそこにいた。

「ミレイユ様?」

 そう声をかけると、彼女はビクっと反応して、その赤い瞳を俺に向けてくる。

 そう、間違いなくそこにいたのはミレイユ・プニョン、あのペッタンコだった。

「あ……あぁ……よ、ようやく……」

 彼女は俺にしがみ付いて、不意だったため避けなかったが、正直とてつもなく彼女が臭くて仕方ないその臭いを我慢しつつ、俺は事情を聞くことにした。

 タンポン家が没落した日、プニョン家も没落していて、彼女の父は母と姉とで逃亡し、タンポン家へ遊びに向かっている途中で財務官の派遣した者に馬車を差し押さえられ、手持ちの荷物も奪われた彼女は、徒歩でこの街まで来たのだそうだ。

 約一週間、毎日歩いて、途中で迷子になりかけ、謎のキノコや花の蜜を舐めながら、ようやくここへ到着したのだそうだ。

「カレンはどこ?あの子はどこにかくまわれているの?」

「……今はクッサ、俺の家で暮らしてますけどクッサ!」
「ぬ~臭いって言うな!」

 無理です、臭いです。

 俺は家へ帰る前に、色々と予定していたけど、この臭い生き物をそのままにしておく訳にはいかんでしょうと、ペッタンコを連れて家に帰る。

「久しぶりね!カレン!」
「……臭い、ミレイユ、久しぶり」

 臭いと言われてわんわん泣き出す彼女を、大きめの金ダライの上に湯を張り、石鹸でゴシゴシと頭から洗っていく。

 ボサボサの髪も何とか綺麗になると、着ていた服は捨てて、お嬢様のために用意していた服を貸してあげることにした。

 ちなみに俺が体を洗おうとすると、ペッタンコは、「自分で洗えるわよ!」と怒鳴って俺の死角で勝手に洗い出した。

「ありがとうカレン、おかげで助かったわ。ところで、ご飯は頂けたりするのかしら?」

 グ~と腹の鳴るペッタンコは少しだけ頬を染める。

「カケル、ミレイユにご飯を食べさせてあげて」

 俺は本当は嫌だったが、仕方なくペッタンコのためのご飯を用意した。

 うまいうまいと食べ終えたペッタンコは、俺に指さして言う。

「ドレイ、私の足を揉みなさい、歩き疲れてもうクタクタなの」

 は?今何つった?は?

「……嫌に決まってるでしょうが、このペッタンコめ!」
「な!カレン!このドレイ!私に逆らったわ!あなたの罰を与えてあげて」

 何か勘違いをしているらしいペッタンコに、俺は現実を教えてやることにした。

「カレン、ニャンニャンだ」
「……でも、カケル、ミレイユが見てるわ」

「カレン――」

 俺のペットであるお嬢様は、体勢を低くして俺に近づいてくると、「ニャ~ン、ニャ~ン」と猫の真似をする。

「よしよし、カワイイなカレンは」

 俺がカレンお嬢様を撫でる様子を見ているペッタンコは、驚愕の表情を浮かべて言う。

「あ、あんた!ドレイの分際でカレンに何してるのよ!」

「何って、カレンは俺のペットだからね、こうして毎日可愛がっているんだよ」
「……この!無礼者!」

 俺を叩こうと近づいてくるペッタンコに、お嬢様は俺の前に立ってそれを防ごうとした。

「ミレイユ、私のカケルに暴力はやめて」
「カレン、どうしてそんなドレイのいいなりになんか!」

「私が望んでるの、カケルは、私の全てなんだから!」

 予想外の二人の言い合いに、俺は思わず言葉を失う。

「一人で生きていけない私にとって、カケルは全てなの!」
「お金が無くなったくらいで使用人に全てを捧げるなんて……見損なったわ!」

「勝手に見損なってて、で、あなたはこれからどうするの?服もなさそうだし、頼る人もいないんじゃないの?」
「……いないわよ、お父様もお母様もお姉さまも、噂では領地の外へ逃げてしまわれたし」

 そんなペッタンコの言葉に、カレンお嬢様は、俺の方を見て抱き付いて言う。

「お願いカケル、ミレイユの面倒も見てあげて」

 目を潤ませてそう言うお嬢様に、俺は笑顔で返す。

「返事はノーです」
「え?!」

 俺は彼女の手を握って顔の横にその手を持っていくと、そのまま困惑する彼女に言う。

「お願いする時、感謝する時はどうするんでしたっけ?」
「……カケル、お願いします、ニャンニャン、ニャ~ン」

 はぁ~もう最高だぜ!金髪美少女って奴はよ!

「しかたないですね、このペッタンコの面倒も見てあげますよ」
「ありがとうニャン、カケル」

 その様子を見ていたペッタンコは、頬を膨らませて言う。

「感謝はするけど!ペッタンコって言ったことは!絶対許さないんだから!」

「……やべ、口に出してました?」
「もう何度も言ってるわよ、カケル」

 その日から、俺のペットが一人増えた。

 赤毛で赤い瞳の胸の小さな美少女は、お嬢様用の服を着て、その胸元がだぼだぼなのを確かめると、必ず肩をガクッと落とした。

 そんなペッタンコも、一緒に暮らす上でのルールを伝えた。

「まず、俺をドレイと言ったらお尻ペンペンです。そして、毎日だらだらと生活するのはダメです。最後に、俺が作った料理は必ず全部食べること、お残しは許しまへんで!」
「なに!急に脅すつもりなの!」

 いや、これは決まり文句なのですが。

 そして、ペッタンコが初めてのお嬢様の入浴を見ることになると、その出来事に彼女は発狂してしまう。

「ちょっと!二人とも!何してるの!」
「……なにって、入浴だけど」

 裸の金髪美少女が、男に無防備に全裸を素手で触って洗わせてる状況は、それはもう半年前の俺の反応をするのも当然と言えば当然で。

「男の人に体を洗ってもらうなんて……あんた!カレンになんてことを!弱みに付け込むなんて!」
「違うわ、落ち着いてミレイユ、これは私がお願いしてるのよ」

「……え?ど、どうして?何でそんなお願いをするのよ」

 お嬢様は、自身のトイレ、湯浴み、着替え、お務めの話を恥じること無く説明した。

「そ、そんな、そんな非常識、間違ってるわカレン」
「……間違ってないわ、私の家ではそれが常識なの」

 お嬢様は、幼い頃よりそれを躾けられてきた。だから、俺が使用人になってひと月の間、俺の話に耳も貸さないし、トイレも湯浴みも何もかもを変えようとはしなかった。

「私はタンポン家の娘、これが常識として躾けられてきた以上、私にはそれを守る義務があるのよミレイユ。貴族とは、民の導であるべきなの、貴族の娘である以上、父の言葉は絶対に守るべきことなの」

 その歪な貴族感覚は、きっとこの先も変わることはないだろう。

「だから、別にあなたは気にしないで、これが私の普通だから」
「……分かった……ごめんなさい。あなたの意思を尊重するわ」

 さすがにカレンお嬢様が友と認めるだけはある……ペッタンコだけどな。

「カケル、続けて」

「はい、お嬢様」

 俺がそう言うと、ペッタンコは小さく呟いた。

「カレンのことは、お嬢様って呼ぶのね」

 お嬢様が入り終わると、既に入浴を済ませているペッタンコは、その寝室を見て愕然としていた。

「……ベット一つしかないじゃない」

「これは俺とお嬢様が寝るベット、ミレイユ様はこちらで寝てください」
「こ、これなに?」

「これは猫ハウスです」

 それは羊の毛を少し高い布地に入れて、お嬢様が丸まって入れるカゴの中にそれを置いてるだけの、本来お嬢様用にと考案した猫ハウスだ。

「あ、あんたたち、どうやってそのベットで二人で寝るのよ!」

 そう言ったペッタンコが視線を向けると、そこにはすでに定位置となった俺の上に寝転がるお嬢様がいて、目を見開いた彼女は口を開けたまま言葉を失った。

「お休みなさいカケル、ミレイユ」

「お休みなさいませ、お嬢様」

「……本当にそれで寝るの?いや、無理でしょ?」

 そう言っていたペッタンコは、俺とお嬢様が寝息を立てはじめると、その猫ハウスで丸まって、寝付けないまま数時間が経過して。

 俺が夢で猫耳を生やしたお嬢様を撫でていると、夢の中で唐突にお嬢様が爆弾を持ち出してそれが爆発してしまい目を覚ました。

「……な~」

 そこには、思いもしない存在がいて、俺としても戸惑ってしまった。
 赤毛が俺の右の隙間にピッタリとくっ付いていた。

「……」

 きっと寝れなかったのだろう、それは寝顔を見たら一目だった。

「まったく、元令嬢ペットがまた増えてしまったな……」

 こうして黙っていると、美少女でお嬢様にも引けを取らないんだけどな。

「……ん~ドレイのぶんざ……」

 胸だけはお嬢様以下だけどな。
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