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閑話

ソラ⑥

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 互いを意識したままの僕たちは、部屋の中を一通り確認し、荷物を適当な場所に置いた。
 そして、ちょっぴりソワソワしながら部屋の窓を開ける。
 開けた窓から心地良い風が吹き込んできて、僕は平常心を取り戻す。

「ソラ、街を見て回ろうか」

 僕は普段通りに笑う。
 そんな僕を見たソラも、いつもの調子を取り戻す。

「そうですね」

 そうして僕たちは宿を出る。
 温泉街と呼ばれている街並みを観光するために。

 外へ出た途端に湯の香り。
 行き交う人々の半数が浴衣を着ていて、ちょっぴり頬が赤い。
 まじまじと他人を見ることは出来ないけど、一瞬でもわかるくらい髪が濡れている人もいる。

「きっと温泉に入ったばかりなんだろうね」

「そのようですね」

 僕らが歩いている道には、たくさんのお店が並んでいる。
 その中のいくつかに、温泉と書かれた建物がある。
 出てくる人からほんのり湯気が出ている。
 それを見ながら、ソラが僕に言う。

「私たちも入ってみますか?」

「その前に服を見ようかと」

「服……浴衣ですか?」

「うん。買いに行こうって約束したからね」

「はい」

 せっかく温泉街を歩くんだ。
 他の皆みたいに浴衣姿で歩いたほうが、ずっと雰囲気も良いだろうと思った。
 僕らは街を散策し、浴衣を売っている店を探す。
 五分ぐらい経った頃、案外すぐに店は見つかった。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。彼女に合う浴衣がほしいのですが」

 女性店員の視線がソラに向けられる。

「ご購入ですか? それとも貸し出しをご希望ですか?」

「貸し出しなんて出来るんですか?」

「はい」

 店員の話によると、購入よりも貸し出しのほうが多いらしい。
 浴衣を着る機会なんて、ここへ来るとき以外はなさそうだかね。
 それと買うより借りたほうが安いらしい。

「貸し出しになさいますか?」

「いえ、せっかくなので買います」

 僕は購入を選択した。
 旅の思い出として、ソラへのプレゼントの一つになれば良いと思って。

「かしこまりました」

 その後は、採寸をするためソラだけ奥へと入って行った。
 僕はお留守番。
 それなりに時間がかかるそうで、軽く店の外を見たりもした。

 一時間後――

「おまたせしました」

 店員と一緒に、ソラが出てきた。

 浴衣姿の彼女に僕は見入る。

 浴衣の色は、彼女の髪色に合わせた白と水色。
 髪も結ってもらっている。
 慣れない服装で恥ずかしいのか、ちょっぴり照れている様子。
 顔を隠すように髪を触る仕草なんて、とびっくり可愛らしいと思える。

「どうでしょうか?」

「最高に似合ってるよ」

 僕は精一杯の笑顔でそう答えた。
 ソラはもっと頬を赤くして、一瞬だけ目を伏せる。
 それからゆっくりと目を開け、緩んだ口元を整えてから言う。

「とても嬉しいです」
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