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魔界開拓編

192.魔王のお願い

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 聖杯での旅を終え、精霊であるナイアードが街の一員に加わった。
 初めましての人が多い中、徐々に慣れ始め、三週間経った今では、すっかり街に馴染んでいた。
 光の玉だった精霊の子供たちも成長し、ナイアードは一層楽しそうに毎日を過ごしている。
 そんな中、僕はというと――

「……」

 黙って書類仕事に取り組んでいた。
 街が大きくなるにつれ、こういった書類関係が増えていく。
 隣国との貿易も少しずつ増えていって、今後さらに仕事は増える予感がしている。
 街が発展していくのは良いことだ。
 もうすぐ一年が経過するけど、人口も規模も、あの頃とは比べ物にならない。
 それにしても……

「はぁ……一人で仕事も飽きるよね」

 心に思ったことが、独り言になって出ていた。
 時間旅行が刺激的だった分、こういう日常に物足りなさを感じてしまうのは、贅沢なんだろうか。
 亜人種の謎が解け、過去すら直接体感できて、充実した毎日をを送っているのだけど……。
 やりたいことが出来て、知りたいことが知れて、満足してしまっている自分がいる。
 だから、最近の僕は少し退屈だ。
 そして――そんな退屈を吹き飛ばす出来事が、起ころうとしていた。

 カンカンカン

 窓ガラスを、何かが叩いている。
 鳥が突いているのかな?っと思って窓へ目を向ける。
 そうして目に映った光景に――

「ブフッ!」

 思わず噴出してしまった。
 窓ガラスにいたのは、鳥なんかじゃない。

「ベルゼ!?」

 魔界を滑る最強の悪魔……ベルゼビュート。
 彼が窓ガラスに張り付いていた。
 ベルゼは口を動かし、何かを訴えようとしている。
 ただ、声が小さいのか全然聞こえない。
 僕は窓に近づき言う。

「な、何してるの?」

「説明は後でする! 先に中へ入れてくれ!」

 ベルゼは必死に懇願してきた。
 窓越しでギリギリ聞こえるヒソヒソ声だ。
 ベルゼは中へ入ると、汗をふくような仕草をして言う。

「すまんなウィル、助かったぞ」

「いや、うん。それでどうしたの? というか、何で窓から?」

「う~ん、話せば長くなるのだがぁ~」

「そうなの? じゃあちょっと待っててよ。ソラたちに頼んで紅茶でも――」

 言いながら僕は扉へ向かおうとする。
 すると、ベルゼが僕の腕を力いっぱい掴んで引き止めた。

「いっ、何?」

「馬鹿者! それでは我がいるとバレるであろう!」

 ベルゼは強い口調かつ小さな声で僕に言った。
 僕はキョトンとした感じに聞き返す。

「え、駄目なの?」

「だからわざわざ飛んで来たのだ! そこは察してくれんか!」

「あぁ~ よくわからないけど、訳有りってこと?」

 ベルゼは黙って頷く。

「わかったよ。じゃあ手、離してくれる?」

「おぉすまん!」

 ベルゼはパッと手を離す。
 かなり強い力で掴んでいたから、腕に手のあとがくっきり残っていた。
 よほど知られたくなかったんだろう。

「とりあえず座ろうか」

「うむ」

 僕らは対面する形でソファーに座る。
 念のため、部屋には誰も入れないように鍵をしておいた。
 お互いに落ち着いたのを見計らい、僕から問いかける。

「で、何の用かな?」

「うむ、実はな? 折り入って頼みがあるのだ」

「頼み? それって僕個人にかい?」

 ベルゼはこくりと頷きながら言う。

「秘密の依頼だ。特に……サトラには知られるわけにいかん」

 そう言ったベルゼは、とても真剣な表情をしていた。
 これはかなり重要な依頼なのか、と僕は身構える。
 そして、ベルゼはもったいぶるように間を空け、僕に言う。

「ウィル……我の代わりに、城下町を立て直してほしいのだ!」

 堂々と、ハッキリとベルゼは僕に言った。
 それを聞いた僕は――

「……え? それだけ?」

 別の意味で驚いた。
 身構えていた緊張が、すっと消えていく。
 あまりにも普通のお願いだった。
 表情と内容がかみ合っていなくて、聞き間違えかと思うくらいだ。
 念のため、僕は聞き返すことに。

「えっと、城下町ってあの城下町だよね?」

「それ以外にどこがあるのだ?」

「いや、そうなんだけど……それだった皆で手伝ったほうが良くないかな? 内緒にする意味がわからないんだけど」

 実はもっと複雑な事情が?
 なんてことを思った僕に、ベルゼは開き直ったかのように言い切る。

「そんなの格好悪いからに決まっておろう!」

「えぇ……」

 その後、ベルゼが事情を説明してくれた。
 魔界へ招待された翌日から、ベルゼ主導による城下町立て直し計画がスタートした。
 僕の助言を元に、衣食住の確保から取り組もうとした。
 その矢先、事件は起こった。
 魔王であるベルゼを打倒しようと、敵対する悪魔が魔王城へ攻め込んできたらしい。
 ベルゼ含む魔王軍は、その対応に追われた。
 幸いなことに城下町は無事だったそうだが、その出来事をきっかけに、魔界中で様々な勢力が暴れ出したらしい。
 自らが新しい魔王となるため、ベルゼに属する村や街を襲撃したり。
 魔界は一時、混乱状態に陥ったそうだ。

「今も内紛は続いておる」

「じゃあここにいて大丈夫なの?」

「まぁ以前よりは減ったからな。ある程度は、我がボコボコにしばいてやったし」

「そ、そうなんだ……」

「うむ。しかし、まだ当分は続くだろう。我もネビロスも、その対応で忙しいのだ」

「なるほど。それで僕に城下町を……か」

 状況を理解し、ベルゼの心情を悟る。
 ようするにあれだ。
 好きな女の子に頼るのは、男として情けないと思っているんだろう。
 同じ男として、その気持ちはわからなくもない。
 
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