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魔界開拓編

202.城下町復興日誌⑦

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 一日の休暇を過ごした僕らは、翌日から作業を開始する。
 進めるのは衣服の製作だ。
 僕が見たところ、この町の人たちの衣類は良い物とは言えない。
 ただ布を継ぎ接ぎにしただけのような、奴隷服と変わらない出来の物ばかりだった。
 充実した生活を送る上で、清潔な衣類はともて重要だ。
 見た目の綺麗さは、心の健康にも直結する。
 何より男女問わず、おしゃれは心を魅了するものだ。

 衣類製作に必要な素材は、僕の変換魔法で大方準備してある。
 畑で育てている素材を待っていて、数ヶ月も先になってしまうからね。
 ただし、問題が一つだけあった。
 僕を含め、誰も衣服の作り方を知らないということだ。
 いや、僕は多少心得がある。
 と言っても、本で読んだ程度の知識しかないから、実際に役立つかと言われれば微妙だ。
 そういうわけで――

「衣類作りは任せるよ! ホロウ」

 助っ人を呼ぶことにした。
 ホロウは僕に連れられ魔界へ赴き、突然そんなことを言われて驚いている。
 一応、話は済ませていたんだけどね。
 やっぱり驚くかな。
 彼女は確認するように言う。

「私で良かったんですか? 小さい頃から村で服は作っていましたし、裁縫の腕に自信はありますが……」

 ホロウはそう言いながら、集まってくれた悪魔たちに視線を向けた。
 怖がっているわけではなく、動揺している様子だ。

「こんなに大勢の方たちに教えるなんて、私に務まるかどうか……」

 自信がないと、最後まで口にはしなかった。
 口調からそう言いたかったのだと察せれる。
 説明を済ませ、勝手に納得してもらったつもりでいた自分を反省しつつ、再度ホロウに言う。

「さっき話した通り、ここにいる皆は衣服を作った経験がない。あっても布を繋ぐ程度しか出来ない初心者ばかりだ。僕を含めてね?」

「はい。そう伺っております」

「うん、そこで君の力を借りたい。衣類の作成に関して、君以上に頼りになる人はいないと思ってる」

「そ、そんなことは!」

「あるんだよ。ソラも言っていた。手先の器用さは、自分以上だってね」

「ソラさんが?」

「うん。褒めていたよ」

 戸惑い半分、嬉しさ半分、といった表情のホロウ。
 もう一度、彼女は集まっている悪魔たちを眺める。
 人数は増え、街頭を埋め尽くすほどだ。
 ホロウはごくりと息を飲む。
 そんな彼女の背中を押すため、僕は言葉をかける。

「僕も手伝うからさ。一緒に頑張ってはくれないかい? 君にしか頼めないんだ」

「ウィル様……」

 僕は笑顔で、優しく諭すように言った。
 ホロウは僕の顔をじっと見つめ、困った顔で呟く。

「ズルイですよ」

「えっ?」

「そんな風に言われたら、断れないじゃないですか」

「い、嫌なら――」

 断っても良いと言おうとした。
 けど、途中で言うのを止めた。
 ホロウの表情が、嫌そうな表情ではなかったから。
 むしろ、頬を赤らめ、照れながら嬉しそうにしていたから。
 言葉と表情が合わない……のかな?
 そうでもないのか。

「じゃあ、よろしく頼むよ」

「はい!」

 頼みを聞いてくれたホロウを主軸に、衣服の作成を始めていく。
 主に衣類を作るのは、女や子供、それと老人たちだ。
 肉体労働の向かない彼らに、細かい作業はお願いすることに。
 では、他の者たちはサボっているのか?
 そんなことはもちろんない。
 若い男性人には力仕事を任せてある。
 木材の切り出し、運搬を含め、各材料の収集だ。
 衣類作成と並行して、衣食住最後の一つ、住居の作製のため準備を進めている。
 予定では、現在ある住居を改良して、より住みやすい家にするつもりだ。
 そのための資材を、予め準備してもらっている。
 ちなみにユノは――

「ワシは資材集めを手伝っておくぞ。裁縫は嫌じゃ」

 という感じに逃げられた。
 魔道具作りでは才能を発揮するユノも、裁縫は苦手らしい。
 以前に手伝ったとき、針で指を刺しまくったとか。
 器用なのか不器用なのか、ユノは面白い。

「どうかされましたか?」

「え、いや? 何でもないよ」

 作業中、ニヤついたのを見られたようだ。
 僕らは今、サイズに合わせて生地を切る作業をしている。
 子供用から大きいサイズまで、幅広く準備中だ。
 その作業をしている中で、ホロウが周りを見ながら言う。

「皆さん真剣ですね」

 僕も周りを見る。
 彼女の言う通り、みんな真剣に作業している。
 畑作りとはまた違う。
 細かい作業ゆえ、無駄口一つ言わずに没頭している者が多い。

「自分たちが身につける物だからね。頑張ってもらわなきゃ」

「正直、意外です。あまり大きな声では言えませんが、悪魔はもっと怖い方々だと思っていました」

「あぁ~ それはまぁ仕方がないと思うけど」

 発対面が魔王で、結界を破壊するやんちゃっぷりを発揮したからね。
 実際、街の人たちの中には、ベルゼを怖がっている人も多い。

「そういえば、ホロウは初めてだっけ? 魔界へ来るの」

「はい。サトラさんから話だけは伺っていました」

「そっか。だったらよく見ておいてね」

「はい。そうします」
 
 きっと、人間が亜人に向ける悪意も、同じものなんだろう。
 知らない物は恐ろしい。
 そこから発展して、悪だと勘違いしてしまう。
 城下町のみんなが僕を見て、最初は警戒していたように。
 ちゃんと関われば、誤解だと気付けるのに。
 簡単だけど、難しい問題だと改めて思う。
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