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魔界開拓編

215.猶予

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 二人の笑い声は、部屋の外にも微かに聞こえてきた。
 激しい戦いの後に訪れる休息。
 ベルゼもやっと心と身体を休ませることが出来る。

「うっ……」

「ベルゼ君?」

 そうはいかないらしい。
 ベルゼはわき腹を押さえて苦しみ出した。
 サトラが布団を退けると、シーツにしみるほどの出血が進んでいた。

「ど、どうして……」

「やっぱりベルゼもか」

「ウィル様!?」

 僕が後ろから声をかけると、サトラは驚いて振り向いた。
 ベルゼは痛みに耐えながら、僕に気付き起き上がろうとする。

「ウィル……」

「無理しちゃだめだよ! 君も傷が塞がっていないんだろ?」

「ウィル様、それはどういう……」

「僕にもわからない。ただ、狂った魔女から受けたダメージが、どうやっても回復させられないんだよ」

「そんな……」

 サトラの顔が暗くなる。
 そして、僕が彼女に目を向けている間に、ベルゼは起き上がっていた。

「ベルゼ! 起きちゃ駄目だって――」

「ネビロスは?」

「っ――!」

「我も……ということは、ネビロスの怪我も」

「……うん」

 察しの通り、ネビロスの怪我も回復していない。
 治療薬、ポーション、回復魔法……あらゆる手段を試してみたが、どれも効果がなかった。
 さらに言えば、ネビロスの怪我は誰よりも酷い。
 肩上腕を失い、大量の血が流されていたからだ。

「今はユノが見てくれてる」

「まだ……生きておるのだな?」

「うん。だけど危険な状態だ」

 傷は無理やり縫って塞ぎ、輸血をして生命を維持している。
 意識はなく、ギリギリの状態なんだ。
 ベルゼの質問は、それを察してのものだった。

「あの魔女の能力か……」

「だと思う」

「止める方法はあるのか?」

「ユノ曰く、今のところ魔女を倒す以外ないって」

「そうか……」

 ベルゼは無言で下を向く。
 それから足をベッドから下ろし、立ち上がる。

「なら、我が寝ているわけにはいかんな」

「駄目だ! 君だって傷が――」

「我が行かなければ、一人でも戦いに行くであろう?」

「うっ……」

「ウィルならそうする。危険だとわかっていながら、我を助けに来たのだからな」

 返す言葉もない。
 ぐうの音がでないほどもっともだ。
 実を言うと、さっきソラにも同じことを言われたよ。

「ベルゼ君」

 心配そうにサトラが名を呼んだ。
 ベルゼは小さく笑い、安心させるために言う。

「案ずるなサトラよ。我も死ぬつもりはない。ただ……我を助けてくれた優しい兄と、その同胞を死なせたくもないのだ」

 僕はベルゼを助けたときのことを思い出す。
 あのときのセリフは、ちょっと格好をつけすぎたかな。
 思い返すと恥ずかしい。
 僕は頬を赤くする。

「それに我も、未来があるなら皆と一緒が良いのだ」

 そう言って、ベルゼは目一杯に笑った。
 痛みを我慢した無理のある笑顔だ。
 やせ我慢だと一発でわかる。
 それでも彼は笑った。
 明日を願い、戦うことを決意して。
 僕とサトラに、その決意を止めることは出来ない。

「わかった。ユノと合流しよう」

「うむ」

 立ち上がったベルゼは、僕の隣で歩く。
 扉へ向かう僕らの後姿を、サトラはじっと見つめていた。

「兄……ですか。確かに似ていますね」

 小さく呟いた言葉は、僕にだけ聞こえる声だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 僕とベルゼは魔王城へ移動した。
 遅れてユノが到着し、一緒にトウヤとイズチも連れてきている。
 会議室として使われる場所で、僕らは机を囲むように座る。

「知らねー間にすげーことになってんな」

「まったくだ」

 呆れたように言うトウヤとイズチ。
 説明もかねて、ユノが現状を話し出す。

「狂った魔女は現在、ワシの結界で抑え込んでおる。じゃが長くはもたん」

「三日だよね?」

「うむ、じゃがあくまで予想にすぎん。あの魔女の力は恐ろしい……早ければ明日にでも破ってくるんかもしれん」

「明日!?」

「まじかよ! 時間ねぇじゃんか!」

 イズチとトウヤが慌て出す。
 僕は冷静に、一つの策を提案する。

「落ち着いて。僕に考えがあるんだ」

 そう言って、僕はユノと目を合わせる。
 この話し合いをする前に、僕とユノで対策を練っていたんだ。
 ベルゼの話では、狂った魔女を封じていたのは、遺跡内部にある魔法陣だったそうだ。
 おそらく神代魔法の類だろう。
 ベルゼでも、その魔法陣は読み解けなかったらしいからね。
 そして、過去の文献を紐解き、ベルゼから聞いた情報を合わせ、たどり着いた一つ。

「魔女を封じていた魔法を調べに行こう」

「遺跡なら破壊されたぞ?」

「それなんだけどね? どうも封印を実行したのは、あそこじゃないらしいんだ」

「本当か!?」

 ベルゼが目を見開いて驚く。
 僕は頷き説明する。

「あそこから二キロくらい離れた小さな丘。そこに何かがある」

「確証はないがのう。どの道ワシらの力では、あれを倒すまでに足りん」

「うん。やっぱりベルゼじゃないと駄目だと思う」

 僕らは互いに目を合わせ、頷き肯定する。
 いくら神代魔法が通じるといっても、素の力で負けてしまう。
 まともに戦えるのはベルゼのみ。

「僕らの目標は、封印の方法を見つけ、それをベルゼが身につけること」

「出来なければ終わり、世界は破滅じゃ」

「そうはさせん! 魔王の名にかけて」

 方針が決まり、僕らは席を立つ。
 猶予は残り僅か。
 世界の命運は、魔王ベルゼビュートに委ねられた。
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