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第十三幕 断罪剥離のバレットレイン
しおりを挟む転移した瞬間、周囲を把握するのに二秒、理解するのに二秒、何かの攻撃を避けるのに一秒。
弾丸、それを理解して避けたが、次の瞬間には左目の前に別の弾丸、やむを得ず貫通させて傷口を直ぐに治癒させる。スキル、血の支配者を発動させて周囲の存在の掌握を。
「血の支配者を相殺するわけだが」
奴がバレットレイン。白髪混じりの茶髪だが、それほど老けてはいない。
左手の武器は間違いなく銃ではあるが、その見た目はSF染みていて俺の知っている現実的な形をしていない。
放たれた弾丸が鉛の類であるのは間違いないが、火薬でもなければ空気で打ち出している様子でもない。
「俺は少しだけ忙しいわけだが?そして、お前の強さ、少し鬱陶しいわけだが?」
俺の血の支配者を相殺して、尚、妙な話方で俺を苛立たせるつもりなのかもしれない。
奴の後ろには気を失っている子どもたちが一つのベットに寝かされている。あのベットはクラエベールの部屋にあった物で間違いない。周囲は、おそらくだがこの世界の魔族たちの住む領地のどこかで、様子からして廃城のようだった。
どうしてこんなところに俺の子を連れ去ったか、それは今はどうでもいい。
「お前はジャックスでいいのか?」
「ん?ジャックス?そいつは一体誰だ?俺の名はバレットレ――」
言い終わる前に、ライエの聖女のスキルを発動させる。
「光の刃!」
ライエを体から出した後でも、こうしてその使命のスキルを使うことができるのは助かる。
いくら弾丸が速かろうと光の速度には適うまい。
そんな俺の考えをバレットレインは一言で覆した。
「剥離するわけだが」
光の刃が奴の体を通過すると同時に、おそらくその事象そのものをバレットレインは使命で剥離した。そう俺はすぐに考え光の刃を連続で放つ。
「無意味、全てを剥離するわけだが、俺の使命の前ではそれらは剥がされ離されるわけだが」
光の刃さえ当たれば、血の支配者で奴の血を操作できる。奴のスキルがどういう効果でどういう条件下で発動しているのか、今はそれを考えられるほど時間に余裕がない。
「子どもたちをどうするつもりだ!」
俺の言葉に奴はほくそ笑み、銃口を俺に向けて鼻で笑って言う。
「俺に、囁くわけだ、何かは分からないが、この子どもらを生贄にこの世界に召喚しろと言っているわけだが……」
何を言っているか理解できない。が、こいつは俺が始末しなくてはならない。
奪うことは許さない、子と母とを無理やり引き離すことだけは。
「俺が断じて許さない!」
まだ、使ったこともなければ見たこともないスキル【破滅の血剣】。
本来なら試しておくのが常だが、勇者との戦いを経て取得したスキルであるが故に、効果や威力の知らないまま今初めて使うことになる。
「破滅の血剣!」
「破滅の血剣を相殺するわけだが」
左手から急に飛び出た血の剣が、バレットレインの右手から飛び出た血の剣とぶつかり地面へと血が降り注ぐ。そして、その血は音を立ってて地面の土をしばらく削って浅い穴を開けた。
酸か、と瞬間的に思うと同時に、やはり俺の使えるスキルは奴も使えることを理解する。
「バン!」
そして、奴の左手の弾丸が奴本来の武器であることは明白であり、それをかわすと次に俺を襲うのは見知らぬスキルだった。
「血なる縣!発動するわけだが!」
血なるアガタ?
言葉の意味さえ分からないまま、細い血が俺の体を縛り宙へと吊るす。
「血の沼を出すわけだが、そして舞えよ弾丸!」
左手の銃の形が変わって、単発だったそれが連射され、数えられない数の弾丸が俺の上半身に風穴を開けた。
「ぐっ!」
「血の沼から無数の刺を出し穿つわけだが」
それはスキルではなく、血の支配者の応用であり、全身に血の細長い刺が貫通し、指の一本さえも動かせなくなってしまう。
勇者の使命が使えればどうとでもなるはずだが、今は使えないのが現状、ダイナーの使命でも、ライエの使命でも奴の能力には勝てない。
「パパ!」
「!トライエ――」
ベットで一人気が付いたのはエシューナの子トライエで、彼女が気が付けたのは、俺が悪魔と契約する前にエシューナとの間にできた子であり、そのため加護を持っているからだ。
「パパ!」
二歳になって少し言葉が使えるようになっても、いつも俺の前では怯えていて、無理もない彼女にとって悪魔と契約した俺は本当の父とは思えない部分があったからに違いない。だが、初めて父と呼ばれた、ここで答えないで父と呼ばれる資格があるだろうか。
「あれは別に贄には要らない子なわけだが」
「……させるか、全員俺の子どもだ!」
バレットレインはゆっくりとトライエに近づき頭を撫でて言う。
「将来、この子は俺の子の母となるというのも悪くないわけだが――」
トライエを見るその目は真剣で、俺は憎悪と怒りとで周囲の血へと干渉する。
血の支配者による操作は確かに相殺されるが、唯一相殺できない場合がある。
「おおおおぉぉぉおお!」
自分の体に触れている場合に限り、血の支配力は俺の方に分がある。
「触れていれば血の支配者で拘束を解ける――と考えるわけだが……それは確かに!」
俺はその事実に驚愕を隠せないでいた。奴が広げた血の沼は、攻撃と同時に俺と奴を繋いで血の支配者の影響を相殺させるためのものだったのだ。
「お前ができることは俺もできて、俺ができることはお前にはできない場合もあるわけだが」
「っつ……」
無理だ、俺の力では……俺の力なんかじゃこいつには勝てない。
ミレイユ、エシューナ、クラエベール、エルナ、エカチェーナ、彼女たちを傷つけたことも、子どもたちを無理やり連れ去ったことも、俺の力が足りないから防げなかった。
力が無いのが憎い。
俺は、こんなにも力を持っているのに、大切な者も守れないのか。
守れないのが憎い。
それとも、今までこの力で奪ってきたもの、手に入れてきたもの、それに対する報いなのか。
この世界が憎い。
『なら奪えばいい』
奪う?何を奪う、どう奪う、こんなにも無力な俺が。
『力が欲しいんだろ?ならば奪えばいい』
俺の意識がそれを認識したのは、この理不尽な状況が、かつて泥水をすすったあの状況と重なって、絶望的なまでに落ちたからかもしれない。
『こうなると思っていた、だから奴を奴の力を取り込んだのだ』
そうだ、今思えばバレットレイン、奴の中にいる悪魔がジャックスであるはずがない。
『ブラッド・イーター、その力をその身に宿したのはこの時のためだ』
俺の中に微かに感じていた違和感。
カオス・ジャンナ・ブラッド・イーター、それを押さえ込んでいるようなその血の感覚。
『名を名乗れ、我ら悪魔は名こそ使命、全てを憎む者よ……お前の復讐を見せて見ろ』
俺は縛られ貫かれている体で、唯一自由に動かせる口をゆっくりと動かした。
「……わ、我――」
その瞬間俺の周囲の血が震え、そして暗い闇のようなものを纏い始める。
それを見ていたバレットレインも、初めてその表情を曇らせる。
「何だこの気配は、こんな重圧は、今まで感じたことがないんだが――」
一字一字口にする度、血が荒ぶり、暗い闇が濃くなっていく。
「カオス……ブラッド……デーモン……イーター」
『へ~、私を使っちゃうのね。ま、相手がブラッド、血を使役する悪魔なら理解できるわ。でもね、気を付けてよね……あなたが負けたら私はまたジャックスと離れ離れになってしまうんだから。そこんとこよろしくね』
ジャンナであろうその声は、言いたいことを言うとそのまま黙ってしまった。
全ての血がまるで身に着けていなかった黒の鎧の代わりに、漆黒のような赤黒い鎧のように体を覆う。
「……それがお前の中にいる存在なわけだが、なら俺も出し惜しみはしないわけだが」
バレットレインは左手の銃を腰のホルスターに収めると、両手を広げて薄暗い空を見上げて、それまでの声量が嘘のような大声を出す。
「我が名はブラッド!ペイン!シャドー!イーター!影を喰らいし者」
『影を喰らう者ペイン』
ジャックスの声がチラつく中、俺は視界が赤くぼやけていて、自身の体の自由が利くことを確認した。そんな無防備な俺を、バレットレインがただ眺めているはずはない。
「足がお留守なわけだが」
血で作られたローブ風の鎧の影から銃が現れて、いつ抜いたかも構えたかも分からない速さで、一瞬にして数十の弾丸が俺の視界に広がる。
だが、その弾は避けなくても構わないと理解できてしまう。
「無駄なことを……、そんなもの全て俺の前ではただの羽虫だ」
鎧に触れた瞬間には内部で勢いを殺された鉛が、再び鎧から次から次へと落ちる。
銃に対しては圧倒的に鎧が勝る、が、奴が名を名乗り、その右手に持った剣はそうもいかないだろうことは何となくだが理解していた。
「漆黒の剣、いや、そもそも実体があるかも分からない剣か」
そう俺が思う理由は、バレットレインが剣を振る度に刀身が長さを変え、形を変えているためだ。シャドー・イーターと言うからには影に対して何らかの攻撃手段を用いるものだと思っていたが、実際には影そのものを扱っているように見える。
「ここからがいいところなんだが?……ペイン、それが事実なら――お前は奴に怯えているわけだが」
奴も悪魔と会話をしているのかもしれない。だが、そんな事は今は関係ない。
「憎い、俺はお前が――」
憎い!
鎧が俺の体を意識の外側から動かし、バレットレインに一瞬で近づくと、その横っ面を拳で殴りつけた。それに対してバレットレインは、殴られる直前にその右手の剣で斬りつけた。
その刃は間違いなく鎧に当たる位置で触れたが、その時点で鎧を通り抜けて俺の体を確実に切り裂いた。その瞬間に、奴は吹っ飛び、俺は傷つきながらも立ってはいた。
だが、直ぐに違和感を覚えて自身の体を確かめるように一歩前に進んだ。だが、その意識とは違い、俺の足はその場から動かなくなってしまった。
「ダメージは互いに変わらないが、こっちの攻撃はお前の影を切り裂いたわけだが」
元は城壁だったであろうそれに、背中を打ち付けた状態のバレットレインはそう言う。
そんな事はどうでもいい。
「……憎い、お前の存在が――」
ニクイ!
体ではなく、憎しみが俺を突き動かしている。
血は体、その中に流れるのは憎しみ、心など無い。
「ただ……お前がニクイ!」
両腕を覆った血の鎧が、バレットレインまで延びその首を掴むと、もう一度壁に叩きつける。
「ば、バカな、こんなことがあるわけがないわけないんだが!」
お前の能力など関係ない!
お前考えなど関係ない!
「我は、デーモン・イーター、悪魔を喰らいし復讐者」
バレットレインを引き寄せて、その血の鎧の冑を顔面に当てる。奴の顔が歪み血を流すと、次にその視界に映るのは、本来見えないはずの憎しみが形を成したものだっただろう。
「うっ……なるほど、化け物なわけだが」
その言葉を最後に、バレットレインの頭部は俺の冑の部分に喰われて無くなっていた。冑の部分に喰われた奴の頭は、一瞬にして血肉へと変わり鎧の一部になった。
バレットレインの死、それを境に鎧は地面へと広がり血だまりと成る。
力の反動か、俺の体は地面に叩きつけられるように倒れ、トライエの呼ぶ声だけが聞こえている状態になる。
ジャックスの声も聞こえなくなり、子どもたちの安全も確保できないないのに、俺はゆっくりと意識を保ちつつ時間が流れるのを感じていた。
そして、足音が近づいてくるのが分かり、分かっているのに動けずにいた。
「……だ――」
誰だ?そう思いつつも、ここが魔族のいるところであるならば、それは魔物か魔族かで間違いない。血を感じることもできない以上、血を支配することもできないだろう。
足音が傍まで来た時にはもう俺の意識は無く、その不安も絶望も何もかもを思考から放して、意識が無いのはあくまで一瞬の感覚で、だが、次に意識が覚めることは無いかもしれない。
「な~にお兄ちゃんまた朝帰りですか~」
だ、誰だ?
「もうしょうがないな~*※£がお兄ちゃんのために特性の朝ご飯作ってあげるよ~」
ここは、どこなんだ?どうして俺はこんなにも笑っている。
「え~そのお客さん、お兄ちゃんに気があるんじゃないの~」
なんで、こんなにも、こんなにも懐かしい、それに心地いい声なんだ。
「ね~お兄ちゃん、*※£ね~お兄ちゃんが大好きだよ~」
心地が良い、このままいつまでもこの感覚に。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」
……君の名前は……
なんだっけ……忘れてしまった。
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