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魔界開拓編

191.新たな命

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 過去から戻った僕たちは、ナイアードの元で話をした。
 二千年前にあった出来事を、昨日のことのように語り合った。
 まぁ実際、僕たちにとっては数分前の出来事ではあるのだけど。
 そして、今だからわかることもある。
 例えば――

「前にこの場所へ来たとき、僕とユノにだけ道が見えたのって。あれは僕らだけが、ここにナイアードがいるって知っていたからなんだね」

「はい」

 ナイアードは言いながら頷く。
 イズチとトウヤには見えなかった道が、僕とユノにはハッキリと見えた。
 霧で覆われていたから、特殊な結界か何かだと勘違いしていた。
 結界ではなく、単純な認識の問題だった。
 世界から精霊が消え、その存在を認識できなくなった現代で、唯一僕たちだけが彼女を見つけられる。
 いないはずの現代で、いることを知っている僕らだけが。

 すると、ホロウが湖にかかっていた霧に疑問を感じ、ナイアードに尋ねる。

「ではこの霧は? 私たちの知る限り、霧なんてかかっていなかったと思いますが」

「それは単に気候の問題です。当時と比べ、一日の寒暖差が強くなりましたから」

 湖を覆っていた霧も、ただの自然現象だったらしい。
 まるで世界が、ナイアードとこの場所を隠しているようじゃないか。
 と、僕らは思った。

 話は弾み、気が付けば一時間以上経過していた。
 ふと、僕らは時間を確認して、忘れていることを思い出す。
 ユノがそれを口に出して言う。

「む? そういえばワシら……朝食に呼ばれたのではなかったか?」

「「あっ……」」

 僕とホロウは固まった。
 そういえば、ホロウが研究室に来たのも、僕らを朝食に誘ったからだ。
 聖杯が発動してから、研究所での時間は進んでいない。
 ただ、戻ってきてからの時間は、しっかりと過ぎている。
 僕らは屋敷のみんなに何も告げず、勢いに任せてナイアードの元へ来たことに焦りを感じる。

「い、一旦戻ろう! ごめんナイアード! また昼くらいに来るよ」

「ええ」

 ナイアードはニッコリと笑って頷いた。
 僕とユノは手を振り、ホロウは深くお辞儀をする。
 それから急いで、屋敷へ繋がる扉を潜った。
 屋敷に戻ると案の定、いなくなった僕らの大捜索が開始されようとしていた。
 事情を説明しようと思ったけど間に合わず、ソラにはこっぴどく叱られた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 午後一時を過ぎ、僕は宣言通り、ナイアードの元へ向かった。
 扉を開け、彼女のいる部屋へと入る。
 すると、僕の目の前を光の玉が横切る。
 一つ、二つ――複数の光の玉が、まるで流れ星みたいに飛び回っていた。
 その中心に、ナイアードが立っている。
 彼女は扉の音に気付き、くるっと振り返って言う。

「あら? 今度はお二人だけなのですね」

 彼女の視界には、僕とユノが映っている。

「うん。ホロウは誘ったんだけど、仕事があるからって。本当に真面目だよ」

「そうでしたか。少し残念です……ホロウさんにも、この子たちを見てほしかった」

「ナイアード、これって精霊の……」

「はい」

 空中を飛び回る光の玉。
 僕が過去で、ユグドラムから授かったものと同じ。
 つまり、新たな精霊が誕生する兆し。
 ナイアードが両手を前に出すと、光の玉の一つが彼女の手のひらで止まった。
 彼女は嬉しそうに眺めながら、僕らに言う。

「ようやく、私以外の精霊が誕生しようとしています。まさか、この場所が始まりになるなんて、夢にも思いませんでした」

 ナイアード曰く、この精霊たちは皆、彼女と同じ湖の精霊となるらしい。
 精霊は生まれた場所によって、その性質が異なる。
 この地で生まれた精霊は、彼女と同じ性質を持つ。
 言ってしまえば、彼女の仲間であり、子供のような存在だ。
 そして、おそらくこれから世界各地で同じように、新たな精霊たちが生まれることだろう。
 二千年の孤独に耐えた彼女にとって、同胞の誕生がどれほど救いになったのか。
 彼女の表情を見れば、誰だって感じ取れるだろう。
 しかしまぁ――

「ウィリアムさん?」

 ナイアードは、僕が変に笑ったことに気付いた。
 その理由を説明するように、僕は話し出す。

「実はね? ナイアードを、僕の街に招待しようって思ってたんだよ」

「えっ――」

 ナイアードはピタリと止まる。
 僕は優しく微笑みながら、説明を続ける。

「この二千年……長い長い間、君は一人で僕らを待ち続けてくれた。勝手な妄想だけど、寂しかったんじゃないかなって思ったんだよ」

 僕がそう言うと、ナイアードは悲しそうに表情を曇らせる。
 手のひらから光の玉が飛び去り、彼女は両腕をダランと下げる。

「……そうですね。孤独は……辛いものです」 
 
「……うん。だから、これからは楽しく毎日を過ごしてほしい。自慢じゃないけど、僕の街はいろんな人が集まっていて、毎日がお祭りみたいで楽しいんだ。ナイアードにも、それを体験してほしかった」

「ウィリアムさん……」

「だけど、何だか先を越されちゃったなぁーって。それだけだよ」

 我ながら子供じみている。
 彼女を孤独から救いたい。
 そして、その役目は自分が負いたい。
 なんてことを思っていたんだ。
 まぁ別に、彼女が救われたなら、何でもいいのだけど。

「それでどうかな? もしよかったら、僕の街の一員になってほしいんだけど」

「ふふっ、そうですね……この子たちも一緒で良いのなら喜んで」

「もちろん! 大歓迎だよ」

 こうして、僕らの街に新しい仲間が加わった。
 精霊がいるなんて、世界中を探しても、僕の街だけだろう。
 今のところは……だけどね。
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