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8話 最初の反撃
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冗談じゃねぇ。
「とりあえずは色々と能力の制限を確かめていこう」
化け物共。
人類を自分の欲望を叶える道具程度にしか思っていない、魔人共。
「まずは、そうだな。本体から切り離された部位が君の特異性を保持し続けるか実験しよう」
愉しそうに俺を痛ぶる魔人。
淡々と無意味に拷問をする人形。
そしてこいつだ。
「安心せよ。傷付く度に秘薬を飲ませてやろう、嬉しかろう」
本気で『傲慢』な考えを押し付けてくる。
俺が寿命を削るような実験を、喜んでするって思い込んでいる。
「さあギンジ、先程生えた指を切り落とせ。道具がいるか? 」
「……」
「切り落とすのは自ら行うのだぞ、我はお前には触れん」
「クソガキが」
ぶっ殺してやる。
「なに? 」
『傲慢』な彼女は俺の暴言を聞き間違えか何かと思ったのだろう。
怪訝な顔で黄金の瞳を細めた。
ムールが何かを言う前に、何かをする前に俺は両手を伸ばす。
見た目だけならか細い、真っ黒い身体の首に手をかけた。
「……? ギンジ? 」
やっぱりだ。
「ギンジ、待て? 我から手を離すのだ」
触れる事が出来る。
不意を突いたというのもあるが、ムールは俺の動きにまるで反応出来ていなかった。
これがカレンなら、俺の動きなんか一瞬で見切って殴り飛ばされるだろう。
だが、ムールはそれが出来ない。
『傲慢』という能力が強過ぎる故に、彼女自身『傲慢』であるが故に。
彼女の身体能力その物は、人間とそう変わらない……いや、まるで小さな女の子の様に非力だった。
両手にすっぽりと収まる細い首に力を込める。
「……何故だ? 」
ムールは俺の手首を掴む。
本来なら『傲慢』をもってして粉々に砕け散るはずの腕は、彼女曰く異能とやらによって全くの無傷に保たれていた。
微かな抵抗も、窒息が長引く事により途絶えてしまった。
ダラり、とムールが腕を下ろす。
「……ギ」
殺す。
殺さなくちゃいけない。
「死ね」
殺される前に殺さなくちゃいけない。
この小娘を絞め殺す。
「死ね……! 」
人の首をどれ程の時間、どれ程の力締めれば相手は死ぬのか俺には分からない。
なんの技術もない故に、ひたすら全力を両掌に込める。
「ギン……」
掠れる様な声でムールが俺の名を呼ぼうとする。
途端に怖くなった。
今から俺に殺されようとしている奴が何を言うのか怖くなった。
滅茶苦茶に怒鳴って、何か言おうとするムールの声をかき消そうとする。
自分自身何と怒鳴ったのかは良く覚えていない。
多分、死ねとか殺すとか、小学生みたいな罵声を並べただけだったと思う。
「ンジ……」
腕に暖かい液体が伝ってくる。
漆黒の顔故に何も見えないが、黄金の瞳からは涙が溢れているんだろう。
絆されちゃいけない。
殺さなくちゃいけない。
「……ごめんなさい」
黄金が情けなく揺らいでいた。
普通の人間みたいに、小さな女の子みたいに。
今更。
「……っ! 」
気付くと手を離していた。
お互いに膝から崩れ落ちる。
「……ギンジ」
しまった。
やってしまった、殺せなかった。
まて、そうだ。
素人が絞め殺すなんて手段を選んだのがいけなかった。
ムールがいつの間にか落としていた、床に転がる小瓶を拾い上げる。
叩き割って、刃物の代わりにムールに突き付けた。
「……」
忘れずに、ムールの肩をしっかりと掴んでおく。
「殺してやる」
なんでまた言ったんだろう。
いちいち口にしなくちゃ、気持ちが揺らぐからか。
「殺してやる!! 」
ムールは先程の絞殺未遂の影響か激しく咳き込みながら、弱々しく俺に許しを乞う。
「ごめんなさい……ごめんなさい、すまない……許してくれ……」
「殺すって言ってるんだ! 」
「許して、くれ。すまない……殺さないで」
震える切っ先をムールの喉に押し当てた。
黄金の瞳がギュッと瞑られる。
「……」
「……ギンジ? 」
殺すってどうやるんだ。
喉を刺せば殺せるのか?
「黙れ! 」
「ひっ……ご、ごめんなさい」
どうしよう。
俺は何かを殺した事なんてない。
ましてや人を殺すなんて……
「ち、違う! お前は人間じゃねぇ! 人間を殺して食う化け物だ! 」
ムールはもう小さな声で、ごめんなさいとしか言わなくなってしまった。
「……クソ」
殺すのがこんなに勇気の必要な行為だなんて、思わなかった。
我武者羅になって絞め殺すなり刺し殺すなり出来たら良かったのに。
触れた瞬間か弱い女の子になるなんて卑怯だろ、そんなの。
お前達は俺をひたすら好き勝手に扱うのに。
俺は、必要な筈の殺人すら出来ない。
「反省してるのか」
こんな馬鹿げた質問をしてしまう。
「し、している」
俺は所詮凡人だった、平和ボケした間抜け野郎。
祖国を滅ぼされて俺自身殺されそうになったって言うのに、培った道徳心や良心が殺しという手段を取らせてくれない。
「よし……」
何も良い訳ないのに、とりあえず、とりあえずと自身を納得させた。
改めて、冷静になる。
偶然、しかもかなりの博打を行う事となったが状況は思ったよりも好転した。
あの『加虐』のカレンを歯牙にもかけない強者で、かつ俺の異能と相性が良く上手く立ち回れば完封する事が出来る。
四天王、『傲慢』のムールは協力者として考えるならばこれ以上ない最高の存在だ。
「ギンジ、我はどうすればいい? 」
不安げに見上げるムール。
俺は最強の武器を手に入れた。
こいつや、こいつの権力、部下を使って上手く立ち回れば人類を守る事が出来る。
「とりあえず、俺は……自分の能力の詳しい所が知りたい」
「そ、そうか! 」
分かりやすく嬉しそうなムールを慌てて制する。
「ただし! 」
「ひっ」
「あ、悪い……ただし、俺を傷付けたり俺が嫌がったりする実験は不可だ、あの薬も飲まない。そして、自分がどういう状態にあるのか細かく報告し続けろ」
ムールは激しく頷き、薬を取りだしたあの箱を元の場所に押し込んだ。
「我は、所謂研究者気質というやつでな……」
代わりにいそいそと取り出してきたのは、分厚いファイルが幾つも押し込まれたダンボール箱だった。
「余った時間があれば、アレコレと調べて纏めておった。世に出す事も無いので纏めるだけだが、趣味としては中々有意義な物だ」
ファイルには人類や魔人の歴史と言った興味深い物から、彼女自身の趣味嗜好から纏められた下らない物。
様々なファイルの中から、特に分厚い物を抜き出す。
「これは我の所有していた奴隷について纏めた物だ」
パラパラと捲られるファイル。
人種、年齢、性別を問わない数多くの奴隷の情報がそこには記載されていた。
身長体重趣味嗜好までは良いが、味や食感まで載っている事に気付いて目を伏せる。
「過去に『極上』を手に入れた事が数度ある。全て素晴らしい味であったが、何より……ああ、こやつだ」
お目当てのページを探し当てて、データを指さす。
「こやつはとても強かった。四天王たる我に傷をつけた」
日本人では無い、どこの国かは分からない。
30代の男性で人間の世界では軍人をしていたらしいが……
「本当か? 」
軍人と言うからには一般人でしかない俺よりよっぽど強いんだろうけど、魔人はそういう次元には存在しない。
特に『傲慢』によって絶対の防御力と攻撃力を誇る彼女をただの人間が脅かせるとは思えない。
「ああ、我も驚いた。全てとはいかないが、こいつの攻撃は幾らか我の『傲慢』を貫いたのだ。蚊ほども効かんかったがな」
それは、俺の異能と共通点がある。
「人類には極稀に魔人の力を減少させる者がいる。お前はその中でも抜きん出てその能力が高い……理由は、知らんがな」
これを知れば、魔人はお前を放ってはおかんだろう。
『傲慢』が消えているはずのムールが、かつての面影を残すゾッとするような笑みで付け足した。
「とりあえずは色々と能力の制限を確かめていこう」
化け物共。
人類を自分の欲望を叶える道具程度にしか思っていない、魔人共。
「まずは、そうだな。本体から切り離された部位が君の特異性を保持し続けるか実験しよう」
愉しそうに俺を痛ぶる魔人。
淡々と無意味に拷問をする人形。
そしてこいつだ。
「安心せよ。傷付く度に秘薬を飲ませてやろう、嬉しかろう」
本気で『傲慢』な考えを押し付けてくる。
俺が寿命を削るような実験を、喜んでするって思い込んでいる。
「さあギンジ、先程生えた指を切り落とせ。道具がいるか? 」
「……」
「切り落とすのは自ら行うのだぞ、我はお前には触れん」
「クソガキが」
ぶっ殺してやる。
「なに? 」
『傲慢』な彼女は俺の暴言を聞き間違えか何かと思ったのだろう。
怪訝な顔で黄金の瞳を細めた。
ムールが何かを言う前に、何かをする前に俺は両手を伸ばす。
見た目だけならか細い、真っ黒い身体の首に手をかけた。
「……? ギンジ? 」
やっぱりだ。
「ギンジ、待て? 我から手を離すのだ」
触れる事が出来る。
不意を突いたというのもあるが、ムールは俺の動きにまるで反応出来ていなかった。
これがカレンなら、俺の動きなんか一瞬で見切って殴り飛ばされるだろう。
だが、ムールはそれが出来ない。
『傲慢』という能力が強過ぎる故に、彼女自身『傲慢』であるが故に。
彼女の身体能力その物は、人間とそう変わらない……いや、まるで小さな女の子の様に非力だった。
両手にすっぽりと収まる細い首に力を込める。
「……何故だ? 」
ムールは俺の手首を掴む。
本来なら『傲慢』をもってして粉々に砕け散るはずの腕は、彼女曰く異能とやらによって全くの無傷に保たれていた。
微かな抵抗も、窒息が長引く事により途絶えてしまった。
ダラり、とムールが腕を下ろす。
「……ギ」
殺す。
殺さなくちゃいけない。
「死ね」
殺される前に殺さなくちゃいけない。
この小娘を絞め殺す。
「死ね……! 」
人の首をどれ程の時間、どれ程の力締めれば相手は死ぬのか俺には分からない。
なんの技術もない故に、ひたすら全力を両掌に込める。
「ギン……」
掠れる様な声でムールが俺の名を呼ぼうとする。
途端に怖くなった。
今から俺に殺されようとしている奴が何を言うのか怖くなった。
滅茶苦茶に怒鳴って、何か言おうとするムールの声をかき消そうとする。
自分自身何と怒鳴ったのかは良く覚えていない。
多分、死ねとか殺すとか、小学生みたいな罵声を並べただけだったと思う。
「ンジ……」
腕に暖かい液体が伝ってくる。
漆黒の顔故に何も見えないが、黄金の瞳からは涙が溢れているんだろう。
絆されちゃいけない。
殺さなくちゃいけない。
「……ごめんなさい」
黄金が情けなく揺らいでいた。
普通の人間みたいに、小さな女の子みたいに。
今更。
「……っ! 」
気付くと手を離していた。
お互いに膝から崩れ落ちる。
「……ギンジ」
しまった。
やってしまった、殺せなかった。
まて、そうだ。
素人が絞め殺すなんて手段を選んだのがいけなかった。
ムールがいつの間にか落としていた、床に転がる小瓶を拾い上げる。
叩き割って、刃物の代わりにムールに突き付けた。
「……」
忘れずに、ムールの肩をしっかりと掴んでおく。
「殺してやる」
なんでまた言ったんだろう。
いちいち口にしなくちゃ、気持ちが揺らぐからか。
「殺してやる!! 」
ムールは先程の絞殺未遂の影響か激しく咳き込みながら、弱々しく俺に許しを乞う。
「ごめんなさい……ごめんなさい、すまない……許してくれ……」
「殺すって言ってるんだ! 」
「許して、くれ。すまない……殺さないで」
震える切っ先をムールの喉に押し当てた。
黄金の瞳がギュッと瞑られる。
「……」
「……ギンジ? 」
殺すってどうやるんだ。
喉を刺せば殺せるのか?
「黙れ! 」
「ひっ……ご、ごめんなさい」
どうしよう。
俺は何かを殺した事なんてない。
ましてや人を殺すなんて……
「ち、違う! お前は人間じゃねぇ! 人間を殺して食う化け物だ! 」
ムールはもう小さな声で、ごめんなさいとしか言わなくなってしまった。
「……クソ」
殺すのがこんなに勇気の必要な行為だなんて、思わなかった。
我武者羅になって絞め殺すなり刺し殺すなり出来たら良かったのに。
触れた瞬間か弱い女の子になるなんて卑怯だろ、そんなの。
お前達は俺をひたすら好き勝手に扱うのに。
俺は、必要な筈の殺人すら出来ない。
「反省してるのか」
こんな馬鹿げた質問をしてしまう。
「し、している」
俺は所詮凡人だった、平和ボケした間抜け野郎。
祖国を滅ぼされて俺自身殺されそうになったって言うのに、培った道徳心や良心が殺しという手段を取らせてくれない。
「よし……」
何も良い訳ないのに、とりあえず、とりあえずと自身を納得させた。
改めて、冷静になる。
偶然、しかもかなりの博打を行う事となったが状況は思ったよりも好転した。
あの『加虐』のカレンを歯牙にもかけない強者で、かつ俺の異能と相性が良く上手く立ち回れば完封する事が出来る。
四天王、『傲慢』のムールは協力者として考えるならばこれ以上ない最高の存在だ。
「ギンジ、我はどうすればいい? 」
不安げに見上げるムール。
俺は最強の武器を手に入れた。
こいつや、こいつの権力、部下を使って上手く立ち回れば人類を守る事が出来る。
「とりあえず、俺は……自分の能力の詳しい所が知りたい」
「そ、そうか! 」
分かりやすく嬉しそうなムールを慌てて制する。
「ただし! 」
「ひっ」
「あ、悪い……ただし、俺を傷付けたり俺が嫌がったりする実験は不可だ、あの薬も飲まない。そして、自分がどういう状態にあるのか細かく報告し続けろ」
ムールは激しく頷き、薬を取りだしたあの箱を元の場所に押し込んだ。
「我は、所謂研究者気質というやつでな……」
代わりにいそいそと取り出してきたのは、分厚いファイルが幾つも押し込まれたダンボール箱だった。
「余った時間があれば、アレコレと調べて纏めておった。世に出す事も無いので纏めるだけだが、趣味としては中々有意義な物だ」
ファイルには人類や魔人の歴史と言った興味深い物から、彼女自身の趣味嗜好から纏められた下らない物。
様々なファイルの中から、特に分厚い物を抜き出す。
「これは我の所有していた奴隷について纏めた物だ」
パラパラと捲られるファイル。
人種、年齢、性別を問わない数多くの奴隷の情報がそこには記載されていた。
身長体重趣味嗜好までは良いが、味や食感まで載っている事に気付いて目を伏せる。
「過去に『極上』を手に入れた事が数度ある。全て素晴らしい味であったが、何より……ああ、こやつだ」
お目当てのページを探し当てて、データを指さす。
「こやつはとても強かった。四天王たる我に傷をつけた」
日本人では無い、どこの国かは分からない。
30代の男性で人間の世界では軍人をしていたらしいが……
「本当か? 」
軍人と言うからには一般人でしかない俺よりよっぽど強いんだろうけど、魔人はそういう次元には存在しない。
特に『傲慢』によって絶対の防御力と攻撃力を誇る彼女をただの人間が脅かせるとは思えない。
「ああ、我も驚いた。全てとはいかないが、こいつの攻撃は幾らか我の『傲慢』を貫いたのだ。蚊ほども効かんかったがな」
それは、俺の異能と共通点がある。
「人類には極稀に魔人の力を減少させる者がいる。お前はその中でも抜きん出てその能力が高い……理由は、知らんがな」
これを知れば、魔人はお前を放ってはおかんだろう。
『傲慢』が消えているはずのムールが、かつての面影を残すゾッとするような笑みで付け足した。
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