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グレイスニル王国 王都編

初めての領地外

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「そろそろニータル領に入りますよ」 

 出発してからだいぶ時間が経って昼を過ぎた頃、ようやくゴレイ領を抜けるところまでやってきた。
 ここまで約7時間くらいかかったが、すでにお尻が限界を迎えている。ずっと木の板に座っていて、道は平坦ではなくデコボコしているためお尻への負担が大きい。クッションがあればどれだけ楽になることかと思うが、望んでもすぐに用意できるわけないので我慢している。
 やはり車や電車、飛行機といった交通機関はすごいものなんだな。日本にいた時にも便利なものだとは思っていたが、今はその比ではない。すぐにでも開発してほしい。

 そんなことを思っていると僕が限界であることを察したのか、ローマンが気遣ってくれた。

「馬車での長時間の移動は辛いですよね。そろそろ町が見えてくると思います。申し訳ありませんが、もう少しだけ我慢してください」

 そして10分ほど進むと町が見えてきた。

「あそこに見えるのはニータル領の中で一番小さい町、サルトスです。サルトスで少し休んでから出発することにしましょう」

「うん! そうしよう。僕のお尻がもう限界だよ」

 お尻をさすりながら苦笑いする僕にローマンも分かってくれているのでもう一踏ん張りですと声をかけてくれた。

 そうしてローマンに何度か励まされているうちに町の門まで辿り着いた。

 すると門番が二人出てきてローマンに話しかけた。

「あなたは商人であるか? 何か身分を証明する物はお持ちであるか?」

「はい。私は商人のローマンと申します。この証明書でよろしいでしょうか?」

 ローマンは懐から王国から発行される、商人であることを証明する証明書を見せた。

「うむ。確認した」

「それでは」

 丁寧に頭を下げたローマンは町の中へと入ろうとしたが門番に止められた。

「まだそこの子どもの確認が終わってない。商人の子か?」

「いいえ。こちらは隣のゴレイ領の領主の息子、カケル・ゴレイ様です」

「初めまして! カケル・ゴレイです。町に入ってもいいですか?」

 ローマンの紹介の後、僕自身も自己紹介すると門番の顔は真っ青になっていた。

「大丈夫ですか?」

 僕が心配して尋ねると、門番はすぐさま地面に膝をついて勢いよく頭を下げて、それはもう綺麗な土下座だった。

「た、た、大変申し訳ありませんでしたぁぁあ!! 子どもとはいえ貴族様だとは知らずに失礼な態度を! い、命ばかりはお助けを!!!」

 こんなのが続いて他の貴族はめんどくさいとは思わないのかな。僕はもうすでにめんどくさいよ。

「そんなに気にすることないよ! 僕はまだ子どもだし、偉くもないから。大丈夫だからお仕事に戻って」

 ローマンの時と同じように、ニコッと笑うと顔を上げた門番は安心したような顔をしていた。

「本当に申し訳ありませんでした。町の中では最上級のおもてなしを致しますので」

「ううん! しなくていいよ! 僕はみんなと同じがいい。だから町の人には何も言わなくていいよ」

「我々と同じでよろしいのですか?」

「うん!」

「わかりました。それではサルトスへようこそおいでくださいました! ごゆっくりお過ごしください」

 ゆっくり馬車を走らせ町の中に入る。

 カケルたちが町に入った後、門番の二人は一斉に口を開く。

「あの貴族の子ども、変だよな」

「ああ、俺たちと同じでいいってな。それにあんなにすんなり許す貴族なんていないぜ」

「本当だよな。不思議な子どもだな」

 二人は次の馬車が来たところで会話をやめ、仕事に戻った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 町に入るとそこは見たことのある光景が広がっていた。

 目に飛び込んできたのは商家の町並み。道はきちんと整備されたアスファルトではなく土となっている。
 建物には薬屋、飯屋、なんでも屋、野菜屋、肉屋などが書かれた看板のついたさまざまな商家が軒を連ね、小さなほこらやお地蔵、井戸まである。
 そして町の中に流れる川の沿いには柳の木が生えている。

 完全に江戸時代のような町並みだった。


「ねぇローマン。サルトスの町って誰がいつ作ったの?」

「この町は私が子どもの頃からあったと思いますよ。当時誰が作ったのかは私にも分かりません」

 ってことはそれだけ昔に僕と同じ日本から来た人がいるってことなのかな。何かその人が残してくれていたらいいんだけど。

「あ、でもこの町がこのような変わった感じになったのは確か1、2年前でしたね。私も必要なものがあると言われお仕事させてもらったのを覚えていますよ」

 ん⁈ 1、2年前って僕がこの世界に来たくらいの時じゃないか?

「なんでも怪しい本が落ちていたらしくて、その本に載っていた町並みに感動しそれを真似ようとしたとか」

 人じゃなくて本だったのか。それでも本が日本から来るのであればもしかしたら人もそのうち来るのかもしれないな。

「そうなんだ! ありがとう」

「今日泊まる宿はあそこになります。私は馬車を町のはずれに止めてきますので宿にいてもらってもいいですか?」

「わかった!」

 僕は馬車から降りて宿へ向かう。

 時代は違えど、日本のような風景に懐かしさを感じる。

 宿に入るとそこは多くの人で賑わっていた。宴会でもしているのだろうか。

「あら、どうしたんだい坊や。迷子になっちゃったのかい?」

 優しそうなお婆さんが声をかけてくれた。

「ちがうよ! 今日はここの宿に泊まりたくて来たんだ!」

「そうかい! だけどねぇ、今日はお客さんでいっぱいなんだ。悪いけどここの宿にはもう泊める部屋が残ってないんだよ」

「そっか。それならしょうがないね!」

 他の宿を探そうと宿から出ようとした時、ローマンが入ってきた。

「どうしました、カケル様。もしかしてお気に召さなかったですか?」

「ちがうよ! 今日はお客さんがいっぱいで泊まれないんだって」

「カケル様、少しお待ちください」

 ローマンは先ほどのお婆さんのところに向かった。あのお婆さんはここの宿の店員さんだったらしい。
 二人が話をしていると突然お婆さんが叫び出した。

「貴族様だってぇ!!!!」

 その叫び声を聞いた、宴会か何かで盛り上がっていた人たちが一斉にシーンとなり、その場が静まり返った。

 するとお婆さんは僕のところにやってきて、これまた素晴らしい土下座を見せられた。

「先程の無礼、誠に申し訳ありませんでした! どうかお許しください!!」

 お婆さんの後ろでそれを見た人たちは、殺されるんじゃないか、これはやばいことになりそうだなどと言っている。
 僕はみんなの目にどう映っているのか。

「別に気にしてないよ? 全然大丈夫だよ!」

 その場にいた人たちは唖然とした顔で僕を見ていた。僕はそれを気にも留めずローマンに言う。

「ちょっと! 僕はみんなと同じがいいって門番の人にも言ったじゃんか! 貴族とか言うとこうなることは分かってたでしょ?」

「いや、しかしカケル様の泊まるところがないとなると私も困りますので」

「そういう時は他のところを探しに行けばいいの!」

「はい、すみませんでした」

 僕は迷惑をかけたお詫びに金貨を一枚宿に置き、泊まる宿を探しに出て行く。

 そして泊まる宿はすぐに見つかった。

 部屋は別々にというローマンの意見をはねのけ、同じ部屋で寝泊まりすることにした。

 僕はローマンに今後は必要な時以外は僕が貴族であることを口外しないことを約束させ、眠りについた。
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