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領地視察編

領民の生活 1

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 翌朝、僕は部屋で出かける準備をしながら今日中にすべきことを頭の中で整理していた。

 まずは領民の生活をできる限り把握して僕の普段の生活とどう違うのか。
 それからサイラにこの世界のことを聞いた時は僕に関係することをざっとしか話してもらっていないので、王国の政治や経済について、貴族について、何より歴史について教えてもらう。
 あとはこの屋敷の中で信頼できる人間を探さないといけない。何かするたびにあの二人に報告されては好きに動くことができない。
 明日には二人が帰ってくるし、今度はいつ一人の時間ができるかわからない。

 できることはやっておきたい。

 準備が終わったのでサイラを呼ぶ。

「サイラ! 準備できたから行こう!」

「わかりました! カケル様、上着をお持ちください」

「大丈夫だよ! 今日は太陽が出ていて暖かいもん!」

 心配してくれるのはありがたいけどこの上着は置いていかないといけないんだよ。

「そうですか。必要になればいつでも取りに戻りますね!」

「じゃあ行こう!」

 僕は青い、星の模様の入ったリュックを背負ってサイラと手を繋いで玄関へ向かう。
 サイラとは身長差があるので手を繋ぐのは大変だと思うんだが心配だと言って離してくれないので好きにさせておく。

 玄関の前に着くと屋敷の人たち全員が集まってきた。

「「「いってらっしゃいませ!」」」

 両親の時に僕は見送っていないので知らなかったが、ざっと50人くらい集まっている。
 こんなに人がいたのかと驚いてしまった。しかしこんな大人数に見送られるのは恥ずかしい気もするが嬉しくもある。

「いってきます!」

 異世界に来て初めての外だ。ここがどんなところで日本とはどう違うのか。とても楽しみだな。

 玄関のドアを開けて外に出る。

「うわぁ……! すごいなこれ」

 目の前に広がるのはとてつもなく広い庭だった。

 門までの道の右側には噴水がありその周りにはさまざまな動物の石像が並び、左側には綺麗な花畑がある。
 少し歩いて後ろを振り返ると僕が今住んでいる屋敷の大きさがよくわかった。
 屋敷の中でにいる時でさえ広いなと思っていたが外から見ると僕が屋敷の中で見ていたのはほんの一端だったことに気づく。日本でもこんな屋敷はないと思う。例えるなら国会議事堂くらいだ。
 門の外には何があるんだろうと期待していた。

 しかし門の前に近づくにつれ先ほどまでの期待少しずつが不安に変わっていく。そして門を出ると僕は不安でいっぱいになっていた。

「これはどういうこと……?」

 道は整備されておらず、それはかろうじて何度も通った跡だけが残されていて道だとわかるくらいだ。
 辺りを見渡しても家や人が一切見当たらない。

「ねぇ、ここには僕の家以外ないの?」

「少し離れたところにありますよ! 領主様の屋敷に少しでも危険が及ばないようにと領民たちとは離れているのです」

「領民と一緒だと危険なの?」

「その……色々と問題がありまして」

 これは非常にまずいんじゃないか……?

「僕領民に会いに行きたい! 案内してよ!」

「私のそばから決して離れてはなりませんよ?」

 僕に危険があるかもしれないってことかな? 3歳児に危険を及ぼす領民ってやばいだろ。大体そんな領民を育て上げるなんて、あの二人何したんだよ。

 はーいと返事をしながら心の準備をしておく。

 15分ほど歩いているとボロボロの小さな小屋がいくつも並んで建っているのが見えてきた。
 ここに着くまでの間は見渡す限り何もなく、人が生活しているような雰囲気は一切なかった。

 僕はその小屋を指差してサイラに聞く。
 
「あそこには何が保管されているの?」

 ちょうどその時小屋から人が出てきた。

「あれは物置ではなく家ですよ」

 これが当たり前だといったように答えるサイラに僕は苛立ちを感じた。
 何でそんな風に平然と言えるんだよ。こんなのおかしいだろ。領民200人がこんないつ壊れるかもわからないような小屋を家にして住んでいるのか……? 

「ねぇサイラ、やっぱり上着がほしくなっちゃった! 取ってきてほしいな」

「置いてはいけません。一緒に取りに戻りましょう」

 僕は一人で領民と話がしたい。この現状について聞かなきゃいけない。
 サイラは僕によくしてくれるけど信用できるかどうかは別問題だ。

「僕は一人で大丈夫だから! それより早く取りに行ってほしい」

「何かあっては困るのです!」

 しょうがないけど最終奥義を使います。

「言うこと聞かないならお父さんに言うよ?」

「っ⁈ ……わかりました。そのかわり絶対にあそこには近づいてはなりませんよ?」

「わかった!」

 返事を聞いたサイラは駆け足で屋敷へ戻っていった。

 よし、時間がない。

 急いで領民のところへ走っていく。

「こんにちは!」

 挨拶すると領民がどんどん集まってくる。

「カケル様じゃないか?」「領主様の息子がなんでここに?」
「ってか1人で来たのか?」「おい、仕返しするチャンスだぞ」

 みんながあれこれ言う中、1人だけ気になることを言う人がいた。
 その言葉を聞いた領民は黙り、不安や恐怖の目を一斉に僕に向けてきた。
 3歳児にそんな目を向けるなんて、相当やばいな。
 しかし、話を切り出すなら今しかない。

 僕は真剣な表情で領民に尋ねる。

「今日はみんながどんな生活をしてるのかを知りたくて来ました。お願いします。教えてください」

 すると、一人の男が前に出てきた。

 見た目は四十歳前後だろうか、頬が削げ、目が落ち窪んでいる。とても痩せ細っていて普段からろくに食事を取ることができていないのがわかる。それは周りの人も同じであった。

「そんなこと聞いてどうする。お前のような子どもが知ったところで意味はないだろ」

 丁寧な口調で話す僕にみんな驚いているが、前に出てきた男だけは表情を変えることなく僕の目を見続けていた。
 何もかも諦めてしまったような暗く光を失ったその瞳からはなぜか強い意志が感じられた。

「意味はあるよ」

「はぁ? 意味はあるだって? ふざけんなよ!!」

 僕の言葉に男は怒鳴り、一歩ずつ近づいてくる。

「どんな意味があんだよ。知ったら何かが変わんのかよ」

 また一歩近づく。

「俺たちの生活が良くなるのか?」

 また一歩近づく。

「飯がたらふく食えるようになるのか?」

 男はしゃがんで僕と目線を合わせる。僕と男の間に距離はもうない。

「どうなんだよ! 答えろよ!!」

 男の迫力に僕は気圧されてしまい、すぐに言葉が出てこなかった。
 そんな僕を見て、男は呆れた顔をして立ち上がり後ろを向いて元の場所に戻る。

「泣くくらいならこんな所に来るんじゃねぇよ」

 男に言われるまで僕は自分が泣いていることに気づかなかった。
 
 何があったのか、何をされたのか分からない。それでもどれだけ辛い生活を送ってきたのかはわかる。
 
 クッソ…… なんか悔しいな……

 今は3歳児のフリをしている場合じゃない。

 僕は涙を拭い、男に向かって言う。

「変えてやるよ!」

「できねぇこと言う……なよ」

 男は振り返りもう一度怒鳴ろうとしたが僕の顔を見て、言葉の勢いをなくしていった。

 そのカケルの表情は先程までとは大きく違い、何かを決意したような、力強さが見てとれた。とても子どもの見せる表情ではない。

「できるよ。僕がこの領地を変えてみせる。3歳児が何言ってんだって思うだろう。だが僕は本気だ。だから頼む。あなたたちのことを教えてくれ」

 ここでは何が最上級なのかは知らないが日本でのならわかる。

 僕は地に頭をつけ土下座をした。

「っ⁈ 何してんだよ!」

 男は慌てて僕のところに駆け寄り、立たせようとした。

 しかし僕はここで絶対に頭を上げたりしない。

 次第に領民たちも慌て始めた。

「子どもとはいえあの子は貴族でしょう?」
「おい! どうするんだよ」
「貴族に頭を下げさせるなんて、俺たち殺されるぞ」
「これが領主様に知られたら私たちは終わりよ」

 僕はこの場を鎮めるために大声で叫ぶ。

「静かにしろ!!!」

 その声を聞いて領民は一斉に黙った。僕を立たせようとした男も動きを止めた。みんなの表情は見れないが、恐らく驚いているだろう。

 僕は静かに話を始めた。もちろん頭は上げない。

「貴族って何だ? そんなに僕は偉いのか? 貴族とは偉業を成し遂げたもの、身を呈して何かを守り抜いたもの、そんな人に与えられる名誉なんじゃないか? 僕は自分を貴族だと思ってなんかない。何かを成し遂げたことも誰かを救ったこともない、ただの子どもだ。
 それに人にものを頼む時に頭を下げるのは当たり前だ。僕の両親は明日には帰ってきてしまう。サイラも後二十分もすれば戻ってくるだろう。僕が一人でいれる、自由な時間は僅かしかないんだ。
……お願いします、教えてください」

 沈黙がしばらく続いたが、それを破ったのはあの男だった。 

「…………わかったから、顔を上げてくれ。俺たちがどんな生活をしてるのか、教えるからさ」

 先程とは違い、優しい声だった。

「ありがとう」

 そう言いながら顔を上げるとそこには呆気に取られる領民の顔があった。
 明らかに3歳児とは思えない言動をしていたから当然だ。
 しかし今はそんなこと気にしていられない。

「じゃああなたの住んでいる場所に案内してほしい」

 男は僕の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれ、自分の住んでいる小屋まで連れていってくれた。
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