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2巻

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 1 極寒の雪山


 名門貴族の三男に生まれたウィルこと僕、ウィリアム・グレーテルには魔法の才能がない。
 幼い頃にそれを知った僕は、生きる気力を失ってしまったんだ。だけど、そんなとき亜人あじんの女の子に励まされ、元気をもらった。
 それから亜人種に興味を持った僕は、彼らが誕生した理由を調べ始めた。
 世間ではのけ者扱いの亜人だけど、過去に亜人の女の子に助けられた僕は、彼らにも分けへだてなく接した。魔法の才能がないことも相まって落ちこぼれ、変わり者なんて呼ばれていたよ。
 そんな僕も十八歳になり、グレーテル家の習わしで領地をもつことになったのだけど……そこは屋敷以外何もない荒野だった。
 過酷な状況に落胆しながらも、僕は亜人たちが自由に生きられる街を造ることを決意する。
 かくして僕は、今まで隠してきた【変換魔法へんかんまほう】という力を駆使して、枯れた大地を復活させたり、様々な施設を造ったりした。
 大変な作業だけど、心強い味方になってくれた人たちもいる。
 僕の相棒的な存在で、亜人種の研究も協力してくれている神祖しんそと呼ばれる世界最古の吸血鬼、ユノ。
 幼い頃から僕をそばで見守るメイド長のソラ。
 元気いっぱいの猫獣人ねこじゅうじんメイドのニーナ。
 みんなのお姉さん的な存在のサトラ。
 しっかり者エルフのシーナと最年少メイドのロトン。
 そして、奴隷として売られていたところを助けた狼獣人おおかみじゅうじんのホロウ。
 そこへ新たに加わったドワーフのギランや、たくさんの仲間たちと一緒に、理想の街を目指して毎日奮闘している。


 そんなある日のこと。
 ソラや他のメイドたちに声をかけ、最後に研究室にいるユノを呼んだ。彼女たちを食堂に集め、話を始める。

「そろそろ領民探しを再開しようと思うんだけど、どうかな?」

 僕が今すべきは、領民を新たに引き入れることだと思った。エルフ、ドワーフと順調に集められているし、街造りと並行して領民も増やしていきたい。僕がそう提案すると、ソラが頷いてから言う。

「良いと思いますよ。ドワーフの方々の助力もあって、街造りを進められるようになりましたから」

 続いてニーナが声を上げる。

「あたしもさんせーい!」
「あとはどこに行くか、ですね」

 そうサトラが言った。僕はその言葉に頷きながら、みんなを見回して尋ねる。

「前みたいに誰かの故郷を探そうと思ってるんだけど、この中に我こそは! って人はいないかな?」
「あの――」

 最初に反応したのは、意外にもホロウだった。
 てっきりニーナあたりが元気よくフライング気味に名乗り出るかと思ったけど。

「もしよければ、私の故郷へ一緒に行ってほしいです」
「ホロウの故郷って、確かずっと北の方だよね?」
「はい。雪山が並んでいる地域で、そろそろ来るんです」
「来るって何が?」
「大寒波です。私の故郷は元々寒くて、今でも気温は氷点下の日が続いています。そこに追い討ちをかけるように、毎年九月の初めくらいから特大の寒波が来るんです」
「そ、それって大丈夫なの?」
「はい、なんとか。私の一族は寒さに慣れていますから。それでもギリギリ耐えられるレベルなので、とても人間に耐えられる寒さではなくなります」

 だから向かうのであれば、寒波が来る前にしてほしい。そうホロウは言った。
 今はもう八月の下旬。彼女の言う時期まで、一週間も残っていない。寒波は年を越すまで続くらしく、ここを逃すと来年になってしまう。

「そういうことなら決まりだね。次に行くのはホロウの故郷だ」
「よろしくお願いします」

 ホロウは頭を下げた。

「こっちこそ案内よろしくね。ユノも頼んだよ」
「うぅ……ワシ、寒いのは苦手なんじゃがぁ~」
「たくさん着こんでいけば大丈夫!」
「ほ、本当じゃろうな?」

 ユノは半信半疑の様子だった。
 出発は明日の早朝。僕たちは今日のうちに寒さ対策を十分に済ませ、極寒の地への旅に備えた。


 そして次の日の朝。
 天候は快晴だ。

「そういえば、この地域も来月から一気に寒くなるんだったね」

 僕の言葉にソラが頷く。

「確かそのはずですね。ウィル様たちが北へ向かわれている間に、こちらも寒さに備えて用意をしておきます」
「うん、よろしくねソラ。さて、ホロウ、ユノ、準備はいいかな?」
「はい」
「ふ、服が重いのじゃ……」

 ホロウはメイド服の上から毛皮のコートと帽子を着用。僕とユノは、彼女よりさらに分厚いコートを着て、手袋までして完全防備だ。寒がりのユノにいたっては、コートの中にもう一枚暖かい服を着ている。

「これで耐えられんかったらワシ、冬眠するからのう」
「冬眠って……熊じゃないんだから」
「そのときはおぶって運んでくれ」
「ちゃんと自分で歩いてよ……」

 そんなやり取りを終えて、僕らはユノが作り出した扉の前に移動する。空間魔法を使える彼女は、現在地と遠く離れた場所をつなげることができるのだ。
 ユノが繋げてくれた扉の先。
 僕も行ったことのない場所だから、少しワクワクしている。

「じゃあ行こうか」

 僕が扉を開け、二人が後に続く。抜けた先に広がっていた景色に、僕らは固まった。二重の意味で固まった。

「「寒っ!」」

 僕とユノは思わず声を上げた。
 一面、雪化粧ゆきげしょうした森に、僕ら三人はポツンと立っている。
 壊れた建物の壁に付けられた扉がある。寒さに慣れていない僕とユノは、気温の落差に身震いした。

「なんじゃここは! もう寒いぞ!」
「えぇ? ユノは来たことあるんじゃないの? この扉付けたのユノでしょ?」
「こんな寒い場所なんて知らんぞ! そもそもこのあたりを訪れたのはうん百年前じゃ!」
「その間に気候が変わったのかな? ホロウは大丈夫なの?」
「これくらい全然平気ですよ。私の故郷はもっと寒いですから」
「こ、これより寒いじゃと? ワシはもう無理かもしれん……後は頼んだのじゃ」
あきらめるの早いよ!」

 ツッコミを入れた僕も、予想以上に寒くて驚いていた。今の気温はどのくらいなんだろう? ゼロ度は超えていると思うけど……

「ここからさらに北か……結構移動しないと駄目だめなんだっけ?」

 ホロウが頷く。

「はい、おそらくまだ遠いです。私はこの森を知りませんから」
「なら歩こう。ほら、ユノも行くよ」
「おぶってくれ~」
「駄目です」

 情けない声を出すユノ。
 彼女の手を取って引きずるように、僕は北を目指して歩を進める。
 ホロウの故郷は、王国からずっと北に向かった山奥にあるらしい。
 そこはどの国にも属しておらず、ホロウは自分たち以外の種族が住んでいるのを見たことがないと言う。
 その理由は単純で、普通に暮らせるような環境ではないからだ。
 もっと具体的に言うならば、気温が低すぎる。一番暖かいときですら、氷点下マイナス三十度。大寒波におそわれている九月以降の四ヶ月間は、平均マイナス八十度前後という話だった。

「マイナス八十度って……地獄じゃろ」
「ホロウは平気だったの?」

 ホロウに質問を向けると、彼女は笑みを浮かべて答える。

「はい。私たち狼人おおかみびと族は、獣人の中でも寒さに強いですからね」
「いや、強いとかそういうレベルではないぞ……もしかして主、氷結系の魔法とか効かないのではないか?」
「ま、魔法ですか? それは試したことがないのでなんとも……」

 二人の会話に僕は口を挟む。

「それよりこっちで合ってるの? さっきからホロウに案内されるままついてきてるんだけど」

 僕らは現在、出発地点から北上を続けていた。
 辺りの景色は依然として白一色。心なしか寒さが増しているようにも思える。途中でホロウが先頭に立ち、僕らを先導してくれていたんだけど……

「はい。知っている道に出たので大丈夫ですよ」
「そうなんだ」

 僕にはさっきまでとの違いがわからないが、自信ありそうだし大丈夫かな。それより心配なのは……隣でブルブルと体を震わせているユノだ。

「ユノ、大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるのか?」
「いや、ごめん。全然見えないから聞いたんだけど」
「なら見ての通りじゃ。寒すぎて無理……耐えられる気がせん」
「そ、そっか……ホロウ、あとどのくらいかかるかわかる?」
「まだずっと先です。この森を抜けた先に山があるので、そこを越えてさらに奥。もう一つある山の中腹に、私の故郷はありますから」

 思った以上に遠いらしい。そして、どんどん寒さが増しているように感じるのは、どうやら錯覚ではないようだ。
 山に近づくにつれ、気温が急激に下がっていっている。

「ウィル様、山が見えてきましたよ」

 ホロウが斜め上のほうを指差す。木々の合間には、うっすらと山の輪郭りんかくのようなものが見える。

「えっ、もしかしてあれ?」
「はい。雲がかかっているようですね」

 雲のせいなのか。
 ほとんど輪郭しか見えないし、どれだけ高いのかもわからないぞ。ただ確実に言えるのは、あの山は今いる場所よりも寒いということだ。

「……これは、僕らも覚悟を決めなきゃ駄目だね。ほら頑張るよ、ユノ」
「嫌じゃぁ……帰りたい」

 ここまで弱々しく嫌がる彼女は、これまで見たことがない。
 それほど寒さに弱かったのか。
 とはいえ、ここで引き返すわけにもいかない。
 ホロウも言っていたが、今の時期を逃せば来年になってしまう。ユノもそれはわかっている。だから、嫌だ嫌だと言いながらも、僕らについてきているんだ。
 そうして進むこと三十分。僕たちは山のふもとに到着した。
 寒さはさらに増している。
 見上げると、山の頂上が雲に隠れて見えなくなっていた。

「随分高いね……これを登るの?」

 僕はホロウに尋ねた。

「はい。さすがに頂上までは行きませんが、中腹くらいまで登ってからグルリと回ります」

 中腹って、どの辺りを指しているんだろうか。
 そういえば、雪山の登山なんて生まれて初めての経験だ。大変だとは聞いているけど、実際はどれほどなんだろう。
 それをこれから体験するのか。

「……よし」

 僕は覚悟を決めて一歩を踏み出した。
 雪山育ちのホロウは、難なく登っていく。
 置いていかれまいと頑張る僕とユノ。
 体力には自信があったけど、次第に息が上がってきた。
 柔らかい雪道、かつ斜面なので、簡単に足を取られてしまう。
 そこに気をつけて進んでも、問題なのは寒さだ。
 山を登り始めてから、明らかに気温が十度くらい下がっている……気がする。
 まばたきを細かくしていないと、痛くて目が開けられない。呼吸をするたびに冷たい空気が入ってきて、肺がキリキリときしむように痛む。
 そして寒さは全身の動きをにぶらせる。筋肉が強張こわばってしまい、上手く使えなくなる。体感的には、いつもの三倍は疲れやすい。

「はぁ……はぁ……」
「ウィル様、大丈夫ですか?」
「うん……僕はなんとかね」

 疲れは感じているけど、動けないほどではない。
 しかし、彼女は限界に達していた。
 バタンッ――その音に後ろを振り返ると、ユノが倒れ込んでいた。

「ユノ?」
「ユノさん!」

 急いで駆け寄り、ユノを抱き上げる。
 脈と呼吸を確認すると、どちらも正常だった。

「大丈夫なんですか!?」
「うん、眠っているだけみたい。ユノ! 起きてユノ!」

 声をかけ、頬を軽く叩いてみる。
 しかし、起きる気配はまったくなかった。これは良くない事態だ。彼女が眠ってしまえば、屋敷と先ほどの扉を繋げる空間魔法が使えないので、一旦屋敷に戻るという選択肢がなくなる。
 そして、状況はさらに悪化していく。穏やかだった天候が急激に荒れ始め、視界がさえぎられるほどの吹雪ふぶきとなったのだ。

「こ、これはさすがに……」
「ウィル様! あそこへ避難しましょう!」

 ホロウが示した先には、かすかに穴があるように見えた。
 僕は眠ったままのユノを抱きかかえ、ホロウと一緒にそこへ向かう。
 雪におおわれた山肌に、小さな穴が空いていた。
 穴へ駆け込む僕とホロウ。
 穴の中は道が続いていて、二十メートルくらい進むと突き当たった。僕はそこでユノを下ろし、変換魔法でたきぎを生み出して暖を取ることにした。

「ウィル様、ユノさんは大丈夫なんですか?」

 眠るユノを心配そうに見つめるホロウが、僕に尋ねてきた。
 僕は軽く頷いてから答える。

「心配ないよ。ただ眠っているだけだから」

 神祖であるユノは不老不死の存在だ。魔力が尽きない限り死ぬことはない。
 しかし、無敵というわけでもないから、こうして寒さにやられるとダウンしてしまう。
 この様子だとしばらく起きそうにないな。

「困ったなぁ……ユノが起きてくれないと、屋敷にも戻れないよ」
「ならもっと暖かくすれば」
「そうしたいんだけど、薪で起こせる熱には限界があるんだよ。それに洞窟の中なのに、外とほとんど寒さが変わらないから、この雪山を抜けない限りは難しいかな」
「ですが、この吹雪の中を進むのは危険すぎます」
「うん、しばらくここで待機だね」

 外は猛吹雪が続いている。
 視界は悪く、てつく寒さが襲いかかってくる。
 ユノがこの状態じゃ戻ることもできない。
 そして、進むこともできない。
 有体ありていに言うと、僕たちは雪山で遭難そうなんしてしまったというわけだ。


 一時間後――
 吹雪は一向にやむ気配がない。
 それどころか、さらに悪化しているようにも思える。
 僕は薪に触れそうになるほど近づいて、体を震わせながら寒さに耐えていた。

「私のコートをお貸ししましょうか?」
「駄目だよ。君は寒さに強いだけで、まったく影響されないわけじゃないんだろ?」
「ですがウィル様のほうが……」
「僕はまだ大丈夫。これくらいなら耐えられる」

 そうは言ってもギリギリだった。体を動かしていないせいもあって、凍てつく寒さが体をむしばんでいく。
 体感だが、僕の体の限界は残り一時間くらいと見て良いだろう。
 僕は立ち上がる。

「ウィル様?」
「進もう。このままこもっていたら、いずれ体が動かなくなる」
「それは無茶ですよ! 外はまだ吹雪ふぶいているんですよ!」
「そうだけど……ここにいても寒さはしのげないんだよ」

 僕は極限の寒さのせいで、冷静に物事を考えられなくなっていた。そんな僕をホロウは必死で止めようとする。

「一旦落ち着いてください! ウィル様の魔法で、そこの入り口をふさぐことはできますよね?」
「それはできるけど」
「塞いでしまえば、外からの寒さは凌げます。完全に塞ぐと空気の通り道がなくなるので、少しは隙間すきまを空けないといけませんが、それでも今よりずっとマシになると思います」
「確かに……やってみるよ」

 ホロウにさとされ、僕は洞窟の入り口を八割くらい塞いだ。
 すると、彼女の言ったように多少だがマシになった。
 体の震えも、しばらくしたら落ち着いた。

「ありがとう、ホロウ。君に助けられた」
「いえ、私はただ意見を言っただけですから」
「それがなかったら、僕は外でこごえ死んでいたよ」

 普段の自分なら、もっと冷静な判断を下せただろうか。
 入り口を塞ぐという簡単な案なら、最初に出てもおかしくなかったはずだ。
 判断力が鈍っていたことを自覚させられる。たかが寒さとあなどっていた自分が愚かだったと反省した。

「とはいえ、この程度じゃユノは起きてくれないか」
「そのようですね」

 ユノは未だにぐっすりと眠っている。それこそ数日徹夜した後くらい、深く眠っているように見える。

「ホロウの故郷は、寒さ対策はしているんだよね?」
「もちろんです。室内なら、コートがいらないくらい暖かいですよ」
「だったら、そこまでたどり着ければユノも目覚めるかな」

 希望を口にしながら、わずかに開いた隙間から外を見る。
 吹雪はまだ収まる気配がない。持ってきた小さな時計で時刻を確認すると、すでに午後七時を回っていた。

「今日はここで一夜を過ごすことになりそうだね」
「そのようですね。夜は昼中よりずっと気温が低いので、気をつけないと」
「ならもっと近づこう。そうすれば、今より暖かいでしょ?」
「……はい」

 僕らは薪のすぐ傍らで肩を寄せ合った。
 眠っている間は特に体温が落ちやすいから、こうしていたほうが安全だ。
 ユノは僕の膝の上で眠っている。隣で寄り添うホロウの頬が、赤く染まっていることに僕は気付いた。


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