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プロローグ
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「悪いのは僕じゃない。そうだよね?」
月の光が窓から差し込む、静寂に包まれたリビング。
全身を真っ赤に染めた一人の男が目の前の二人に同意を求めるように尋ねる。
しかし、いつになっても返事が返ってくることはない。
男が見つめるその先には内臓がぐちゃぐちゃになって身体の周辺に飛び散っている、無残な姿をした二つの遺体が横たわっている。
何度ナイフで刺したのかは分からない。
だが二人の倒れている場所に広がる血の海を見れば何十回と刺されていることがわかる。
「二人がいなくなったからといって僕の心が救われるなんてことはなかったな」
男は小さな声でそう呟くとリビングを後にし、どこかに向かって歩きはじめた。
真っ赤な足跡を残しながら。
----------
僕、新田翔は地元の高校に通う17歳だ。
見た目は至って普通だ。黒髪に黒い瞳、身長は164センチと少し小さめ。これといった特徴はない。
しかし模試では常に全国トップ5にランクインし、スポーツにおいては中学の頃から野球で全国に名を馳せている。
見た目からは想像もつかないが、意外とすごい人だったりする。
他の人の目には僕が最高の人生を謳歌しているように映るだろう。
しかし実際はそんなことはなく、僕からすれば他の人の方が幸せな人生を送っていると断言できる。
なぜそんなことが言えるのか。
僕の身体を見てもらえればわかってもらえる。
普段は服で隠れているが、全身には痛々しい多数の青黒い痣がある。痣の数を数えるよりも痣のないところを探す方が早いほどで、それはつまり僕の身体の色はほとんど青黒く、肌色の部分が少ないということだ。
あばらの骨は何本か折れたままで、左手の指は4本しかない。左手の小指は事故で失ったことになっているが、事実は異なる。
これはすべて両親から受けた暴力によるもの。
始まりは小学生になった頃。突然父さんが暴力を振るうようになった。
その時はまだ幼く理由は分からなかったが、今考えると仕事をクビになり苛立った気持ちをぶつけたかっただけなのだと思う。
その日から父さんは家にいることが多くなり、ずっと酒を飲んで、酒がなくなればイライラして僕をバットで殴り、気の済むまで蹴り続けてきた。
中学生になった時には暴力もさらに増した。包丁で左手の小指を切り落とされたりもした。
母さんは父さんとは逆で家にいることが少なくなった。家に帰って来れば僕と同様、父さんに暴力を振るわれいた。そして父さんがフラッと出て行ったと思ったら今度は母さんが暴力を振るってきた。父さんへの苛立ちを僕にぶつけてきたのだ。
家にいる限り理不尽な暴力が僕を逃さなかった。
僕は誰かに守ってほしかった。
だから何度も助けてほしいと声を上げた。
しかしその度に両親が周りに大丈夫ですからと笑顔で言って、僕を家に無理やり連れて帰り、数日監禁しその間徹底的に暴力を振るってきた。
それは今まで一番辛いものだった。
僕は方法を変えて、助けてもらう為にとにかく必死に努力した。
勉強でいい成績を取れば先生が褒めてくれ、気にかけてくれた。野球で結果を残せば全国の野球関係者が僕に興味を示してくれた。時にはスカウトしに会いに来てくれる人もいた。
そうして周りの人が僕を放っておかない、見てくれているという状態を作り出した。そうすれば親も手を出しづらくなると思っていた。
しかし全く意味なかった。
顔さえ無事なら問題ないと今まで通り暴力は続いた。
----------
僕が足を止めたのは勉強机に椅子、隅にベッドが置いてあるだけの殺風景な部屋。
僕の部屋だ。
ずっと使ってきた部屋なのに今はまるで牢屋に入ったような、そんな感じがする。
心のどこかで悪いことをしたと思っているのだろうか。
……いや、そうじゃない。
人殺しはいけないことだと頭が認識しているからそう思ってしまうだけで、心のどこにもあの二人に悪いことをしたなどという気持ちは一欠片もない。
僕は椅子に座って、手に握られた血で真っ赤に染まったナイフを見つめる。
僕は精一杯頑張ってきたと思う。
しかしもう限界だったんだ。
この変わらない現状を終わらせたいって、そう思った時にはすでにこのナイフを手に握りしめていた。
そしてさっきやっと終わらせることができた。
「僕もそろそろ終わりにしよう」
首にナイフの刃をあてるが手の震えが止まらない。
「まだ生きたいと思っているのかな…… でも」
この人生を早く終わらせたい。その気持ちの方が強い。
目を瞑り、手に力を込めてナイフで首を思いっきり掻っ切った。
「それでは次のニュースです。先月10日、自宅で新田香織さん39歳と新田泰斗さん47歳が何者かに刃物で刺され死亡した事件で、その犯人は未だ分かっておらず、犯行に使われた刃物も発見されていないとのことです。
また同じく先月10日から行方不明になっている新田翔くん17歳ですが、手がかりがなく捜索が難航している模様です。
警察は犯人の特定を急ぐとともに、引き続き翔くんの捜索を進めるとのことです。」
謎に包まれた新田夫婦殺害事件は1ヶ月経っても色褪せることなく、テレビで報道されていた。
遺体発見後、二人の息子である翔の姿は部屋のどこにも見当たらず、犯人に連れ去られ行方不明になったとして捜索が始まった。
翔の部屋は以前と変わらず、勉強机に椅子、隅にベッドが置いてあるだけであった。
誰も知らない。
その部屋にあるはずの首を掻っ切った時の血の跡や2人を殺した時に使った包丁。
自ら命を絶った翔の遺体。
それらが全て綺麗に消えて無くなっていることを。
誰も知らない。
この事件の犯人が翔だということを。
月の光が窓から差し込む、静寂に包まれたリビング。
全身を真っ赤に染めた一人の男が目の前の二人に同意を求めるように尋ねる。
しかし、いつになっても返事が返ってくることはない。
男が見つめるその先には内臓がぐちゃぐちゃになって身体の周辺に飛び散っている、無残な姿をした二つの遺体が横たわっている。
何度ナイフで刺したのかは分からない。
だが二人の倒れている場所に広がる血の海を見れば何十回と刺されていることがわかる。
「二人がいなくなったからといって僕の心が救われるなんてことはなかったな」
男は小さな声でそう呟くとリビングを後にし、どこかに向かって歩きはじめた。
真っ赤な足跡を残しながら。
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僕、新田翔は地元の高校に通う17歳だ。
見た目は至って普通だ。黒髪に黒い瞳、身長は164センチと少し小さめ。これといった特徴はない。
しかし模試では常に全国トップ5にランクインし、スポーツにおいては中学の頃から野球で全国に名を馳せている。
見た目からは想像もつかないが、意外とすごい人だったりする。
他の人の目には僕が最高の人生を謳歌しているように映るだろう。
しかし実際はそんなことはなく、僕からすれば他の人の方が幸せな人生を送っていると断言できる。
なぜそんなことが言えるのか。
僕の身体を見てもらえればわかってもらえる。
普段は服で隠れているが、全身には痛々しい多数の青黒い痣がある。痣の数を数えるよりも痣のないところを探す方が早いほどで、それはつまり僕の身体の色はほとんど青黒く、肌色の部分が少ないということだ。
あばらの骨は何本か折れたままで、左手の指は4本しかない。左手の小指は事故で失ったことになっているが、事実は異なる。
これはすべて両親から受けた暴力によるもの。
始まりは小学生になった頃。突然父さんが暴力を振るうようになった。
その時はまだ幼く理由は分からなかったが、今考えると仕事をクビになり苛立った気持ちをぶつけたかっただけなのだと思う。
その日から父さんは家にいることが多くなり、ずっと酒を飲んで、酒がなくなればイライラして僕をバットで殴り、気の済むまで蹴り続けてきた。
中学生になった時には暴力もさらに増した。包丁で左手の小指を切り落とされたりもした。
母さんは父さんとは逆で家にいることが少なくなった。家に帰って来れば僕と同様、父さんに暴力を振るわれいた。そして父さんがフラッと出て行ったと思ったら今度は母さんが暴力を振るってきた。父さんへの苛立ちを僕にぶつけてきたのだ。
家にいる限り理不尽な暴力が僕を逃さなかった。
僕は誰かに守ってほしかった。
だから何度も助けてほしいと声を上げた。
しかしその度に両親が周りに大丈夫ですからと笑顔で言って、僕を家に無理やり連れて帰り、数日監禁しその間徹底的に暴力を振るってきた。
それは今まで一番辛いものだった。
僕は方法を変えて、助けてもらう為にとにかく必死に努力した。
勉強でいい成績を取れば先生が褒めてくれ、気にかけてくれた。野球で結果を残せば全国の野球関係者が僕に興味を示してくれた。時にはスカウトしに会いに来てくれる人もいた。
そうして周りの人が僕を放っておかない、見てくれているという状態を作り出した。そうすれば親も手を出しづらくなると思っていた。
しかし全く意味なかった。
顔さえ無事なら問題ないと今まで通り暴力は続いた。
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僕が足を止めたのは勉強机に椅子、隅にベッドが置いてあるだけの殺風景な部屋。
僕の部屋だ。
ずっと使ってきた部屋なのに今はまるで牢屋に入ったような、そんな感じがする。
心のどこかで悪いことをしたと思っているのだろうか。
……いや、そうじゃない。
人殺しはいけないことだと頭が認識しているからそう思ってしまうだけで、心のどこにもあの二人に悪いことをしたなどという気持ちは一欠片もない。
僕は椅子に座って、手に握られた血で真っ赤に染まったナイフを見つめる。
僕は精一杯頑張ってきたと思う。
しかしもう限界だったんだ。
この変わらない現状を終わらせたいって、そう思った時にはすでにこのナイフを手に握りしめていた。
そしてさっきやっと終わらせることができた。
「僕もそろそろ終わりにしよう」
首にナイフの刃をあてるが手の震えが止まらない。
「まだ生きたいと思っているのかな…… でも」
この人生を早く終わらせたい。その気持ちの方が強い。
目を瞑り、手に力を込めてナイフで首を思いっきり掻っ切った。
「それでは次のニュースです。先月10日、自宅で新田香織さん39歳と新田泰斗さん47歳が何者かに刃物で刺され死亡した事件で、その犯人は未だ分かっておらず、犯行に使われた刃物も発見されていないとのことです。
また同じく先月10日から行方不明になっている新田翔くん17歳ですが、手がかりがなく捜索が難航している模様です。
警察は犯人の特定を急ぐとともに、引き続き翔くんの捜索を進めるとのことです。」
謎に包まれた新田夫婦殺害事件は1ヶ月経っても色褪せることなく、テレビで報道されていた。
遺体発見後、二人の息子である翔の姿は部屋のどこにも見当たらず、犯人に連れ去られ行方不明になったとして捜索が始まった。
翔の部屋は以前と変わらず、勉強机に椅子、隅にベッドが置いてあるだけであった。
誰も知らない。
その部屋にあるはずの首を掻っ切った時の血の跡や2人を殺した時に使った包丁。
自ら命を絶った翔の遺体。
それらが全て綺麗に消えて無くなっていることを。
誰も知らない。
この事件の犯人が翔だということを。
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