88 / 159
時間旅行編
189.変革の時
しおりを挟む
袖を掴んだユノは、僕に言う。
「伝えても良いぞ」
「え、いいのかい?」
「構わん。すでに大方察しておるようじゃしな」
そう言いながら、ユノはユグドラムを見つめている。
僕もユノと視線を合わせ、彼女の目を見て察する。
確かにもう、ここまで来たら黙っていても仕方がない。
というより、むしろ話したほうが正しい未来に繋がるような気すらしてきた。
だから僕は、ユグドラムに全てを伝えた。
概念魔法によって、この街が消滅すること。
精霊という存在が、この世の全ての記録から消えてなくなってしまうこと。
それによって、亜人種という新たな種族が誕生すること。
そしてただ一人、現代まで生き残った精霊がいたことを……。
全てを語り、全てを理解した彼女は、静かに涙を流した。
その涙はきっと、幸福の涙ではないだろう。
それでも彼女は、僕らの未来に希望を見たと言い、優しく微笑んだ。
ユグドラムは涙を拭い、ホロウのほうを見て言う。
「ホロウさん、宜しければ、そのローブをとってくださいませんか?」
「えっ」
「見ておきたいのです。私たちの願いが、未来にどんな形で残るのか。駄目でしょうか?」
ホロウは戸惑い、僕に目を向ける。
僕は小さく頷きながら――
「いいよ」
と返した。
ホロウはゆっくりと、頭まで被っていたローブを退ける。
灰色の耳と尻尾が、可愛らしく飛び出る。
「えっと、どうですか?」
「とても可愛らしいです」
ユグドラムに褒められて、尻尾が左右に動いている。
僕も微笑ましくてホッとする。
これで少しは、彼女の想いも報われたのかな。
そうであると嬉しい……と思っていた。
すると、ユグドラムはホロウに問いかける。
「ホロウさん、あなたは今、ちゃんと幸せですか?」
ホロウはビクリと大きく反応する。
まるで、未来での亜人の扱いを知っているかのような問いだった。
だけど、ユグドラムは知らない。
僕もユノも、そこまでは伝えていない。
きっと純粋に、聞いてみたくなったのだろう。
ただ、ホロウにとっては辛い質問かもしれない。
今はともかく、彼女はずっと辛い想いをしてきたはずだ。
ホロウはしばらく無言のまま、どう答えるか迷っている様子だった。
たくさんの記憶が、想いが駆け巡っていることだろう。
僕とユノは、静かに見守る。
そして、ホロウは力強く、ハッキリと答える。
「はい! 幸せです」
そう言ったホロウの笑顔は、今まで見た中で、一番の笑顔だった。
ホロウは思い出に浸りながら語り出す。
「少し前までは全然……これっぽっちも楽しくなかったんです。生きていくのが辛くて、苦しくて……いっそ死んだほうが楽になれるんじゃないかって。本気で考えたりもしました」
「ホロウ……」
「でも――」
ホロウは僕に目を向ける。
「ウィル様に助けられてから、世界がぱーっと明るくなったんです。楽しいこと、嬉しいことがたくさん増えました。だから今は、とっても幸せです」
ニッコリと、頬を赤らませながら言う。
そう言ってもらえるのが嬉しくて、僕も微笑んでしまう。
そんな僕らを見て、ユグドラムは満面の笑みを浮かべている。
「良かった……本当に」
この時の僕らは、また気付いていなかった。
ユグドラムにホロウの姿を見せたこと。
それこそが、未来に亜人種を誕生させるキーだったことを。
話を終えた僕らは、地下室を出て地上へ出た。
柱に支えられた広い空間。
真ん中に立ち止まって、ユグドラムが言う。
「この下を見てください」
視線を向ける。
地面には溝が彫ってあった。
僕が問う。
「これ……魔法陣ですか?」
「はい。これこそが、概念魔法の魔法陣です」
「これがっ!」
僕はたじろぐ。
初めて見る。
これが概念魔法の……。
「ユグドラムさん、概念魔法って誰にでも使えるんですか?」
何気なく、僕は聞いた。
ユノが少し怖い顔をしたことに気付く。
「そうですね。術式を知り、素質さえあれば使用は可能です。私の見立てでは、ウィリアムさんにも使う素質はあると思います」
「……そうですか」
ユノの顔をチラッと見る。
余計なことを、と言わんばかりに不機嫌な顔をしていた。
僕が何を考えてこんな質問をしたのか、ユノにはわかっているのだろう。
「決行日は三日後の正午です。皆様も、それまでにはこの街から離れていてください。万が一にも巻き込まれたら、大変なことになります」
「わかりました。じゃあ、それまでは滞在しても大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです」
そうして、僕らは三日間、この街に滞在することになった。
宿屋はユグドラムが特別な場所を用意してくれた。
神殿の次に大きな建物の最上階、街の景色を一望できる部屋だ。
その日の夜。
満天の星空と、淡く光る街の光を眺めながら、三人で過ごす。
景色を眺めながら、ホロウが言う。
「綺麗な街ですね」
「うん」
「でも、三日後にはなくなってしまうんですね」
「うん。だからこそ、僕らは見届けなくちゃね」
「何を今更。そのために、ワシらはここへ来たんじゃ」
「ははっ、そうだね。うん、その通りだよ」
「伝えても良いぞ」
「え、いいのかい?」
「構わん。すでに大方察しておるようじゃしな」
そう言いながら、ユノはユグドラムを見つめている。
僕もユノと視線を合わせ、彼女の目を見て察する。
確かにもう、ここまで来たら黙っていても仕方がない。
というより、むしろ話したほうが正しい未来に繋がるような気すらしてきた。
だから僕は、ユグドラムに全てを伝えた。
概念魔法によって、この街が消滅すること。
精霊という存在が、この世の全ての記録から消えてなくなってしまうこと。
それによって、亜人種という新たな種族が誕生すること。
そしてただ一人、現代まで生き残った精霊がいたことを……。
全てを語り、全てを理解した彼女は、静かに涙を流した。
その涙はきっと、幸福の涙ではないだろう。
それでも彼女は、僕らの未来に希望を見たと言い、優しく微笑んだ。
ユグドラムは涙を拭い、ホロウのほうを見て言う。
「ホロウさん、宜しければ、そのローブをとってくださいませんか?」
「えっ」
「見ておきたいのです。私たちの願いが、未来にどんな形で残るのか。駄目でしょうか?」
ホロウは戸惑い、僕に目を向ける。
僕は小さく頷きながら――
「いいよ」
と返した。
ホロウはゆっくりと、頭まで被っていたローブを退ける。
灰色の耳と尻尾が、可愛らしく飛び出る。
「えっと、どうですか?」
「とても可愛らしいです」
ユグドラムに褒められて、尻尾が左右に動いている。
僕も微笑ましくてホッとする。
これで少しは、彼女の想いも報われたのかな。
そうであると嬉しい……と思っていた。
すると、ユグドラムはホロウに問いかける。
「ホロウさん、あなたは今、ちゃんと幸せですか?」
ホロウはビクリと大きく反応する。
まるで、未来での亜人の扱いを知っているかのような問いだった。
だけど、ユグドラムは知らない。
僕もユノも、そこまでは伝えていない。
きっと純粋に、聞いてみたくなったのだろう。
ただ、ホロウにとっては辛い質問かもしれない。
今はともかく、彼女はずっと辛い想いをしてきたはずだ。
ホロウはしばらく無言のまま、どう答えるか迷っている様子だった。
たくさんの記憶が、想いが駆け巡っていることだろう。
僕とユノは、静かに見守る。
そして、ホロウは力強く、ハッキリと答える。
「はい! 幸せです」
そう言ったホロウの笑顔は、今まで見た中で、一番の笑顔だった。
ホロウは思い出に浸りながら語り出す。
「少し前までは全然……これっぽっちも楽しくなかったんです。生きていくのが辛くて、苦しくて……いっそ死んだほうが楽になれるんじゃないかって。本気で考えたりもしました」
「ホロウ……」
「でも――」
ホロウは僕に目を向ける。
「ウィル様に助けられてから、世界がぱーっと明るくなったんです。楽しいこと、嬉しいことがたくさん増えました。だから今は、とっても幸せです」
ニッコリと、頬を赤らませながら言う。
そう言ってもらえるのが嬉しくて、僕も微笑んでしまう。
そんな僕らを見て、ユグドラムは満面の笑みを浮かべている。
「良かった……本当に」
この時の僕らは、また気付いていなかった。
ユグドラムにホロウの姿を見せたこと。
それこそが、未来に亜人種を誕生させるキーだったことを。
話を終えた僕らは、地下室を出て地上へ出た。
柱に支えられた広い空間。
真ん中に立ち止まって、ユグドラムが言う。
「この下を見てください」
視線を向ける。
地面には溝が彫ってあった。
僕が問う。
「これ……魔法陣ですか?」
「はい。これこそが、概念魔法の魔法陣です」
「これがっ!」
僕はたじろぐ。
初めて見る。
これが概念魔法の……。
「ユグドラムさん、概念魔法って誰にでも使えるんですか?」
何気なく、僕は聞いた。
ユノが少し怖い顔をしたことに気付く。
「そうですね。術式を知り、素質さえあれば使用は可能です。私の見立てでは、ウィリアムさんにも使う素質はあると思います」
「……そうですか」
ユノの顔をチラッと見る。
余計なことを、と言わんばかりに不機嫌な顔をしていた。
僕が何を考えてこんな質問をしたのか、ユノにはわかっているのだろう。
「決行日は三日後の正午です。皆様も、それまでにはこの街から離れていてください。万が一にも巻き込まれたら、大変なことになります」
「わかりました。じゃあ、それまでは滞在しても大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです」
そうして、僕らは三日間、この街に滞在することになった。
宿屋はユグドラムが特別な場所を用意してくれた。
神殿の次に大きな建物の最上階、街の景色を一望できる部屋だ。
その日の夜。
満天の星空と、淡く光る街の光を眺めながら、三人で過ごす。
景色を眺めながら、ホロウが言う。
「綺麗な街ですね」
「うん」
「でも、三日後にはなくなってしまうんですね」
「うん。だからこそ、僕らは見届けなくちゃね」
「何を今更。そのために、ワシらはここへ来たんじゃ」
「ははっ、そうだね。うん、その通りだよ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5,859
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。