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魔界開拓編

214.弱さを見せて

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 獄門結界。
 黒い壁で覆われた内部は異空間化し、外界から完全に断絶される。
 通常の魔法や物理攻撃では、黒い壁を破ることは出来ない。
 同じ神代魔法であっても、抜け出すためには発動者以上の魔力を消費する。

「これで一先ず安心じゃ」

「一先ずってことは、いずれ解けるの?」

「本来はワシが解除しない限り抜け出せん。じゃが、同等以上の力を受け続ければ破壊される」

「どのくらい?」

「おそらく、もって三日じゃな」

「三日か……それまでに対策を――」

 ドサッ!
 隣で倒れる音が聞こえ、僕らは素早く視線を向ける。

「ベルゼ!」

 見るとベルゼがうつ伏せに倒れていた。
 すぐに起こし、抱きかかえて容態を見る。
 心音は聞こえるし、呼吸もしている。
 攻撃が止まったことで気が抜け、倒れこんでしまったようだ。
 ほっとする僕は、彼の全身から流れ出る血を見てぞっとする。

「早く戻ろう! 手当てを急ぐんだ」

「うむ」

 そうして、僕らはその場を去る。
 去り際、黒い壁で封じられた魔女を見つつ、再びの戦いを予見しながら。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ウィルの屋敷。
 医務室のベッドで眠るベルゼと、彼を隣で見守るサトラ。
 時計は午前五時を指している。
 空は白み、太陽が顔を出す頃合だ。
 窓から差し込む光が、ベルゼの顔にかかる。
 うっと眩しさから逃げるように顔をそらし、ベルゼは目を覚ます。

「……ここはどこだ?」

「ウィル様の屋敷ですよ」

 サトラの声を聞き顔を向ける。
 ベッドの横に座るサトラは、いつものように優しく微笑んでいた。

「おはよう、ベルゼ君。目が覚めてよかったわ」

「……そうか、我は気を失ったのだな」

「ええ。ここまではウィル様が運んでくださったのよ?」

「ウィルは?」

「心配要らないわ。怪我はしていないし、あなたより元気よ」

「……そうか」

 ベルゼはほっとした。
 その後で、気分が沈み表情を暗くする。
 彼は天井を向いたまま、サトラに質問をする。

「サトラよ」

「何かしら?」

「どこまで聞いておる?」

「あなたが私に内緒で色々やっていたこと。怖い魔女と戦って、傷ついてここにいること」

「全部か」

「そうね。ウィル様は話したくなさそうだったから、こっそりユノさんに聞いたの。そしたら、しぶしぶ答えてくれたわ」

 ベルゼは不服そうな表情を見せる。
 しかし、状況的には仕方がないと思い、怒りは贅沢だと悟る。
 ベルゼはしばらく無言のまま天井を見上げていた。
 そして、サトラとは反対のほうへ顔を向け、ぼそりと呟く。

「怒っておるのか?」

「どう見えるかしら?」

 サトラが聞き返した。
 ベルゼは恐る恐る彼女のほうへ顔を向ける。
 やっと見えたサトラの表情は、とても穏やかで優しかった。
 互いに目を合わせ、サトラが囁くように言う。

「怒ることなんてないわ。だってベルゼ君は、何も悪いことはしていない」

「……だが我は、そなたに黙って」

「それも悪いことじゃないわよ。内緒にしたのは、私を驚かせたかったからでしょう? それと格好付けたかったからかしら?」

「……その通りだ」

 ベルゼは恥ずかしさで目を逸らす。
 サトラは微笑み言う。

「ふふふっ、男の子だもの。それくらいは仕方がないわ」

「……」

 さらに恥ずかしくなったのか、ベルゼは頬を赤らめる。
 その様子を見て、サトラは笑っている。
 優しい笑い声が終わり、静寂を挟んでから、ベルゼが胸の内を打ち明ける。

「……嫌われると思ったのだ」

「どうして?」

「他者に頼ることは、我にとって弱さでしかない。弱さを見せれば幻滅される。我は強くあらねばならない……魔王として、男として、誰よりも強く」

 話しながら、ベルゼは布団をぎゅっと握り締める。

「だが、結局助けられてしまった。ウィルたちが来てくれなければ、我は負けていた……いや、すでに負けておるのか。情けない男だ」

 ベルゼの自尊心は激しく傷ついている。
 最強だという自信を砕かれ、もっとも見せたくない相手に弱さを見せてしまった。
 若く脆い彼の心は、今にも砕けてしまいそうだった。

「ベルゼ君」

 そんな彼の手を、サトラはそっと握る。

「サトラ?」

「情けなくなんかないわ。あなたは立派よ」

 サトラは真剣な眼差しを向け、ベルゼに話し続ける。

「ちゃんと聞いているわ。あなたが、仲間を守るために一人で戦っていたこと……だからみんな生きているの」

「だが、我はウィルに助けられた」

「そうね。だけど、ユノさんはこうも言っていたわ」

 助けてやるつもりが、逆に助けられたわい――

「ベルゼ君が踏ん張ってくれなかったら、結界に閉じ込めることも出来なかったって」

「あやつがそんなことを……」

 ベルゼは意外そうに目を丸くする。

「ええ。だから、ウィル様たちが無事なのも、あなたのお陰なの」

 サトラはベルゼの手を強く握りなおす。

「あなたは弱くない。誰かのために命をかけれる人が、弱いはずないわ。ましてや、格好悪く見えるはずないわよ」

「サトラ……」

 サトラの真剣な表情から、ベルゼに対する想いが伝わる。
 本音であるという確信がベルゼの心を救う。

「そうか」

「でもね? ベルゼ君」

「ん?」

「私たち女性は、弱さを愛おしく思うこともあるのよ?」

 そう言ったサトラが見せたのは、ベルゼが初めて見る小悪魔な表情だった。
 こんな顔もするのかと驚き、続いて嬉しく感じたベルゼ。

「我は得をしたのだな」

「ふふっ、そうかもしれないわ」

 二人は笑いあう。
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