上 下
22 / 67
2章 ゴブリンの花嫁たち

ゴブリンの花嫁は過去から逃れられない。

しおりを挟む
「どうしたんですかサラさん」

 俺が肩に手をああてて呼ぶと、サラさんはハッとしてこちらを見る。

「ごめん、なんでもないよ」

 焦る素振そぶりりを隠すように俺に笑うかけるサラさんはどこか辛そうだった。

 剣を鞘に納める部屋に戻ったサラさんは荷物を担ぐとさっさと二階へとのぼっていった。

 二階はは三人で自由につかって良いことにし、寝るときは4人で寝ると言うことをクニャラが一方的に決めた。今決めた。

 二階は秘密の花園で俺は立ち入り禁止だ。

 俺の家なんだけど、家主に人権はない。

 百合の世界に男はいらないのだ!

 俺は理解力のある男だからね。

 きっと男抜きで話したいこともあるんだろう。

 なら仕方ないね。

 でも、おとうちゃんウザイから二階に来ないでってことだったら死のう……。

 百合の世界を覗き見て萌え死のう。

 二階から降りてきた三人は少し目の毒ではというような寝間着を着ていた。

 寝る場所はクニャラとレオナが俺の両サイドを挟む感じで寝て、サラさんはクニャラの隣で寝ることになった。

 なんで両サイドを挟むのか分からないけど、たぶんおとうちゃんが隣にいないと怖くて寝れないのだろう。

 仕方の無い子供達だぜ。

 俺もそのお陰で今日はぐっすり寝れそうだけどな。

 明日は一番で起きよう。

 なぜらな確実に俺の中心点は中国の山水画の山のように神秘的な姿を現す。

 失望されて嫌われたくないから見せられないのだ。

 よし、寝よう。

「おやすみなさい」

「「え!?」」

 寝不足が祟ったのか横になった瞬間すぐに闇に引き込まれた。

 深い深い闇に……。なにか二人の声が聞こえるが、いまは許してくれ眠いのだ。

 あと叩かないでくれ、俺はもう目が覚めない。



「いやああああ!!」 

 叫び声と言うよりも絶叫に近い鬼気迫る声を聞き俺は目を覚ました。

 周りを見渡すとサラさんが体を丸めて震えている。

 何事かとクニャラとレオナも顔を見合わせる。

「サラさん?」

「いやっ! こないで!」

 サラさんは魔剣を抜きブンブンと剣を振るう。

「サラさん、俺だケンタだ!」

「いやぁあああ!」

 その叫びと共に魔剣が俺を襲う。

 剣の速度が遅い。

 まるで破れかぶれで子供が剣を振るっているようだ。

 魔剣をツルハシで弾き落とし、泣きじゃくるサラさんの頭を引き寄せ抱き締めた。

「はなして!!」

「落ち着くんだ! サラさん。俺はなにもしない」

「あいつが! ゴブリンキングがくるの!!」

 そう叫ぶとサラさんは意識を失った。

「大丈夫です?」

「ゴメスさん、どうしたんですか?」

 レオナが心配そうに覗き込む。

「わからない」

 意識を失ったサラさんをそのまま横に寝かせるとサラさんの足の怪我が目に入った。

 よく見るとこれは怪我ではなく模様のようだった。

 右手を伸ばし手を当てると情報が表示された。

 ◎呪印:ゴブリンの花嫁
 これをつけられたものは近くを徘徊するゴブリンを呼び寄せる。
 またゴブリンは呪印所持者を殺すことなく生け捕りにする。

「ゴブリンの花嫁?」

「え! どういうことですケンタ」

「サラさんがゴブリンの花嫁なんだ」

「ケンタさん。ゴブリンの花嫁は人としての形を保ってはいないと聞きますのでサラさんは違うと思いますけど」

 レオナは不思議そうに俺とサラさんを見る。

 人の形を保っていない。そう言われても、この呪印がそういってるのだが……。

 近くにいるゴブリンに常に襲われるのか。

 たいした強さではないとはいえ四六時中いつ襲われるかもしれない恐怖と戦うのは並大抵の精神では無理だろう。

 そんな状態では冒険者も引退するしかないのか。

 だからサラさんはレッサーゴブリンしかでないこの土地に根を下ろしたのか。

 ゴブリンに襲われるよりレッサーゴブリンの方がマシだから。

「う、うん……」

「大丈夫かい?」

 目を覚ましたサラさん周りを見ると顔面蒼白になる。

 引き抜かれた魔剣、落ちているツルハシ。

 それを見て自分が暴れたことを把握したようだ。

「ごめん、私暴れたんだね……」

 いつもは暴れないように縄で縛ってサルグツワまでしていたのだという。

 俺たちがいれば大丈夫だと思ったんだけどと力なく笑う。

「……ごめんなさい!」

 サラさんが立ち上がり逃げようとするのを俺は右腕で捕まえて止めた。

「落ち着くんだ。俺たちに話を、ちゃんと話を聞かせてくれないか?」

「……」

 俺はじっと彼女の目を見た、今にも泣きそうな瞳を優しく、優しく。

「何を話せば良いのかわからないんだ。ケンタが質問してくれるかい? ちゃんと全部話すから」

「わかった。ゴブリンの花嫁とはなんだ」

 そのワードを聞いたサラさんは顔を青くして、いきなり核心をついて少し失敗したかと思ったがどうしても気になるのだ。それにすべての原因はこの呪印だろうし。

「なぜそれをケンタが知っているの?」

 俺は右手で触って情報を見たことを伝えた。

 サラさんが言うには普通はそんな事はできないそうだ。洞窟の情報も読み取っていたしケンタは特別なのかもねと言う。

 俺は指でサラさんの足の赤黒い紋様を指し、それはゴブリンの花嫁と言う呪縛だということを伝え、回復薬では治らないことも教えた。

 この手の呪いは回復アイテムではなおらない。

 呪術をかけた相手を殺さなければ消えない呪縛カースなのだ。

「治らないのかい」

「その呪印を施した奴を殺せば消えるとは思いますが」

 サラさんはその話を聞き呪印をさする。

「……私はね、ケンタとは違うんだよ。私は仲間を見捨てて逃げたんだ」

「仲間を?」

 サラさんは一つ頷くとすべてを話してくれた。

 サラさんは異種族からなる女性だけの冒険者チーム”太陽の華フラワー”に所属しており、チームリーダーはS級冒険者シーファが人族、サブリーダーはS級サラさんが巨人族、A級冒険者のシャーロンがエルフ、A級冒険者のジャムラが小人族ミニムの混成チームで楽しくやっていたのだと言う。

「シャーロンって、もしかしてあのシャーロンさん?」

「そうさ、あの子は元々私のパーティーの一員だったんだ」

 シャーロンさんはサラさんがスカウトした後輩の冒険者で、一から育てたので今でも仲が良いのだとか。

 だが、ある日太陽の華フラワーに来た指名依頼を受けたことから自体は一変したのだという。

 それは他愛もないゴブリン討伐依頼だった。だと思った。

 報告では80匹から100匹程の中規模な集落で、ゴブリンリーダーがいると言う。

 ゴブリンリーダーがいると一般のゴブリンの能力も強化され強くなる。ただそのリーダーは報告ではゴブリンヘッドだと言うことだった。

 ゴブリンヘッドはゴブリンリーダー最弱でそれほどゴブリンを強化しない誤差程度なのだ。

 メンバーとしてはあまり気乗りしなかった。ゴブリンは臭く汚い。

 だが奴らは女を狙って襲う。

 それはゴブリンがあるべき姿に戻るために襲うのだと言う。

 ゴブリンはエルフやドワーフ等の亜人種等と出自を同じくする存在であり、闇に落ちた亜人種なのだ。

 ゴブリンは元の姿に戻るため本能的に人形ひとがたの女を狙う。

 他亜人種と混血することにより元に戻れると信じているのだ。

 だがゴブリンは人間と亜人種の区別がついていない。

 つまり人間の女や巨人族、小人族ミニムの女も捕獲対象なのだ。

 だが、亜人種と交わったからといって原種に戻れるわけではなく、生まれるのはゴブリンかハイゴブリンなのだ。

 そして人族と交わると生まれてくるのがレッサーゴブリンなのだと言う。

「それじゃあ、この村周辺にいるレッサーゴブリンは人間が産み出してるのか?」

 サラさんは悔しそうにうなずく。

 それじゃ、あいつらは半分人間じゃないか。 

 地球人的感覚だと人から生まれているのだから人だ。

 容姿は関係ない。

 現代倫理観にさいなまれている俺を無視するかのように話はつづく。

 そして討伐依頼を受けた”太陽の華フラワー”はいつものように4人で討伐に向かった。

 だけどそこにあったのは中規模な集落などではなく、すでに数千に膨れ上がった『小鬼軍団ノ王国ゴブリンキングダム』だった。

 情報が古かったのか、繁殖が想定より早かったのか今となってはわからない言う。

 そして”太陽の華フラワー”は周囲を囲まれ逃げ場を失った。

 襲い来るゴブリンの群れはゴブリンキングをかしらに統率されており、通常のゴブリンの力を何倍にも引き上げられていた。

 リーダーのシーファは撤退を選んだが時すでに遅く、逃げることすらできない状態だった。

 誰かが囮にならないかぎり。

 シーファは鎧を脱ぎ捨て裸体はだかになった。

 それにより一瞬ゴブリンの統率が外れ、ゴブリンの戦闘力が落ちた。

 支配より本能が勝ったのだ。

 やつらは女を孕ませ原種に戻ることが最大の欲求だから意識がそちらへいってしまったのだと言う。

 その期を逃さず仲間を二人抱えサラさんは脱出した。

 シーファを残し、いや囮にしてとつぶやく。

「だから、わたしは違うんだよ、ケンタとは違うんだ」

「サラさんの気持ちを俺はたぶん理解することはできないし、癒すこともできないかもしれない。でもサラさんは絶望的状況から二人も救ったじゃないか」

「……でもシーファは救えなかった」

「それでも俺は言うよ、サラさんは二人を救ったんだ」

「私は……」

 そう呟くとサラさんは俺に抱きつき大きな声を上げ泣き出した。

 どのくらい時間がたったろう、サラさんが泣き止むと一言つぶやいた「シーファを助けたい」と。

「生きてるの?」

「ゴブリンの花嫁にされているのよ。彼女は死んでいないゴブリンを産み出す孕女はらめとして生かされてるんだ」

「助けにいきたいの?」

「違う、命を終わらせて苦痛から助けてあげたいんだ」

 ゴブリンの花嫁は効率よく子供を産ませるために体を作り替えられ動くことすらできないゴブリン生産機械と化すのだと言う。

 だからもう回復薬でも助けることはできない、命を終わらせる以外に救う手はないのとサラさんは苦渋の選択に顔を歪ませる。

「ケンタ、頼みがあるんだ。今日だけで良いから私を抱き締めて眠ってくれないかい?」

 俺はなにも答えず、サラさんを抱き締め横になった。

 ありがとうと小声で言うサラさんはすぐに寝息をたて眠ってしまった。

 俺と同じように怖くて不眠になっていたかもしれないな。

 俺もその温もりが心地よくそのまま眠りについた。

 翌朝、目が覚めると俺の横にはサラさんの姿はなかった。

 この町のどこにもいなかった。
しおりを挟む

処理中です...