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花嫁編

229.見えない怖さ

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 翌日。
 いつものように、トウヤたちは訓練に励んでいた。
 剣を交えるトウヤとイズチ。
 訓練中、イズチはトウヤが集中を欠いていることに気付く。

「どうしたんだ? 何か心配事でもあったか?」

 イズチが剣を止めて尋ねると、トウヤは時計のほうを見る。

「いや……」

 時計の針は、午前八時十五分を指していた。
 この時間に何かがあるわけではない。
 トウヤは時間が気になっていた。
 その理由を、イズチは勘付く。

「そういえば今日は来ていないな」
 
「ああ」

 ニーナが顔を出していない。
 いつもなら、八時を回ると元気いっぱいに駆け込んでくるのに、今日は来ていない。
 別に来ないと駄目だというわけではないが、最近は来るのが当たり前になっていて、トウヤは心配になっていた。
 訓練に集中できないほどに……

「はぁ、そんなに気になるなら、様子を見に行ったらどうだ?」

 見かねたイズチが、剣を収めて提案する。
 すると――

「悪いな」

 トウヤはそう言って、そそくさと訓練場を出て行った。

「からかう暇もなかったな」

 と、トウヤがいなくなってから呟くイズチ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 トウヤは駆け足でウィルの屋敷に向かった。
 屋敷が近づくにつれ、不安が強く濃くなっていく。
 どういうわけなのか、嫌な予感が増えていく。
 トウヤは焦りを感じながら、駆ける速さを上げ、屋敷にたどり着いた。

「おーい、ニーナはいるか?」

 玄関の扉を開けた後、トウヤはすぐに彼女の名前を呼んだ。
 しかし返事はない。
 それどころか、他のメイドたちも見当たらない。
 屋敷は異様な静けさに包まれ、ある種不気味にさえ思えた。

「トウヤ」

「ウィル!」

 ふいに階段から声をかけられた。
 ウィルの姿を見て、トウヤは安心して呼吸を整える。

「早くこっちへ!」

「はっ?」

 何の脈絡なく、ウィルは階段を昇っていく。
 トウヤが聞くタイミングを逃し、置いていかれないようについて行く。
 説明のないまま案内されたのは、ニーナの部屋だった。
 部屋の前にはソラが待っている。
 表情から察せられるに、あまり良い状況ではなさそうだった。
 トウヤはごくりと息を飲む。

「ニーナ、入るよ」

 ガチャリ……と扉を開けると、ニーナがベッドに座っていた。
 中へ入る二人。
 気配に気付いた彼女が、ぱっとトウヤのほうを見る。
 その瞬間、ニーナは立ち上がり、トウヤの胸へ飛び込んだ。

「うおっ、何だよ急に!」

「トウヤぁ~ とうやぁ……」

 そのまま泣き崩れてしまう。
 心配になるトウヤだが、外見から怪我はしていないとわかる。
 泣いてもいるが、元気と言えば元気そうで、一先ず安心したようだ。

「で、何で泣いてんだよ?」

「ぅ……見えないの」

「あぁ?」

「見えなくなっちゃの! みんなの顔が!」

「なっ……」

 トウヤは驚き固まる。
 そして、事態の重みを知ることになる。

 数分後。
 落ち着きを取り戻したニーナとから事情を聞く。

「つまりあれか? 目が覚めたら、急にオーラ以外が見えなくなったと」

「うん……」

「前触れもなかったのか」

 こくりとニーナが頷く。
 トウヤはウィルの目を向ける。

「僕も驚いたよ。朝方、急にニーナの叫び声が聞こえたからね」

 冷静に答えるウィルに、トウヤは目を細める。

「……お前、何か知ってんのか?」

 ウィルが小さく反応する。
 さらにトウヤが続けて言う。

「いつものお前なら、もっと慌てたり心配するだろ? なのに今は冷静じゃねぇーか」 

「さすがよく見てるね」

 ウィルは長く息を吐く。
 それから、彼女の状態について説明する。

「これは感受者にのみ起こる視覚障害だ。以前に僕とユノで、ニーナの眼について調べたんだけど、そういう症状があるって記事を見つけたよ」

「視覚障害?」

「うん。今の彼女みたいに、見えないものしか見えなくなるらしい」

「治るのか?」

「放っておくとこのままだね」

「方法はあるんだな?」

「うん」

 そう言って、ウィルは一冊の本を取り出した。
 本はボロボロで年季が入っているのがよくわかる。

「こいつは?」

「とある遺跡で見つけた一冊だよ。ここに、彼女のような眼の持ち主について記されていたんだ」

 その文献には、真眼しんがんと紹介されていた。
 遠い昔から、彼女と同じ眼を持つ者たちが、僅かながらに存在していたらしい。
 真眼は、見える物と見えない物の境界を曖昧にする。
 故に使いすぎると、どちらが見えるべきものかわからなくなってしまう。
 もっと簡単に言えば、認識が逆転してしまうのだ。

「ここに書いてある治療法は一つ、自分自身を見ることで、認識を元に戻すという方法だった」

「自分自身? だがそいつは、この眼でも見えないんじゃなかったのか?」

「うん、普通は見えない。だから、見える場所に連れて行くしかない」

 ウィルはそう言い、今度は世界地図を取り出す。
 そうして指を指したのは、南東にある何の変哲もない土地だった。

「この場所の洞窟があるんだけど、その奥に滝がある。その滝は【真実の滝】と呼ばれていて、本当の自分を映し出すと言われているんだ」

「何だよその……御伽噺みたいなのは。本当なんだろうな?」

「うん。ユノが行って確かめてるから、間違いないよ」

 いずれこうなることを予想して、ウィルとユノは準備をしていたらしい。
 だから今も冷静でいられる。

「予め伝えるべきだったんだろうけど、不安にさせたくなかったから黙っていたんだ。ごめんねニーナ」

 ニーナはブンブンと首を横に振る。

「じゃあさっそく行こう。準備は出来て――」

「待てウィル」

「トウヤ?」

「オレが一緒に行く」
 
 唐突に、トウヤはそう言い出した。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
唐突ですが、新連載始めました!

「クラフト系スキルで異世界(無)人島開拓を始めよう」

本日より更新開始します。
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