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花嫁編

243.成就せり

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 僕の誕生際で盛り上がった翌日。
 街中を挙げての祭りだったから、その片付けも大変だ。
 僕も一緒に手伝って、半日かけて元通り。
 祝われた側が片づけを手伝っている光景は、傍から見れば滑稽に映るかもしれないな。
 街の皆には、自分たちでやるから大丈夫だと言われたけど、僕が無理やり押しかけて、片づけを手伝ったんだ。
 祝ってくれた皆への、僕なりの礼儀として。

「ウィル様らしいですね」

「そうかな?」

 僕は懐中時計を取り出し、何気なく時間を確認する。

「その時計……」

「あー、これはレミリア様からの贈り物だよ。前に来られた時にね」

「レミリア様が……」

「ソラ?」

「レミリア様にもお声をかけるべきでしたね」

「いや、たぶん来られないだろうから」

「そうなのですか?」

「うん。今は特に忙しいみたいだから」

 だから前もって僕に贈り物を届けにきてくれたわけだし。
 そのうちまた遊びに来ると思うけど。

 一週間後――

「来たわよ!」

「早かったですね」

 レミリア様が僕の屋敷へやってきた。
 今回もお忍びで。
 そして、アポなしでの訪問だった。

「ごめんなさい。どうしても速くあなたに報告したかったの」

「っということは、遂にですか?」

「えぇ、ついに叶ったわ」

 レミリア様は自分の胸に手を当てる。
 そうして高らかに、堂々と宣言するのだ。

「私はユリウス様と婚約するわ!」

 彼女の念願。
 抱いていた恋心が遂に成就した。
 一方通行だった想いが、ようやく交わったんだ。

「おめでとうございます。レミリア様」

「ありがとう、ウィリアム」

 僕とレミリア様は執務室で語らう。
 他人に聞かれてはまずい内容だから、他の人には内緒の話だ。

「いつです?」

「まだ先よ。決まったといっても、正式な発表は一月くらい遅れるわ」

「そんなに後なんですか?」

「ええ、色々あるのよ。私は王女だから」

「なるほど」

 王女である彼女には、僕なんかが思いつかない苦労があるのだろう。
 念願が叶った喜びと同じくらい、不安も過ぎっているんじゃないか。
 ただ一つの幸せも、普通には味わえないんだと思うと、少し悲しくなる。

「大変そうですね」

「まぁね。だけど、わかっていたことだから不安はないわ」

「そうなんですか? てっきり不安なものだと」

「ないわよ不安なんて。だって、私とユリウス様だもの」

「ははっ、そう言われると納得しちゃいそうですね」

「ええ」

 レミリア様は下を向き、小さく息を吐く。
 そうして顔をあげ、改まって僕に言う。

「ウィリアム、あなたには感謝しているわ」

「えっ、急にどうしたんですか?」

「私がユリウス様と婚約できたのは、あなたのお陰よ。だから、本当にありがとう」

「何を言ってるんですか。僕は何もしていません。婚約できたのも、レミリア様の頑張りがあったからこそですよ」

 実際に大したことはしていない。
 特にこの街へ来てからは、グレーテル家との縁も切れている。
 そんな僕に出来るサポートは限られていた。
 僕はそう思っているのだが、姫様は否定するように首を振る。

「指輪のことを覚えているかしら?」

「ミリオン鉱石を加工したあれですか?」

「ええ……あの指輪がきっかけだったの」

 レミリア様は語ってくれた。
 誕生日に贈った指輪を、兄上はとても喜んでいたらしい。
 同時に興味を持っていた。
 ミリオン鉱石を加工できる技術者がいることを。
 そして、その技術者がウィルの街にいると知って、二人の交流は密になった。

「あなたでしょう? 指輪の加工について話したのは」

「あぁ~ そういえば、王都で会ったときに話した気が……」

 あの時は言った後で後悔した。
 褒められた嬉しさで口を滑らしてしまったんだ。
 あんなことを言えば、僕とレミリア様の交流をバラしているようなものなのに。

「すいません……」

「謝る必要はないわ。そのお陰で、ユリウス様は私と会う機会を増やしてくださったの」

 レミリア様は、これを好機と捉えたらしい。
 長年溜め込んだ兄上への想いを胸に、グイグイと距離をつめていった。
 兄上にとっても、レミリア様との関係は望んだものだっただろう。
 僕の知る兄上なら尚更だ。
 そうして、二人は婚約に至った。
 一方は強い想いから、もう一方は自身の利益のため。
 純粋な愛とは異なる。
 利害の一致というものだ。
 それを悲しいと、彼女は思っていない。

「だってわかっていたことだもの。そういう所も含めて、私はユリウス様を愛している。だから幸せよ」

「はい。知ってますよ」

「ふふっ、そうよね。ウィリアムは知っているわよね」

 どちらのことをよく知っている。
 だからこそ、二人はお似合いだと思ったし、幸せになってほしいと願っている。
 まぁ、僕の願いなんてなくても、二人なら大丈夫だろうけど。

「ともかく、私はこれで満足だわ! あなたもよく働いてくれたわ!」

「お褒めに預かり光栄です」

「それじゃ、今度はあなたの番よ!」

「はい、そうです……え?」

「え?じゃないわ! あなたが恋を成就させる番だって言ってるのよ!」

「ちょ、ちょっと待ってください。僕の……恋?」

「あら、もしかして無自覚なのかしら? それともわざと?」

「な、何の話ですか?」

「ふふっ、だったら丁度いいわね」

 互いの会話が成立しないまま、レミリア様は一枚の紙を机に置く。
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