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魔界開拓編

210.最強の敗北

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 爆発が治まり、無傷の魔女が姿を現す。
 無数の砲撃を浴びながら、魔女は当然のように立っていた。
 ベルゼは動じていない。
 この程度で倒せるほど、甘い相手ではないと悟っているからだ。
 ベルゼには、自信が最強であるという自負がある。
 故に敗北など考えになく、相手を見下し手を緩めることも多い。
 しかし今回に限っては違うようだ。
 珍しく己と同等に戦える相手を前にして、忘れていた感覚を呼び覚ましていく。
 彼の目は、いつになく本気だった。

「行くぞ」

「■■――■■■――」

 互いに魔法陣を展開し、砲撃の雨を降らせる。
 砲撃を砲撃で相殺しながら、相手より先に攻撃を届かせようとしている。
 壮絶な撃ち合いは、まるで流れ星同士の衝突にも見える。
 一見美しいとさえ思える空だが、当の本人に風流を愛でる余裕はなかった。

「ちっ――」

 舌打ちの音は砲撃で掠れる。
 撃ちあいは互角。
 両者一歩も譲ることはない。
 その惨状にベルゼは怒りを感じていた。

 こやつ……思った以上にやりおるな。
 我と魔法の撃ち合いで互角に戦うとは……いや、そもそもこれは魔法なのか?
 奴からは魔力を一切感じない。
 魔法陣こそ見えているが、それでも感じられん。
 まるで、植物と対峙しているような違和感すらある。
 これが本当に狂った魔女なのか?
 我は一体、何と戦っておるのだ?

 考えるほど疑問が浮かんでいく。
 しかし、疑問すら浮かべる余裕もなくなっていく。
 撃ちあいは一時間以上続き、互角に見えた戦いも、徐々に優劣が見え始めていた。

「我が押されているだと?」

 互いに砲撃の手は緩めない。
 否、増している。
 ただし、魔女だけが増している。
 ベルゼはすでに全力で撃ち続けていた。
 それを上回るように、狂った魔女は砲撃を増やしている。
 気付けば防戦一方。
 砲撃を相殺することで手一杯になっていた。
 そもそも最強である魔王が、砲撃戦以外に移れない時点で、違和感はあったのだ。

 このまま継続しても意味がない。
 そう感じたベルゼは、意を決して接近を試みる。
 魔法の同時発射により、一瞬だけ砲撃が止まる時間を生み出す。
 僅かな時間、一秒にも満たない刹那。
 瞬きほどの時間があれば、ベルゼには十分すぎる。

「終わりだ」

 ゼロ距離砲撃。
 先ほどまでより強力な黒い砲撃を、直接腹にぶち当てる。
 だが――
 
 何だ?
 手ごたえがまるで――

 砲撃が終わった直後、無傷の魔女が立っている。
 驚愕を隠せないベルゼ。
 魔女は周囲に雷撃を放ち攻撃する。
 距離が近すぎたせいで回避が間に合わず、ベルゼは負傷してしまう。
 何とか距離をとり、ダメージを回復魔法で癒しながら、ベルゼは魔女を睨みつける。

 どういうことだ?
 さっきの攻撃……あれは間違いなく当たっておった。
 直接触れてから撃ったのだぞ。
 それでどうして、一切の手ごたえを感じられんのだ。
 しかもこの傷……

「くそっ!」

 ベルゼは思考を巡らせる。

「俄かに信じられぬが、魔法が効かぬ身体……ということか。ならば――」

 ベルゼは自分の正面に魔法陣を展開する。
 そこから召喚された斧を掴み、ぶんと大きく振るう。
 斧はベルゼよりも大きい。
 あらゆる物を破壊する斧は、先代魔王から受け継いだ武器である。

「物理攻撃ならどうだ?」

 ベルゼは斧を持って突撃する。
 狂った魔女は砲撃で応戦。
 ベルゼは砲撃を躱しつつ距離をつめる。
 躱しきれない砲撃は、同じ威力の砲撃を撃って相殺。
 そして――

「ふん!」

 両手で掴んだ斧を、斜めに振り下ろす。
 破壊の斧は、たった一振りで山を割るほど強力だ。
 それを人の身で受ければ、確実に両断される。
 肩から腰にかけて、斧は間違いなく斬り裂いた……はずだった。

「馬鹿な……」

 斬り裂かれた肉体は、傷一つ付いていない。
 確かに切り抜け、両断されたはずなのに、血も吹き出ていない。
 
 さっきと同じだ。
 手ごたえがまったく感じられない。
 目の前で斬り裂く瞬間を見た今でさえ、間違いではないかと思うほど。
 攻撃をすり抜けておるのか?
 いや、一瞬ではあるが、斬り裂かれて向こう側の景色が確かに見えた。
 つまり、我の攻撃は当たっておったということ。

 一瞬のうちに思考が加速する。
 しかし、一瞬でも動きを止めてしまったことが隙になる。
 魔女はすでに、攻撃態勢に入っていた。

「しまっ――」

 ゼロ距離砲撃を、今度はベルゼが受けてしまう――所だった。
 間一髪、彼が身代わりになってくれなければ。

「ネビロス!」

「魔王様……お怪我はありませんか?」

 ネビロスのセリフは、この場合ベルゼが言うべき内容だろう。
 ベルゼを庇い飛び込んだことで、ネビロスは砲撃を受けてしまっていた。
 片腕が吹き飛び、噴水のように血が吹き出ている。
 ベルゼは血相を変えて叫ぶ。

「貴様なぜ戻ってきたのだ! 下がれと言ったのは貴様にもだぞ!」

「……申し訳ありません。ですが、魔王様を守ることこそ、私に課せられた最大の使命です」

「ネビロス……」

「お逃げください……ここは私が時間を……」

 言い切る前に血反吐を吐く。
 人間ならば即死の攻撃を受けたのだ。
 意識を保っていられるのも、ネビロスが強力な悪魔だからと言える。

「馬鹿者、逃げるのは貴様だネビロス」

「いけません魔王様は……」

「そんな状態で何が出来る? 我を守るのが貴様の使命だと? ふざけるでないぞ! 民を守れなくて、何が王か!」

 ベルゼは叫ぶように言う。
 そのままネビロスを突き飛ばす。
 全力かつ、優しく遠くへ追いやる。

「行け! 我を守りたいというなら、まずその傷を癒してくるのだ!」

「魔王様――!」

 ネビロスの叫びが虚しく遠のく。
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