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時間旅行編

189.変革の時

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 袖を掴んだユノは、僕に言う。

「伝えても良いぞ」

「え、いいのかい?」

「構わん。すでに大方察しておるようじゃしな」

 そう言いながら、ユノはユグドラムを見つめている。
 僕もユノと視線を合わせ、彼女の目を見て察する。
 確かにもう、ここまで来たら黙っていても仕方がない。
 というより、むしろ話したほうが正しい未来に繋がるような気すらしてきた。
 
 だから僕は、ユグドラムに全てを伝えた。
 
 概念魔法によって、この街が消滅すること。
 精霊という存在が、この世の全ての記録から消えてなくなってしまうこと。
 それによって、亜人種という新たな種族が誕生すること。
 そしてただ一人、現代まで生き残った精霊がいたことを……。

 全てを語り、全てを理解した彼女は、静かに涙を流した。
 その涙はきっと、幸福の涙ではないだろう。
 それでも彼女は、僕らの未来に希望を見たと言い、優しく微笑んだ。

 ユグドラムは涙を拭い、ホロウのほうを見て言う。

「ホロウさん、宜しければ、そのローブをとってくださいませんか?」

「えっ」

「見ておきたいのです。私たちの願いが、未来にどんな形で残るのか。駄目でしょうか?」

 ホロウは戸惑い、僕に目を向ける。
 僕は小さく頷きながら――

「いいよ」

 と返した。
 ホロウはゆっくりと、頭まで被っていたローブを退ける。
 灰色の耳と尻尾が、可愛らしく飛び出る。

「えっと、どうですか?」

「とても可愛らしいです」

 ユグドラムに褒められて、尻尾が左右に動いている。
 僕も微笑ましくてホッとする。
 これで少しは、彼女の想いも報われたのかな。
 そうであると嬉しい……と思っていた。
 すると、ユグドラムはホロウに問いかける。

「ホロウさん、あなたは今、ちゃんと幸せですか?」

 ホロウはビクリと大きく反応する。
 まるで、未来での亜人の扱いを知っているかのような問いだった。
 だけど、ユグドラムは知らない。
 僕もユノも、そこまでは伝えていない。
 きっと純粋に、聞いてみたくなったのだろう。
 ただ、ホロウにとっては辛い質問かもしれない。
 今はともかく、彼女はずっと辛い想いをしてきたはずだ。
 
 ホロウはしばらく無言のまま、どう答えるか迷っている様子だった。
 たくさんの記憶が、想いが駆け巡っていることだろう。
 僕とユノは、静かに見守る。
 そして、ホロウは力強く、ハッキリと答える。

「はい! 幸せです」

 そう言ったホロウの笑顔は、今まで見た中で、一番の笑顔だった。
 ホロウは思い出に浸りながら語り出す。

「少し前までは全然……これっぽっちも楽しくなかったんです。生きていくのが辛くて、苦しくて……いっそ死んだほうが楽になれるんじゃないかって。本気で考えたりもしました」

「ホロウ……」

「でも――」

 ホロウは僕に目を向ける。

「ウィル様に助けられてから、世界がぱーっと明るくなったんです。楽しいこと、嬉しいことがたくさん増えました。だから今は、とっても幸せです」

 ニッコリと、頬を赤らませながら言う。
 そう言ってもらえるのが嬉しくて、僕も微笑んでしまう。
 そんな僕らを見て、ユグドラムは満面の笑みを浮かべている。

「良かった……本当に」

 この時の僕らは、また気付いていなかった。
 ユグドラムにホロウの姿を見せたこと。
 それこそが、未来に亜人種を誕生させるキーだったことを。

 話を終えた僕らは、地下室を出て地上へ出た。
 柱に支えられた広い空間。
 真ん中に立ち止まって、ユグドラムが言う。

「この下を見てください」

 視線を向ける。
 地面には溝が彫ってあった。
 僕が問う。

「これ……魔法陣ですか?」

「はい。これこそが、概念魔法の魔法陣です」

「これがっ!」

 僕はたじろぐ。
 初めて見る。
 これが概念魔法の……。

「ユグドラムさん、概念魔法って誰にでも使えるんですか?」

 何気なく、僕は聞いた。
 ユノが少し怖い顔をしたことに気付く。

「そうですね。術式を知り、素質さえあれば使用は可能です。私の見立てでは、ウィリアムさんにも使う素質はあると思います」

「……そうですか」

 ユノの顔をチラッと見る。
 余計なことを、と言わんばかりに不機嫌な顔をしていた。
 僕が何を考えてこんな質問をしたのか、ユノにはわかっているのだろう。

「決行日は三日後の正午です。皆様も、それまでにはこの街から離れていてください。万が一にも巻き込まれたら、大変なことになります」

「わかりました。じゃあ、それまでは滞在しても大丈夫ですか?」

「ええ、もちろんです」

 そうして、僕らは三日間、この街に滞在することになった。
 宿屋はユグドラムが特別な場所を用意してくれた。
 神殿の次に大きな建物の最上階、街の景色を一望できる部屋だ。
 その日の夜。
 満天の星空と、淡く光る街の光を眺めながら、三人で過ごす。
 景色を眺めながら、ホロウが言う。

「綺麗な街ですね」

「うん」

「でも、三日後にはなくなってしまうんですね」

「うん。だからこそ、僕らは見届けなくちゃね」

「何を今更。そのために、ワシらはここへ来たんじゃ」

「ははっ、そうだね。うん、その通りだよ」
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