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第一幕 命がけの囮
しおりを挟む最初は特に何かに襲われることもなく、俺は荷馬車に揺れるだけで金を手にした。
二度三度成功し、食事をするのも勿体ないが、食わなければいざという時に動けないため俺は食事を食べることにした。あのじいさんに金を返すためしばらく街をうろついたけど、どこにいるかも分からない人間を探すことはできず、俺は銅貨を握りしめてまた今度と思い仕事探しへと戻る。
何度目かのデコイで初めて魔物に出遭い、その時は見かけただけですんだけど、七度目の時にようやくデコイとしての仕事になる。
ゴブリンやコボルトを想像していたけど、実際にはオオカミか犬かと思える獣の様な魔物が初めて出遭った魔物の姿だった。
「っさ、さっさと飛び降りて働け!」
言葉と同時に飛び降りると、中学の時、柔道の授業でした以来の受け身を取り、俺は魔物の前に飛び出した。
唸る魔物の横を足早に走り去る荷馬車を見送り、俺は急いで森の中へと駆けた。
「ウォォォオオン!」
「はっ!ハッ!っく!は!」
どうにか魔物から逃げることには成功した。けど、休憩して息を整えている時、急に背後から刃物で襲われて、刃物は俺の肩に深く刺さった。
「グっ!なんだ!」
「邪魔な同業者っていうのは……さっさと消した方が早いんだぜ」
それは以前見かけたデコイのおっさんだった。
考えればそうだ、おっさんが考えたかは知らないけど、この稼ぎ方はおっさんが先にやっていたことだ。俺を目障りに感じて襲ってきてもおかしくはない。
ここはそういう世界だった、そう俺は再認識させられる。
「っち、三十四枚か、もっと稼いでると思ったんだがな」
俺の全財産を手にしておっさんそう言う。殴られ、左腕も踏み折られた俺は、成すすべ無くおっさんが立ち去るのをジッと睨んでいた。
「クソ!クソが!三枚の銀貨を稼ぐことも許されないのか!」
そう喚く俺は、その時必死におっさんから奪ったものがあった。最初に肩に刺さった刃物、短剣だと分かった時から抜けないように身を呈して得た物だ。
おっさんは、俺から三十四枚の銅貨とあるものを奪い、俺はこの短剣を奪った。
加護のおかげで傷が癒えるのは本当に早く、数分後にはおっさんの後を追いかけるため走り出していた。
逃げる人独りを探すのは難しいが、俺が死ぬと勘違いしているおっさんは、油断してのん気に焚火でキノコらしいものを焼いて食べていた。
間抜けが、そう思いながら背後に回り、短剣を手に木の影から全力で駆けた。
奴が気付く時にはもう数十センチの距離で、俺は体ごと短剣を突き刺した。
「小僧!てめぇ……」
「死ね!死ね!」
俺は短剣を抉るように捻り、引き抜いてもう一度突き刺し、何度も何度もその体に突き刺し続けた。
おっさん、あんたが俺から奪ったのは、銅貨三十四枚と、ほんの少し心に残っていた最後の〝良心〟ってやつだ。
両手を血で汚しながら、俺は骸から金や装備を奪い、食べられるキノコの種類と焼かれたキノコを奪い、それを頬張りながら鼻で笑ってそこから立ち去った。
食べ物に関しては例のキノコと、魔物を殺して肉を手に入れることで、食いつないで飲み水はできるだけ金をかけて良い物を買うことにした。
というのも、泥が混じる川の水で腹痛をおこし、下痢や嘔吐まで経験した俺がそれを選択するのは必然だった。
おっさんが持っていた銀貨五枚と銅貨二百十三枚、どうして銅貨をこんなにも持っているか、それは単純に両替を面倒がっただけなのか、それとも銀貨だと無くした時に気付かないから、あえて大量の銅貨を持っていたかのどちらかだと推測する。
街で宿を取るには身分証がいるし、働くにも身分証がいる。が、今の俺にはそんなものは必要ない気がしていた。日々を森で過ごして、魔物やキノコで飢えをしのげばいいだけの話だからだ。
身分証は高く、街で働くのもメリットが少ない、そう分かったのは酒場で話を聞いていたからで、酔っ払いが集う酒場は本当に騒がしく危ない場所だが、酔っている故に口が軽く、情報を得るには便利な場所だった。
そうして新たに理解するこの世界、いや、この国の現状は悲惨なものだった。
身分証で子どもでも働くことができる。だが、その日当は最低で銅貨四枚、多く稼げるところで銅貨二十枚だと聞く。
新鮮ではないが飲むことのできる水が銅貨一枚で、例の固いパンが銅貨一枚、子ども独りで生きて行くにも一日休むとジリ貧になる。
親の稼ぎだけで食えないから子どもも働いている。どうして親が稼げないのか、それは税率が高いからだ。
この王都とその周辺の税は月の収入の半分、地方になると八割のところもあるらしい。
この王都が一番税が低いと分かった時、一人の酔っぱらいが叫ぶ。
「貴族や王様の奴隷だぜ俺たちはよ~」
「止めろ!兵士に聞かれたら身を滅ぼすぞ!」
王や貴族に反抗するものは兵士によって捕まり、財産を諸々没収されるらしい。
やっと分かった、王、貴族が国民の生活を脅かし、兵も自身の保身のために国民を監視する。
腐っているのは世界じゃない、この国の王や貴族、国民は日々の生活にすら悲鳴を上げる。
だが、それが分かったところでどうなる。俺だって少し体が丈夫なだけで何かができるわけじゃない。この世界で残酷なまでに不自由なのは俺も同じだった。
それからも日々、デコイとして生活する中で、さらにこの世界への理解を俺は深めた。
使命は本当にゲームのジョブのような仕組みで、それを生まれ持ってる者は、視界に色々見えているらしい。例えばレベルや数字化された命、自身の使命に関するスキルだ。
この情報に関しては、知り得ることで使命を持っている相手と対峙する場合に役に立つ。
人一人を殺した俺は、もうただの人殺しで、どう生きてもその罪は消えないし、消そうとも思わない。思えばあの時に、元の常識というものが自分の中で壊れてしまったのかもしれない。
そして、時に魔物を捕らえるために、ワザと足に噛みつかせて短剣で殺すこともあるのが日常になってきたのは、ひと月経った頃のことだった。
デコイとして荷馬車に揺られ、魔物に襲われたらそれを狩って食べ、野盗に襲われたら逆に野盗の装備や金を奪う日々が続いたけど、人を殺したのはあの日だけだった。
大概は命優先で逃げてしまうため、俺は追ってまで殺そうとは思わなかったのが、そうなっているだけで、実際に死んでも渡さない者がいたなら今更躊躇はしないだろうけど。
そんな考えを得た俺でも、戸惑うこともあった。それは少年の野盗たちだ、絶望したその瞳は命の軽さと同義で、彼らは簡単に命を対価とする。ただ救いなのは、彼らはそれに見合うだけの力がなかったことだ。
無力な彼らは無力故に、人の命を奪わずにこれまで生きてこれた。それが躊躇となるのは必然で、ただただ彼らの救いになる。俺が殺さずに済むという意味でそれは救いだった。
「あれは魔物なのか?それとも熊なのか?」
森の中での生活、それは魔物のテリトリーの奪い合いとの背中合わせだった。
魔物は強い魔物の臭いには近づくことは無い、それが分かったのは、巨大な熊のような魔物がさらに巨大な大蛇の魔物がいると言われる沼までは、追ってこなかったから分かった。
そして、大蛇の魔物はドラゴンの糞には近づかない。ドラゴン自体は見たことがないが、その糞は割と簡単に市場に出回っていて、それはドラゴンが空を飛び回り糞をする渡鳥のような存在だからということもその時に知ったことだ。
故にドラゴンの糞がこの森では最強であり、俺はそれを利用して常に一定量の糞を寝床に置いていた。人間には感じ取れない臭いで、周囲を怯えさせるのだから驚きだ。
ひと月でようやく得た自分の居場所は、時々水滴が落ちてくるような洞窟、いや、正確には横穴というのが正しいのかもしれない。
入口から奥までには約5メートル程度で、高さはギリギリ立ち上がれるくらいだ。今は塞いでいるけど、洞窟の奥には空気を通すための穴も開けられる。
捨てられていた木の板に、単価の安い羽毛を買って少しだけ値の張る布に詰めれば、簡易式のベットの出来上がりだ。こっちに来て野宿続きでまともに横になれたのは、これを作った時が初めてだった。
だが、よくよく考えてみると、バイト生活で仮眠をしていた深夜のコンビニの椅子の上と比べると、今の生活の方が睡眠の質はいいかもしれない。
そんな俺の住処も、魔物は寄り付かないが、人なら入れなくはないため、周囲に罠を張るのも忘れない。この罠はかつて殺したおっさんが、森に仕掛けていたのに俺が引っかかり、それを外すことで手に入れて、何度か手で触れて仕組みを知ることで作り方を覚え真似たものだ。
勿論魔物用の物だが、少し工夫すればそれは人にも有効だった。
以前、狩人らしき死体を森で見つけたことがある。その傷は俺が仕掛けた罠によるもので、加護の無いこっちの人間には致命傷になるようだった。
そうして、間接的に二人目、しかもどこの誰かも分からない人間を俺は殺した。
もちろんそれに対する感情は特に何もない、いや、むしろ少しだけ得した気分だったのは事実だ。その狩人の弓、矢などの装備、狩った得物と少量の金、それだけ考えても儲けものだと俺は考えてしまった。
郷に入っては郷に従え、俺はそうして黒く黒く染まっていった。
ある日、久しぶりに街に出かけた時だ。
子どもが門の前で餓死しかけていた、いや、むしろもう生きてはいなかったのかもしれない。
周囲の者たちはその子どもを見て見ぬふりをする。その理由は簡単で、手を貸した途端に物乞いに対しての行為と見なされ、条例違反で財産没収の可能性もあったからだ。
そんな状況で俺もその子どもの死体ぐらい、供養してやりたいと思い人がいなくなるのを待っていた。すると、あの俺に水をくれた老人が、あの時と同じように子どもの口に水をあてがう姿を見て俺はハッとした。
「こんな事で子どもが死なんでくれ!死なんでくれ!」
老人は涙を流しながら必死になるその姿を見て、俺は何を待っていたんだろうそう思った。
そして、様子を見ていた兵士が老人に近づくと、何やら口論が始まり老人はそのまま兵士たちに連れて行かれた。
俺は子どもを抱きかかえて街の外へと向かい、墓石商人から石を買い、首から下げていた子どもの身分証で名前を彫ってもらった。
供えられる物なんて持ち合わせていなかったが、俺が安い飲み物を買って備えようと戻ると、そこには数人が代わる代わる墓に手を合わせていった。
そうだ、誰しも子どもが死んで無関心でいられるわけがない。俺は飲み物を墓にかけるとその後老人を待ったが、その日はとうとう姿を見なかった。代わりに、その死んだ子どもの兄弟らしいさらに小さく痩せた子どもが、身分証を首から下げて泣いていた。
きっと兄弟二人で暮らしながら、互いを支えようとして互いにやつれていったのだろう。
そして、翌日には俺が置いた墓の横に真新しい墓が立っていて、それが例の老人であることを聞いた。死因はおそらく暴行による外傷が原因らしい。
そう教えてくれた墓石商人は、老人が昔息子を餓死で亡くしたという話を聞かせてくれた。
老人のあの時の言葉が耳に張り付いて離れない。自分の息子と重ねて、さぞ無念だっただろうに。俺は墓にあの固いパンと一番安い水を供え、隣の墓の前で泣き崩れている子どもの前にも、銅貨の入った袋を落とした。
落とした物を拾うことは、窃盗でも施しでもない。
子ども一人すら助けられない自身の無力さを感じながら、寝床へと帰ることにした。
その日は、とても疲れていて、もう生きていることにも疲れ始めたのだと感じ始めていた。
あの老人のように、俺も何もできないまま死んでいくのだろうか。
そんなことを考えながら、妹のことを思い返して初めて悔しさ以外の涙を流した。
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