ザ・リベンジャー

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第十二幕 侵攻と防衛

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「ダイナー軍団長!」
「どうした、騒々しいぞ」
「ぶ、ブラッドが自ら前線に姿を現しました!」
「なんだと!……いや、これはいい機会かもしれない」

 この時ダイナーはその脳裏で、〝使命で操れはしないか――〟と考えていた。

「それで?今奴はどこに?」
「それが、我らが陣を張るこのデリの町へ」

 デリの町、懐かしいな、ここでは色々あった。ミレイユとの出会いもここだったし、ここでエシューナを……嫌な思い出ではないが、良い思い出でもないか。だが、クラエベール、エルナ、メリルー、ファラエ、アーシャ、彼女らと出会えたのも俺にとってはかけがえのない。

「ブラッド卿とお見受けする」
「……雑音が――いや、雑念だな俺の落ち度だ。……お前がダイナーだな?」

 目の前に立つ男はやたら兵を前に並べた、まるで楯の後ろに隠れる臆病な兵士のようだった。

 やはり、大敵とするには小物だったか、これでは勇者との戦いの模擬戦にすらならない。

「俺の使命を少しは警戒するべきだが、無理だろうなお前の使命では」

 俺は徐に左手をダイナーに向けた。

 血の支配者を有する俺にとって、視界内にいる人外でない者に対してならその体内の血を操るだけで触れることなく。

「っぐ!んながぁぁあああ!」
「だ、ダイナー軍団長?!」

 ダイナーは洗脳するために何らかの工程を行う必要がある。それが視界外で完了しないことはベルに聞いて分かっていたことであり、俺を視界内に捉えるためにここで対峙している。

 だが、その時点で俺の使命の方が先に奴の命を奪うことができる。しかし、今はまだ殺しはしない、少し俺の用事に付き合ってもらう。

「ダイナー軍団長に何をした!」
「……鬱陶しい、飛べ――」

 たとえ悪ではない信念のある兵士であろうと、俺の邪魔になるなら払いのける。

 ダイナーの周囲にいた兵士を弾き飛ばしたスキルは、本来の俺のスキルではない。このスキルは【絶対領域】といい、人間のライエリア・トライファクターが持っていたスキルだ。

 最近分かったことだが、ライエリア・トライファクターは俺の中で生きている。ジャックスが捕らえたジャンナは俺の中のジャックスとともに気配が消え失せているが、ライエリア・トライファクターは俺が体に吸収した両手両足とともに、その心臓、全身が完全に独立した形で治癒できている。

 彼女の体に吸収された幼子らの血肉は、俺の中でゆっくりと彼女から離し、俺の血へと混ざっている。それらは意識してではなく、カオス・イーターのスキルで勝手に進んでいる。

 おそらく、彼女が俺の体内にいる限り、彼女の所有するスキルは全て使用できる……と思う。

「使命聖女、レベル150のスキル、瞬間昇転移――」

 ただ意識するより、コマンドを選択するように言葉に沿って使うのがスキル使用時のコツだ。

 多数の兵に囲まれた俺は、身動きできないダイナーを連れて、一瞬にしてその場から移動してみせた。兵士たちは今頃、目の前から俺が消えたことで困惑していることだろう。

 成功した……と思っていたが、どうやら俺は失敗してしまったらしい。

 カナレラヌの俺の私室のある建物の隣に転移はできたが、隣に連れているダイナーの左足が少し無くなっていて血が大量に吹き出していた。血は止められはするが、無くなった足はもうどうにもならない。

「スキルに範囲限界があるわけだ、試しに使っておいてよかった」

 これが大事な人で、その体の一部が無くなる……なんて最悪な事態は防げた訳だから、今回のダイナーの足の損失は価値のある犠牲だった。

 片足を無くした彼をわざわざ俺の私室へと連れて来たのは、エカチェーナのために他ならない。今、彼女は俺の私室の寝室で寝起きして、食事やその他もここで済ましている。

 そのためダイナーをここへと連れて来たが、その理由は彼女を救うためであり、これは俺個人の独断であるため、後でブラーニには報告しなくてはならないだろう。

 俺がダイナーを連れて入った時、エカチェーナの表情は無気力なものから一瞬にして憤怒のものへと変わる。

「ど、どうしてダイナーがここにいるんですか……」
「俺が捕らえてきた、エカチェーナ、こいつに聞かなければならないことがあるはずだ」

 ダイナーは気絶してはいるが、話をさせることは容易だろう。

「何を聞けと?家族のことですか?それとも私を騙したことですか?……そんなこと、聞きたくもない」
「だろうな、だが、どうして彼がお前を騙したのか、どんな信念のもとに行動したのか、それを聞きたいんじゃないか?」

 俺の言葉を彼女は否定しない。女としての彼女ではなく、部下として兵としての彼女を俺はここでちゃんと死なせておきたかった。だから、わざわざ彼女の傷口を抉るような状況を作ったのだ。

 数分して、血の支配者で傷を癒したダイナーが目を覚ます。

「な、なんだ!ここは!どこなんだ!どうして俺は!ぁああぁぁぁあ!」

 もちろん最初は動揺していたが、エカチェーナの姿を見てようやく落ち着き始め話しだす。

「エ、エカチェーナ……どうしてブラッドと――」
「私の事はあなたには関係ないことではないですか、軍団長……」
「ブラッド……俺を彼女に会わせてどうするつもりだ?謝罪でもしろというのか?」

 俺はこの男と会話する気はない。彼の使命の発動条件は分からないままだ、つまり、気が抜けない状況であるのに違いはない。

「話をしているのは彼じゃない、私を騙して家族に手をかけた……それについて話しなさい」
「そ、そんなことを聞いてどうなる?何も変わらないぞ」

 ダイナーは部屋の隅でどうにか逃げ出すための算段を考えているようだが、この部屋は侵入経路は扉のみ、窓など無い閉鎖的な空間であるため無意味な考えだ。

「……分かってる、でも、それを聞かないと、彼が、ブラッド卿が許してくれないから……」

 それでいい、俺のせいで彼女はこの男から話を聞く、そういうことにしなければ聞く事すらできないなら今はそれでいい。

 俺は、二人の血を感じとりながらその会話に耳を傾ける。

「……ふ、どうせ俺は助からないだろうな、なら、無駄な会話などしない……殺せ」

 いやダイナー、お前には答える義務がある。そうでなければ俺が困る。

「ダイナーお前には選択する権利がある。彼女に話さず俺に死なない程度に拷問され続ける余生か、それとも、彼女に話して彼女に殺されるかだ――どちらの死を望むんだ?」

 それを聞いたダイナーはさすがにその選択を素早く済ませて、床に寝転がって視線は天上を見上げるようにして、エカチェーナに淡々と話をし始める。

「この国は他国から積年に亘り恨みを買っている、土地がら魔族たちと接敵しないこの国は、他の国が疲弊するなかで裕福になるのは必然だった。それに加え、肥沃な土地、他国にはない古くからの遺産が多く、この国は恵まれていた」

 その手の話は前にエシューナやブラーニ、クラエベールとしたことがある。この国は貴族が腐るだけの時間と余裕があった上、他国との取引でもその態度を変えることはなく、言うならば恨まれて当然な対応をし続けていた。

「魔王討伐後、その恨みは必ずこの国を攻めることに収束される。その時に国内の反乱分子も加わればゆっくりとこの国は終わる」

 その事が分かっていたなら、どうしてもっと早くに対応しなかったのか。

「どうしてそこまで分かっていながら、それでも王家に仕えるのですか」

 エカチェーナの言葉にダイナーは顔に触れていた両手で、その皮膚を下へと引っ張りながら彼女の問いに答えた。

「どうしてかだって?そんな事決まっているだろ!私の妻は王家に身を置いていた、つまり私も家族も王家と見なされる……、そんな中でこの国は他国に攻め込まれてみろ!私の家族は息子や娘は嬲り殺しにされるだろ?なら、そうならないために王家に尽くすのは当然だろ!」

 その立場なってみなければ分からないと言うつもりかもしれないが、それは本当に我欲が過ぎる。

「だいたい!お前の両親は他国にこの国の情報を流し!俺に反王家勢力の旗頭になってほしいと頭を下げて来やがった!もしもそんなことをしてこの国の王家に反乱しようものなら、その瞬間周辺国がこぞって攻め入り!結果的に俺の守りたいものは!奪われ!汚され!犯される!それも分からないから!お前の両親には痛い目に……痛い目に遭ってもらうことにしたんだ」

 エカチェーナは抑えきれない憤怒を涙に変え、ダイナーの話を聞き続ける。

 俺はそんな彼女の様子を見て、ダイナーの使命の支配下ではないことを確信しつつあった。

「お前の両親に勇者を味方に付けるように勧め、結果お前の妹は勇者に酷い目に遭わされた。そして、お前がブラッドを説得しに出た日に、お前の両親を逆賊として捕らえ拷問の後死刑にした……そして、お前から預かっていたあの壊れた妹だがな、もう一度勇者に与えたら面白いことになっていたぞ!まるで赤子のような悲鳴を上げ!何度もお前を呼ぶんだ!お姉さま!お姉さま!ってな!で、……最後はあまりに惨かったからだろうな、俺の傍付きの兵がその首を裂いて楽にしたんだ。優秀な奴だったがそいつも後でしっかり罰した……あいつがいれば俺の使命のスキルも遠隔できて強力になるんだがな、お前の妹のせいで惜しい奴を失った……」

 話を終えたダイナーにエカチェーナは、嗚咽を漏らしながら罵った。

「このケダモノ!人でなし!地獄に落ちろ!ぅぅぅうううあああ!」

 泣き崩れる彼女を優しく抱きしめる。彼女がこの出来事で得られたのは俺の信頼と、俺の周囲の、ブラーニたちの信頼だ。

 ダイナーの傍にいた彼女は、俺やブラーニの信頼を得るには他に手段はなかった。それだけダイナーの使命の能力は脅威だったということだが、今回俺の信頼を得たことで、彼女のこれからは全力を持って俺が保障する。

 でなければ、今彼女が流している涙すら救いがないものになってしまう。

「エカチェーナ、ダイナーの部下としてのお前はここで死んだ」

 俺は優しく彼女を抱えて、隣に待機させてあるメイドたちの元へと連れて行き言う。

「彼女に入浴を、領主用の浴場の使用を許可する。その後は温かい飯を食わせてやってくれ」

 メイドたちは頭を深く下げて彼女を支えて部屋を出て行く。

「さて、後はお前の始末だなダイナー」

 ダイナーの始末はこれまでの流れで決定している。

 我欲が過ぎる彼に対する罰は、まず肩に手を置くことから始まる。

「……ダイナーだったか?お前の死は苦しむことの無いものにしよう」
「……は、ありがたいな、そんなにエカチェーナの泣き叫ぶ顔が見たかったのか」

 次に囁くようにはっきりと彼を刺激するワードを伝える。

「ああ、俺はそういう趣味の持ち主だからな。だから、次はお前の妻だ……レニアールだったか?どんな表情で泣き喚くか楽しみだ」

 無気力だったダイナーのその表情が曇る。

「それにユニエール?お前の娘、十五だったか?彼女は勇者にでもあてがっておこう、そうすれば勇者の被害者もそこで止まるだろうしな、きっと壊れてしまうだろうが」
「き、貴様!」

 その怒りに満ちた表情、実にいい感じだ。

「あとは息子の……名前は忘れてしまったが、九歳……王家には幼い少年を弄ぶ奴がいるらしいからな、そいつを泳がすための人形になってもらうか、何でも髭面の爺らしいなそいつは」
「マシュウに手を出してみろ!お前を殺してやぁ!」

 言い終える前にダイナーの心臓を血の支配者で内側から弾けさせた。

 奴の体にグッと力が入り、痙攣する魚のようにピクピクしながら、ダイナーはゆっくりと息を引き取った。エカチェーナの苦しみの一部でも、光景を妄想しながら死ねばいい。

「聞こえてはいないだろうが……安心しろ、今のは全て冗談だ――」

 この世界が壊れているのか、それともこの世界を人が壊したのか、世界が人を壊したのか。

 そんな考えは、かつての自分を捨てる時に置き去りにした。

 俺はただ無心でダイナーの心臓を混ざらないように体に取り込む。再生ができれば彼の使命もスキルも得られるかもしれない、これが成功すれば、俺はあらゆる使命を手に入れることができるかもしれない。

 あとは残骸を血で丸めて捨てるのみ、だが、メイドに処分させるには気が引けた。

「そうだな、瞬間昇転移で王都の神殿にでも送るか――」

 考えた瞬間それを実行した俺は、ダイナーの使命が獲得できたのかはまだ分からない。

 ライエリア・トライファクターの時と同様に、俺の視界に使命の追加やスキルの獲得表示があれば、それでわかることだが、こればかりは運に委ねる。

 そんなことを考えながらしばらくすると、メイドが扉を叩いて入室の許可を求めてくる。

 俺はメイドが尋ねてくる予定がなかったことから、少しだけ疑問に思うが入るよう返事をした。メイドが扉を開けて入ってくると、なぜか布一枚のエカチェーナと一緒に入ってくる。

「ん?どうしたエカチェーナ、着替えがなかったのか?」
「……いいえ、ブラッド卿にお願いがあってまいりました」

 そう言うと彼女はメイドから離れて、俺の座る領主用の椅子の真横に立つ。そして、その布を捨て去り俺に言う。

「今宵に限り、私を乱暴に抱いて下さい――」
「……意図を聞いても構わないか」
「私は妹をあんな悪党に預けて……苦しみを上塗りした挙句!自分はこうして!何の罰もなく生きていることが!……苦痛で――」

 涙を流してそう言う彼女に、こんなことを言うのはアレなんだろうが。

「その乱暴さえ、今のお前には褒美であり、欲しているものじゃないのか?」
「そ!そ……そうかもしれません」
「なら、俺はそれをお前に与える、お前のことはここで働くメイド以上に信頼しているし、お前がそれを欲するなら、今は与えられるだけ与えてやる」

 抱き寄せたエカチェーナにキスをして、視線をメイドに向ける。メイドは頬を赤らめて外へと出て、その扉が閉まると俺は彼女を抱き上げ寝室へと向かった。

 ベットに押し倒した彼女は、俺を誘うようにその身に自身の手を這わす。

 そんな事をしなくても、彼女は十分魅力的であり、飛び抜けた顔立ちでなくとも、飛び抜けたスタイルでなくとも、俺しか知らない彼女の良さがある。

 彼女の訓練により筋肉が付いた体は、少し無理をしようと耐えられる安心感があり、激しさを無遠慮に増していく事ができる。

「ブラッド様!ブラッド様!」

 名を呼ぶ彼女の愛らしさも愛おしさもたまらない。

 これで信頼できる戦える存在が増えた。エカチェーナは大切にするつもりだが、彼女にはミレイユやエシューナやエルナやクラエベールたちにはない、いざという時に自身を守ることが最低限出来る安心感がある。この世界の危険が俺のような人外の者だけではなく、その辺の盗賊や野盗も脅威になる。

 兵士としての彼女を殺したのは、脅威に対し赤の他人より自身や俺の大切にする者を守る選択をし易いようにだ。でないと、どうでもいいようなことで彼女に死を選ばれては困る。

 知らない他人より愛する者、そう考えた末の今回彼女に酷な選択を迫った。

「んっあ……いぃぃん!アッ――んっ――」

 絶頂を何度迎えても、意識を保ち腰を阿るその貪欲さもエカチェーナの良いところだ。

 その日は領主室からエカチェーナの声が絶えることはなく響いて、俺が泊まり込みのメイドたちの血が興奮しているのを感じながら、いつもより激しく彼女を抱いた。


 王国の中心人物は王だけではない。

「ダイナーが攫われ、その家族も行方不明、いったい何が起きておる」

 ハゲ頭に加え肥えた体躯だが大柄な中年の男、彼はアルダイナ王国において大臣の一席を与えられた男ダグラス。その名はこの世界の賢者と呼ばれた者の名を両親が付けたが、その行いは賄賂に始まり、人身売買や暗殺も斡旋している裏の顔を持つ男だ。

「ブラッドとブラーニめ、彼奴らの領地は日に日に増えているのだぞ、今回の侵攻は状況打開に繋がるというのに!何をもたもたと!それもこれも勇者が扱いきれないことが原因だ!あのライエリア・トライファクターが失踪したのも予想外だった……。クラバリナ・メ・テレベレピレも同じく失踪、せめてあの二人をダイナーの使命で制御できればこんなことには!」

 一人でブツブツと呟く彼は、王家側の人間でも現状の非常事態を理解している者だった。

「くそ、ブラッドめが力を蓄えているというのに、バレットレインも失踪した、残ったのは御しきれない勇者のみ、魔王討伐後から今日まで予定外のことばかりが起きておる」

 彼は頭を押さえて腰を下ろすと、うっ――と彼以外の声がしてその視線を下に向ける。

 彼が腰かけたのは椅子ではなく、全裸の若い女で、四十過ぎて肥えたダグラスの体重に耐えられず声を漏らしたのだ。そして、今も腕をプルプルと震わせてその重みに耐えている。

「あぁぁ!あのライエリア・トライファクターの唯一無二の美貌!どうしても犯し!平伏させて!私の重みに苦悩する姿を見て見たかったぁぁぁ」

 そう言いながら椅子に見立てた女の股を弄るダグラスは、その手をそのまま自身の口に近づけ匂いを嗅ぎ、飴でも舐めるかのように舌で味わう。

 彼の女に対する行動は殆ど愉悦でしかなく、暴力的な行動はとらない。

「あの無表情のクラバリナの小さい体躯を逆さにして抱いて、股の匂いを嗅ぎながら寝てみたかったなぁぁぁあああ!」

 ただ、彼のその性への貪欲さは周知の事実であり、王室の中よりもメイドは集まり辛い。今彼の椅子となっている女も、メイドではなく外から調達した女である。

 激しいダグラスの右腕の動きに、椅子だった女はヒク付くが絶対にその姿勢は崩さない。

 崩れたら最後、以前椅子役だった女がダグラスを乗せたまま崩れたことがあったが、それ以降その女はダグラスの息子の寝室で、暴力の中での生活を今も送っている事を知っているからだ。ダグラスの息子は十五の時に同じ王家の女に振られて、自ら女に近づけない引きこもり生活をしていた。そんな息子をダグラスは、一人のメイドに世話をさせることになる。

 そして、数週間後、ダグラスが息子の部屋を覗くと、部屋の中には裸で縛られたメイドが無残に死んでいる姿があった。しばらくダグラスが観察していても一切気にも留めずに、メイドを殴り続けたいた息子は、急にメイドを抱き上げてダグラスの前へ移動すると、「新しいのちょうだい」とだけ言って、息子はメイドを捨てて部屋の扉を閉めた。

 そしてダグラスが何もせずに二日経過した、その時彼の知らぬまにお気に入りのメイドが姿を消し、慌てて息子の部屋を開けた時にはお気に入りのメイドは、死んだ前のメイドと同じ格好で必至にダグラスに助けを求めた。

 だが、いくらお気に入りとは言え、息子の領域で悪臭も漂うその部屋へ彼が入ることはなく、仕方ないか――という表情でそのメイドを放置して扉を閉じた。

 それ以降、お気に入りが攫われないために、ダグラスは息子の人形となる女を外から用意して定期的に部屋に投げ入れている。

 彼らの話をベルダンテから聞いた俺は、その瞬間に万死を決意し、明日、単独で王家を潰しに行くことを宣言したほど怒りが込み上がった。


「私は反対するよブラッド」

「ベルダンテ、今も酷い目に遭っている者がいてもか?」

 ベルダンテがわざわざ転移の魔法を使って、俺を止めに来た理由。

「それは、勇者があまりに強いからだ」

 勇者の強さの物差し、人外である俺を基準に1とすると、ライエリア・トライファクターも同じく1、ベルダンテが3となる。

「で、勇者はその物差しではどの程度になるんだ?」
「低く、低く見積もって13だ」

 その差が無謀であり、絶対的次元の差を意味しているのは俺も理解できる。そして、さらに彼女の説明で止める事に対する納得も深まる。

「勇者という使命で最も危険なのはその回復力だ。腕が斬れようとも数秒で傷が塞がり始め数分後には元通り、加えてスキルはあらゆる耐性を身に着けるため、あらゆる攻撃はほぼ効果がない。その上、剣を使わせればそれだけで私の魔法を斬ったり跳ね返したりできる。魔王討伐までの間に暗殺しようとして魔法を何度か放ったが無意味だったしな」

 そんなバカげた力を持つ勇者が、女を抱きながら暴力を振るう最低な奴という事実。

「魔王が強かったから、それほどの力が必要だったのか……」
「魔王か、魔王は5かな、マイナス5のザコだったよ。魔族もそれ以下で、今頃どんな扱いを受けているか想像もしたくないがね」

 流石に、魔族の不幸や悲劇まで今は救うことはできない。全てを救えるほど、俺という存在は万能ではないことは自覚もしている。

 ベルダンテの説得で俺は愚行せずに済んだ頃、王家と勇者の間で敵対する決定的なまでの出来事が起きていた。

 勇者ベント・ラグナ、彼は王の娘、エシューナの妹でありエシューナを暗殺しようと企んだメイノアール姫を嬲った。

 溺愛していたエシューナを失った王は、その分の愛情をメイノアールへと向けた。

 だが、祖母はメイノアールとエシューナを嫌い、王が二人を愛するのを嫌った。

 そんな祖母によって、勇者をエシューナと結婚させようとして、結果的にエシューナがいなくなり、メイノアールにその勇者との婚姻権を移るように企て、メイノアールもそれを受け入れた。だが、勇者はメイノアールが考えていた人物ではなかった。

 王が溺愛していたメイノアールが勇者によって酷い目に遭わされたなら、王が勇者を殺せと命ずるのは必然だった。

「可哀想なメイノアール!何をしておるか!王命である!勇者を即刻斬首せよ!」

 だが、勇者を倒せるほどの使命を持つものは王を含め誰もいなかった。そんな中、勇者は単身王宮に乗り込み、そのすべてを蹂躙し、女という女をスキルの鎖で縛り引き摺って、メイノアールを含む二十三名の若い娘を引き連れて玉座に腰を下ろした。その時、王含む近衛兵士たちは既に骸とかしていた。

 怯える女たちを前に、その無表情な面から最初に吐き出た言葉は。

「お前たちの王は死んだ、お前たちの所有者は俺になった」

 そして、その鎖の一本を引っ張り、メイノアールを引き吊り出すと、玉座から立ち上がった勇者は彼女に跨り怯える彼女に握り拳を見せる。

「ひぃ!も、もう許してぇぇえええ」

 悲鳴を上げて顔を覆う彼女は、数日前の傷跡がまだ癒えずに残っていた。そして、勇者は彼女の胸を殴り、腹を殴り、悶えるその足を両手で開いて耳に口を間近に寄せて言う。

「……愛している――」

 その歪んだ愛情はまさに暴力と支配にあった。メイノアールが死にたいと思うほどに重い愛は、数分後には次の女へと移り、その日、玉座の間から悲鳴が絶えることはなく、そして、誰も助けを送ることもなかった。

 王家の失墜は周辺諸国にもすぐに知れ渡り、西の連合が軍を派兵してその土地を制圧にかかり、数日で王都まで侵攻の手を伸ばした。

 さすがは魔王軍との戦いで数十年間戦い続けてきた国の軍らしい、迅速な侵攻だった。

 だが、王宮へと侵入した者たちが見たのは、勇者の暴行を受け傷付いた裸の女たちと、気を失った女の上に跨り腰を振っている勇者だった。

 そして、勇者は攻めてきた兵たちに気が付くと、女から立ち上がりスキルで兵たちを殺した。

 戦いを求めて単独で軍に立ち向かう勇者は、その後も次々に西の連合軍と戦い屠り、女を捕まえては歪んだ愛をぶつけていった。

「西側の国へ攻めた勇者は、今は防衛都市バルトラルで捕まえた女性の捕虜に……」

 クラエベールは神妙な面持ちでそう言う。無理もない、今は西だが、いつこちらへと勇者が来るか分からない。そんな恐怖はクラエベールでなくとも感じていることだ。

 だが、今の俺にその恐怖に対する安心を与えてやることはできない。勇者より強い者がいない今の時点で、策も思いつかない上、将来的に勝てる補償もない。

 子どもたちは順調に育ち、妻たちとの仲も深まった今だからこそ、簡単に命を無駄にするとこはできない。

「最近、トライエがよく喋るようになった。それに、オウカも元気に育っている、少し食べすぎな気がするがな。フラウラはもう少し構ってやりたい」

「フラウラは十分可愛がって貰っています。私も仕事以外ではあの子の傍にいつもいますし」
「そうか、生まれたばかりのエルナの子ども、サクラという名を付けたらしいが、まだ会えていないのが少し残念だ」

 俺の言葉にクラエベールは表情を曇らせて言う。

「命がけで勇者を倒そうなどと考えないで下さい」
「……考えてなどいないさ、今はまだ何も失いたくはないからな」

 勇者と戦い俺が死ぬことは問題ではない、が、俺の中には治癒が完了したライエリア・トライファクターがいる。最近分かったことだが、本来の彼女である人格はジャンナに支配された際に既に亡くなっていた。そして、ジャンナ自体もどういうわけか、ジャックスとともにいなくなっていた。

 人格が無くなったと同時に、記憶もある部分だけ彼女は失っている。

 自身は誰かや、親や友人他人、誕生してからの日々は全て忘れていた。が、知識はある程度あり、戦いにおける記憶も覚えていた。胸の顔と話をすると、彼女は俺を何かと尋ねてきて、俺は咄嗟に〝父だ〟と言ってしまった。

 彼女を分離することはいつでもできるが、少しだけ不安なところもある。恋人というより、もはや母である感覚だろうか、自分から彼女を出すことは出産のそれである。自身の皮膚から分離させる痛みは、意識を保ったままで内蔵を取り出すのとほぼ変わらない痛みだ。

 痛覚が鈍いのが攻撃に対してだと分かったのは、オウカを救うために自身の心臓を取り出した時で、必死だったため痛みに耐えられたが、先日、試しに彼女を出そうとした時の痛みは正直叫ぶほどに痛かった。

 だからと言って、痛かったから出すのを止めたのではなく、出した彼女が勇者にどんな目に遭わされるかもしれないと思うと、俺の中にいるほうがまだ安心できるから出さないだけだ。

 俺はクラエベールとカナレラヌの庭園を散歩していると、エルナがサクラを抱いて早歩きで向かってくる。その後ろには彼女付きのメイドが、何かを言いながら追いかけてきている。

「奥様!転んでしまってはサクラ様が大変なことに!」
「ブラッド様!クラエベール様!」

 我が子を抱き上げる、そうしていられるだけで幸せを感じられる。クラエベールの子であるフラウラはまだここへ来ることができる年齢ではないから仕方ないが、いずれは子どもたちだけで遊んでいる姿を……。

「ブラッドおじさん!ブラッドおじさん!大変です!」

 ベルダンテの助手になってから手紙だけで、一度もここを訪ねて来なかったリドルがここにいる時点で嫌な予感はしていた。

「ベルダンテさんが!ベルダンテさんが勇者に!」
「落ち着けリドル、最初から説明してくれ」

 リドルはベルと一緒にこの街へと買い物に来ていた。それはいつもと変わらない行動だが、一つだけ違うことがった。それは、ライエリア・トライファクターの血を研究で扱った後だったことだ。

「街中で突然勇者が現れて、ライエリア・トライファクターの居場所をベルダンテさんに聞くと、ベルダンテさんはボクにブラッドおじさんに伝えてくるようにとだけ言って、街の外へ勇者を誘うように逃げて――」

 急に泣き出したリドルの気持ちは分かる。自身の無力で大切な人を守れないことは、男にとっては耐えがたいことだ。

「早くベルダンテさんを!おじさん!」
「いや、どうやら俺が行かなくても向こうから来たようだ」

 空から影がその場に落ちてくると、血まみれの服に立派な剣と左手に血を流すベルダンテを物のように持つ若い赤髪の男が現れた。

「……勇者」
「ベルダンテさん!お、お前!」

 勢い任せで突っ込みそうになるリドルを掴み押さえ、俺は視線で下がるように促す。

 戦闘になれば、ここの住民もベルダンテもリドルもクラエベールもエルナもサクラも巻き添えになる。それだけは避けなければならない、その上、エカチェーナもこの街から遠くないミレイユのところへ挨拶に出向いている。

「ライエリア……彼女はどこだ?」
「……ライエリア・トライファクターに会いに来たのか?わざわざ?」

 彼女の血を感じここへ来ただと……、何だこの違和感は。

「ライエリアを出せ、さもなくば、こいつを殺す」

 ベルダンテの服を剥ぎ首を掴むと、気を失っていたベルダンテが気が付いて苦しみに暴れ始めた。俺は、慌ててこの状況の一時的な改善を考えそれを実行する。

 リドルやクラエベールたちから離れて前に進みながら、胸からライエの顔を意識して出す。

「ベント・ラグナ!」
「……それは……ライエリアなのか?」

 やはり反応するか、どうやら勇者はライエリア・トライファクターに関心が強い。

 などと考えていた次の瞬間には、俺の右肩に剣が根本まで刺っていた。

「っつ――」

 ベルダンテは放り投げられ、勇者は俺と密着している、これで条件は揃った。

「瞬間昇転移!」

 俺は勇者と二人で瞬間昇転移によりその場から掻き消える。

 消え去る瞬間クラエベールとエルナの俺を呼ぶ声が聞こえたが、その時は気に留める余裕もなかった。俺が勇者と転移した場所は王都の例の神殿で、理由は最後にダイナーを転移させたからだが、できるならもう少し広い場所が良かった。

「……いつまでもくっつくな!」

 突き飛ばした勇者は少しだけ体勢を崩してすぐに整えた。

「ライエリアに何をした……」
「えらくこの女が気になるようだな、好きだったのか?それとも大事にしていたのか?」

 俺が問いかけると、勇者はこれまでの無表情ではなく、敵意を向けて睨んできた。

「命があるうちに答えろ、ライエリアに何をした」
「この女は精神を乗っ取られていた、だから俺と戦い、彼女の中の悪魔を取り除くためにこうして俺の体の一部となっている」

「生きているんだな」

 そう勇者が聞くため、俺は一か八かライエリア・トライファクターを体から分離させることにした。

「ん!ぁぁあああ!はぁぁあああ!」

 この場でライエを俺から出すリスクは高い、が、それ以上に彼女を出す事で勇者を殺せるかもしれない微かな可能性がチラついている。可能性としては一割もないが、それは推測から出る数字であり、実際にはそれが十割かそうでないかの違いでしかない。

 行動しなければ確立など関係ない、行動次第ではどうにかなるのなら、俺はリスクをとって賭けてみせる。

「おあぁぁあ!っ!……くっ」

 これ程までの痛みか――

 痛みの鈍化に慣れたせいか、以前よりも引き剥がす痛みが増している気がする。

 人間一人を体から分離させたせいで、その周囲は血だらけになり、皮膚は再生し始めているものの、胸元は損傷が激しく中々治らない。

「ライエリア、たしかに、ライエリアだ」

 勇者は剣を地に落とし、ライエに手を伸ばして言う。

「ずっと本当のお前を探していた。俺をここへ召喚したお前を、いつの間にか消えてしまったお前を、俺はずっと探して――」

 互いが腕を伸ばせば届く距離まで勇者がライエに近づいた。それも無防備な状態でだ、その時点でライエは使命を使い勇者へ襲いかかった。

「光の刃」

 スキル【光の刃】は、聖女という使命においてほぼ唯一の攻撃スキルである。それはあらゆる耐性や鎧を貫通し、対象の体に傷はつかないが防壁を破壊できる。そうして剥がれた奴の完全防壁に、俺の血の混じったライエの右手から飛び出した血の刺が勇者の腹に突き刺さる。

「ラ、ライエリア?」
「いいぞ!ライエ、そのまま傷口にお前の体を!」
「はい、お父様」

 ライエの体は彼女の物だが、その血は俺の物が混ざっていて血の支配者の効果が他の血と比べて受けやすい。

「ライ、エリア?」
「私の名前はライエ、お父様により悪魔から助けられた。あなたのライエリアは悪魔に身体を乗っ取られた時に既にこの世界には――」

 その勇者の絶望の表情を俺は視界に捉えたが、攻撃を止めることはなかった。

「体内を駆けまわれ!血の支配者!」
「ぐっうぁぁああああ!」

 苦しむ勇者に、ライエは俺にも聞こえるようにはっきりと言う。

「あなたが求めたライエリアは、あなたを召喚すると同時に悪魔を召喚した。悪魔に取り付かれたライエリア、そして、その影響を受けたあなたはその認識がバラバラなパズルのように分かれてしまい、それを無理に加護によって修正した結果、愛で優しく他人を気遣うことが全て暴力へと置換されてしまった……悲しい子、でも大丈夫、今に楽になります」

 ライエはライエリアだった時の事を覚えてはいないはず、だが、おそらく思い出してしまったのだろう。そして、それによって勇者がその称号に似つかわしくない存在になった理由が理解できた。

 全てはジャンナ、あの悪魔を召喚させた人の心が作ってしまった悲劇だということ。

「優しさを暴力と認識していたということか、なら、少し同情しよう」

 少しだけだ、結果として彼は周囲に悲しみを与え続けてしまったのには変わらない。

「ラ、ライエリア――」
「全身の血液に干渉が完了した、あっけないが……これで終いだ!」

 内側から血が血管を破り、内部で毒のように暴れまわる。いくら再生が速いそのスキルも、それを癒すほどの速度には達しなかった。

 血に伏した勇者を見下ろし、この男がしてきたことに対する償いにはなっただろうと、勝手に彼の罪から目を逸らしたのは、やはり彼と俺が召喚されただけという事実に尽きる。

「本来の彼は……いや、よそう、それは意味の無いことだ」

 俺は勇者の体を体内に吸収した。ライエを出した時点で、俺の体の中には一人分の余裕ができたからだ。彼の体を修復すれば、ライエと同じように記憶の無い別のベント・ラグナが誕生することになるが、それは元々の彼を修復するというわけではない。

 認識の違いは残るため、ダイナーの使命で少しづつでもその認識を崩すか壊すかしなければ元の木阿弥。だが、成功すれば新たな戦力となることは間違いない。

「お父様、私をその身には戻さないのですか?」
「ライエ……悪いが、お前にはこれからこの世界で過ごしてもらうことになる」

 ライエは無表情を崩し、悲しげな表情で俺を見つめる。俺がその表情に触れ優しく頭を撫でると、彼女は一層悲しげに言う。

「それは残念です、もっとお父様を感じていたかったのに」

 裸の彼女に勇者の上着をかけると、不意に彼女が俺に抱き付いてくる。

「……どうした?」
「……少し、怖いです」

 無理もない、視覚で捉える殆どを覚えていないのだ。匙の名前を忘れているが、そのものの用途は持てば何となく分かる。知らないのに使える、使えるのに知らない。

 矛盾を自己完結させてゆく度、彼女はストレスを感じているのだ。服だって分からないが、すぐに袖を通して理解していく。

「焦るな、ゆっくり慣れていけばいい」

 大人と子どもの境界でフラフラとしてるような、彼女の危うさは見ていて落ち着けない。

 戦いというわけではないが、勇者との件を終えた後にようやく周囲を見る余裕ができた。

 かつての見知らぬ神殿は、今では懐かしさと儚さが合わさっていて、ダイナーの血も綺麗に拭かれていただろうそこには、勇者だったそれのカスが広がっている。

「帰ろう、ライエ」
「はい、お父様」

 俺は懸念が取り除かれ、人心地ついた溜息を吐いて、お決まりのセリフを口にする。

「瞬間昇転移――」

 一瞬の無から、次の瞬間にはブラッド領のカナレラヌの領主室へ現れる。そして視界に映ったのはありえない想定外な光景だった。勇者と転移して数分か数十分、そんな短時間で戻ったというのに、そこにはクラエベール、エルナ、メイドたちが血を流して倒れていた。

「クラエベール!何があった!」

 命に別状はないが、意識がない上どういうわけか血の涙を流していた。

「安心しろ、直ぐに治してやる」
「……ブラッド――」

 俺はその声に気付かずにクラエベールを治療していたが、ライエに肩を引っ張られてようやく気が付いた。

「お前、ベルか!無事なようだな――何があったんだ?!」

 ベルダンテは勇者に気絶させられた時と何ら変化はないが、やはり目を負傷しているのか血を瞳から流していた。

「バレットレインだ、やつに皆が――」

 勇者一行の一人バレットレイン、男であることは分かっているが、それ以外は一切知らない。

「ブラッド、クラエベールもそうだが……奥の、奥の者らも治療してやれ――」

 彼女の言葉で初めて、俺の私室の扉の前の床に大量の血が広がっているのを視界に捉えた。

 血の支配者を持っていても、これだけ疲労していたら気が付けないこともあるらしい。

 何となく嫌な予感がした。扉に近づくと、そこから聞こえてくる異様な呻き声。二度と、二度とその苦しむ声は聞くまいとしていたはずのなのに、その声が微かに聞こえた。

 半開きの扉の奥は暗く、ゆっくり領主室の光を中に注ぐと俺は驚愕を露にしてそれを捉えて、今更ながら慌てて部屋の中へと駆けて入った。

「どうして!ミレイユ!エシューナ!エカチェーナ!」

 ここにいるはずない三人が、床に倒れてクラエベールやエルナやベルや他の者と同じように瞳から血を流して苦しんでいた。

 俺は同時に三人の治療を始めると、ミレイユとエシューナが俺の腕を握り言う。

「オウカを助けて……」
「トライエとエミューが……」

 どうやったかは分からない。だが、バレットレインは瞬間昇転移のようなスキルを使い、エシューナやミレイユと子どもらをここへ連れて来た。そして、おそらくクラエベールの子フラウラも連れてこられていただろう。

 彼女たちをこんな目に遭わせて、俺の子どもを誘拐する、その目的が分からない。

 そう思っているとライエが急に俺に言う。

「バレットレイン、彼も勇者と同じように認識を違えてしまったか、もしくは何かがその内に入ってしまったのではないかと思われます」

 その時初めて、色々な点が線へと変わっていった。

「召喚したのはライエリア・トライファクターで、その時召喚されたのは勇者と、もう一人いただと――」

 何か全ての根底が崩れる感覚が俺の脳裏に過り、治療しているミレイユたちの様子からある可能性が浮上してくる。

「相手の視覚への攻撃、それが血の支配者によるものに似ている……つまりバレットレイン、奴の中にいる存在は――」

 その可能性はまだ可能性でしかないが、俺の子どもを攫う理由がその可能性を高めている。

「お父様、ここは私に任せて下さい。私のスキルでなら全員回復させられます。ですが、回復後は疲労でお父様の助力に行くことができません」

「……絶対だ、必ずお前の苦労に報いてやる、だから……頼む」

 俺はライエの肩を両手で強く掴んでそう言うと、ライエは俺を抱き締めて言う。

「任せて下さい、私の使命にかけてお誓いします」

 俺はいつの間にか、両手だけでは抱えきれない大切なものを持ってしまっていた。

 やはり俺だけではダメだ。助けると助けられると助けてもらう、これでなければ俺は、俺たちは生きてはいけない。

 そんなことを考えながら、オウカの中にある俺の心臓を感じ取りスキルを使って移動した。

「瞬間昇転移!」
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