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花嫁編

240.前日

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 悩みを忘れるくらい笑った後も、僕はレミリア様に魔界への入り口を紹介した。
 せっかくだし行って見ませんか?
 と聞いてみたけど、怖いから止めておくと断れてしまった。
 とても残念だ。
 レミリア様なら、ベルゼとも仲良くなれそうだと思ったんだけど。
 そうして屋敷に戻った頃には、西の空に日が沈みかけていた。

「あら? もうこんな時間なのね」

「みたいですね」

「お二人とも、お帰りなさいませ」

 屋敷に戻った僕らを、ソラが出迎えてくれた。
 
「こんばんは。あなたは元気そうね」

「はい、レミリア様もお変わりなく」

 二人があいさつを交わす。
 ソラがチラッと僕を見てから、レミリア様に視線を戻して尋ねる。

「本日は宿泊なされますか?」

「いいえ、このまま帰るわ。予定があるの」

「ですが、もう日が沈みかけています」

「知っているわ。でも大切な予定なの。一秒たりとも遅れたり出来ないわ」

「そうでしょうね」

 理由を知っている僕は、レミリア様に同調する。
 その様子を見てなのか、ソラは寂しそうな目を向ける。

「僕が途中まで送りましょうか?」

「心配要らないわ。私が何回ここへ遊びに来ているか忘れたの?」

「そうおっしゃると思いましたよ」

 僕とレミリア様は笑い合う。
 すると、レミリア様が何かに気付いて、先に笑うのを止めた。
 彼女はゆっくり振り向き、ソラのほうへ歩み寄る。

「レミリア様?」

 そして、ソラの耳元で何かを囁く。

「心配しなくても、あなたが想像しているようなことはないわ」

「えっ……」

「ふふっ、でもね? あんまりモタモタしてると、貰っちゃうかもしれないわよ?」

「そ、それは駄目です!」

 僕には何を言っているのか聞こえなかった。
 ただ、急にソラが大きな声を出したことに驚かされた。
 どうやら当人も驚いているようだが。

「も、申し訳ありません!」

 ソラは慌てて謝罪した。
 レミリア様は楽しそうに笑っている。

「そう思うなら、もっと素直になることね。お互いに」

 レミリア様は僕のほうにも目を向ける。
 僕には意味がわからなくて、首を傾げてしまった。
 それに呆れたのか、レミリア様はやれやれとジェスチャーをする。

「それじゃ、私は行くわ。馬車を待たせているし」

「はい。またいらしてください」

「ええ。次に来るときは、ちゃんとした報告をするわ」

「期待しています」

「お、お気をつけて」

 そうして、レミリア様は去っていった。
 彼方へと消える馬車を見送りながら、僕はソラに尋ねる。

「ねぇソラ、さっきレミリア様になんて言われたんだい?」

「特に何も」

「いやいや、そんなことないでしょ? すごく動揺していたし」

「動揺なんてしていません」

「えぇ……」

 その後も聞いたけど、ソラは頑なに教えてくれなかった。
 これはあれか?
 今朝の意趣返しなのだろうか?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 四日後――

 太陽が真上に昇っている。
 乾いた風が吹き抜ける中、僕は仕事で屋敷の外へ出ていた。
 ちょうどそれが終わって戻ってきたところだ。

「っと、今の時間は」

 ポケットから懐中時計を取り出す。
 レミリア様から貰った時計は、自分でも驚くほど馴染んでいた。

「お帰りなさいませ、ウィル様」

「ただいま、ソラ」

 戻った僕を彼女が出迎えてくれた。

「昼食の用意が出来ております。」

「うん、ありがとう」

 僕らは二人で屋敷の中へ入っていく。
 食堂を向かう道中、僕は街で感じた疑問を彼女に打ち明ける。

「ねぇソラ、最近何か街で変わったことって起きてないかな?」

「特に報告はありませんが」

「そっか。何だが今日のみんな……ちょっと様子がおかしかったような~」

 僕が言うと、ソラがピクリと反応したように見える。

「気のせいではありませんか?」

「う~ん、何だか忙しなかったような気も……」

「気のせいでしょう。さぁ昼食に急ぎましょう」

「えっう、うん」

 ソラの様子もいつもと違う気が……
 いや、これは別に今日だけじゃなくて、レミリア様が来た日からなんだけど。
 そうしてモヤモヤしながら昼食を終え、僕は執務室へ戻った。
 すると、すぐにユノがやってくる。

「入るぞ~」

「ユノ? どうしたの?」

「行きたい所があってのう。主にも一緒に来てほしいから誘いに来たのじゃ」

「今から?」

「うむ」

「う~ん、わかった。ちょっと待ってて! すぐに仕度するから」

「なら玄関で待っておるぞ」

 そう言ってユノが部屋から出て行く。
 出て行った後で、僕は気付く。

「あっ……行き先聞いてないや」

 僕としたことがうっかりしていた。
 まぁユノの頼みだし、どこでも一緒にくらい行くけどさ。
 それから十分ほどで仕事の一部を終わらせ、ユノの待つ玄関へ急ぐ。

「お待たせ!」

「遅かったのう。大丈夫じゃったのか?」

「うん」

「そうか。ならば行くぞ」

 ユノは扉を繋ぐ。
 
「ユノ、どこへ行くの?」

「ん? あー、どこじゃろうな」

「えっ? どこって……」

「まだ行き先は決めておらんかったわい」

 僕の頭の中が疑問で一杯になる。
 困惑する僕を見て、ユノが尋ねる。

「何じゃ? 主ならてっきり気付いておるかと思ったんじゃがのう」

 僕はキョトンとする。

「まぁよい。とにかく付き合ってもらうぞ? 明日の朝まで、ワシとのデートじゃ」

「デ……えぇ!?」
 
 訳のわからないまま、僕はユノに連れられ扉を潜る。
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