家畜人類生存戦略

助兵衛

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17話 どうせ上手く行く?

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人を信じず疑う心。

『疑心』を罪と考えるならば、それはきっとかの有名な七つの大罪に匹敵する罪深さなんだろう。

誰も信じれず、疑い続ける事を強要される。そんな『疑心』の魔人を作り出した神がいるとすれば、どうしようもない性悪に違いない。

ムジンの芝居がかかった、大仰な仕草や話し方は疑う事しか出来ないが故の行動だったのかもしれない。

「そうだよな、ムジン」

「ごめん銀二君、今は力が無いから君の考えてる事は……」

只管俺の手を握り、皺をなぞり続けるムジンは申し訳なさそうに答えた。
掌に力は殆ど込められていない。

「そういえばそうか。今日の晩御飯の事を考えてたんだ」

「こんな状況でご飯の事? 銀二君は呑気だな」

ムジンは俺を盲信している。
接触している間、『赦し』が発動している間だけとは言え彼女は俺を疑わない。
下らない嘘や冗談を全て信じ込む。

そうしてくれと、彼女が頭を下げて頼み込んで来たのだ。

どうか、私を騙してください。
どうか、私に何かを信じさせてください。
その為なら何でもします。

……唖然とした。

黒菜さんは罠だと言って警戒していたが、俺は彼女の提案を受け入れて協力関係を築く事とした。

何もかもを投げ出して懇願するムジンが、何処かムールと被って見えた気がしたからだった。

「それで、『疑心』のムジン様。お話の途中だった事を……」

黒菜さんが恍惚とした表情のムジンに尋ねて、プイッと目を逸らされた。

子どもっぽい仕草に面食らう。

「銀二君の言う事しか聞かないよ」

「……銀二様」

「ムジン。アウルに呼ばれたからって途中で止めた、知っている事を話せ」

パッと顔を輝かせたムジンが、繋いだ手をブンブンと振り回しながら説明してくれる。
青い肌故に分かりにくいが、少し頬も上気していた。

「魔界諜報部の事だよね。構成員は2名、私とアウル様、主な任務は反乱の兆候がある魔人の取り締まり」

「2人だけ? 」

「事足りるの。私が心を読んで調査を、アウル様が戦闘を……ずっとそうしてきたから」

「ぶっちゃけ……アウルはどのくらい強い」

ムジンは黙って、俯いてしまう。

「アウル様をどうこうしようなんて、思わない方がいいよ。アレは四天王、怪物で、手に負えない」

四天王なら既に1人殺した。
どれだけ強力な異能を持っていようが、その本質は与えられた罪によって固定され予測や対策が容易に取れる。

触れれば勝ちだ。
中毒にして、ムジンの様に骨抜きの言いなり人形に変えてやる。

「大丈夫だ。俺に任せろよ」

「そっか! そうだよね、銀二君が大丈夫だと言うんだから、大丈夫なんだよね! 」

親を無条件に信じる無垢な子どもの様に、ムジンは満面の笑みを浮かべて元気良く返事した。

「銀二様……私は反対です。貴方の能力も完全に解明された訳ではありませんし、それに」

尚も心配そうな黒菜さんを、安心させようと胸を張る。

「大丈夫だって、魔人に関しては俺に任せておいて下さいよ」

後になって思えば俺はなんて考え無しで、『傲慢』だったんたろう。
ムールの様に、根拠も無く自分が世界の中心であると錯覚していたと、思う。

どうせ上手く行く、自暴自棄も相まってそういう思考になっていた。

程なくして俺はこの代償を払う事となる。





「うん、じゃあ発注は書類の通り。いつもの苦労をかけるね」

「……私にしか出来ないことなので」

カレンとアウルは塔の1番下、玄関で仕事についての話をしている。

ムジンは俺の手を残念そうに離すと、アウルと二、三言葉を交わして車の用意をすべく塔から出ていった。

「……うん? 君はカレンの奴隷か、見送りご苦労さま。自由に出歩いて、随分可愛がられているようだね、珍しい」

見れば見る程、普通の人間だ。
アウルは瞳孔を覗き人類と全く同じ姿をしていて、物腰も柔らかい。

何が言いたいかと言うと……
ムジンが言うような脅威を、俺はこいつから感じ取れなかった。

「……? 僕の顔に何か着いているかい? 」

ムールの時は自分の力を正しく知らずに失ってしまったが、今は違う。

端正な顔に手を伸ばす。

「お? 」

四天王、魔界最強の一角。
他の魔人歯牙にもかけない強さを俺の物に出来れば……カレンの戯言だった『俺の国』すら本当に作れる。

「……申し訳ありません。ゴミがついていて」

「なるほどね、ありが……」

アウルの柔らかな頬に触れ、数秒。

彼女の罪を『赦す』

歪な瞳を大きく見開き、時間が止まったかのような静寂が数秒。

「ギンジ!! 何勝手な」

怒りに震えるカレンを無視して、接触を維持し続ける。

「……もうゴミは取れました」

「え、ゴミ、ああ……そうかい、ありがとう……? 」

呆然とするアウル、憤慨するカレンから距離を取った。

「……アウル様、お送りいたしますね」

「うん? ああ、ありがとう」

カレンは何処か急かす様にアウルの背を押し、扉へと向かわせる。

音も無く消えるように開かれた扉。
あと一歩で塔から出る、となった時にアウルの足が止まった。

「運転手も待っているので、それに他のお仕事も」

「ねぇカレン。この奴隷君、『極上』だよね」

「アウル様! 」

「君が奴隷を大事にとっておくなんて珍しいね。大事にとっているところ悪いんだけど、これ、頂戴」

アウルが振り向き、笑いながらカレンの肩に手を置いた。

「いけません! そもそも奴隷の譲渡は……」

「知ってるよ誰に言ってるのさ。僕を誰だと思っているの、魔王への申請は僕自ら迅速に行えば1週間で可能さ」

「ギンジは私の奴隷だ! 」

カレンから赤黒い血のような蒸気が噴出する。
ムールとの戦いで見せたそれは、どうやらカレンの感情の起伏で出たり出なかっりするらしい。

「僕は『欲しい』って言ってるんだ」

アウルが微笑み、強調して言葉を発する。

それだけで、カレンは叱られた子犬みたいに震えだした。
赤黒い蒸気の代わりに汗が額を伝っている。

思った以上だった。
ほんの数秒の接触でアウルの興味を惹く事が出来た、しかも相当執着してくれている。

「あ、貴方が奴隷をどう扱うかを私知っています。ギンジを……」

「嫌だなぁ、少なくとも君みたいに粗末には扱わないよ? 僕は奴隷を殺した事も食った事も無い、有名な話だと思うけど」

話を聞く限りアウルが優勢だ。
カレンも必死に抵抗しているが、根本的な力関係が圧倒的なせいでどうにもなっていない。

どうせ、アウルは手駒にする予定だしな、と俺からも声をかけた。

「なあカレン、俺は別に大丈夫だから」

「はぁ!? あんた……」

カレンは信じられないものを見る目で俺を睨みつけると、こめかみを抑えて唸った。

「ククク、はいはい。わかった、今日の所は退散するよ、最後に君の名前を教えておくれ」

「藤見銀二です」

「ギンジ君。それじゃあギンジ君、カレン、またね」

ミステリアスな笑みを残して塔から出ていくアウル。

最後に見えた表情がとても恐ろしいものに見えた気がした。
気のせいかもしれないが、あの歪んだ瞳孔で一瞬、粘着く視線を送られた、かもしれない。

多分、俺の気にしすぎだ。

そうこの時は思ってしまっていた。
やっぱり俺は、『傲慢』にもどうにかなると思っていた。








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