上 下
153 / 159
閑話

ソラ④

しおりを挟む
 ソラと一緒に空の旅。
 なんてくだらない駄洒落が頭を過ぎったが、馬鹿らしいので口にしない。
 とにもかくにも僕たちは、ユルティエナへ向けて出発した。

「その服って自分で選んだのかい?」

「いいえ、自分ではわからなかったで皆さんに聞きました」

「なるほど、みんなよくわかってるね」

 ソラの良さを際立たせるチョイスだ。

「それよりもウィル様」

「ん?」

 ソラの視線は、僕の手元へと向けられる。

「ハンドルを握らなくても大丈夫なのですか?」

「うん。自動操縦に切り替えたからね」

 空飛ぶバイク改良版は、目的地を登録するだけで勝手に動いてくれる。
 もちろん偶には確認したほうがいいけど、基本的には手放し運転で大丈夫になった。
 ちなみに半径五十メートル以内に魔物が接近したら、警報がなるようにしてある。
 防犯対策もバッチリだ。

「片道二十時間かかる道のりだからね。行き帰りで疲れちゃったら勿体ないでしょ」

「確かにそうですね」

 そんな感じにのんびりと、僕らは移動の時間を過ごす。
 寛ぎながら昔話に花を咲かせたり、眠くなったらスヤスヤ眠る。
 ソラは特に、屋敷での生活では味わえないような緩い時間が過ぎていく。
 
 そして――

「ソラ、見えてきたよ」

 下を見下ろし指をさす。
 ソラが覗き込むように顔を出すと、そこに見えたのは湯煙が立ち昇る街並みだった。

「あれがユルティエナ、温泉の街ですね」

「うん、見ての通りだね」

 ユグドニア共和国は、いくつもの活火山を有した国だ。
 その影響から、どの街も比較的暖かい気候を維持している。
 雪が降るほど寒い北の大地で、唯一半袖で過ごせる国でもあった。
 中でもユルティエナは特徴的で、一週間に一度という一定周期でしか雨が降らない。
 つまり、観光に際して天候を気にかける必要がないんだ。

「一週間に一度の雨の日は、街全体が休業するらしいよ」

「客足が途絶えますからね。実に合理的です」

 僕らはバイクを近くの岩陰に降ろす。
 さすがに直接向かうと、何事かと騒がれてしまうからね。
 途中からは徒歩に切り替える。
 幸いなことに、ユルティエナ周辺に魔物は生息していない。
 俺たちはゆるりと散歩するように、ユルティエナに向けて歩いていく。

「中に入ったら、先に宿をとろうか」

「そうですね。荷物も置いておきたいです」

「うん。良いところを見つけなきゃね」

「はい」

 ユルティエナに入るときは、簡単な検問がある。
 怪しい物を持っていないかとかをチェックされる。
 場合によっては身元も確認されるけど、よっぽど怪しまれない限りは大丈夫だ。
 僕らは普段通りに接しながら、検問のおじさんと話す。
 問題なく許可が下りて、街へと入っていく。

「温泉の匂いがするね」

「はい。私たちの街とは違った活気がありますね。悪くないです」

 ユルティエナの街並みは、これまでのどの街とも違う。
 温泉街と呼ばれていて、建物は全て木造建築。
 二階建て以下の建物しかなく、色合いも特徴的だ。

「皆さんの服装も変わっていますね」

「あれは浴衣っていうらしいよ。この国独自の衣装なんだって」

「そうなのですね」

 ソラは通り過ぎる浴衣姿の女性を眺めている。

「あとで買いに行こうか」

「良いのですか?」

「もちろん。僕もソラの浴衣姿が見てみたいし」

 きっと似合うに違いない。
 そう思って楽しみにしておこう。

「その前に宿だ。えっと……」

 ぐるりと見渡す。
 いくつか宿らしき看板はあるが、どこが良いのかわからない。

「こういうときは直感に頼ろうかな? ソラの」

「私のですか?」

「うん。どこが良いと思う?」

「そんな急に……そうですね。じゃあ――」

 ソラが指をさしたのは、二階建てで赤っぽい屋根の宿だった。
 看板には『ユノハナ亭』と書かれている。

「あそこにしましょう」

「よし! 決まりだね」

 彼女の直感を信じて、僕らは宿の中へと入る。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。